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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川 翔己
第三章

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第五話 曇り空

「対象は水属性。みんなは怪我をしないようにだけ気を付けてね〜」

『了解!』


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


今回の現場で、先生は最終手段として呼ばれたらしい。前線で戦っていた風属性の呪人が大きな怪我を負ったためだと言っていた。

「光属性は光属性でも、人によって出来ることは異なるんだ」

俺の風でピッタリとうしろにつく俺たちに先生は言った。

「例えばほら」

先生がパチンと指を鳴らす。その瞬間、音が聞こえなくなった。先生はなにか話しているようだったけど、なにも聞こえなかった。先生の声だけじゃない。さっきまで騒がしかったはずの戦闘音も聞こえない。俺の前にいた柳瀬と七森も同じ状況に陥っているのか、戸惑っている様子だった。これ、聴力が。

「──────……、───?!」

なにも聞こえなかった。いや、それはさっきからそうなんだけど、自分の発した声すら聞くことができなかった。

「てな感じで」

先生はもう一度指を鳴らす。そうすれば先ほどまでの騒がしさが耳に戻ってきた。

「先生……さっきの」

「凪沙、ちょっと意識解いてみてよ」

「え?」

「大丈夫。僕が支えておくから」

「あ、うん……」

俺は少し不安になりながら意識を解く。先生は言った通り俺たちを支えてくれた。

「はいっ」

「えっ」

先生は俺たちを見て笑顔で一度パチンと手を叩いた。すると次は目の前が真っ暗になった。突然のことに、あれ、俺目ェ閉じてないよな、と混乱する。

「わっ」

「おっ、と……」

目の前が真っ暗になったことでフラッとした俺の腕を先生が掴む。手が離されると再度手を叩く音が聞こえ、視界は戻った。

「バケモノ……」

七森がボソッと口に出した。最初は聴覚、次に視覚。先生は五感のうち、その大切なふたつを奪った。

「僕は視覚や聴覚を奪うことができる。自分で言うのもなんだけど、戦闘に限った話、便利な能力だよね。でももちろん、いいことばかりじゃない」

先生はまた指を鳴らした。でも今度は音が奪われることがなかった。

「うわっ、なにこれ……!」

その代わりに、今まで聞こえていたよりずっと大きい音が耳に入ってくる。耳を塞いでもあまり効果はなかった。頭が痛くなるレベルの音量だ。

俺たちがそうやって苦しんでいるのを見て先生はまた指を鳴らす。いつも通りに戻った。

「人の聴覚を奪えば、奪った分の聴力を獲得して自分の耳に約二倍の音が入ってくる。頭が割れるような大きさだったでしょ?そして人の視覚を奪えば」

いやな予感はした。先生は俺の予想を裏切らず、その手をパチンと叩く。

『うわっ……!』

眩しい。目が眩んだ。目の前が真っ白になる。

またさらに手を叩く音が聞こえる。するといつもの視界に戻った。

「奪った分の視力、というか、目に取り込まれる光の量が倍増して、目の奥にズキンと痛みを与えるほどの眩しさに襲われる」

笑顔で説明を続ける先生のうしろから、すごい勢いで走り込んでくるなにかが見えた。そしてその瞬間に思い出す。

忘れてはいけないことを忘れていた。ここは現場だ。しかも相手は、A+の猛者。

「せんせ……うしろ!」

先生はその笑顔のまま祟人を見る。その瞬間に、祟人の動きは止まった。柳瀬が昔言っていた。先生はその目に力を入れるだけで相手の動きを抑制することができる。先生はそれを今、祟人に実践している。

「じゃ、長ったるい説明はこれくらいにして、実際にやってみようかな!」

祟人の額にデコピンをする先生。そのデコピンで祟人は驚くほど遠くまで飛んでいった。

場所は近畿支部。ビルが多く立ち並ぶ場所だった。戦いづらい場ではある。でも先生は、その特性をうまく利用した。三人分の風を操る俺は、先生についていくのに必死だった。追いつけなければ見失う。意地でもついていかなければいけなかった。

