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3嫁バカな騎士団長

 我がホーウェインス辺境伯爵家は、我が国ソルヴェレーヌ王国でも最古の貴族。

最早、我が一族も去るべき時が来たのかもしれん。

妻は泣くかもしれないが…。


この世界には一つの大きな大陸が不可侵の樹海を中心に幾つもの国が存在する。不可侵の樹海を間に我がソルヴェレーヌ王国。北側にはルイトリニア、ラビルネ連合、南側にはエスタリスタがある。歴史を紐解けば、人類発祥の地はこの不可侵の樹海からだと言われている。だからだろうか、我が国もだが各国は競うように、過去に不可侵の樹海を制覇しようとした猛者達を送り込んでいた。

無論、全て魔物の餌となった。


 こんな事が何度も続けば、普段は人間の事など虫けら同然だと考えてる魔物達も怒り狂い、そうなると魔物も数を増やすために必然的に子孫を残すために、魔獣は時期外れに繁殖期を作った。それが樹海を中心に四方八方へ移動した。

死の七日間と言われた。


 泣く子も黙る『赤獅子』とはソルヴェレーヌ王国騎士団総長、ホーウェインス辺境伯爵家当主ラファエル・ホーウェインスのことである。先の戦で銀髪を返り血で真っ赤に染めたことから、この渾名がついたと言う。

 そんな『赤獅子』の彼を今悩ませて居るのは、愛妻ロスヴィータは勿論のこと。そして不可侵の樹海のことだ。

魔力が多ければ多いほど、寿命が無駄に長い我々貴族でも、辺境伯領(こ こ)にはまだ見ぬ未知の魔獣が存在する。常に魔獣のハイブリッド化が進んでいると聞く。


 参った事にどうして私が辺境伯爵家当主になったこの時期に、未曾有の事態が来るのだ…。もしかして私は呪われているのか? もしかして、還カエルの背に落書きしたのが悪かったのか? それとも雨乞い蝉ガエルを集めて、本当に鳴かせれば雨が降るのかを実践したことが不味かったのか? それとも神の使いとも言われる黒トカゲの顔に魔術で作った白線で八の字眉毛を描いたのがいけなかったのかもしれん。

彼がここまで悩むほど、今回の出来事は深刻だった。これが例年の如く軽い物だったら、百年に一度の周期で起こる突発性の魔獣大移動と同じ対処をすれば良かった。だが時期とその規模がまずかった。

繁栄と実りの女神エルリュークスの月の加護と繁殖期、そして突発性魔獣大発生と来た。


 ラファエルは王城へ向かう馬車の車窓から溜息を吐くと今回の魔獣大移動は何も無ければ…祈る。

 前回の魔獣大移動は今から百年前。当時の史料からこの時の魔獣大移動は冷夏だったせいか、短期間で討伐も終わったと言う。だが、毎回毎回このように簡単に魔獣大移動が終息するはずもなく、史料に現存されている物で分かっている過去最悪の魔獣大移動は五百年前だと言われている。


 史料には当時、『大陸はアクセル二世統治するソルレクサス帝国が大陸を統一。アクセル二世が定位後から十年目に突発性魔獣大移動が始まった。これにより、僅か七日間でソルレクサス帝国は焦土化となる』

神殿の記録にはそう記されていた。


 そして今年は前回の魔獣大移動から百年目、ソルレクサス帝国を滅ぼした突発性魔獣大移動からは、丁度五百年目にあたる。

 

 既に一昨年辺りから、新種の魔獣がちらほらと不可侵の樹海近くの村で発見されている。中でも、北東の方では『魔獣ジパンダ』と言う被害が出ている。

魔獣ジパンダは一般的には魔熊よりも一回り程小さいが、バンブーリンを好んで食べる。ただ、そのバンブーリンは万能薬の原料でもあるため、ジパンダが討伐されるのである。

 さて、ジパンダと同じ魔熊の特徴は、比較的穏やかな性質で繁殖期、子育て期以外であれば、何も危害を加えることはない。冬は冬眠する。ただ、例外もいる。

 『魔獣パングリスビー』は魔熊(魔ヒグマ)と呼ばれる魔熊の三倍。前足の爪には地龍をも殺してしまう猛毒を持ち、大きな山のような背には極細の針がある。白い顔に目には黒縁模様が入った愛嬌のある顔をしている。が、性質は獰猛。

この魔獣が出没する前後には、ある小型の魔獣の影響がある。『幻覚の舞』と呼ばれる暗黒蝶の大群。名の通り、魔獣を狂わせ、魔獣の繁殖期を狂わせる。専門家は五百年前の大惨事を手引きしたのは、この魔獣ではないかと力説している。既に今年の春には新たな種類の魔獣が発見されたとの報告さえ上がっている。

