第二二話 閃光
「そういえば七森と諸伏くんだけだよな、関東本部にいる呪人の中で異動してきたのって」
「そもそも異動が珍しいんだろ」
「たしかに〜。なぁ!七森ってなんで異動してきたの?」
「そんな軽々しく聞いてもいいものなのかよ」
「へっ、あ、ごめん七森……いやだよな、ごめん、ごめん七森、忘れてクダサイ……」
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【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】
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第二二話【 閃光 】
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いつかこんな日が来るとは思っていたけれど、まさかそれが今日だとは思ってもいなかった。
「いいわ、あたしの昔の話をしてあげる」
覚悟は決めていた。それに、信じていいとも思った。だからコイツらには隠さず話す。
「でも、覚悟しなさいよ」
あたしのその言葉に、ふたりは唾を飲んだ。
『パパとママは?』
あたしは幼少期から父と母をすごく恋しがっていた。両親はどちらも呪人。あたしは五歳でエイプルを発症するまでは一般小児棟で過ごしていて、呪人である両親とはなかなか会えないでいた。
「現場終わりや特訓終わりに顔を覗きに来てくれただけですごく嬉しくて、この時間がずっと続けばいいのにと何度も思ったわ。まぁ、もちろんそんな願い叶うわけもなくて」
父は火属性、母は水属性で、母はあたしが五歳になる前に亡くなった。それが祟人との戦いが原因だということは最近知った。
「ここに来る前かしら、父に言われたの。でも父は、母が亡くなった原因を教えても、その祟人がどの属性だったかは教えてくれなかった。結局、父からはそれを聞き出せずにこっちに来た。母がどの属性の祟人に殺されたかは、今でも分からないまま」
「そうなんだ……」
「でもそれは根本的な理由じゃねえだろ。こっちに来た理由はほかにもあるんじゃねえの」
「アンタは相変わらずね。アンタたち、あたしがこっちに来たばかりの様子、覚えてる?」
「え、えぇ?なんつーか、今とは真逆?大人しいイメージあったし、今ほどハッキリ物言いもしなかったよな」
「そう。それよ、あたしが異動してきた原因は」
「それ?」
理解できていない様子のふたりを置いて再度話し始める。
「虐待を受けてたのよ」
あたしのその言葉に驚いた様子を見せるふたり。そりゃそうなるでしょうね、とその反応に納得しながら話を続ける。
「中国支部の眼人にね。もともとあの人の態度は良くなかったけど、あたしの親友だった唯一の同級生の呪人、工藤六花が祟人となって対処されたあと、つまり同学年の呪人があたしひとりになってから、さらに悪化したの」
「工藤六花って……」
「工藤六花、十三歳の乱、のか……?」
「そうよ」
工藤六花。彼女はもともと火属性の呪人で、ただならぬ才能があった。通常、呪人は十六歳になってからでないと現場に駆り出されることはない。でも彼女は十二歳の時点ですでに現場の経験があった。ほかの大人に勝るとも劣らない実力に中国支部近辺の出張に駆り出されることも少なくなかった。それほどの実力者が祟人になれば大変な騒ぎとなる。彼女は十三歳という若さで祟人になると、多くの一般人を殺した。彼女は期待の新星から一転、人殺しの祟人となり、結果呪人に殺された。大量虐殺を起こした六花は後日ニュースで「工藤六花、十三歳の乱」と称して報道された。
六花はあたしにとって唯一無二の存在。唯一の同級生であり、親友であった。あたしがひとりになると、あの人の虐待はエスカレートしていった。そのときあたしは初めて、六花に守られていたのだと知った。六花の才能があったから嫌味な言葉や態度程度で済んでいたのだと実感した。
「あの人にとってのストレスの捌け口が唯一あたしだったんでしょうね、頼んでもいないのに看守特訓の予定を入れられて、とにかく耐えろとただただ殴り蹴られた。四半痛の時期にも構わず引っ張り出されて殴られ蹴られ、罵られる。縄で一日中拘束されたこともあったわ。夏の時期には蒸し暑い倉庫に閉じ込められて、冬の時期には人目のつきにくい場所に放置されて。ほんと、散々だったわね」
「怖く、なかったの」
「怖かったわ、声も出ないほどにね」
「な、なんで言わなかったの、父ちゃんは呪人だったんだろ?すぐに相談すれば」
「親に言えるわけがないでしょう。きっと悲しむわ。それに、自分たちのせいで自分の子どもがひどい目に遭っているなんて知ったら、責任を感じるに決まってる。親に迷惑をかけるなんてこと、したくなかったのよ。どうしてもいやだった。賢いのかなんなのか、あの人は顔や腕などの人から見えるところには傷を付けなかった。だからほかの人にさりげなく気付いてもらうこともできなかった。あたしが親に言い出せない理由を知っていたのか察していたのか、もしだれかにこのことを言ったら親は悲しむだろうなって脅す始末よ。あの頃のあたしには、ただあの人の暴力に耐えることしかできなかったの。まぁ、今あたしがこうやって普通に過ごせているのも、アイツのおかげね」
「アイツって、まさか」
「そう。そのまさかよ」
「先生のことか」
