5ちょろ
扉を閉めた私は走った。
今日のために用意した黒いドレスは重い。
首飾りは肌に擦れて痛い。
靴は走るための物じゃないから踵がはずれる。
「うっうつ!うわーん!」
もうもうもうエリック様に振られちゃった!
婚約者だから結婚してずーっと一緒だと思っていたのに。
めちゃくちゃに走ったら校舎の奥まった場所まできちゃった。
舞踏会があるから生徒も先生もみんな会場にいる。
「ひとりになっちゃった」
お父様とお母様みたいなステキな出会いがあって結ばれて、エリック様とそうありたかった。
でもエリック様は私が嫌いだから。
嫌い。
自分で言って悲しくなってきた。
だってマリア様を告げる見る目と私を告げる見る目は違う。あんなに優しい目じゃない。
『やっとわかったにゃ?』
キーが言う。
『はーい、これでお仕事おわりにゃ。エリック皇太子とその婚約者が離れたにゃ』
白い羽根の生えた子猫は尻尾をビンと立ててドヤ顔をする。
その羽根むしってやろうかしら。
『最後に神さまからいいこと教えてあげるにゃ』
神さまはニヤッと笑って言う。
『僕を呼んだのはいろんな人だにゃ。例えば王妃になりたいおんにゃとか、政敵に力を持たせたくないおにゃじとか、君のことが大好きな家族とかにゃ。でも一番強かった想いは君を愛している男のやつにゃ』
ドドドと足音が響き、誰かが走ってくる。
『頑張れにゃ!』
そう言ってキーは消え、アル兄様が息を切らして立っていた。
キーの話で止まっていた涙がまた溢れた。
「アル兄様!アル兄様!私は私はエリック様にふられました!」
アル兄様に抱きつきえんえん子供のように泣いてしまった。
「チェルシー、ごめんね」
アル兄様が謝りながら私を抱きしめ慰めてくれた。
まだ私はアル兄様の謝罪の意味がわかっていなかった。
舞踏会が残念に終わってからしばらくたった。
エリック様の婚約者がマリア様になって、私は学園を辞めて知らない新興貴族にお嫁に行くことになった。
婚約破棄された女はなんてどこにも貰い手がないし、ふられてヤケになっていたの。
私の世界はどんより灰色。
釣書も姿絵も見ないで、言われるままに結婚準備して今日が新興貴族の領地の教会で結婚式。
その間なんと3ヶ月。
スピード婚でしょ?私もビックリ!
でいま純白の婚礼衣装を着た私の隣にお父様。
祭壇の前には旦那様が立っているけど。
なんだか見覚えがあるような?
私の疑問をよそに式は進み誓いの口づけになった。顔を覆うベールを旦那様があげると……。
えーー!アル兄様⁉︎
なんでアル兄様が!
アル兄様が顔を寄せ耳元で囁く。
「チェルシー。綺麗だよ、私と結婚してねかわいい奥さん」
そして口づける。
私の灰色だった世界は鮮やかなバラ色に染まった。
式が終わり高らかに鳴らされる鐘の音。
チョロイーン、チョロイーン、チョロイーン。
私は浮かれて鐘の音にも気がつかなかったし、白い羽根の生えた子猫が花びらをまいているのにも気がつかなかった。
アル兄様!ううん、旦那様ステキ!