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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川 翔己
第一章

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第十話 寛解と再燃

「やぁやぁグッドモーニング。早速だけど今日は朝から現場に行きまーす」

「あ、先生調子戻ってる」

「え?」

「なんか昨日、メンタルやられてたって雪姉さんに聞いてさ」

「あんの野郎……」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


「対象は風属性。今回はまだ初期段階だって言ってたから状況を見てどちらかを判断すること。処置、対処は凪沙、補助は梛桜、僕は保護誘導。オーケー?」

『了解!』

中部支部からの応援要請を受け、現場に向かう。今回は移動距離が少し長かったため、光属性である僕の瞬間移動を利用して移動した。

祟人はまだ初期段階。早いうちに処置が出来ればオオゴトにならずに済むし、一般人の保護誘導も特段必要なくなる。あの子たちに全てがかかっている。


***


「じゃ、行ってくる!」

「気を付けるのよ、初期段階といっても属性は風なんだからね」

「うん、気を付ける」

祟人のいる空に向かって風を操り、祟人のもとへ一直線に向かう。スピード勝負で近づく俺に気付かず地上への攻撃を続ける祟人に体当たりし、祟人のバランスが崩れたところに注射で特効薬を投与する。途端祟人の力が抜け、自ら飛ぶこともできなくなる。俺は祟人を支えながら地上へ降りた。

「アンタ……びっくりするくらいスピード勝負で乗り切るじゃない……」

「だって初期段階の祟人は本当にスピード勝負だろ、俺に気付かず攻撃を続けてたのが不幸中の幸いだったよ」

祟人を地面に寝かせる。その腕はみるみるうちにアザが消えていく。これが祟人が呪人に戻る瞬間だ。

「いやぁ凪沙、もう終わったの?すごいね」

祟人の様子を見ていると先生もやって来て、感嘆の声を上げる。先生はアザが消えていく祟人を担いで言った。

「じゃあ早速中部支部に行こうか。凪沙、風お願いできるかな」

「もちろん」

腕を少しずつ上げると俺たちの体も風に吹かれて浮いていく。そのまま行きたい方向に意識を向ければ動き出した。

「見た感じ、今回凪沙は呪説を使わなかったね」

「うん。体当たりしてみて、そのとき抵抗されたり持ち堪えられたりしたら呪説を使おうと思って」

「ったく、アンタって脳からの指令が脊髄を通ってるのか心配になるレベルで計画性がないわよね」

「え〜ひどいじゃん七森〜」


***


「ありがとうございます、本当に助かりました」

中部支部に着き、その移動時間で完全に呪人に戻ったその人を医務室まで連れていく。連絡を受けたその人の専属眼人かと思われる人が頭を下げる。医務室の先生もしばらく休めば大丈夫だと言っていたし、その言葉を聞いて俺たちも安心した。一件落着だ。

