7.一期一会
演奏会が終わった後、我に返ったエリオスは「ぜひまた聞かせてほしい」と、侑人にリュートをプレゼントした。握手もしていた。気に入られたようだ。
その後、エリオスから美鈴を助けた時の状況を聞いた。
スラム街の状況を見るために護衛を連れて巡回していた事、その時廃屋から悲鳴が聞こえて助けに向かった事。
美鈴を囲んでいた者はフードを被っていて誰か分からなかった事、黒ローブ達が逃亡し…捕まえられなかった事。
エリオスは美鈴を連れて黒ローブ達を追いかける事も出来ず、護衛に主人を置いて追わせるわけにもいかず、そのまま美鈴を家に連れ帰って保護する事になったのだった。
「ミュア師匠、召喚や転移の魔術は存在するんですよね?」
「する。でも、世界を超える魔術なんて勇者の物語でしか聞いたことがない。あったとしても魔力の消費が大きすぎるはず。良質の…もしくは大量の魔石で代用でもしないととても無理。…それでも出来るかどうか…」
「1回に大勢、または1日に何十回…百回を超えて魔術を行う事は?」
「………どちらも無理ではないけど魔力がもたないし、他から供給するにも魔術に見合った魔石が必要。現実的じゃない」
「なるほど、ありがとうございます」
ローブを着ていた者達の情報は全くない。どこかの宗教の信者か、貴族の内の誰かか、闇の組織の者か…。ピースは集まるが解決には程遠い。
少なくとも美鈴が「成功しました」という言葉を聞いている。黒ローブ達が望んだ結果が出ているのだ。
日本にいた頃の美鈴が魔術を使えたというわけでもないし、そんな力は無かった。むしろ侑人の方が不思議な力があったくらいだ。なぜ美鈴が召喚されたのか。
「………(ミュア師匠、異世界側の…日本にいる人間を生贄にして召喚を行うなんて事は可能だと思います?)」
「………(…無理、かな。地球には魔術…魔力が無いってユート先生が言ってた。そんな場所で生贄として人族を使っても、多分何も起こらない。もし使えたとしても…死体が増えるだけで結局何も起こらない…と思う)」
侑人は小声でミュリアルに確認を取った。400人余りの人間を犠牲にして美鈴が召喚された、という線はなさそうだと安心した。
日本で起こったのは行方不明であって不審死ではない。更に日本各地で行方不明者が出ているのだ。
「………(わざわざ離れた場所の人族を生贄に使うメリットがない…むしろ無駄)」
とミュリアルは付け加えた。
仮にだが、集団行方不明事件の被害者が魔力を持っていたとして、美鈴を召喚する為の魔力を強制的に使い切らされたとしても死ぬ事は無い。しかし枯渇した状態で搾り取られるようなことがあれば、それは命に関わる。地球に…行方不明者に魔力があろうが無かろうが、どちらにしても肉体が消える事はないのだ。
美鈴の召喚と集団行方不明事件は別件の可能性があるのではないかと考える侑人であった。
☆
エリオスに礼を言い、王都のジャガーバルト家に帰ってきた4人。美鈴も付いて来ていた。
「同郷の者と久しぶりに会ったのだ。ゆっくりしてくるといい」
と送り出されたのである。その様子は娘と父…いや、孫とおじいちゃんそのものであった。
ラルフは家に帰って早々用事を済ませる為に出掛け、残った3人はメイドに用意してもらった少し遅い昼食をとった。『いただきます』と声を合わせて挨拶をし、雑談を交わしながら食事を終える。
『『『ごちそうさまでした』』』
『侑人さんは、こっちの言葉の時は丁寧な言い方ですよね。もっと日本語の時のように気楽に話してもらっていいんですよ?』
『ありがと、先生がいいからね。でもまだ覚えてる途中でさ? ラフな話し方しか出来ないよりは、丁寧に話せた方が角は立たないでしょ?』
『あ~…そうでしたね、私はスキルで翻訳されてるんでした』
『逆にどんな感じなのか気になるよ。同時通訳みたいな聞こえ方するの? 話す時は口と声が合ってないように見えるけど、違和感はないの?』
『ダブって聞こえてはこないですよ? 話す時は、私からは全部日本語に聞こえますし、ズレもないですね。聞く方は吹き替えを見てるみたいで、ちょっと楽しかったです!』
食後のお茶を飲みながら侑人と美鈴が会話を続け、ミュリアルがそれを眺めていた。話に入れないのではなく聞くことに徹していた。初めて聞く単語に流暢な発音、まだまだ自分は学べるのだと真剣だった。
お互いの日本に居た頃の事、美鈴によるコーヒーを淹れる時の注意点など、話す内容は様々。役の演技中の話では、『演じるよりも、自分の中から見ている感覚ですかね。多重人格みたいな?』と他人事のように話していた。
会話もひと段落した所で、美鈴にマントで簡単な変装をさせて、3人で街へ買い物に出掛けた。ミュリアルがボディーガード兼ガイドをし、ジャガーバルト領の知り合いへお土産等を買い、ブラブラと街を見て回った。
『娯楽が少ないよねこっちは。異世界に憧れる人はネットやテレビ…スマホとかPCが無い生活に耐えられるのかな? 地球で自主的に耐性付けておいた方がいいんじゃないかって思っちゃうよ』
『あはは。日本に戻ったら広めたらいいんじゃないですか? こう…学校というか、セミナーのようなものを開いて』
『異世界に来れる可能性が未知数で、魔法が使える保証がないって事も教えないとね。まず生徒より先に警察が来そうだけど…』
