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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川 翔己
第三章

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第四話 綴る

「あー。なに書けばいいか分かんないよ……」

「適当でいいだろ、先生も言ってた。気休めだって」

「……柳瀬は書いた?」

「書いた」

「だれに書いた?」

「だれにとか、そういうのないだろ」

「そっか……七森は書いた?」

「なんだ、ここにあたしがいたの忘れてなかったのね」

「忘れてないよ〜。で、七森は書いたの?」

「書いたわよ。もう提出もしたわ」

「七森は、だれに書いた?」

「さっき柳瀬にも言われたでしょ、だれにとかそういうのはないわよ」

「んー……そっかぁ……」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


「やぁやぁグッドモーニング。みんな今日は遺書を書いてみよう!」

『遺書?』

「随分と物騒なものを書くんですね」

「いつ死ぬか分からないなんてこと、最近よく理解したでしょ?」

ある日の授業。突然始まった遺書の作成。ふたりは頭を悩ませているようだったが、俺は案外スラスラと書けた。

「おっ、颯真早いね〜」

「……どうして突然遺書なんて書かせるんですか」

「本来そういうのは必須じゃないんだよね。僕もきみたちと同じ頃に遺書を書いたわけじゃない」

「ならなおさらどうして」

「うん。まぁ覚悟決まるかなって」

先生は少し神妙な顔をして言った。いつもとちがう様子に緊張感が漂う。

「後悔残して死にたくないでしょ?ここで一度自分を見つめ直して、心の整理つけようよって感じ。気休め程度にパパッと書いちゃえばいいよ」

授業にしては、まあまあ過激。というか、随分と趣味が悪いなと思った。

隣で唸りながら真っ白な紙を見つめるふたりを横目に、俺は書き終えた遺書を折りたたみ、封筒に入れて自分の名前を記した。

「書き終わったら預かるね〜」

差し出された先生の手のひらに、封筒を乗せる。

そして、あの日から一週間も経っていた。

「う"〜ん……」

この通り、瀧田はひとつも文字を綴ることができていない。

だれもいない教室で机と向き合っていた瀧田を見かけ、七森とふたりで様子を見に行った。

「適当でいいんじゃないの」

「わ……ビックリした……」

突然話しかけた七森に驚いた様子を見せた瀧田は、俺の顔も見てその存在を確認した。

「……そんなに重く捉えなくてもいいと思うぞ」

「あー、うん……」

「にしても……」

七森は朝の出来事を思い出す。食堂で三人、朝食を取っていたときのことだろう。

『凪沙〜。期限、今日までだからね』

瀧田はその朝、先生に遺書の提出を催促されていた。

「アイツが催促するなんて珍しいわね」

「そうだな」

「まぁ、一週間も待ってもらってるし……」

本当に困っているのだろうと思う。でもこればかりは手助けができない。自分で言葉を紡ぐしかない。


***


先生から課された遺書の作成という課題。なにか書こうとその真っ白な紙にペンシルの芯を押し付ける。でも、その度に思い出す。

あぁ、俺もうすぐ死ぬんだった。

そして同じ脳でまた考える。

これから死ぬ身でなにを遺そうとしているんだ。

その度に心が折れた。床に貫通させるような勢いでグッとペンシルを押し付けても、その芯は折れない。この芯のほうが、俺の心より丈夫じゃん、とまた心が折れる。遺書の作成は、俺に大きなダメージを与えた。

柳瀬と七森はなにを書いたのかな。きっと三人の中でいちばん早くに死ぬのは俺だ。俺の書いた遺書はふたりに見られることになる。てことは、ふたりに書けばいいのかな。でもなんて書けばいいんだろう。ありがとう、とか?ありきたりかな。死んでまでそれを言うならもっとほかのことを言ったほうがいいかな。死んでも覚えていてください、とか書いちゃう?逆に忘れてください、のほうがいいかな。せっかくだし人間らしいことが書きたい。でも遺書に人間らしさなんて必要かな。いらないか。あーなんか。