「ともいかなくてね、本部で祟人が出たらしい。急いで戻ろう」

『はい』

休む暇もなく関東本部に戻る。先生の瞬間移動で帰ると、施設内を走り回る呪人と眼人で溢れかえっていた。

「祟人は」

「あっ、柊さん、皆さんも。お待ちしておりました。こちらです」

走り回る人々の中から先生が眞部さんを見つけ出した。眞部さんについていくと目的地に近づけば近づくほど人が多くなるのを感じた。

「はいどいてどいて!だれか倉田呼んで来い!」

先生がたむろする人々に大きな声で呼びかける。その言葉に何人かが雪姉さんを呼びに医務室へ走った。

「梛桜、注射器持ってるね」

「えぇ」

「対象は火属性。今回も初期段階だ。処置、対処は梛桜、補助は凪沙。ふたりとも頼むよ」

『了解』

七森は注射器を取り出すと祟人に向かって呪説を唱えた。

「久遠、冰」

祟人に向かって一直線に伸びる七森の氷は、祟人の強い火によって到達する前に溶けてしまった。

「チッ……」

「七森、空から行くか」

「えぇ、頼めるかしら」

「もちろん」

人の多い地上で交戦するより、人のいない空中で交戦するのが得策と考え、七森に力を貸す。七森の近くで先ほどと同じように腕を少しずつ上げる。

「もう少し上で頼むわ、もう少し」

なんのつもりなのか、俺たちの準備が整うまでまったく攻撃を仕掛けてこない祟人。それでもその目は毒に支配されていて、人間の温かみはまったく感じない。

「ここでいいわ」

言われたところで力を安定させる。七森はまた呪説を唱えた。

「久遠、白銀」

その呪説で雪が降る。相手は火属性の祟人。火属性は暑さには強いが寒さには弱い。その呪人ならではの性質を利用しているのだろう。

「生水」

追い打ちをかけるように水での攻撃も仕掛け、祟人の力が弱まると、すかさず氷で最後の攻撃をした。続け様の攻撃に手も足も出なくなったのか、祟人は抵抗することなく地面に倒れ込んだ。

「瀧田、下!」

「了、解ッ!」

倒れ込んだ祟人のもとに向かい、七森は特効薬を投与する。


***


「こちらです!」

施設の眼人が処置をした七森のもとにやってくる。そのうしろには先生と雪姉さんがいる。

「梛桜、怪我はないかい」

「あたしは大丈夫です」

「柊、この子を医務室まで運んでくれ。凪沙は水分を取りなさい、顔色が悪いよ」

「あ、うん」

「梛桜も医務室においで、少し怪我をしているね」

「あー凪沙、このあとの指示するから凪沙も医務室ね〜」

雪姉さんと先生の指示により、俺たちは全員で医務室に行くことになった。

「あれ、柳瀬は?」

「あの子なら四半痛もマシになったし、熱も完全に下がったから部屋で休んでいるよ」

医務室に行けば会えると思っていた柳瀬は、そこにはいなかった。雪姉さんに渡された水を飲んで少しボーッとする。連続で力を使ったから少し体力を削られたのだろう。

雪姉さんは祟人に近づくと注射を打った。

「足りなかったの?」

「そうだね、梛桜が特効薬を投与していなかったら殺さないといけないレベルまで事態が進んでいた。危なかったよ、ありがとうね」

雪姉さんは七森と俺の頭をグシャッと撫でた。使用済みの注射器と新しい注射器を交換し、現場服にしまっておく。七森は雪姉さんに怪我の処置をしてもらう。落ち着き始めたら先生が話し始めた。

「この一時間未満のあいだに二件も祟人処置の要請が入った……凪沙も梛桜も疲れたよね、今日はもう休みなさい。要請が入ったときはお願いするけど、くれぐれも特訓の予定は入れないように」