『宗教と思われるかもしれませんね!』
『美鈴ちゃんが先生をするなら生徒はすごく集まると思うよ?』
『…この話は無かったことにして下さい』
話をしながら過ごしているとあっという間に夕方になり、美鈴をライオネル邸へ送り届け、ミュリアルと侑人はジャガーバルトの家に帰った。美鈴とは明日も会う予定だ。
ラルフとアランは既に帰宅しており、そのまま晩御飯となった。
☆
「ミスズ殿は元気な人だったな、普段からああなのか?」
「みたいですね。こちらが一方的に彼女の事を知っているだけで、普段の様子を見る事なんてまずないですよ? 有名な人ではありますけどね」
「ふむ、朝にも有名であるとは聞いたが、何をしている人なんだ?」
「彼女は…そうですね、ジャガーバルトの家にお世話になり始めた時に、スマホって物を見せたじゃないですか。写真や動画を撮って見る事が出来るこんな形の」
「あったな、アレには驚かされた」
「簡単に言えば、その動画の方で物語を作るんです。『ドラマ』って言うんですけど、その役者をしていてすごく人気があるんです。こちらで言えば劇場で主役をやっているようなもので、日本ではいくつもの物語の主役をしてるんです。昼にエリオス様の前で歌った時に雰囲気が変わったのも、その役の1つを演じたからでしょうね」
「あれか…。実際に目の前で見ているはずなのに、起こっている事が信じられんかったからな」
「ユートさんは風呂が好きなのですか?」
「俺に限らず、日本という国では大体の人が好きですよ。マギカネリアに来てから入ったことはありますが、日本と比べると全然違いますね」
「それほどですか」
「家を建てたり借りたりする時、お風呂を基準に決める人もいますからね。水やお湯の心配もいらないですし。こちらのお風呂はなんというか…、殺風景…ただお湯を溜める大きな桶のある部屋って感じなので。日本には頭と体と顔、それぞれを洗う専用の洗剤がありますし──」
「それはぜひ体験してみたいですね! ここでは水を引くのも湯を沸かすのも一苦労ですから…」
「……………」
「ミュア師匠、悩み事ですか?」
「ん…ううん、お昼にした話を思い出してた。ミスズにもユート先生にもニホンでの生活があって、帰ろうとしてるんだって。忘れてたわけじゃないけど、もし帰っちゃったら…寂しいなって…」
「俺も皆や師匠と離れるのは寂しいですよ? 帰る事が出来る可能性は今の所ないですけどね」
「あ…」
「…日本には『一期一会』って言葉があります」
「『いちご…いちえ』?」
「一度しかない出会いを大切にしようって意味です。寂しい気持ちになるということは、それだけ出会った事を楽しく…大切に思ってくれているからですよ。ありがとうございますミュア師匠」
「うん…、うん!」
「エリオス殿はスラムを無くそうと、内側から変えていこうとしておられるのだ。奴隷制度の見直しもな」
「奴隷…、いたんですね」
「うちの領には奴隷商店自体無いからな。エリオス殿は、ただ奴隷制度を無くそうとしている訳ではない。犯罪などしていないのに捕まって売られる者がいるのも事実でな…。そういう者を不当奴隷というが、その解放・廃絶を掲げられているんだ。本来、奴隷は犯罪奴隷や借金奴隷など種類が分けられていて──」
「素晴らしい方ですね、それに優しい」
「そうだな、尊敬しているよ。他の貴族連中は格差意識や種族差別が激しかったり、奴隷の扱いも酷かったりするからな。傲慢な者も──」
☆
晩御飯の後、ジャガーバルト領の家でもやっていた出張勉強会が終わった。
宛がわれた部屋のベッドで「なかなか濃い一日だったな」と呟きながら目を閉じる侑人。コーヒーを淹れてみて、日本の有名女優と出会い、高位貴族の元で話をした後に一曲披露し、買い物へ出掛け…。
今日の出来事を思い出し、眠りに落ちる間際、侑人が思ったのは(これがリア充か…)であった。
本当にそれでいいのか侑人。
☆
翌日、ジャガーバルト家にやってきた美鈴は、侑人と一緒にコーヒーを作り、今後の話をし、ミュリアルに日本語で1曲披露した。
今後の話し合いで、美鈴は王都のエリオスの屋敷に引き続きお世話になり、侑人はジャガーバルト領へと戻る事となり、連絡のやり取りを約束した。電話のような魔道具はないので手紙でのやり取りだが。
王都の方が情報は多い。探し物をするなら王都に居た方がいいだろう。しかしその分危険も増すので、十分注意するようにと侑人は言った。
侑人には使命があるのでジャガーバルト領へ帰るのだ。…使命が。
更に翌日、領地へ帰るラルフ一行を美鈴が見送りに来ていた。
『侑人さんのおかげでコーヒーの存在を知れて良かったです。次お会いする時までに、美味しいコーヒーを淹れられるようになっておきますね!』
『おぉ、それは嬉しい。プロポーズですか?』
『プロっ!?違いますからね!? 揶揄うなんて酷いんだ~』
『あはは、ごめんごめん。いい情報見つかるように頑張って探すよ』
『ふふっ、頑張ってください。私も頑張ります!』
…リンリンファンが聞けば晒されるか刺されるかしそうである。
荷物と土産と貰ったリュートを馬車に乗せ、行きと同じ御者が馬車を操り、侑人たちはジャガーバルト領へ帰っていった。
王都から離れていくその一行を、王都の外壁の上から、真っ黒い鎧に身を包んだ1人の冒険者が見つめていた。




