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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川翔己
第一章

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第九話 闇の鍵

「ってぇ……先生手加減してよぉ……」

「現場に行ったら手加減してくれる祟人なんていないよ〜、ほら、立って立って」

「クソ教師……いつかボッコボコにしてやるわ……」

「おっ、梛桜いい意気込みだね!」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


護身術の授業は七森とふたりしてボロボロになりながらなんとか終了。身体中傷だらけになったので、柳瀬の様子を見に行くついでに医務室で処置をしてもらうことにした。

「ははっ、ふたりして派手にやられたね」

「二対一でこのザマです〜、もう先生強すぎ」

「アイツは加減というものを知らないからね、端的に、教師には向いていない人間だよ」

「ホント、なんでアレがあたしたちの担任なのか、サッパリだわ」

「はは、ひどい言われようだ。凪沙、ついさっき食堂からお粥をもらってきたんだ。私はこの通りこの子の処置で手が離せなくてね。その子にご飯をあげてやってくれないか」

「え?あ、うん、分かった!」

雪姉さんの言う通り、柳瀬の眠るベッドの横の机にはおかゆが置いてあった。ぐっすりと眠る柳瀬の額に恐るおそる触れる。

「うっ……」

痛みを感じたのか、柳瀬は目を覚ましてしまった。

「あ、柳瀬おはよ、体は大丈夫?」

「……瀧田、か。……ん、はよ。大丈夫だ」

「よかった。体起こせる?おかゆあるんだけど食欲はある?」

「ん、食う」

ゆっくりと体を起こす柳瀬。その柳瀬を手伝いたいのはやまやまだが、体に触れると痛みが伴うので下手に手伝えない。

起き上がると机にあるおかゆを取ろうとする柳瀬。その柳瀬よりも早く俺がおかゆを手に入れた。

「おい、なにしやがる、寄越せ」

「ちょ、ちょっと言い方……。俺が柳瀬にご飯あげるの。雪姉さん命令」

「雪さん」

少し怒った様子で柳瀬が雪姉さんの名前を呼んだ。ゆっくりと七森の処置をしている様子の雪姉さんはこちらを向くと静かに笑って言った。

「諦めろ、そうなったらだれにも止められないのは颯真がよく知っているだろ」

雪姉さんにも見捨てられた柳瀬はクッソ、と大きな愚痴を漏らした。

「はい、あーん」

「……いらねえ」

「ほらぁそんなこと言わないで!はいっ、あーん」

「いらねえって」

「んもぉ、食べれるうちに食べないと〜」

「んぐ……」

「あーん」

「……あー」

諦めておかゆを口に入れた柳瀬は、ゆっくりと咀嚼した。押して押して、さらに押せば素直に従う柳瀬はいつもの大人っぽさを感じないときがある。例えば今みたいに、俺にご飯を食べさせられているときとか。

いやがる柳瀬を抑えておかゆを全部食べさせたら、柳瀬はまた寝転がった。体温計で熱を測ってみるとまだ少し熱っぽさはあるものの、ほとんど平熱といえる値まで下がっていた。

「腕痛い?」

「痛くない」

「うそ、痛いでしょ?」

「痛くねえって」

「もう、意地っ張り。あでッ!」

「凪沙、その子を休ませてやりな。お前はまだ処置していないよ」

「あ、はぁい。じゃあな柳瀬、おやすみ」

「……ん、おやすみ」

ベッドの仕切を閉め、俺は雪姉さんに処置をしてもらう。乾いた傷は少し痛んだ。


***


アイツらが部屋を出ていったあと、医務室は異様なほどに静かになった。医務室に残った雪さんと俺のそれぞれが少しでも動いたら、その音が医務室内に響く。そして今、雪さんが俺のいるベッドに歩み寄る音が聞こえる。

