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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川 翔己
第三章

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第二話 お人好しは罰を受ける

「さーてと、今日は久しぶりに授業をしようか!」

「はーい!」

「朝っぱらから元気よね」

「……だな」

「ほらふたりもテンション上げて!」

「いいから授業始めてください」

「アンタたちと同じテンションでやったら午後まで持たないっつの」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


三人が現場に出れない今、できることは授業しかない。もちろん特訓も禁止されている。

「じゃあ今日は瞬の話をしようかな」

「瞬くん?」

「態度の変わりようよ」

「一瞬で元気になったな〜」

「う、うるせえよ……」

諸伏瞬。彼は俺たちのひとつ上の呪人で、属性は瀧田と同じ風だがランクはあの歳ですでにA+。平均してランクがBの俺たちとは比べ物にならない実力者だ。

「瞬にはもともと実力があったってのはよく知ってるよね」

「はい」

「でも、瞬は実力のせいで人としての心を失った」

「人としての心?」

「才能はときとして人をも殺すんだよ」

先生の言葉に瀧田が首を傾げる。俺も意味がよく分からなかった。先生は首を傾げる俺たちのことなんか気にも留めずに話を続ける。

「瞬が初めて現場に出て祟人を殺したのは九歳の頃だ」

「九歳?普通の呪人は十六歳からよね」

「そうだね、だからきみたちも十六歳から現場に出始めた。でも瞬は、きみたちが呪人の呪の字も知らない時期から現場に出ていた。それほど早い時期から彼の実力が充分にあったということが分かるし、それが認められていたことも分かるね」

「でも先生、人としての心を失うってどういうこと?」

「人の心はあると思うんですけど」

「そうね、あの人案外気が利くし」

「瞬はかなり早い時期から現場に出ていた。右も左も分からないその歳で、僕らなんかの上の人間に指図されて人を殺すんだ。分かりやすく言うと、心を殺すほかなかったんだよね。瞬も初めの頃は慣れなかったようでね、特に初めて対処した日からしばらくは部屋の外に出ることはおろか、食事すら取れなかった」

「あの人でもそうなったことがあるのね」

「うん、想像できない」

「心を殺さないと人を殺せないんだな」

「いやぁ瞬はすごいよ〜、あの歳で人をバッタバッタとなぎ倒し」

「擬音語に歳を感じるわね」

「どこの時代劇ですか」

「ドンマイ先生」

「……あぁ、瞬が初めての現場で参ってたときの様子なら颯真と凪沙は見てるはずだよ」

「え?」

「……そんなことありましたっけ」

「覚えてないかな〜、倉田に頼まれてふたりを医務室に向かわせたんだよ。その前の日に久しぶりに部屋の外に出た瞬が目を覚ました瞬間から健気なふたりの声を聞かせてやろうって」

「あー!思い出した!俺そのときかけ算ができるようになったんだよ」

「なによその特殊な思い出」

「雪姉さんに自慢したの覚えてる。もちろん起きた諸伏くんにも自慢したけど」

「たしかにそんなこともあったな。あのとき雪さんに瞬くんと一緒にいてやってくれって言われた記憶がありますけど、そういうことだったんですね」

「そうそう。本当は僕が隣にいたほうがなにかあったとき安心だったんだけどね、倉田にお前はやめろって言われてさ」

「え?どうして?」

「瞬の性格だからだろうね。倉田が瞬の部屋に様子を見に行ったときも眞部に風呂を頼んで連れて行ってもらったときもすごく申し訳なさそうな顔をしていたらしい。僕が隣にいるとずっとそんな思いをさせてしまうと思ったからじゃない?それに、ふたりが隣にいたほうが緊張は和らぐし」

