9.ヘルオン二爵
やっと物語が動き始めます。
男祭りの翌日、いつものようにランニングを終え、いつものようにミュリアルの授業を受け、逆に授業をするいつも通りの1日。
その1日の終わりに、
「ユート殿、うちの家族にならないか?」
「ぶふぉ!?」
そんな事を言ってくるラルフ。飲み物を口に含んだタイミングで…狙っていたに違いない。
侑人は口元を拭いながら、
「………?」
「? ………!?父様!?」
シェリルの方を向いて「そういう事か?」とアイコンタクト。最初は分からなさそうだったシェリルも、考えるうちに行き当たったようだ。頬が赤い。
「がっはっは! 本人同士がその気ならそれでもいいがな! な~に、養子にならんか?と思ってな」
「そういう事ですか。俺としてはシェリルに対して責任を取れって意味かと思いましたよ」
「もぉ~!? ユートさん思い出したらダメです! アレは事故だったんですってば!」
「あはは、ごめんごめん。でもあの出会いが無ければ、俺は今ここに居なかっただろうからさ」
「まぁ…それは私も思いますけどね?」
「感謝してるよ」
「…それはどっちの感謝ですか? …ふふっ」
「あはは」
シェリルと侑人は軽口を言い合える程に仲良くなっていた。出会いはラッキースケベであったが、今はそれが笑い話になり始めようとしている…貴重な瞬間かもしれない。
シェリルは普段、生まれ育ったこの街で警邏の仕事をしている。本来の所属は王都の騎士団だが、団員は兵士として一年間、あちこちの領地で経験を積む事になっている。
今はその経験を積んでいる最中で、出身のジャガーバルト領にいるのである。
…ただ、平和なジャガーバルト領。積むべき経験が薄いのが悩みだ。
「ラルフさん。話は分かりましたけど、なんでまた養子に?」
「客人としてよりも、ジャガーバルト家の一員となっていた方が何かあった時に庇いやすいだろう? 何よりユート殿を気に入っているからな! まぁ半分は思いつきだが」
「あはは、なるほど」
もちろんラルフは侑人が日本に帰ろうとしている事を知っている。その上で家族の一員にならないかと提案しているのだ。
侑人にデメリットは無いだろう。一員になると言っても、対応も立ち位置も恐らく変わらない。
「お話は分かりました。けど、すぐに答えを出せないので、ラルフさんが戻ってきた時に改めて返事をさせてもらおうと思います」
「そうか、それでは楽しみにして行ってくるとしよう!」
ラルフとミュリアルは、明日王都へ出掛ける。侑人は今回『森の恵み』の手伝いがある為、同行を辞退していた。
侑人の返事はほぼ決まっていたが、改めて考える猶予を貰ったのだった。
☆
「いってらっしゃい、美鈴さんによろしく言っておいてください」
「伝えておこう、ではいってくる」
「いってきます、ユート先生」
「いってらっしゃいアナタ」
「「いってらっしゃいませ、旦那様」」
翌日、ラルフとミュリアルを乗せた馬車がジャガーバルト領から旅立っていった。
手を振る侑人の手首にはミサンガが、同じく手を振るミュリアルの胸元には、花がデザインされたブローチが身につけられている。前回の王都旅行の際、買い物をしてお互いにプレゼントし合ったものだ。
侑人が「こっちにもあるんですね」とミサンガについて説明すると、ミュリアルに「これは切れない方がいい物」と教わった。更に結んでもらった。結んだ後にミサンガごと両手で手首を包まれた。
何か願い事でもしていたのかと侑人が聞くと、「…ナイショ」と言われていた。
侑人が爆発する日は近い…のかもしれない。
美鈴とはジャガーバルト領で一度会ったり手紙のやり取りはしていたが、お互いに他の転移者や帰還に関する有力な情報は全くない。