これが樹海の中を北上したとすれば、最悪ギルドからも王都周辺地域への移動禁止令が発令となるだろう。

 馬車の車窓から見える景色を見ている。その眼光は常にホーウェインス領の方面に広がる暗黒雲を見つめている。


 「旦那様。辺境伯領には嫡男のローレンス様、次期魔術師長で次男のランドルフ様、魔弓術の名手で三男のラインナルト様がいらっしゃいます。旦那様が御不在の時でも坊っちゃま方は旦那様に追い付け追い越せと日夜努力しておいでです」

 「そうだったな。ローレンス達に任せると決めたのは私だった」


 

 王城へ着いた彼らを待っていたのは、憮然とした面持ちのカナン宰相、ジェルミ神殿長、サルディーニャ侯爵そして国王夫妻だった。


 「皆に来てもらったのは、皆も聞いて知ってると思うが、一昨日に行われた魔法学院卒業パーティーでの一件だ」


 徐に王座から立ち上がった王と王妃はサルディーニャ侯爵の方へ頭を下げた。まだ気心の知れた二人だけの会談だったら、和やかな雰囲気で話し合いが出来ただろうが、ここは他家の三当主が集まっている謁見の間。響めき声も聞こえる中、凛とした王の声が謁見の間に響き渡る。

まだ王子が仕出かした事に心がついて行っていないのだろう。王妃の顔色は未だ青いまま。隣の王の顔色も悪い。


 「ハインツすまなかった。愚息が一人のか弱い令嬢を側近を使って取り囲み、あまつさえ令嬢がやってもいない罪を寄ってたかって責め立てた。此度の事は王である私が愚息と国の未来のためにと結んだ婚約者である令嬢を傷つけた事、深く謝罪する」


 「ゲオルグ…其方は国王。ならば臣下に頭を垂れる事は許されぬ事だと何度も申したではないか。それに私は謝罪されても私の娘が受けた傷は消えはしない。殿下は何を持って私の娘との婚約を破棄出来ると思っていたのか、それが不思議でなりません。本来ならば殿下を諌める役目のお三方の御子息達の教育はどうなさっていたのか疑いたくもなります。娘は卒業パーティーもですが、誕生日、夜会などのエスコートは全て私か長男が務めてまいりました。殿下からの贈り物を受け取った事もここ三年ほどございません。なのに、王子妃の予算が使われているのは何故か、陛下はご存知だったはずです。どうしてもっと早く殿下の目を覚まそうとされなかったのですか。私なりにパーティー会場にいた学生達から聞き取り調査をしたところ、殿下は子爵令嬢の証言のみで娘をお三方の御子息とともに糾弾したそうですね。御三方の御子息達の処分もどうされるのかお聞きしたい」


 現魔術師長ハインツ・サルディーニャ侯爵の言葉の一音一音に魔術がかけられ、この謁見の間全体が氷碧に囲まれた。愛妻を亡くし、その忘れ形見の令嬢が事もあろうに卒業パーティーで我が愚息も含めた権力者の息子達に責められ、跪かされたとなれば怒りもする。

 卒業パーティーに参加していたロゼリアからも事の一部始終を聞き、情けないよりも怒りが先に出た。キリキリと痛む胃を抑えながら、ラファエルが一歩前へ進むとハインツの方へと目礼をし、自身の決断を口にした。


 「サルディーニャ侯爵、我が愚息ロベルトの愚行でアナスタシア様に暴力を振るった事をまずは謝罪させて欲しい。愚息は一月の自宅謹慎後、身分を剥奪し、本来ならば愚息は卒業後には王国近衛騎士団員でしたが、守るべきか弱いご婦人に暴力を振るった罪と、色に惑わされ冤罪で一人の女性に有らぬ罪を被せた罪、よってロベルトは平民として第三魔獣騎士団へ入隊させる所存だ」


「「「「「な、なんと言う事」」」」」

 

 あまりのラファエルの厳しい処置に国王夫妻も、ハインツさえも目を見張った。


 「ホ、ホーウェインス、それでは御子息に死ねと言ってるのと同じではないですか。細君はホーウェインス殿が御子息に課した処分には納得されないだろう」


 「いえ、妻自身、親友だったサルディーニャ侯爵夫人の忘れ形であるアナスタシア嬢を可愛がっておりました。そんな彼女に負わせた暴力に妻は…。それはロベルトが本来ならば王子の側近として王子の愚行を改めさせるべきだった。だが、彼奴はそれをせずに子爵令嬢の甘言に踊らされ、自分の歩む道を間違ったのです。例え死んでも、それは彼奴の運命だったと」

 

 ジェルミ神殿長の目は恐怖で見開き、声は震えている。ホーウェインス辺境伯爵夫人が最も溺愛しているはずのロベルト()も自分の息子と同じ過ちをしているが、同じように厳しく出来るのか否かを問われそうだと震えていた。