「たしかに、アンタが隣にいると悪い意味で緊張しますもんね」

「えっ、なにそれ颯真、どういう意味」

「そういえば、柳瀬は柊のことどういう認識でいたわけ?」

「あ、気になるかも〜」

「なんでだよ……べつにどうだっていいだろ」

「どうだっていいなら教えなさいよ」

「僕も気になる〜」

「ちょっと、悪ノリしないでください」

突然すり替わった話題に本来止めるべきである先生までも乗ってきた。三人はこういったとき変な団結力を見せる。いらない。そんな団結力絶対にいらない。なんで変なノリだけは合うんだよコイツら。

「……よく来る挙動不審なおっさん」

「はぁ?!」

「ぶぁっハハハハ!!」

「や、柳瀬、ひ、どッ……フッ」

正直に答えればこれだ。先生は俺の答えに半分驚き、半分怒り、七森は案の定爆笑をかまし、瀧田は堪えきれない笑いに襲われる。俺が口に出したその答えは、実際に俺が小さい頃先生に抱いていた印象だった。

「はぁ、面白い。で、よく来るおっさんなら分かるけど、なんでそこに挙動不審がつくわけ?」

挙動不審という単語が気になった七森が出てきた涙を拭いながら聞いた。

「そのままの意味だ。しょっちゅう会いに来るくせに毎回挙動不審だった。特に最初は、こんな危なげな人を家に入れてもいいのか、自分の親の判断を疑ったよ」

「肉親を疑うなんて、親不孝者」

「呪人になった時点で手遅れだろ」

「あ"ん?!」

「まぁまぁ七森落ち着いて」

七森をなだめる瀧田を眺めながら昔のことを思い出す。あの頃の先生はすでに二十を超えていたはずだった。姉である美代ちゃんを失くすほんの一ヶ月ほど前からよく姿を現すようになった先生は、今思えば俺のことをかなり気にかけていた。美代ちゃんはよく、自分や自分の周り、もちろん俺のこともよく顔を出す先生に話していた。でも俺が口を開く内容といえば軽い挨拶程度の言葉。先生はそんな俺のことが気になっていたのだろうと思う。構って構ってと声をかけるのはいつも俺に対してだった。


***


第二話【 お人好しは罰を受ける 】


***


「……気を取り直して」

いまだ動揺が隠しきれていない先生が一度大きく深呼吸をして言った。傷付けてしまったか、あとで謝っておこう。

「凪沙、最近治癒能力の練習してるんだって?」

先生は瀧田にそう問いかけた。それに瀧田は元気よく答える。

「うん!そうだよ!」

「どう?いい感じ?」

「昨日やっとコツが掴めた感じする!」

「そう。じゃあちょっとやってみせてよ」

「うん!でもどっ、どぇっ、ッドアアアア!な、なにしてるの先生!!」

瀧田が驚くのも無理はない。先生は突然ナイフを取り出して自身の腕を切った。

「なにしてるんですか!」

「バカじゃないの、死ぬわよ!」

先生は慌てて駆け寄った俺と七森のふたりを、自身の力を使用して席に座らせた。瀧田は逆に自分の近くに呼び込む。

「大丈夫大丈夫、これただのナイフだから。きみたちの心配するような成分は塗り込まれてないよ」

先生のその言葉にホッと胸を撫で下ろす。いやでも、だからって躊躇なく自分の腕を切るってどういう神経してるんだよ。

「ほら、やってみな」

ズイッと瀧田の目の前に腕を差し出す先生。瀧田はその傷に手を乗せた。それからしばらく、教室が静かになる。瀧田の乗せた手の隙間から覗く先生の腕の傷。その傷は少しずつ治っていくように見えた。瀧田は本当に、そのコツを掴んでいた。

