獣人のドルイドと精霊の子供の話
「おやおや……こりゃ困ったね……」
つぶやくのは獣人の女性。すでに結構な年なのだろうが、シャンと伸びた背筋はそれを感じさせない。
彼女の職業はドルイドである。
森と共に生き、森と調和する魔術師。代々続くドルイドの家系に名を連ねる彼女である。
普段から彼女の魔術を頼りに、老若男女、種々様々な人間が彼女の下を訪れる。しかしこの時ばかりは、いつもつり上がっている彼女の目尻の、困ったように垂れ下がっているのだった。
その原因は彼女の目の前にいる子供。一糸まとわぬ姿で床に座り、辺りをキョロキョロと窺っている。
「精霊には違いないんだろうが……ちゃんと力を持っているのかどうかわからない」
「うー……あー?」
彼女の言葉を理解しているのかは怪しいが、同じような仕草で首を傾げている。
精霊召喚の魔法は秘術中の秘術で、これを使いこなす人間はそういない。しかし彼女にとってはそれほど難しい魔法ではなく、頻繁につかわないものの、これまで何度も成功してきた魔法である。
無事に魔法が成功すれば、触媒に沿った精霊が現れる。火を触媒にすれば火の精霊。水を触媒にすれば水の精霊、といった具合だ。
人間よりも何倍も多くの魔力を持ち、それを利用するための精霊召喚の魔法だったが、これだけ幼い子供にどれほどの魔力があるだろうか。
「まぁ良い。とにかく服を着な」
と言いつつ、目の前の精霊が自分で着られるはずもないので、彼女は自分でその作業をすることになる。
精霊は様々な姿を持つが、人の形をしても基本的には裸である。彼女も普段、服を着させようとはしないが、子供が裸で居るのは何だか、外聞が悪い。
暖房を動かしているとはいえ季節は冬である。
「さてと……そもそも言葉が通じないんじゃ何もお願いできないね。村長殿には謝らなくちゃ」
雪解け水をコップに入れて差し出すと、うれしそうにそれを飲む。これまで精霊に食事を与えたことはなかったが、木の精霊に水をあげるのは間違っていなかったようだ。
今回、春からの農作業に向けて精霊の祈りを捧げたい、と近くの村の村長がやってきたから精霊を召喚したのだ。しかしこちらも気にせず水を飲み続けるこの精霊に、祈りを捧げられるかは怪しかった。
「うー! うー! あー!」
空になったコップを見せてくる。
「そうかい。ちゃんと飲めたのなら少し待っててくれ」
「おー……」
精霊召喚の魔法は、精霊が召喚に応じた時点で契約が交わされる。そしてその契約が終了するまで、精霊を帰すことも精霊が帰ることもできないのだ。
今回、彼女が精霊と交わした契約は豊作の祈りを捧げること。その対価として彼女自身の魔力を捧げたのだ。
子供みたいな見た目をしていても精霊は精霊。交わされた契約は絶対である。
たまに、精霊と悪魔を同列に扱う者も居るが、そいつの心理をようやく彼女は理解した。
「……ちょっと間違えれば悪魔だよ。まったく……」
魂が取られるわけではない。しかし、この子供がずっと居座ることになるのだ。
子供の居ない彼女に子育ての経験があるはずもなく、彼女にとっては無邪気に笑うこの精霊も悪魔に見えるのだった。
「おー! だーーーー!」
これからどうするか思いつかず、諦めたように彼女は精霊を眺めていた。
空のコップを一心不乱にテーブルに叩きつけ、何事か叫んでいる。言葉にならない声は、その意図を教えてくれない。
しばらくそれを続け、そろそろコップが壊れそうだと思ったその時、テーブルに打ち付けられたコップの中から草が生えてきた。
「ちょ、ちょっと借りるよ」
「あー」
よく見ると草ではなく、小さな木であった。それがしっかりとコップの底から生えている。
どんな見た目をしていても精霊は精霊。頭ではわかっていても、こうして目の前でその力を見せつけられてようやく理解できた。
「まだまだ私は若いな……」
ドルイドとして長い時間を過ごし、森に関しても魔法に関しても得意になっていたが、その顔に泥を塗られた気分だった。
しかしそれとは裏腹に、表情は楽しそうに笑っていた。
「どうせ帰ってはくれないんだ。精々、有意義に使わせてもらうよ。考えてみれば精霊と過ごせる機会なんてそうはないからね」
「うー?」
彼女の名誉のために言っておくが、何もこの子供の精霊を使って怪しい実験をするわけではない。しかし彼女の表情を見るに、それをしたとしてもおかしくはないだろう。
精霊の子に、まだその表情を読み取るだけの力がないことだけが救いであった。
昨日は眠気に負けました。冬だからしかたないのです。




