6.小林 美鈴
小林 美鈴
日本で誰もが知る有名女優。作品の外では天真爛漫だが、ドラマや映画では雰囲気ががらりと変わり、そのギャップに夢中になるものが続出した。
突如TV出演のキャンセルが続き、大量行方不明事件に巻き込まれたのでは?と報道され、日本中に衝撃が走り、日夜ニュースで取り上げられた。
中には「俺が誘拐した」などと匿名掲示板に書き込んだ者が、誘拐事件の容疑者として警察のお世話になる事態にまで発展したこともある。
事務所が正式に行方不明と発表して5年。それでも情報提供を呼びかけ続ける事務所のスタッフの姿は、毎月のペースで特集されていた。
ボランティアとして情報提供の呼びかけに参加した人数は、5年の間で累計3,000万人に達していた。日本全国のファンが彼女の帰りを待ち望んでいたのだった。
目の前にそんな大女優がいたのだ。侑人が「え、やっぱりドッキリ?」と、忘れていたドッキリ説をほんの少し疑ってしまっても仕方のない事だろう。…その割にしっかり揶揄っていたが。
…そんな彼女は今、
「侑人さんも食べた事あるんですか!? 味は薄いけどおいしいですよね~『ちゅるり』!」
招待されたジャガーバルト家で馴染んでいた。
☆
突然の遭遇をしたその場は、ラルフの「どちら様ですかな?」の問いかけから動き出し、何と答えようか悩んだ様子の美鈴に代わり、侑人が「『同郷』…え~と、同じ国の方です」と答えた。
まずは自己紹介をし、「とりあえずは2人で話し合う方がいいだろう」と気を遣われ、部屋を借り、お互いマギカネリアに来てからの話を始めた。
先に侑人がこの世界へ転移してきた事を伝えた。ジャガーバルト家へ世話になり、普段はその領地…領主宅で暮らしていることを簡単に話した。
美鈴はというと、泊まっていたホテルから仕事現場へ行く準備をした所で光に包まれ、次の瞬間には知らない場所に寝転んだ状態で…数人に囲まれて見下ろされていたらしい。
フードで顔を隠した男の「やりました! 成功しました!」などと喋る声が聞こえている間に、どうにかしようと役に入り込み、頭を抱えて大きな悲鳴を上げたのだという。
『「私の思い出が眠る家」だったかな? 記憶喪失のヒロインの』
『ですです。いや~女優やっててよかったです! 役間違えちゃったかな~と思ったんですけど、結果オーライで!』
ポジティブな女性である。
美鈴が言った通り、その判断は彼女にとっていい結果となった。
たまたま通り掛かった貴族の男性がその場に駆け付け、美鈴を保護してくれたのだ。それが約二週間前、侑人が転移してきた約一週間後である。
日本で美鈴が失踪したのは5年前の出来事。侑人は自身と同じ様に、美鈴の転移した日付や時間にズレがあるのかと思ったが、確信が持てなかったので今はスルーした。
美鈴はその後、助けてくれた男性に連れられて行ったらしいのだが、どこにいたのか、どこを通ったのかまで見ている余裕はなかった。だが、あの場所に自分以外に同じ状況の人はいなかったというのは確かだったらしい。
その後、その貴族の家でお世話になっていて今に至るとのこと。
侑人が日本で起こった出来事を伝えるか迷っていると、美鈴の方から聞いてきた。悩んだが、結局話す事にしたようだ。一般的に知られている程度ではあるが、知る限りの事件のことを。
『………そうですか。帰らないと…ですね…』
『そうだね…』
結局他の行方不明者の事は分からなかった。
被害者であろう美鈴にも分からないので、これ以上出来ることはなさそうだった。
ちなみに…美鈴にはステータスもジョブもあり、魔術も使えた。ジョブは聖女だそうだ。スキルには言葉が翻訳されるものもあったので、会話には苦労しなかったとか。
女神様には会っていないらしい。召喚されたか転移したかの違いだろうか。
まぁ、なんだ…、頑張れ侑人。
☆
その後、皆の所へ戻ってきた2人。
侑人から美鈴が日本から来た事が話され、美鈴はミュリアルと日本語で会話をし、再び侑人から美鈴がいなくなった事件の話がされた。お茶を飲みながら侑人の一日サバイバルの話をしていた所、美鈴も『ちゅるり』を食べた事があるとカミングアウトしたのだった。
美鈴が『ちゅるり』を食べた経緯は…バラエティ番組での企画だったのだが、出演していた芸人が食べる予定の場面で美鈴が手をあげ…立候補して食べたのだ。一時期美鈴に「芸人殺し」という肩書きが増えたのだが…それはまぁいいとしよう。