「瀧田、大丈夫か」

「大丈夫!」

俺の力でしか、先生を追うことができない。


***


対処を済ませた祟人を抱えてみんなを見る。対処をしてすらいないのに疲れた様子の三人は、僕のことをじっと見てなにも言えなくなっていた。子どもたちが強くなってもなお、僕の強さに見惚れているのを見て、なんと気分の良かったことだろう。そう、彼らは強くなったとてまだ二十にもなっていない子どもなのだ。人を当たり前のように殺すこの場にいることがそもそもおかしかった。生きているだけで後ろ指を差されるこの立場があることが、おかしかった。

僕は考えていることを顔に出さずにみんなに笑いかける。

「よしみんな、帰ろっか」


***


そしてその翌日、俺たちは三人で仲良く体調を崩した。

七森は昨日の先生の力の影響で頭痛とめまい。柳瀬はそれに加えて吐き気。俺は力の酷使による発熱。先生は相変わらず元気ピンピンだった。

先生は強かった。その強さに、つい見惚れた。

「あ"ー、……かっこよかったなぁ」

何度先生のような強さが欲しいと願ったことだろう。ビルの間を駆け抜けながら、俺たちに説明した力を絶妙に使って一瞬で対処。でも今回の先生の現場捌きを見て、自分がその強さを手に入れてもうまく使いこなすことはできないと感じた。先生は自分の力を熟知している。俺のように感覚でぶっ放しているわけではない。説明しろと言われたらすべてをきちんと口で説明できるだろう。あの人は、そういう人だった。


***


第五話【 曇り空 】


***


「瀧田……しんどくないか」

「柳瀬……」

吐き気を抑えて瀧田の部屋を覗く。起きあがろうとした瀧田にはそのまま寝転がっておくように言った。部屋に入り、瀧田の額に手を置く。まだ熱い。あたたかい。

「柳瀬はしんどくないの」

俺の首根っこに瀧田の熱い手が置かれる。俺だって元気なわけじゃない。それでも瀧田が心配でならなかった。

「俺は大丈夫だ。なにか食べたいものはあるか」

「ううん。朝は先生がおかゆ持ってきてくれたからそれ食べた。今は大丈夫だよ」

「そうか……もう少しここにいてもいいか」

「いいけど……熱、移っちゃうよ」

「俺は構わない。お前がいいならここにいたい」

「そっか。俺はいいよ。熱、移っちゃっても知らないからね」

瀧田は笑いながらそう言った。いつもの瀧田なら俺が駄々をこねても駄目だと言うだろう。熱のせいか疲労のせいか、瀧田は珍しく俺のわがままに頷いた。

床に腰を下ろし、頭をベッドの上に置いた。顔を上げることすらしんどかった。俺よりしんどいはずの瀧田は、顔を伏せた俺の頭を撫でた。その温かさに、眠りに落ちそうになる。瀧田は俺が眠るまでずっと頭を撫でていた。