「分かったわ、じゃああたしはこのあと食堂に行くから」

「俺は柳瀬の部屋行ってみる。いなかったら自分の部屋かな」

自分たちの今後の居場所を先生に伝えると、処置をしてもらった七森と医務室を出た。

「じゃ、あたしこっちだから」

「うん、じゃあな」


***


第十話【 寛解と再燃 】


***


「柳瀬、起きてる?」

柳瀬の部屋のドアをノックして返答を待つ。寝ているかもしれないと控えめに出した音に反応して、柳瀬の声が聞こえた。

「起きてる」

「入ってもいい?」

「ん」

ぶっきらぼうな柳瀬の返事にドアを開ける。柳瀬は本を読んでいた。一度本を読むのをやめてこちらを向いた柳瀬は、部屋の中に入るように顎で言った。

「キリのいいところまで読ませろ」

「うん」

柳瀬が本を読んでいる間、俺は柳瀬の座るベッドを背もたれにして座った。なにをするでもなくただボーッとする時間はあっという間に過ぎ去った。

「なにかあったか」

キリのいいところまで本を読み終えた様子の柳瀬は、読んでいた本を閉じて俺の目を見て言った。俺を心配しているような眼差しに安心感を覚える。

「ううん、俺はなんでもない。柳瀬の様子見に来ただけ。体調大丈夫?」

「そうか、俺は大丈夫だ。熱も下がったし、腕の痛みもほとんどない。痺れる程度だ」

「そっか、よかった」

「心配しなくても明日には復活してる」

「あは、バレてた?心配してたの」

「お前は感情がモロに顔に出るからな」

「うん……思ってたより柳瀬が元気そうで安心した」

「悪かったな、昨日までは散々だったから」

「四半痛で熱出るやつ、初めて見た」

「情けねえな」

自虐の言葉を吐き出し、自分に呆れるように笑った柳瀬は、また俺と目を合わせた。

「俺も、お前みたいに強くなれば、人に優しくできるのかな」

意味深なことを口にした柳瀬。読み取れない表情に困惑する。

「やな」

「現場、行ったのか」

「え、あ、うん」

「属性は」

「風と火」

「ふたりも?」

「うん、でもどっちも初期段階だったし、すぐに終わったよ」

「顔色悪い」

「ほんと?おっかしいなぁ水飲んだんだけど」

「ん、これでも食え」

渡されたのはプロテインバーだった。

「柳瀬のでしょ、いいよ、俺は大丈夫」

「俺がいやなんだよ。それにそれあんま好きじゃねえからやる。食え」

差し出されるそれに抵抗なんて出来なかった。素直に受け取り、ポケットにしまう。

「今食わねえの」

「こぼしたら悪いじゃん、あとで食うよ」

「そんな心配いいから今食えよ」

「えぇ?」

柳瀬はたまに、こうやって乱暴に命令することがある。

「じゃあ、いただきます」

でも、こうでもしないと人に優しくできないと知っている。

「ん」

満足したのか、優しい目で俺を見つめる柳瀬は、乱暴な口調からは想像も出来ない表情をしていた。


***


「最近暑くなってきたよな~、まだ六月にもなってないのに」

「ほんと、いい加減にして欲しいわ。現場終わったあとの汗が本当に嫌いなのよね、ベタベタするし臭いし」

「てかなんで俺の部屋なんだよ」

「アンタが動けないからでしょ。来てやったんだから感謝しなさい」

「べつに来いとは」

その日は結局、出張で先生から呼び出されることはなかった。夜ご飯を食べ終え、お風呂にも入ると全員が柳瀬の部屋に集合する。

「まぁまぁいいじゃん?夜こうやって集まれるのもこの年齢の呪人の特権だし」

「それにここ最近、だれのせいで集まれなかったと思ってるのよ」

「う"……わ、悪かったって……」

「さっ、パーッとやるわよ!」

七森が柳瀬のベッドの上にお菓子の山をぶちまけた。

「え?!こんなにたくさん?!」

「最近あたしもよく怪我してたから、おばさま方が心配してたくさんくれたのよ」

七森は施設の人間の中でいちばんと言っていいほど食堂のおばさんと仲がいい。この関東本部には同じ年代の呪人の中に女子がいないからだ。眼人の中でいちばん若い女性も雪姉さんだ。七森が気軽に話せる同性の人間は、食堂のおばさんと雪姉さんくらいしかいないのだろう。

「でも七森がもらったんだろ?」

「アンタたちの分も入ってるわ、みんなで仲良く食べてねってもらったんだもの」

「おばさ~ん!」

「じゃ、いただきましょ」

「いただきます!」

七森はお菓子の袋を開け、俺は柳瀬に言われて冷蔵庫からジュースを持ってくる。それぞれが持ち寄ったコップに柳瀬がジュースを注ぎ、お菓子を食べ始めた。

「そういえばアンタ、体調はどうなの?」

「今はもう大丈夫だ。昼と比べても腕の痺れは少ない」

「そ。よかったわね、瀧田」

「えっ、俺?」

「アンタ最近ずっと空元気だったじゃない、どうせコイツの心配でもしてたんでしょうけど」

「まぁ、心配してなくもなかったけどさ〜あ?」

「心配かけて悪かった、明日からは今まで以上に働くから」

「無理して寝込まなければいいけど」

「大丈夫だ」

「いや、その自信はどこから来るのよ」

その日は、グダグダと三人で喋りながらお菓子を食べた。

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