一番有力そうな手掛かりは、美鈴を召喚したであろう者達。どこの誰なのか、得体が知れず危険なので手を付けにくいのだ。
ミュリアルは今回、転移の魔術に関する情報を探しに、王都の図書館と学園にある図書室へ向かったのである。「あまり期待しないでほしい」と言い残して。
転移に関しては魔術や魔道具で使われる事はある。ただ、高位であり高価、更に激レアなものなので、通常目にする機会は無いとの事。
更に世界を渡る転移の情報など、王都の図書館でも無いかもしれない。そもそも勇者関連の小説程度しか存在しないかもしれない。
かすかな手掛かりでもあればと、ミュリアルはやる気を漲らせていた。
☆
馬車を見送った侑人は街中へやってきていた。ギルドで簡単な仕事がないか確認に行く途中である。
侑人は基本的に冒険者ランクを上げるつもりはなかった。仕事も街の中で出来る簡単なものを選んで行っている。街の人達との顔つなぎが目的だったからだ。それでも評価され、今では★2ランクの冒険者である。
侑人が普段行うクエストは、街の清掃や孤児院の子守り、探し物や果物狩りなど、子どもでも出来そうなものがほとんどだ。むしろステータスもジョブもない侑人には安全第一でクエストをこなすしか道はなかったが。
「おはようございます」
「いらっしゃいませユートさん、クエストですか?」
「はい、今日は果物狩りに行ってきます」
「了解しました。気をつけて行って来てくださいね」
侑人はギルドでクエストを受け、受付嬢のリリンに見送られて建物を出ると、森へ向かって歩いて「無礼者が!」…行けなかった。
「ヘルオン二爵家の馬車であるぞ! 行く手を遮るとは何事か!」
「も、もう…しわけ…」
豪華そうな馬車の前で倒れている帽子を被った女の子と、その女の子を怒鳴りつけるヘルムを被った兵士の男を見かけてしまったのだ。
侑人は帽子を被った女の子に見覚えがあった。
(あ~、気分悪…。なんだろな、あおり運転の現場を見てる感じ…)
「あ~すんません、何があったんです?」
「なんだ貴様は」
「(初対面で貴様ねぇ…)いやいや~! こんな大通りで!大人の方が!大声で小さな女の子を!脅かしている!ように聞こえまして、それで何事かな~!と思いまして!」
「な、なんだその言い方は!」
「何がでしょう? 私の勘違いでしたか?」
「貴…ぐっ…。…そ、そこの娘が馬車の行く手を遮ったので注意していただけだ!」
揉めている雰囲気に街の住民達とその視線が集まり、兵士の男は怒鳴っていた最初の勢いを無くしていた。
若干声を張り、強調するようにわざと煽り、惚けながらヘイトを自身に向けさせた侑人。ギルドもまだ近く、いざとなれば助けてもらおうという打算あっての行動である。
せこ…偉いぞ侑人。
侑人は(俺こんな図太い性格だったっけ…)と考えつつ、話を逸らしていく。
禁煙から3カ月が経ち、普段は感じないイライラを盛大に刺激されてしまったのだろう。
ただ、相手はラルフよりも上の爵位…二爵の関係者。…大丈夫か侑人。
「なるほど~! 危ないと注意されていたのですね、お優しい兵士様に失礼をいたしました。それよりも見るからに豪華な馬車ではないですか。装飾といい馬の毛並みといい、さぞ高貴な方が乗っていらっしゃるのではないですか?」
「む…、なかなか見る目があるではないか。この馬車にはヘルオン二爵家のご子息、ギャバット様が乗っていらっしゃる」
「(チョロ過ぎね?)ほぉほぉ! 二爵様の馬車でしたか、どおりで立派なわけだぁ。しかし、このような街へ何用でいらっしゃったのでしょう?」
「うむ、なんでも見事な腕前の吟遊詩人がいると商人の間で噂になっていてな。新調された馬車の乗り心地を確かめがてらジャガーバルト領まで来られたのだ!」
