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春と桜の神様の話

 ひらひらと舞い散る桜の花びら。最初はちらちらと僅かに舞うだけであったが、日が経つにつれてその勢いは増し、まさに桜吹雪といった様相である。

 盤に落ちる花びらが鬱陶しい。

 この光景を眺める度に春が終わるのだとセンチメンタルな気分になる。


「どうした? 貴様の番だぞ?」

「すまんすまん。春ももうすぐ終わりだと思っていてな」


 駒を進める。

 盤を挟んで対面に座る彼から「うむ……」と唸るような声が聞こえてきた。


「桜が散るだけで春の終わりか。流石、桜の神の春は短いな」

「春の神様とは違うのですよ」


 駒を指されてまた指し返す。

 春の神様の手番は段々と長くなっている。

 しかし気長に待とうじゃないか。我々には時間がたっぷりあるのだから。


「今年は大変だったんじゃないですか?」

「何を終わった気になっているんだか……。花見シーズンが終わるといつも気楽なんだから。王手」

「これ、詰まってませんよ」

「言ってみただけだ」

「そんなことだからいつまで経っても勝てないんですよ」


 今度はこちらが王手。これは正真正銘の詰みだ。

 今まで春が来る度、桜が散る度、将棋を指していたが春の神様の勝利はまだ遠いようだ。


「わかったわかった、参りました」


 無造作に頭を下げて駒を片付ける。


「何が違うんだ……? 駒の色をウド色にしてみるか」

「そんなことなら私の駒は桜色ですよ」


 嫌そうな表情を浮かべて「冗談だよ」と笑う春の神様。桜餅を差し出すと僅かにその表情は明るくなる。

 そのまま春の神様と肩を並べて、舞い散る桜を眺めるだけの時間が過ぎる。

 人間にすれば数時間は長いのだろうが、神様にとっては数分、数秒程度の短い時間にしか感じない。

 綺麗に桜が舞っているというのに、花見客は一人も居ない。


「……人が来なくなってどれくらいだ?」

「十年……。いや、もっと長いですかね」


 あまり気にしていないので正確な時間は忘れてしまった。

 しかし何年か前、何かの実験施設が爆発して危険だということで日本の首都、東京は封鎖された。それから東京に人は居なくなっった。

 何の実験施設で何が爆発したのかは興味がない。

 ただ、見る人が居なくなっても桜は毎年咲き、毎年散るのだ。

 皮肉なことに、人が居ない今の方が桜達は生き生きしているように見える。


「なに、すぐに戻って来るだろう」

「人が来るようになればこうして将棋を指すことも難しくなりますね」

「その方が良いんだよ」


 人がまた東京に入れるようになるまで何年かかるだろうか。

 しかし気長に待とうじゃないか。我々には時間がたっぷりあるのだから。

 広がらない時は本当に話が広がらない

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