魔法少女と悪役の話
「クハハハハハハ! 愚民共よ、このアクヤーク様を恐れろ! 逃げ惑え!」
その男――アクヤークが手を向けると、そこから光弾が放たれ、建物を次々と撃ち抜いていった。
異能の力を前にして人々は逃げ惑うことしかできない。
しかしそんな中、地面を走ってアクヤークに向かう人影が一つあった。
「出たな! 性懲りもなくいついつも邪魔してくるババアめ!」
「ババアと言われても! 心はいつでも少女のまま! 五十七歳の魔法少女ティンクルスターここに見参!」
ビシッとポーズを決めてアクヤークの前に立つのは、フリフリのドレスを着た魔法少女だった。魔法『少女』といっても本人の言っている通り、寄る年波は隠しきれていない。腕や足は厚手のタイツで覆っているものの、アクヤークを睨み付けるその目の際には、いくつもの皺が見て取れた。
「ふん、お前が来たところで何も変わらないんだよ!」
「きゃあ!」
アクヤークから放たれた光弾がティンクルスターの周囲に落ちる。アクヤークが脅しのためにわざと外したのだ。
年を取ってもそれがわからぬティンクルスターではない。
「確かに私が来ても時間稼ぎにしかならない……。あなたのことは警察に任せれば良い。みんなそう言うわ。でもね、その警察の人が来るまでにどれだけの被害が出るのかしら? 私はそれを見過ごすことができないの!」
「だからわざわざババアのくせに出張って来るのか!」
「そうよ! 誰かを守りたい気持ちに年齢なんて関係ないんだから!」
しかしティンクルスターはアクヤークのように空を飛ぶことができない。光の弾を放つことができない。圧倒的に有利なのはアクヤークだが、その表情に余裕は見られなかった。
どれだけ光弾を放とうと、それは周囲の建物を壊す以外に使われなかった。
ティンクルスターもそれがわかっているのか、一歩も動くことはなかった。
「私は知っているの。あなたは人を攻撃することができない……優しい子だから」
諭すような優しい言い方にアクヤークの顔が歪む。
しかし否定することはできない。ティンクルスターの言う通り、アクヤークはこれまでティンクルスターのことを攻撃したことはなかった。
それは、逃げる一般人に対しても同じ。
どれだけ建物を壊し、見た目の被害は大きくしても、アクヤークが誰かを直接傷つけたことはなかったのだ。
それを見透かされ、アクヤークの中でも何かが変わった。
「そんなに言うなら……そんなに言うならこれでも食らってみろよぉ!」
叫び、両の手の平を向ける。そこから放たれる無数の光弾は、これまでのような脅しではなく、確実にティンクルスターを撃ち抜こうと迫っていた。
咄嗟に両腕でガードをするが、それで防ぎきれるような量ではなかった。
次から次へと飛来してくる光弾は爆撃機から落とされる爆弾のようにティンクルスターを襲い、舞い上がった土煙はその姿を見えなくした。
「へへっ、やってやったぞ……。偉そうなことを言うからだ。調子に乗るからこんな目に合うんだ」
アクヤークが呟く。どこかスッキリしたような、それでいて今すぐ吐き出しそうな複雑な表情を浮かべ、脂汗をにじませている。
しかしその顔は、土煙が晴れたことで驚愕に変わる。
「なんで……なんでまだ立ってるんだよ!」
土煙が晴れた時、そこにはさっきまでと変わらず仁王立ちをするティンクルスターの姿があった。
しかし服は裂け、至る所から血を流し、まさに満身創痍の様相である。
「言ったでしょ? 私は誰かを守るためにここに居るの……」
「だからって……痛いだろ! 逃げろよ! なんでまだ立ち向かってくるんだよ! 諦めて逃げたって良いじゃないか!」
アクヤークの叫びはティンクルスターを糾弾するようで、助けを求めているようにも見えた。
「私は諦めない! 一つだけ教えてあげるわ。魔法少女は諦めない。でもそれ以上に……ババアは諦めが悪いのよ! だから私はあなたを諦めない!」
その時、ティンクルスターの持っていたステッキが輝きだした。
まるでその気持ちに応えんとばかりにだ。
「ティンクルステッキ……あなたも私を助けてくれるの?」
応えるように輝きを増す。
しかし、けたたましくサイレンを鳴らしながら現れた多数のパトカーが二人を囲んだ。
「アクヤーク! 今すぐ投降しろ! さぁ、益山さん避難して」
警察が現れ、すぐさま反応したのはアクヤークだった。
「残念だったなティンクルスター! お前に誰かを救うことなんてできないんだよ!」
そう言い残して空の彼方へ飛び去って行く。
「待って!」
「益山さん、危ないからいつもやめてって言ってるでしょ!」
追おうとするティンクルスターは、警察の手によって無理矢理パトカーに乗せられる。
「お母さんは諦めないからね……。たかし……」
ティンクルスター、名言っぽいの生み出した気がするんですがいかがでしょう?