「颯真」

声と共にその仕切りが開く。その声に目を開けて返事をする。

「……はい」

「っハッ、そんなにいやな顔をするな。柊みたく可笑しな絡みはしないさ」

「はあ……」

寝転がりながら話をするのも、と思い、体を起こそうとする。だが、その動きは雪さんの言葉によって抑制された。

「構わないから寝ておきなさい。最近の調子はどうだ。呪説は安定して使えているか?」

「まあ、はい。悪くはないです。以前眞部さんに看守特訓をお願いしたときも安定していると言われましたし、先生との対人特訓も最初は互角でした」

「ははっ、最初は、ね」

「……そのあとはまあ、ボロボロでしたけど」

「あぁ、聞いたよ。私が近畿支部へ出張に行っているときだったね」

「はい、たしかそのときです」

「なるほど。まぁよかったよ、その様子だと、身体的外傷で死ぬ可能性に対する心配は必要なさそうだ」

「先生にはよく馬鹿にされますけどね」

「あれはアイツなりに心配しているんだよ。許してやってくれ。慣れていないんだ、表立って心配の言葉を口に出すのは」

「……分かってます」

「それでもね、アイツがいちばん心配しているのはお前の精神面だよ」

「はい?」

「颯真の指輪にはなにがある」

「え……?」

「そこにあるんだろう、アイツの心配するタネが」

「……この指輪は」


***


第九話【 闇の鍵 】


***


颯真の話を聞いて、柊が彼の指輪について危惧するのにも納得がいった。その指輪には、私が想像するよりもっとひどい過去が詰まっていた。これを十代の子どもが処理をするのには少々荷が重い。加えてそれを経験したのは幼児と言われる年齢。そんな時期からこの子はこれを抱えて生きていたのだ。

「そうだったか、言わせてしまって悪かったね。なにか飲むかい?」

「いえ。いつか言わないといけないと思っていたので大丈夫です。ご心配なく」

大丈夫だと言うわりには額に冷や汗をかいている颯真。この子はたまに、感情を隠すのが下手になることがあると最近知った。

「疲れただろう。この様子だと熱も今日中に下がりそうだし、四半痛も明日までだ。ゆっくりしておきな」

「はい……」

彼が目を閉じるのを確認して仕切りを閉める。しばらくすると彼の寝息が聞こえた。タオルを持って再度仕切りを開け、その額にある汗を拭い、また仕切りを閉める。この子は特に、言葉や態度が大人のようであっても感情に対してはまだまだ子どもだ。当然だが生まれてまだ二十年も生きていない。呪人になってからも十年かそこらだ。それなのにこれだけの過去を抱えていながら、ここまで抑制が効いていることに驚く。

「ふっ、とんだおませさんだな」

「ちょっと〜、僕の子をたぶらかすのやめていただけます〜?」

「あぁ、厄介なのが来たな」

名を出さなくても分かるだろう。厄介なやつだ、柊葵。

「……颯真と、なに話してたの」

「ははっ、やはり聞かれていたか」

「なんで直接聞いた、俺が話さなかったのにはわけがあるって、お前には分かってたよな」

柊の纏う空気が一瞬で変わった。それも仕方ない。柊がわざわざ隠していたことを本人から聞いたんだ。

「分かったうえで聞いたんだよ。緊急時、この子の事情を知っていないと困ることもあるだろう」

「だからって直接聞く必要はないだろ」

「柊、お前がこの子を大事にしたいという気持ちはその行動と矛盾しているよ」

「なにが言いたい」

「大切にしたいのなら伝えなさいということだ。かわいい子には旅をさせよと云うじゃないか」

「それとこれとは話がちがうだろ、わざわざ苦しい記憶を思い出させる意味なんて」

「なんだ、思い出させたら都合の悪いことでもあるのか?いいかい柊、これは遊びじゃないんだ。大人が間違えれば子どもは死ぬんだよ」

「お前いい加減に……!」

会話を重ねるにつれ余裕がなくなっていく柊が私の胸ぐらを掴んだ。右手は宙に振りかざしている。

「ほう、このまま私を殴るか。構わないよ」

「お前っ……!」

「安心しろ。殴ったとて、私はだれにも言わないさ」

私がそこまで言うと胸ぐらを掴んでいた手は力が抜け、宙に振りかざしていた手は自身の顔を覆った。

「お前は本当に、あの子のこととなると余裕がなくなるね」


***


その後の颯真の体調は順調に回復していった。熱も完全に下がったし、いつもより若干少なくはあるが食欲も戻った。明日は四半痛三日目。個人差はあるが、三日目は腕が少し痺れるだけでその他体調を崩す呪人は少ない。現在の段階では心的外傷の心配もないだろうし、この子に関しては今日でしばらくお役御免だろう。