「浅ましくて……いやになる」

俺は今、自己の欲望を改めて認識した。

「瀧田」

「んあっ?あ、はーい」

部屋でひとりうなだれていると、柳瀬がそのドアを叩いた。俺が返事をすると、柳瀬は扉を開けることなくそのまま喋る。

「気晴らしにどこか行くか」

扉越しに会話というのもあれだろうと思い、柳瀬がそう言い終わるのと同時に扉を開いた。その瞬間柳瀬は少し驚いた顔をする。

「どこかってどこ?」

「あー……ふれあい広場とか……」

「いいね、行こうかな」

柳瀬が、俺を助け出してくれた。


***


第四話【 綴る 】


***


「こんにちは!」

「声抑えろ馬鹿。こんにちは、朧さん」

「瀧田くんに柳瀬くん、こんにちは。葵くんに用かな」

「えっ、先生?」

ふれあい広場。ここは施設内で唯一人間以外の動物がいる非常に穏やかな場所だ。俺はこの空間がいちばん好きだ。そのふれあい広場の管理担当者である朧さんが、妙なことを言い出した。その口からは出てきたことのない名に、いやな予感がする。

「颯真!凪沙!」

「えっ、先生!」

先生が元気な声とともに物陰から姿を現した。

「先生いたの!」

「いたよ〜ふたりは僕に会いに来たの?」

「違います」

「んまっ、颯真ったら冷たいんだから」

「なんでアンタはここにいるんですか」

「ちょっと遊びに来ただけ〜」

「でも葵くん、会うのすごく久しぶりだよね」

「ま、僕あんまりここに来ないからね〜」

「ゆたかさんと先生は仲いいの?」

「僕は十八からここで働いてるからね。その頃葵くんは十二、だったかな」

「そうそう」

その日、朧さんと先生との関係を初めて知った。関わりなんてないと勝手に思っていた。しかも案外仲が良さそうだ。

「仲がいいんですね」

「え〜?僕と颯真の仲に比べたらどんな人間との仲もどうってことないよ!」

「だれも俺と先生の仲なんて興味ありませんよ。はあ……仲いいんですね、意外でした」

「葵くんは小さい頃よく来てくれたよ。ずっとひとりだったからね」

「そんなことねーし」

「先生ツンデレ?」

「ちがうもーん。僕、歩く十八禁とはべつに仲良くないもーん」

「歩く十八禁……」

「懐かしいな〜その呼び方。青葉ちゃんにはミスターセンシティブって呼ばれていたっけ。唯一ちゃんと名前を呼んでくれていたのは碧くんだけだったよね」

朧さんの口から次々と出てくる初めて聞く名に疑問を抱き、瀧田とともに口に出す。

「えっ、先生ふたりいたの?」

「というか、青葉、さんってだれですか」

「あーはいはいこの話終わりー。僕溜め込んでた現場報告の資料作成しないとー。じゃあね」

その機嫌が少し悪くなったような先生はそのままふれあい広場を出て行った。俺は擦り寄ってきたにゃんこを抱き上げて朧さんに聞く。

「先生はひとりじゃなかったんですか」

俺は案外、先生のことを知らなかった。先生は自分の昔話をしない。意外だろう。でもそれが事実だった。

「あぁ、長い間ひとりだったよ。あれ、知らなかったんだね」

「はい。先生はあまり自分の話をしないので」

「そうなんだね。じゃあ僕の口から話すことではないかな。本人の口から聞くことがいちばんいい」

「そうですよね……ありがとうございます」

「でも安心してよ、ずっとひとりだったわけじゃない。彼にも仲間がいたんだ」

「いた……ってことは、今はいないってこと?」

「んー……いないってことはないかな」

「なにか、事情はあるんですね」

「そっか。でも……ひとりぼっちじゃなかったんなら、よかった」


***


「柳瀬は小説好きだよね」

突然瀧田がそう聞いた。俺はにゃんこを撫でながらそれに答える。

「あ、ああ……だからなんだよ」

「いやぁなんというか、小説が書ける人ってすごいなって……。俺、遺書すら書けないから」

瀧田はせっかくふれあい広場に来たというのになにもしていなかった。足元に擦り寄ってくるにゃんこにすら興味を持っていない。まあ、俺が勝手にここに連れ出してしまったからなのだろう。やはり無理に連れ出してしまったのはマズかったか。瀧田は基本的に俺の頼みを断らない。それが意思に反していたとしてもだ。それは俺がいちばん分かっていたことなのに。