「血……」

俺がその傷に気を取られていると、七森がそう言って瀧田の顔を指差した。瀧田の口から、血が出ていた。

「たき……」

俺は立ち上がり、瀧田の名前を呼ぼうとする。が、先生はそんな俺の動きをその目で止めた。どうしてか、分からなかった。


***


五分ほど経った。

「できた!」

そう言って笑った瀧田は、先生の腕から手を離す。瀧田の言う通り、先生の腕から傷は消えていた。

「すごいじゃ〜ん。とりあえず凪沙はその血、流しておいで。梛桜、一緒について行ってくれるかい?」

「え?あぁ、いいけど……」

満面の笑みを浮かべる瀧田と、俺をチラッと見た七森が教室を出ていく。教室には俺と先生が残った。

「いやぁ、あそこで大きな声を出さずに留まったの、えらかったね!」

「アンタが俺の動きを止めたんでしょうが。……なんで止めなかったんですか。血が出てるの、アンタがいちばんに気付いたはずでしょ」

「凪沙は、時間を戻してるんだよ」

「……はい?」

なにを言っているのか分からなかった。なにを言いたいのかも分からなかった。先生のその言葉にイラッとしながら聞き返す。

「颯真知ってる?ときの流れに人は逆らえないんだよ」

「知ってますけど」

「でもね、それを止めたり戻したり飛ばしたり、とにかく、時間になにかイタズラをしようってもんなら、人は罰を受ける」

「……罰?」

「言ったよね、才能は人をも殺すんだよ。血、出てたでしょ。あれは罰だ」

「罰……」

ひどく恐ろしい言葉を、早く消化しようと口に出す。でも、考えれば考えるだけ分からなくなっていた。

「先生は、瀧田を止めますか」

つい、無意識に、そう聞いてしまった。そんな俺の言葉に、先生は笑顔で答えた。

「止めないよ」

なんともいえない気持ちになった。先生の答えに落胆する自分がいれば、納得する自分もいる。悲しむ自分がいれば、歯がゆさにイライラする自分もいた。どれが本当の自分か、分からなかった。

「そうですか」

湧き出るすべての感情に蓋をするように先生にそう返事をした。先生との会話を終えると同時に瀧田と七森が教室に戻ってくる。

「じゃ、今日の授業はこのくらいにして。今日はゆっくり休んでよ。凪沙と梛桜は特に、いつ現場に出てもらうか分からないんだからさ」

先生はパンッと手を叩いてそう言った。不気味に思うほどの笑顔だった。


***


先生は、瀧田が時間を戻していると言っていた。先生が自ら傷を付けた腕は瀧田の治癒能力によって完治したが、それが本当に時間を戻した結果だったとするなら、どうなるのだろうか。瀧田の口から出ていた血は?あれはどんな原理で出ていた。昨日、部屋で倒れていた瀧田が周りにぼたぼたと溢していた唾液と血も、練習をした結果なのか?あのときは口の中を怪我して血が出ていたわけではなかった。特別痛がっていたわけではなかったし、それはきっと今回も同じだろう。だから尚更分からなくなる。どうして傷のない口の中から血が出てくる。いくら考えてもなにもまとまらない。というか、これだけ考えておいてなにをどう解決したいのか分からない。いや、いい。もう考えるのはやめよう。

「アンタもう練習するのやめなさいよ」

「え?なんで?」

授業後、久しぶりに俺の部屋に集まった三人で雑談をしていると、突然七森がそう言い出した。それには案の定瀧田が疑問の声を漏らす。

「なんでって……アンタね、こんなこと言いたくないけど、あたしたちみたいな凡人には治癒能力なんてやっぱりムリなのよ」

俺は七森の言葉に顔を俯かせる。

「……柳瀬も、そう思ってる?」

瀧田がこちらに視線を寄越したのが分かった。俺はなにも言えなかった。その沈黙は肯定と見做される。

「そっか……。でもごめん。俺、もう少し頑張ってみるよ」

いつものトーンで軽々と話す瀧田。七森はなにも言えなくなっていた。俺はそんな瀧田を見てやめてほしいと勝手なことを願ってしまう。瀧田がもっと実力をつければ、それに比例して先生の言う罰がもっと重くなる可能性だってある。瀧田にはこれ以上無理してほしくなかった。

「ごめんな柳瀬。でも今回ばかりは、ふたりの言うこと、聞けないわ」

俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた瀧田は、眉を下げてそう笑った。そんな顔するくらいなら、諦めて俺たちの言葉を聞いてくれ。俺の自我が顔を出した。

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