「はぁ……柊、そろそろ落ち着け」

「いい……いいから殴れ……早く殴ってくれ……」

今はコイツのほうが重症だ。あれから壊れたようにこの言葉しか言わない。少し冷静さを取り戻せば自分がなにをしようとしていたのか理解したようだった。泣くように訴える柊はまるで赦しを請う子どものようで、はたから見ると非常に滑稽だ。

「……なに、してるんですか」

「あぁ颯真、起きてしまったか」

「はい、それよりその人……」

「そうま……」

颯真が目を覚ましたのを見た柊は勢いよく颯真の元に走ろうとする。コイツのことだ。その勢いで颯真に抱きつくに違いない。

「落ち着けっての」

案の定立ち上がったので走り出す前に襟腰を掴んでおいた。

「騒いで悪かったね。眠れないかい?」

「あ、まあ、はい」

「コイツは追い出しておくから、眠れなくても横になっていなさい」

「あ、はい」

颯真に言った通り、柊は外に出しておいた。アイツもいい大人だ。こちらが手をかけなくても、いずれ落ち着いていつものアイツに戻るだろう。

「凪沙でも呼んでこようか、眠れないなら世間話でもすればいい」

「あ、いえ、べつに大丈夫です」

「そうかい、あの子は随分暇していると思うんだがな」

「……」


***


「柳瀬来たよ〜!!」

「るせえ」

結局、瀧田は呼んできてもらった。自分が呼んでくるから安静にしていなさいという雪さんの言葉に俺はおとなしく医務室で待っていたが、雪さんとともに戻ってくると思っていた瀧田はひとりで走ってきた。

「雪さんは」

「雪姉さんならうしろ!……のはず」

「お前な……」

うしろを見てもだれもいなかったから少し焦ったのか、探してくる!と大きな声を出して走り出した瀧田。そんな瀧田を俺は呼び止めた。

「お前エネルギッシュすぎんだろ……」

「え?えへへ、そうかな」

瀧田が医務室に入り、俺のいるベッドに座った。

「柳瀬、体調どう?しんどくない?」

「大丈夫だ。悪いな、急に呼び出して」

「いいのいいの、呼んでくれて嬉しい。夜ご飯は食べれた?」

「ああ。悪かった、朝も夜もお前が運んできてくれたって雪さんに聞いた」

「うん……んなぁ柳瀬?」

「あ?なんだ」

「こういうときの返事って、ごめんとか、悪かったとかより、ありがとうって言われたほうが俺は嬉しいよ」

「え、あ、あり、がとう……?」

「どういたしまして!」

優しい人は早く死ぬ、と人は言う。それは大方間違いではないと思っている。呪人は一般人と比べて早く死ぬ確率が非常に高い。そして、俺の周りにいる呪人は優しい人、いわゆる善人ばかりだ。それは呪人に限らず、眼人もそう。俺はどうかと言われれば、そうではないと答えるだろう。俺は呪人ではあるが善人ではない。多分俺は、善人である呪人がみんな死んだあと、ひとりで死ぬ寂しいやつだ。

「柳瀬?」

「お前は優しいから、早く死ぬために呪人になったのか」

「ん?俺は百八十歳まで生きるよ?」

「ハッ、化け物かよ」

「んふふ、柳瀬も一緒にな」

「俺もかよ」

「当たり前だろ〜!七森もな!」

「拒否権は」

「ないッ!」

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