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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川 翔己
第三章

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第一話 挑戦

「瀧田は」

「部屋に籠ってる」

「そ。アンタは大丈夫なわけ?」

「……なんのことだよ」

「べつに、分からないならいいけど」

「はあ?」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


瀧田が以前、俺の腹の痕を見て言った。

『次なんてないんなら、後悔を残して死にたくない!』

部屋でひとり、ベッドに寝転んで顔を覆う。

「そういう意味で言ったんじゃねえんだけどな……」

俺は以前、瀧田に言ったことがある。

『俺たちには次なんてねえんだよ、次は自分が殺されるかもしれねえんだぞ!』

それは事実だし、今でも間違ったことを言ったとは思っていない。ただそれは、瀧田には言わなければよかったと思った。

アイツは優しすぎる。あんなこと言ったら、今まで以上に無理するに決まっていた。ここ一週間は隙あらば部屋に籠り、治癒能力を身につけるためにとにかく集中しているらしい。ただ集中しただけで治癒能力が身につくのか、という反対意見はない。実際、そうやって治癒能力を身につけた人が身近にいる。だが、今のところ成果なし。わずか半月、たった二週間で治癒能力を身につけた瞬くんに聞けば、一週間もすれば感覚が掴めるようになってきたという。瀧田は感覚すら掴めていないらしい。

「やり方が悪いのか、もしくは単に時間がかかるだけか……」

現場後にいつも頭を悩ませている瀧田。最近も相変わらずの現場量で、尚且つ今現場に出れるのは俺を除くふたりだけ。ひとりひとりの仕事量は、ひとり欠くだけでかなり増える。相当疲れているはずだ。七森もその疲れのせいか、しばらく俺の部屋に来ていない。

「お前、少しは気を抜かないと倒れるぞ」

「気を抜いてたらそれこそ倒れちゃうよ。それに、諸伏くんよりかはマシでしょ?」

「馬鹿か、比べる相手が悪い。瞬くんと俺たちとはちがうんだよ」

「まぁ、すぐに習得してみせるからさ」

いっそそれを一蹴してやろうかと思ったが、それはできなかった。心のどこかで、瀧田ならできると思っていたからだ。


***


死ぬのは怖い。自殺未遂をした柳瀬が、目を覚ました日に俺に言った言葉だった。その言葉を思い出しながら右手に力を込める。集中がダメなら、ほかの手だ。

そうだよな、俺も死ぬのは怖い。でも今、三人の中でいちばん死に近いのは俺だって分かってる。でも、というか、だからというか、これは成功させないといけない。絶対に自分のものにしないといけない。それも理解していた。

血の巡りをよくさせて、汗をかくほどに体温を上げて、とにかく頭で考えて、息を吐いて、吸って、力を入れて、もとに戻すイメージ、キレイに、元通りにするイメージで。

「んッ、……血の味」

そうやって五分くらいジッと集中していたら、口の中に血の味を感じた。口の中を切った感じはしない。

「……なるほど、これか」

コツが掴めた。

柳瀬は自分の姉ちゃんのことを話すとき、ひどく穏やかな顔をしていた。あんな表情、初めて見た。

血の味をゴクンと飲み込んで再び力を入れる。

俺が死んだあと同じように優しい顔でだれかに話してくれるかな、なんてことを思っていたけど、それは無理だろうなと考える。

よし、いい感じ、いい感じ。ケガを、傷を、俺が吸い込むように。肌を、細胞を、もとに戻すように。

柳瀬は優しいから俺の心配をしてくれる。でも、今の俺の状況を知ったらそうもいられなくなるんじゃないかと、最近よく怖くなる。でももう、取り返しのつかないところまで来てしまった。後悔してももう遅い。

瞬きも忘れて集中する。目が乾いて痛みさえ感じる。でもそれも、いい刺激になった。

俺がもしこの治癒能力を身につけて、現場でたくさん活躍するような呪人になったら、俺が死んだときその死が惜しまれることがあるのかな。少なくとも、柳瀬や七森や先生にはそう思ってもらいたい。それと、眞部さんと雪姉さんと諸伏くんと、それから。