美鈴は実際に『ちゅるり』を食べ、見事に食リポまでこなした。その結果…販売会社の商品開発にも携わることになり、出来上がった商品が『ご主人様の手味』だった。
…お前だったのか。
美鈴に、なぜジャガーバルト家を覗いていたのかと侑人が聞いてみると、「匂いにつられまして!」との返事が返ってきた。
安全性の高い…貴族の住む地区内に限り、遠くでなければ散歩を許可されているらしい。
世話になっている貴族の家からほぼ出ない美鈴に、この世界で飲む習慣のないコーヒーの存在を知る由もない。コーヒーが大好きであったようだ。…まずいの一言に思わず吹いてしまっていたが。
「だってだって! 懐かしい匂いにつられて行ってみれば、コーヒー飲んでる人がいたんですよ!? 美味しそうな表情だったと思ったのにまずい!って言われたらそりゃそうなりますよ!」
「あはは、そういえば…あ~『コーヒーのCM』、に出てるのよく見ましたね。採用された裏を見た気分です」
「すまない、話を止めてしまって悪いのだが、お互いに知り合いだったのかね?」
会話が弾んでいたところで、ラルフのストップがかかった。
「あ~いえ、初対面ですよ」
「はい! 初対面です!」
「がっはっは! そうか、それにしては仲がいいと思ってね」
「彼女…美鈴さんがとても親しみやすいんですよ」
「それほどでもあります!」
ラルフが「納得だな! がっはっは!」と笑った。
「ところで、ミスズ殿は生活はどうされているのだ?」
「今は…エリオスさんという、助けていただいた方の家にお世話になっています」
「エリオス…、エリオス・ライオネル殿か?」
「そうです。家はこの近くなのですが、ご存知なのですか?」
「あ~、まぁ…な。同じ貴族でもあるし知ってはいるが…ふむ、エリオス殿はミスズ殿の境遇をご存じなのかな?」
「いえ、まだ…。話そうかなと思ったのですが、知らない場所で疑心暗鬼になってしまって…。信用して大丈夫なのかなと思ってしまって…」
美鈴が言葉を詰まらせる。
「そうか。…私達には話してもよかったのかね?」
「はい! 侑人さんが信用されている人達ですから」
「そうか、ありがとう。良かったな?ユート殿?」
「なんで俺に振るんですか…。でもまぁ、ありがとうと言っておきますよ」
「がっはっは!」
ひと笑いして落ち着いたところで、ラルフが続ける。
「エリオス殿は信用してもよいと思うぞ?ミスズ殿。あの方は民を大切にする、真っ直ぐで優しい方だ」
「そう、ですか…。ラルフさんがそう仰られるのであれば、話してみようと思います」
「心配なら私とユート殿が付いていくが?」
「そうですね、その方がいいかもしれません。ラルフさんは用事はいいんですか?」
「俺の用事は午後からだから心配いらんぞ」
「わたしも行く、師匠だから」
こうして美鈴の力となる為、侑人達はエリオスの元へ向かった。エリオス・ライオネル一爵の元へ。
☆
「ミスズさん、おかえりなさい。そちらの方々は?」
隣3つしか離れていなかったエリオス・ライオネル一爵邸。ジャガーバルト家の3倍はありそうな大豪邸だ。
一行がそこへ着くと、美鈴が門番に声をかけられた。
「ただいま帰りました。突然出掛けてすみませんでした」
「い、いえ…、お帰りなさいませ…。(なん…だ? 雰囲気が違う…本当に同じ人か?)」
「突然の訪問失礼する。私はラルフ・ジャガーバルト三爵。ミスズ殿の事でエリオス殿にお話ししたい事があるのだが、お時間をいただけるだろうか?」
「さ、三爵殿、失礼しました。確認して参りますので少々お待ち下さい」
門番が確認を取りに…慌てて屋敷へと入っていった。…三爵一行が屋敷前に置き去りになってしまった。
時間を置かず戻ってきた門番は、屋敷前に置き去りにしてしまった事を謝罪し、確認が取れた事を告げた。
屋敷の中へ案内されると、執事に誘導され応接間へ入る。ラルフと美鈴はソファーへ座り、侑人とミュリアルはその後ろで立っている。
侑人は、…応接間の「ある場所」へ視線が固定されていた。ギターが飾ってあるのだ。弦も張られているので弾ける状態であろう。
この世界、マギカネリアには音楽が少ない。侑人が日本にいた頃にはコンビニから、テレビから、小さな雑貨屋から大きな百貨店まで、いたるところで何かしらの音楽が流れていたが、マギカネリアでは全く聞かなかった。
ある程度言葉を覚えた頃の侑人が聞いてみた所、劇場で演奏されるものか新年の祝いの時、あとは吟遊詩人が奏でる時くらいにしか音楽に触れる機会は無いという事を知った。身近に聞けそうな吟遊詩人も、歌うというよりはBGMに乗せて語る感じであるという。