「……お前は、死ぬときの後悔が多そうだな」

俺の言葉に瀧田がえっ、と声を出し、顔をこちらに向けた。

「あー悪い。決して悪い意味で言ったんじゃないんだ。お前は、俺と違ってやりたいことが多いだろ。俺にはそんなものがない。未練がない。お前は単に遺書が書けないんじゃなくて、書ききれないほどの言葉が頭を埋め尽くしているから書けないんだよ」

先生は、気休め程度にパパッと書けばいいと言っていた。適当、とはまたちがうが、瀧田はそれをあまりにも重く捉え過ぎているように感じた。

俺の言葉に静かに頷いた瀧田は、遺書を書きに行くとふれあい広場を出ていった。


***


柳瀬はいつも、俺が欲しいときに欲しい言葉をくれる。でも、今回ばかりはそうじゃなかった。俺が欲しかった言葉はそんなんじゃない。そもそもこんな考え方おかしいのかもしれないけど、俺が今欲しい言葉はもっとちがう言葉だった。泣きそうになるのを堪えて柳瀬の言葉に頷く。俺は柳瀬にいやなことを言い出す前にその場を去ることにした。遺書を書きに行くと言い訳をしてふれあい広場を出る。本当は書ける気なんてしていなかった。でも、柳瀬と一緒にいると柳瀬を傷付けてしまいそうで怖かった。俺はもう、柳瀬や七森のことを傷付けたくない。頭を冷やす必要があると感じた。

夜、突然涙が溢れることがある。溢れたらしばらく止まらない。困ったことに、これが最近よく続く。隣の部屋にいる柳瀬に聞こえないように、声を殺して泣くことはすごくツラかった。

なんとか書き終えた遺書は、封筒に入れておいた。翌日、その封筒を先生に渡す。

「ごめん先生、一週間も期限伸ばしてもらったのに、さらに遅れた」

「悩むことは悪いことじゃないよ。預かるね」

「うん……」

「あ、そうだみんな。もう体は大丈夫だよね」

「とっくの昔に大丈夫ですよ」

「じゃあ、久しぶりに現場に行ってもらおうかな」

「あら、本当に久しぶりね」

「最近はみんなのけがや体調不良が多かったからね〜」

「悪かったですね、自己管理ができていなくて」

「んも〜そういうことを言いたいんじゃないよ〜」

「先生、俺ちゃんと分かってるよ!今日は久しぶりの現場だし、ケガしないように特に気をつけるね!頑張る!ふたりのことも俺がちゃんと守るからさ!」

「うん。でも今日の祟人のランクはA+だよ!」

「殺す気か」

「なるほど、死んで欲しいんですね」

「ちょっとちょっと待って〜!僕がそんな極悪非道な人間に見えるの?」

「見えるわよ」

「見えますね」

「ウソん……」

先生は、柳瀬と七森の言葉にショックを受けているような反応を見せた。でも次の瞬間にはいつものテンションに戻る。

「とにかく!今日は僕の現場見学で着いてきてもらうからね〜」

「現場見学?」

「先生のですか、今更?」

「僕だって日々強くなってるんだからね?学べることがあるかもしれないでしょ、どうせここにいても僕がいなけりゃ授業はできないんだし」

先生はごもっともなことを言った。俺たちは全員現場服に着替えて再び教室に集まる。笑顔な先生が教室で待っていた。

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