***


「あらら〜、ふたり仲良く寝ちゃってるね」

「やかましい。頭上で喋んな」

「ごめんね〜僕スタイルいいから!」

「マジでうるせぇ……」

柳瀬が眠りに落ちたあと、しばらくして瀧田も眠りに落ちた。その部屋に柊と七森がやってくる。

「ちなみに梛桜は体調どうなの?」

「バカしんどいわよばか。アンタに叩き起こされてなければ今頃あたしだって夢の中だっつの」

「アハハッ。で、梛桜はなにを習いたいんだっけ?」

「それ今しないといけない話?頭ガンガンするわ……あたし帰る。その話は明日」

「え〜?んも〜最近の若者はこれだから」

七森はその言葉の通り、瀧田の部屋から出ていく。柊は瀧田のそばで寝息を立てていた柳瀬を担ぎ、部屋から出た。


***


「そぉ〜うまっ」

「……は?」

目を覚ますと、目の前には先生がいた。まだ少し頭は痛い。でも、吐き気と眩暈は随分とマシになったように感じる。

「なんでアンタがここにいるんですか……俺、瀧田の部屋で寝たはずじゃ……」

「んも〜、熱出してる凪沙のそばで寝るなんて、なんで颯真はそんなに頭いいのにおバカさんなの?」

「はい?なにが言いたいんですか」

「颯真は善人に対してバカ並みにお人好しだから」

「殴りますよ」

「自分も具合悪いのに凪沙の様子見に行ったんでしょ?」

「な、……べつに、どうだっていいでしょ」

「体調はどう?」

「頭が……まだ少し痛いです。吐き気と眩暈は治りました」

「そう」

「……なんですか、用が済んだなら出ていってください。俺、もう少し休むので」

「ツンデレだね〜」

「デレたことなんてありません」

「ねぇ颯真、凪沙と梛桜について、どう思う?」

「……は?」


***


俺は、以前先生の呟いたあの言葉を聞いて裏切り者がいる可能性があるということを知った。でもそれは、盗み聞いただけ。裏切り者がいるかもしれないということを俺が知っているなんて、先生は知らないはずだ。

「どう思うって……どういうことですか」

喉が渇いた。

「そのままの意味だよ」

心臓が痛い。

「……べつに。普通に、仲間だと思う程度ですよ」

「仲間か……うん、いいね」

先生は笑顔でそう言うと、少し痛いくらいに俺の頭を撫でた。ふたりについての質問に、どんな意図があったのか分からなかった。俺の考えすぎだったのだろうか。

「颯真はさ、自分の小さい頃のこと、覚えてる?」

そして、神妙な顔をしてそんなことを言った。

「……曖昧ですよ。正直、俺がいつからここにいるのかも覚えていない」

「そう」

「でも、美代ちゃんのお葬式のことはよく覚えています」

「えっ……」

「亡くなった翌日にお通夜、その翌日にお葬式。母に別れを告げるように言われた美代ちゃんは真っ黒になっていて、当時の俺にはなにがなんだか分からなかったのを覚えています。俺は、人間が死ぬことを初めて知ったんです。美代ちゃんが、その初めてでした」

「……うん」

「毎日夢に出てくる美代ちゃんはいつもと変わらない笑顔なのに、目を覚ます直前に、決まって体が火に包まれて真っ黒になっていくんです。それも腹から。きっと腹を掴んで、というか、担がれて死んだんでしょうね。こうやって」

俺はだらしなく下がっていた腕を少し曲げて腰に寄せる。そこに円ができた。

「そっか」

先生は少し悲しそうな顔をした。その顔のまま立ち上がり、また痛いくらいに乱暴に頭を撫でる。

「じゃ、しっかり休むんだよ」


***


人外である呪人を除けば、よほどのことがない限り寿命が尽きるまで人は死なない。

そうだれかに教える声が聞こえた。声のするほうを見ると、ナイフに対処済みの祟人の血をつけボタボタと垂らす僕に指を差しながら自身の子どもに教え込む母親の姿があった。その母親は、僕と目が合うとなにが怖くなったのかその子どもを抱えて一目散に逃げていった。

当たり前だ、と思った。逃げたことに対してじゃなく、あの母親の言葉に対して。人がそうコロコロと死んでたまるか。

『俺は、人間が死ぬことを初めて知ったんです』

ついさっき颯真が言っていたことを思い出す。僕も、碧が死んだときに初めて知った。人が本当に死ぬってことを。

「人外である呪人を除けば、よほどのことがない限り寿命が尽きるまで人は死なない……」

颯真の姉である美代は、それに当てはまらなかった。美代は眼人ではあったが、大きな括りで言うと一般人だ。そう、よほどのこと、つまり、祟人に殺されない限り、寿命が尽きるまでは死なない一般人だった。巻き込まれたんだ。美代も、その遺族も。

「……センチマンかよ、やめたやめた」

全部、夢だったらいいのに。

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