手応えを感じれば感じるほど、口の中の血の味が濃くなっていく。

「あ……床……ヤバい……」

いつの間にか口から垂れていた血は床に広がっていた。拭かないとと立ち上がると、目の前の景色が歪んだ。

狂った。瞬時にそう思った。俺は成す術なくそのまま床に倒れ込む。血の味がする。血の匂いがする。死の感覚が近づいていた。


***


第一話【 挑戦 】


***


ゴンッ。

鈍器がゴロンと落ちたような鈍い音がした。瀧田は最近治癒能力のために集中しっぱなしだと言っていた。まさか、なにかあったのか。いやな予感を察して瀧田の部屋のドアをノックする。返事はない。それぞれの部屋に鍵なんてかかっていない。俺はドアノブを捻った。

「瀧田?!」

ドアを開けると、部屋には血を垂れ流して床に倒れる瀧田がいた。急いで瀧田の息を確認した。息はある。し、まだ意識もある。瀧田がおぼろげな視線をこちらに向けた。静かにフッと笑った瀧田は、そのまま目を閉じる。

ある人物の顔が浮かんだ。診察台の上で真っ赤な血を体に纏い、顔を白くして死んでいった幼馴染の顔だ。

「瀧田!瀧田死ぬな!瀧田!」

「颯真?なになにどうしたの」

開けたままのドアから先生が顔を出した。なぜここにいるのか、そんなことは気にもならなかった。

「先生!助けてください、瀧田が!」

先生はゆっくりと部屋の中に入ってきて瀧田の首に手を当てた。

「まだ生きてるね。颯真、僕が医務室に連れていくから、悪いけどこの血、片付けておいてくれる?」

「は、はい……」

先生が瀧田を連れていく。部屋はあまりにも血生臭かった。雑巾を持ってきて床を拭く。床にあったのは、血だけではなかった。

「唾液……?」

なんで、唾液まで。しかもかなりの量。口から血が?なぜ、どうして。考えてもなにもまとまらず、とりあえず血と唾液を拭いて床を綺麗にしてから医務室に向かった。

「ん、颯真」

「えっ、七森も……?」

医務室で横になっていたのは先生が連れて行った瀧田だけではなかった。その横のベッドでは七森が寝ている。

「梛桜は女子寮までの廊下で倒れていた。疲労だろうね」

「最近はずっと休みがなかったし、そのせいだろうな」

先生は、廊下で倒れていた七森を医務室に運んでから瀧田の様子を見に部屋に来たらしい。そんな先生の目の下にもうっすらとクマが見えた。

「……瀧田は」

「疲労もあるだろうが、凪沙はそれだけで気を失うほどの血を流すような人間じゃない。なにかあったんだろうね」

雪さんはそう言った。唾液のことも言うべきか?でも、関係ないかもしれないし。

「……あの、関係ないかもしれないんですけど」

「なんだい?気になる導入だね、教えてくれるかい?」

瀧田が言っていた。後悔は残したくないと。

「……瀧田の血と一緒に、唾液も垂れていました」

「唾液か……」

「たしかに、頭や体を見てみたけどどこにも傷はなかった。吐血、ってやつかな」

そう言った雪さんは、瀧田の口に指を入れ、グッと力を込めて口を開けた。開けた口に顔を近づけ匂いを嗅ぐと、小さく頷いた。その口から血の匂いがたしかにしたらしい。

「とにかく、ふたりはしばらく休ませろ。もちろん颯真はまだ現場に出せない」

「えっ、俺もまだですか」

「まだだよ、今だって歩くのでやっとだ」

「そんなこと」

「仮に颯真が現場に出れる状態だとしても、凪沙が現場に出れない今、ひとりで現場をこなすのは厳しい。最近はさらに祟人の出現が多発しているんだ。この機に乗じてお前も休みなさい」

「……分かりました」

先生が眞部さんに状況を伝えるためか、医務室を出る。医務室は静寂に包まれた。


***


「颯真、遠くの親類より近くの他人という言葉を知っているかい?」

「え?」

突然雪さんがそう言った。その言葉に、まあ知ってますけど、と頷く。その言葉はたしか、最近読んだ小説の中に出てきた言葉だ。そのことわざの通り、遠方にいる身内よりも近隣にいる他人のほうが頼りになるという意味だ。