(こんな所にアコギ…? 貴族の嗜みみたいな? …でも、応接間にあるって事は観賞用かな? 弦は錆びてないっぽいし…)
と侑人が考えていると、コンコンとノックの音が響き、ドアが開いて人が入ってきた。
「待たせてすまない、おかえりミスズ」
「ただいま戻りました、おじ様」
「いえ、こちらこそ面会の約束もなく突然訪問してしまい申し訳ありません」
エリオス・ライオネル一爵である。髭を生やした優し気な風貌でありながら、がっしりした体形の男性、歳は60歳頃だろうか。
ラルフと美鈴が立ち上がり、エリオスと言葉を交わし席へ着き、侑人が(ラルフさん敬語喋れたんだ…)と失礼な事を考えている中、軽い自己紹介をして美鈴の境遇の話が始まった。
☆
ジャガーバルト家での出会いから、エリオスの屋敷へ来るまでの経緯、美鈴の境遇を話し終えると、エリオスが口を開いた。
「なるほどな…、状況は分かった。…しかし、記憶がないフリだったとは…全くそう見えなかったな。近所の散策も、記憶が戻る切っ掛けになればと思っていたが、…ある意味では良い結果となったわけだ」
「おじ様、今まで黙っていてごめんなさい」
「いいのだよ、可能性の一つとして考えてはいたがね。もし本当に記憶を失っていたとすれば、問い詰めたり無理に思い出させるような事をして取り返しのつかない事になっていたかもしれない。ちゃんと聞けて安心したよ」
「ありがとうございます」
おじ様と呼ばれたエリオスは、優し気な笑顔で美鈴を見ながらそう言った。
美鈴は、保護されてから今まで記憶喪失の役を演じながら過ごしていたとエリオスに話した。記憶が戻った…とは違うが、その心配が無くなった事、美鈴が話してくれた事を喜んでいる。いいおじ様であった。
侑人も無事に問題が片付き、ほっと胸を撫でおろ「ユート殿といったかな?」…せなかった。
「はい! いえ、はい」
エリオスに話しかけられた侑人。動揺し過ぎである、不審者か。
「はっはっは、緊張されるな。君もミスズと同郷なのだろう? 知り合いだったのかな?」
「いえ、先程会ったのが初めてです。ただ、彼女は私の国ではとても有名な人でして、一方的に私が知っていただけです。彼女を助けていただき、本当にありがとうございました」
「なに、大したことではない。むしろ私の方が礼を言いたい、ありがとう。君が居た事で今があるのでね。礼を形で表したいのだが…、アレに興味があるのかね?」
エリオスが目線を向けた先にはギターがある。侑人がちらっと見ていたのを見られたようだ。
「え…いぇ、そんな高価な物は…」
「はっはっは、貰い物で飾っていただけだ。使えるのであればその方が良かろう」
そう言って席を立ち、一爵自らギターを持って侑人の所へやってきた。
「弾けるかね? リュート」
「はい、多少…、リュート?」
侑人はリュートという楽器を…弾いた経験は無いが見た事があるので知っていた。が、見た目は完全にギターである。
侑人は混乱しながらギター…何故かリュートと呼ばれているギターを手に取った。
☆
その後、侑人は美鈴と相談し、一曲披露することとなった。リュートのチューニングはバラバラであり、チューナーのありがたみを感じながら弦の音程調節をし、試し弾きで思い出したコードとマギ語に翻訳した歌詞を紙に書き込んだ。
久しぶりに触れるギター。…もとい、リュート。
何故ギターがリュートと呼ばれているのかは相変わらず分からない侑人だったが、その考えを頭の隅に追いやり、弦を押さえる指先の感覚を懐かしみながら、美鈴と数分の軽い練習と打ち合わせをした。美鈴は以前ドラマで演じた事のあるミュージシャンの役に入っている。
仕草や表情、雰囲気までガラリと変わった彼女に、初めて見る者は息を呑んだ。ラルフもミュリアルも、エリオスも。生で初めて見た侑人でさえ見入ってしまっている。
侑人がリュートを弾き始め、最初に歌うのは美鈴から。日本で爆発的にヒットした名曲をスローテンポで歌っていく。
途中で目配せをして侑人に交代し、サビをハモりながら2回繰り返した。
「「~~♪」」
短くアレンジされた曲をジャラ~ンと弾き終えた。侑人が皆を見ると、観客だった三人は口を半開きにしたまま侑人たちを見ていた。
最初に感想を言ったのは、
「侑人さん上手じゃないですか!」
役から素に戻った美鈴であった。上手さは確実に美鈴の方が上だったのだが、大女優に真っ先にそう褒められた侑人は…照れた。
このおっさん、チョロいかもしれない。




