12:遠藤 零士
※本作の主人公は一切無双しないどころか、どんどん状況が悪化していく泥沼サバイバルしかしませんので、合わない方は引き返して下さい。美少女もスキルも転生もありません。逆にそれが見たい特殊な方はどうぞご自由に。
老婆の鋭い視線を前にして、3人の中で真っ先に口を開いたのは新人の現場監督だった。
「実は僕たち、ちょっと豪華な大型客船に友達同士で乗ってたんですけど、不慮の事故で海に投げ出されまして。
それで無人島に漂流したのを、なんとかイカダで帰ってきたんです。」
泥まみれの顔で、悠介は一切焦らず動揺せず、それが史実であるかのように振舞った。現場監督の次は劇団員かもしれない。あまりの堂々とした態度に、老婆は
「そりゃあ、大変やったねぇ。」とクワを下ろした。
ゴミのような小競り合いと難波は、哀れな海難事故というファンタジーにすり替わった。
嘘は少し事実を混ぜるとそれらしくなるとは言うが、嘘が大規模過ぎないだろうか。
それから一週間、彼らは佐賀県のド田舎の農家に保護されることになった。
やることもない上にスマコはとっくに失っていて暇なので農作業を少し手伝ったが、無人島でウン十日間丸太を運び続けた彼らの身体能力は、もはや2063年の一般人のそれを超越していた。
アットアイランドな職場で鍛え上げられた肉体は、老婆が驚くほどのスピードで畑を耕していく。
インプラントや薬剤で体を鍛えるのが当たり前の世の中で、純粋な肉体労働だけで鍛えたのだから逆張り精神も良い所だ。
夜は老婆に、サメを素手で殴り倒した、という虚偽の冒険譚(実際半分合ってはいるが)を熱烈に、悲劇的に語り、出された白米と味噌汁を貪り食った。
労貧損苦葬と言った所だろうか。
久しぶりに口にする本物の和食は、石についた塩や、雑に調理された鹿肉とは比べ物にならないほど美味く、3人して涙ぐんだ。
身なりを整え、風呂に入り、(ついでに零士の歯を治療し)彼らはようやく人間としての尊厳を部分的に取り戻した。
「これ、少ないけど、家に帰る足しにしんしゃい。」
1週間を共に過ごし、老婆の圧倒的な善意を刺激した事により、彼らは交通費とお小遣いを騙し取った。
この新手の詐欺を無人島詐欺とでも名付けよう。
悠介は老婆の家に残って住む事になり、零士と陽翔はそれぞれの帰路についていき、老婆の家には頭のおかしい犯罪者だけが居座っていた。
零士はリニアに揺られ、遥かな故郷の京都へ時速500kmで帰る事になった。
もうあと30分でつく。
「トイレにでも行っとくか。」
目的地に近付いている時独特の微妙なワクワク感が漂う車内を横目に、後ろのトイレへ向かった。入った瞬間に自動ドアがすぐに閉まる。
(そういえば、便器なんて見たんいつぶりや....?)
ちょっとした下らない疑問を水に流し、席についた。窓の外には竹林が流れている。
かつてのイカダの原材料を思い出させた。
ドアについた小窓から景色を眺めながら、独り言を呟く。
「戻ったら何するかなんて、なーんにも考えてへんかったな....」
リニアから降りて実家に向かう前、零士の足は自然とコンビニへと向かっていた。
逮捕される直前に訪れた、あのコンビニだ。
だが、老婆からもらった小遣いは道中の移動費とおやつ代で見事に底を突いていた。
「またあれやるか....」
零士は少し進行方向を変え、歩く道からは徐々に人気が消えていった。とうとう人が彼ただ1人になったところで、目の前に寂れた神社が現れた。
厳かな神社に小銭を掻き回す音が聞こえる。
「合計1063円か....相変わらずここしけてんな。現金払いはもう死んだんか?」
零士は足早に歩き、目的のコンビニに入っていった。
自動ドアが開いたが、老婆のおかげで誰からも怪訝な目で見られる事は無くなった。
しかし元から本人に自覚はない。零士がおにぎりを選びながら、ブツブツ文句を呟く。
「そういえば、別に最初からイカダ作っとけばそれで良かったやん。なんであれ思いつかんかってん.....まあええか。帰れたし。」
零士は棚から手に取った鮭おにぎりと塩むすびをまた選び、叩きつけるようにレジに置いた。
「袋はおつけしますか?」
「いや、要らんで。おおきに。」
零士は店内を清々しい気分で出ていった。
川辺で少し久々のおにぎりを貪り食う。
一口齧ると、コンビニ飯の暴力的な化学調味料の旨味と、シャケの適度な塩気が五臓六腑に染み渡った。
「う、うまいなあこれ.....やっぱ島のやつとはちゃうわ....」
涙がボロボロと溢れ、おにぎりの上に落ちていく。
島での地獄、茜の指の骨、水鑑賞じじい、すべての狂気が、米の美味さとともに押し寄せてくる。
ここになら何だってある。
おにぎりを食べながら号泣している33歳、ホラーの権化だ。
その時、背後から無機質な足音が近づいてきた。ガサリ、と草を踏みしめる音。
「遠藤 零士 受刑者。署までご同行頂こうか……」
「お前!」
完全に面識のある2人が睨み合う。
「どうやって分かったねん。結構見た目は変わったはずやぞ!」
「見た目?そんなもんどうでもええねん。こちとらスマコでスキャンすれば一発で出るねん。やっぱ対策してへんかったか。」
筋肉質な警官にまたもや見下される遠藤 零士。おにぎりを川に投げ捨て、立ち上がると同時に口を開いた。ちょっと米粒が飛んでいった。
「で、次はなんやねん? また島送っても俺はまた戻ってくるで? 死刑は流石に重すぎやろ。」
警官が乾いた笑い声を上げて嘲笑する。
「そうよな。また戻ってくるもんな。でも安心せえ、次は無人島じゃない事は決まってる。とりあえず署まで来てもらおか。刑罰はそれから具体的に決めるわ。」
地面の雑草を見ながら、大人しく零士は連行されていった。何かブツブツ呟いている。
「俺のおにぎり.....」
せっかく島から帰ってきた男は、またもや同じ場所で逮捕された。遠藤 零士は一体いつ学ぶのだろうか。
-完-