 ラファエルが言ったロベルトの配置先である第三騎士団は不可侵の樹海でも北部を担当している。常冬で一年中雪に覆われた地での魔獣退治は、ベテランの冒険者でさえも運が良くて四肢の一つを欠如したり、魔獣との戦いで精神を病んだりする者もいる。運が悪ければ命を落とす事も勿論ある。それほど王国騎士団としてもその任務地だけは嫌がるほど厳しい場所であり、第三騎士団に所属後は出世街道にも乗ることも出来る。実力さえあれば。



 「それではジェルミ神殿長は、何か良い案でもあるのですかな?御自身の御子息にはどのような処分をされるおつもりなのか、御伺いしましょう。確かご自身の御子息はかの子爵令嬢に信仰を捧げたと聞き及んでおりますが、ジェルミ神殿長はこれについて如何されますか?」

 

 答えようによっては、自身の神殿長という身分さえも喪うことになるぞと圧をかけて行くラファエルに、カナン宰相も顔色をなくしている。最愛の妻の涙のためにも、今回の事はロベルトだけの罪ではないと言う事を皆々様に知ってもらうとしようではないか。


ここまで来ても妻ラブの赤獅子である。


 ああ、そう言えばカナン宰相のご子息はエーミール殿だけでしたな。一応、彼の婚約者として我が愛する娘ロゼリアを嫁にどうかと打診されていたが、エーミール殿()の軽薄さと件の子爵令嬢への態度を見ても、我が娘との婚約は白紙に決まっておる。元々妻もこの婚約には反対をしていたのだ。それをカナン宰相夫妻が何度も我がホーウェインス領に来ては、私が不在の時に身重の妻に余計なストレスを与えていたのは知っておるからな。

ロゼリアに傷がつく前にカタをつけておこう。


 「時にジェルミ神殿長は天使の雫なるものは、ご存知ですか?」

 「な、それはわが国では御禁制の薬ではないか、それがどうされたのだ」


 指をパチンと鳴らしたラファエルの前に顕現したのは神殿の法衣に大事に包まれた小さな箱。箱がひとりでに開くとその中には砂糖よりも白く、小麦粉よりも粒子が小さな粉が鎮座していた。


 「…では、こちらなんですが。もう賢明な上級貴族の皆さまならば、ご存知の事かと思いますが…」


 

 笑みを浮かべながらラファエルが亜空間から取り出した物に、謁見の間にいた国王夫妻、貴族は凍りついた。大きめの箱の中には白い粉と魔術具が入っていた。


「こちらへ伺う前に面白い話を耳にしましてね、これはジェルミ神殿長の御子息が御友人たちと懇意にしていらっしゃる花街で使われているものですよ。こればかりは出来過ぎだ、罠だと疑われると思いましてね、ここ最近花街に仕掛けておいた魔術具も持参しました。ではとくとご覧くだされ」

 

 ラファエルの魔力を浴びた魔術具が仄かに光出すと王子が子爵令嬢と睦み合う姿や、三人の側近候補達と白い粉について話している姿が映し出される。


 「「「「な、これは!!」」」」「ああ…ギルバルト!?なんて事を…」


 ついに王妃は失神し、女騎士達によってこの場から連れ出されて行った。


 「これでも、我が愚息への采配が酷いと言われますかな?」


 ラファエルの鋭い眼光がカナン宰相とジェルミ神殿長へと向けられる。ラファエルの視界にロゼリアからの魔法伝言が入るものの、それを無視しながら淡々と苦言を口にする


 「陛下。私が自身の愚息への処断が厳しいとのことでしたが、これらの事も踏まえた上での所存でございます事をお忘れなきよう。皆様が御自身の御子息達にどう処罰を下されるのかは、私もですが民も皆見ておりますことをゆめゆめお忘れなきよう」


 その後、ラファエルが出した証拠は今回騒ぎを起こした御三家(カナン宰相、ジェルミ神殿長、ホーウェインス辺境伯)の子息達は謹慎後、廃嫡される事になった。それはギルバルト王子も例外なく処分が決まった。

 ギルバルト王子は廃嫡後、処置を施され恋い焦がれていた子爵令嬢との婚姻を許されるも、子爵家は今回の不祥事を重く見て爵位を国に返還した。

今までギルバルト元王子が元子爵令嬢に使った王子妃予算は、元王子と元子爵令嬢が持つ財産で返済する事になったが、不足分は二人が炭鉱で働きながら返すことが決まった。

王妃も溺愛していた王子が仕出かした事の大きさに、気をやるほどショックを受け、国王は自分の息子への施政者としての教育が至らなかったと悔いていた。国王夫婦もまさか王子自らの指揮で、ご禁制の『天使の雫』を廃教会の地下で栽培、製造していたことは、知らなかったようだ。

ギルバルト元殿下は斬首はまぬがれただけでも、両陛下の子を思う親心に感謝してほしいものだ。

まだこの騒動は終わってはいない。


 長い長い会議が漸く終わった頃、外は既に朝日が登っていた。



 ああ、早く我最愛の妻ロスヴィータの元へ帰ろう。






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