「そうかい」

「え、なんですか……」

「いや、凪沙や梛桜はともかく、颯真はどれだけ歳を重ねても考え方が変わっても、ふたりとの距離は変わらないと思っていたから、最近の颯真の言動ひとつひとつがなんだかどれも印象的でね」

「はい……?」

さっきから雪さんの言いたいことが分からない。

「つまり、なんですか……」

「随分と角が取れたなと思っただけさ。大切にしてやりなさい。お前たちのような子たちはいつまで一緒にいられるか分からない。酷だけどね」

「……知ってますよ」

「ははっ、颯真は知っているだけで理解っていないことに気付かないといけないな」

「は、はい?」

結局、最後まで雪さんの言いたいことは分からなかった。


***


あれから一時間が経った。その間に眞部さんが医務室に来て雪さんからふたりの現状の説明を受けた。俺を含め三人の現場はしばらく入れないよう雪さんに言われ、眞部さんは自分の不注意だったと俺に頭を下げた。今は雪さんの作業する近くで息を潜めるようにふたりが起きるのを待っていたところだ。

「ん……うぁ……れ、ここ……医務室……?」

そんなとき、瀧田が目を覚ました。

「瀧田……」

「んん……あれ、柳瀬……」

体を起こした瀧田はぐしゃぐしゃと頭を掻き、大きな欠伸をする。いつもと変わらないその様子にこちらが動揺した。

「お、お前……体大丈夫なのか」

「え?あ、そっか、俺練習中に倒れたんだ」

「は、はあ?呑気なこと言ってる場合か、大丈夫なのかよ」

「ごめんごめん、俺は大丈夫だよ。どこも痛くない」

「で、でも、血が……」

「凪沙、おはよう」

「おっ雪姉さん、おはよう!」

「口の中、なにか違和感はあるかい?」

「ないよ。ごめん雪姉さん。俺最近、治癒能力の練習してんだよね」

「ほう、そうなのか。初めて聞いたよ」

「で、集中しっぱなしだったから倒れちゃったみたい」

瀧田はそう言ってニカッと笑った。まるで自分は平気だと言っているかのように。

「そうかい。あぁ凪沙、キミはしばらく現場に出れないからね」

そんな瀧田に雪さんは笑顔で言った。

「え?!なんで!」

「なんでって、自分で言っただろう?倒れちゃったと」

「い、いやでも、俺は大丈夫だよ!ほら!こんなに動けてるし、全然歩けるよ!」

「元気なのはいいことだ。でも実際限界が来た。少し休みなさい。それとついさっき目を覚ました様子の梛桜もね」

「うぐっ……き、気付かれてた……」

「七森?!」

「お前起きてたのか」

「……ついさっきね」

「体は大丈夫か、先生から倒れたって聞いた」

「え!七森倒れたの?!」

「うるせえ、少しはボリューム抑えろ」

「ご、ごめん……」

「柊が言うんならそうなんじゃない?」

七森は随分と落ち着いた口調でそう言った。

「それより、あたしたち三人とも休んで大丈夫なの?」

「まぁ、大丈夫かどうかは分からないが、構わないさ。大人どもだって倒れた子どもたちを現場に出させるほど酷じゃないよ」

ふたりは今日ここで寝るらしいが夕食は食堂で取ってもいいということだったので、三人で向かった。

「あれっ、ふたりとも起きたの。おはよ〜」

「あっ先生!おはよ〜!」

食堂に行くと先生が先に食事を取っていた。俺たちはその先生の周りに座る。

「先生さっき現場行ってたの?」

「おっ、凪沙大正解〜なんで分かったの?」

「なんか先生から血の匂いがするなって!」

「……それはお前のかもしれねえだろ。アンタもちゃんと休んでくださいよ」

「颯真は優しいね〜」

「アンタにクマができてんの、なんか不気味」

「うん、梛桜はなんか……その不器用さがいいね!」

「なにそれ気持ち悪い」

「な、七森……」

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