「(…俺じゃね?)そうでございましたか! 私も話には聞いた事があります。お急ぎの所をお引止めしてしまって申し訳ありませんでした。私は仕事がありますので失礼します。ではごゆるりと」
…大丈夫そうだ。
そそくさとその場を離れる侑人。人だかりが出来ていたので紛れるのは簡単であった。
侑人が馬車と馬を褒めていたが、馬の良し悪しなど全く分からない。毛並みと言っておきながら近くで馬を見た回数は数回程度だ。本心では(馬でっかぁ)くらいにしか思っていなかった。
女の子は兵士の男が馬車の方を向いて誰が乗っているか説明している隙に逃がされていた。上手く逃れられたようで、侑人は改めてほっとしたのだった。
侑人が馬車から距離を取った所でこっそり見てみると、ぽっちゃり気味の少年が先ほどの兵士を叱っていた。「乗せられおって!」と聞こえるのでチョロさを怒られているのだろう。
以前ラルフから「傲慢な貴族もいる」と聞いていた侑人は、「子どもであれかぁ…」と呟いて視線を外し、姿勢を低くしたままギルドへ向かった。
ギルドへ入ると、…侑人のすぐ後ろからギルドマスターであるニックと銀の盾の5人が続けて入ってきた。
「あれ? どうしたんです?」
「どうしたじゃない。二爵の馬車に付いている兵士と冒険者が言い合いをしていると聞いて、行ってみればその冒険者があんただったんだよ」
「もしもの時は割って入るつもりだったんですけどね。ユートさんが余裕そうなので見ていました」
「いやいや、余裕はなかったです。助けてくれてもよかったんですよ?」
「あの兵士の男がコロッと騙されていたからな! それを見て笑いそうになっていたんだ」
「騙すとは人聞きの悪い、コロッと話を逸らしただけですよ。俺も笑いそうでしたけど」
「ふははは!」
ニックが笑い、銀の盾の5人も呆れたような顔で笑っていた。
「あ~…ニックさん、クエストのキャンセルをお願いします」
「うん? 何か受けていたのか?」
「えぇ、果物狩りに行こうとしてたんですけど、すぐそこでアレでしょ? 果物狩りしてる時に森で何かされても嫌なので…。あと、女の子が孤児院の子だったので、様子を見に行こうかと」
「なるほどな、そういう事ならキャンセル料はいらんよ。『森の恵み』の手伝いもあの貴族様が帰るまで他の者に任せた方がいいだろう、見繕っておくよ」
「そう…ですね、ありがとうございます。何から何まで」
「かまわんさ、その代わり孤児院でしっかり見てやってきてくれ。銀の盾も一応付いて行ってやってくれるか?」
「もちろんです。ユートさんにはとてもお世話になりましたからね」
銀の盾の他のメンバーも頷いている。
途中加入のミランダは想い人であるリーダーのジャックとの仲が縮まったのか、以前より隣に立つ距離が近い。
孤児院同行中、ミランダに「告白したの?」と侑人が聞いたが、まだのようで顔を赤くして首を振っていた。侑人は「頑張って」と応援し、誤解を招かないようミランダから離れて歩いた。
侑人が銀の盾と一緒に行動する機会はこれまで無かった。
ホーンラビットの角の件で一杯奢ってもらい、ミランダが銀の盾に加入する事になり、それ以降は…程々の付き合いである。
侑人は基本的に領主宅で修行と勉強、『森の恵み』で手伝う日々であり、クエストを受けにギルドを訪れる際に顔を合わせても挨拶する程度だった。
…仲が悪いわけではない、と一応言っておこう。
歩きながら銀の盾の近況報告をされた侑人。
5人になった事で活動の幅が広がった事や、侑人の初勝利の証であったホーンラビットの角がリーダーであるジャックの妹の治療に使われた事。その後の経過も順調なようで、改めて礼を言われていた。
初戦闘の記念品として持っていた物が人の役に立った事を嬉しく思いつつ、侑人は孤児院へ歩みを進めた。
二章終了まで、あと2話。