「いつものように看守特訓という名目でひたすらに蹴られていたところにやって来たの。なにかがおかしいと思った中国支部の人間に頼まれて来たのか、光属性特有のなにかで察知したのかは知らないけどね」
理不尽な暴力を受けているのに痛いとも言ってはいけないそのひどい空間に光が差したとき、初めはその眩しさに目も開けられなかった。
「驚いたわ、突然実習室の扉が開いたんだもの。親が入って来たのかとビクビクしたのを覚えてる」
恐るおそる扉に目をやると、中国支部では見たことのない人が立っていた。初めて見る顔にキョトンとしていたあたしだったけど、あの人は知っていたみたいで一瞬で顔が青くなったのが分かった。床に転がっていたあたしを一度見たその人はただひとこと、
『なにしてんの?』
それだけを言った。なにか言わないと、ちがうって言わないと。そう思っていたのに恐怖で声が出なかった。ただ出したくもない涙が溢れてきて息が詰まった。眼人に目を向けたその人は、そのまま実習室の中に入って来た。正直、お願いだから出ていってくれと思った。このあとの自分の仕打ちを考えたら怖くて仕方なかった。余計なことはせずに見なかったフリをして欲しかった。その思いとは裏腹に、その人はズンズンと眼人に近づくし、あたしは力尽きて顔も上げられずにへたり込んでしまった。
「後退りするあの人にどんどんと近づく名前も顔も知らないその人は、あの人を壁際まで追い詰めたの。なにも言わずにね。赦しを請う言葉を並べるあの人に、柊は言ったわ」
『まったく姦しい。三下がなにをえらそうに』
「意識が朦朧としているなか見た光景だったから記憶は曖昧なの。それでもその言葉とあの人の氷のような目は忘れないわ。逃げようと出入り口に走った眼人はもちろん逃げられるはずもなくて、あの人の力でボロボロになるまであたしと同じような仕打ちを受けた。壁に体を打ち付けられ、起き上がる力もなくなったところを踏み潰され、ひどい言葉を浴びせられる。見ていられなかったわ」
眼人をたっぷりと可愛がったあとこちらに近づく柊に、あたしはまた恐怖を感じた。なんでやられっ放しなんだとか、なんで助けを呼ばなかったとか、眼人のようにボコボコにされると思った。でもそんなことは一切しなかった。ただあたしの頭に手を置いて、遅くなったね、と静かに言った。情けない話、あたしはその言葉で泣きそうになった。眼人は施設の人に任せて、あたしは柊に担がれて医務室に行った。
「あの人の虐待を受けてから初めて入った医務室は懐かしい匂いがしたわ。本当に久しぶりに医務室に入ったの。医務室で柊の処置を受けながらあの人の話を聞かれたときはどうすべきか迷ったわ。なにも知らないこの人にすべてを話してもいいのだろうか、これがきっかけでまた暴力がひどくなったらどうしようかってね。幼かったあたしには、あの人が辞めさせられるなんてこと考えられなかった。でもアイツは言ったわ、あの眼人はここからいなくなる。今までされたことを話してほしいって。不思議と勇気が出たわ。強い者に抗うのもたまには大切よね、今までされた数々の行為を口に出せば出すほど、心臓が痛くなったのを覚えてる。もう一発殴ってこようかとひどい形相で立ち上がったアイツは流石に止めておいたわ。もう充分痛い目には遭っていたもの。あたしは柊にしばらく休むよう言われた。で、その翌日、アイツはあたしの部屋にやって来て、関東本部に異動するって言い出したの。そのとき初めて柊が関東本部の関係者だって知ったわ」
「え、そんな突然?!」
「そうよ、あたしも驚いたわ。アイツが勝手に手続きしていたの。あたしの許可も、父の許可も取らずにね、ほんと呆れる」
「で、お前はなにも言わずにノコノコついて来たのかよ」
「いやだって言っても無駄だってことはその身勝手さが物語っているじゃない」
「……そうだな」
「長くなって悪かったわね、これがあたしの過去よ」
「七森……」
瀧田はだれよりも泣きそうな顔をしていた。人の話を聞いただけで涙ぐむなんて、コイツどれだけお人好しなのよ。
「なな、七森ぃ!!」
そして次の瞬間、ものすごい勢いでこちらに覆い被さってきた。瀧田にとっては抱き締めているという感覚であっても、こちらからしてみれば息苦しさしか感じない。それに、男に抱き締められるという趣味は持っていない。
「んぐ、苦しいわよ……」
「お前……よく頑張ってきたな……」
感心したようにそう言った柳瀬は頭を撫でてきた。なによこの状況。
「あたしは猫じゃないわよ!」
「んにょ〜しよしよし!七森はよく頑張ったよ!よくやった!グッドガール!」
「なによその頭の悪そうな慰めは!」
「お前……ほんとよく頑張ってきたな……」
「アンタはそれしか言えないの?!」
慰めるという行為がこれほどまでに下手な人間がこれまでにいただろうか。とにかくギュウギュウと抱き締め続ける脳筋男と、語彙力が地の底まで落ちて同じ言葉しか言わずに頭を撫で続ける馬鹿者があたしを離してくれない。ここにアイツまで来たら厄介だと思いつつ、いやな予感がしていた。
「そう、ま?……なにしてんの」
やって来た柊は初めて見る光景に目を丸くしていた。そりゃ、こんな姿見たらだれだってそうなる。いつもの様子だと自分も混ぜてとウザったい笑顔で寄ってくるが、今回はそうもいかなかった。
「あの……お楽しみのところ悪いんだけど、ってか僕もすごく混ざりたいんだけど、みんな今から出れるかい?」
「行くわ、場所は?」
「中国支部」




