第二三話 父、七森優作
「みんな、今から出れるかい?」
「行くわ、場所は?」
「中国支部」
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【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】
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なぜかずっと、心臓が痛くてたまらなかった。さっきまで中国支部での話をしていたから?それとも単に、あの場所に恐怖を抱いているから?現場服に着替えながら心臓の痛みに頭をフル回転させる。候補はいくつも上がったけれど、そのなかでしっくりくる理由はなかった。ただひとつ、これだけは絶対にいやだという理由はあった。
「対象は火属性。呪人だったときから強かったうえ、祟人になってからかなり時間が経っているらしい。意味、分かるよね。いいかい?特に梛桜、心してあたりなさい」
「ええ。……」
柊のその言葉がいやな予感を次々と刺激する。
「対処は梛桜。補助は凪沙で颯真と僕は保護誘導ね」
『了解』
現場に着くとそのひどさに茫然とする。辺り一面は火の海と化し、消火活動にあたる消防士と水属性の呪人は人が足りないようで休む暇もない様子だった。ここまで力の強い火属性の呪人が中国支部にいたのかと考えると同時に、その人物にたったひとり、心当たりがあった。
「ねぇ、もしかしてその祟人って」
「……七森優作。梛桜の父親だよ」
いちばん起こって欲しくないことが起こってしまった。あの心臓の痛みの原因はこれだったのだと知った頃にはもう遅かった。父はもう手遅れだった。殺さなければいけない対象となってしまった。しかも、そんな父を
「え、な、七森の父ちゃん……?でも対処するのって……」
そう、あたしが殺さないといけない。自分の肉親を自分の手で殺さなければいけない。これほどまでに惨酷な親不孝があるだろうか。
「やれないかい?」
「……やるわよ。どうせだれかがやるんなら、アタシがやってやる」
情けなく泣きそうになりながら柊の言葉に返事をする。
どうせ手遅れだ。どうせだれかに殺される。ならあたしが、父の娘であるアタシが殺してやる。
「行くわよ瀧田、風を貸しなさい」
「あ……う、うん……」
***
七森は覚悟を決めたような顔をしていた。でも、というかだからというか、俺はそんな七森が心配で仕方なかった。だって、今回の対象は知り合いでも友人でもない、血の繋がった家族だ。自分を育ててくれた親を殺すなんて、恩を仇で返すようなもの。それを七森が理解していないはずがなかった。
「七森、本当にいいの」
「なったもんは仕方ないでしょ、やるしかないわ」
風を使って七森と町全体が見渡せるところまで飛んでいく。
七森の意志は固かった。でもそれは、そうしなければいけないと自分に言い聞かせているようにも感じた。
「よし……いいよ」
「じゃあ、行ってくる」
風の力を七森に託し、俺はその力を安定させる。七森は迷わず対象のもとへ向かった。
***
あたりは火の海。まずは祟人である父がどこにいるのかを探す必要があった。基本的に水属性と火属性の呪人は自分の意思で空を飛ぶことができない。が、祟人になれば話は変わってくる。つまり祟人になると水属性や火属性であっても空を飛ぶことができる。そして大抵、祟人は空から攻撃を仕掛ける。
「いた……ッ」
父は案の定地上にはおらず、雲の上とも言える高いところから攻撃していた。父の姿を確認した途端、父はなにかを見つけたのか不気味に笑ってある場所を目がけて突っ込んでいった。視線をやると先には消火活動にあたる消防士がいた。彼らを狙っている。被害が増える前に父を止めなければ。
「久遠、冰!」
父に向けて呪説を唱え、氷を出す。そうすれば父はこちらに気付いた。同時に、獲物があたしに切り替わる。凄まじい勢いでこちらに飛んでくる父。直接攻撃を受けないように躱すので精一杯になるほどスピードも威力もある。この人を、あたしが殺さないといけない。
「ふぅ……かかって来なさい」
ニッと笑った父は勢いよく炎を飛ばしてくる。父に対抗するように氷を飛ばしながら、少しでも彼の体を冷やそうと延々と雪を降らす。正直、この対戦方法はあたしの身が長く持たないから好きではない。父はこちらへ順調に歩みを進め、徐々に距離を詰められる。久しぶりに間近で見た父の顔はひどいものだった。目は赤く染まり、不気味な笑顔を浮かべる父は、まるで父の顔をした悪魔を見ているようだった。どうかあたしが殺す前に目を覚まして、と叶わない願いを胸にさらに攻撃を仕掛ける。こちらから少し距離を取れば、あちらの攻撃が一瞬緩む。その隙を見て氷を飛ばした。
「久遠、冰!」
その一撃は見事的中。腹部に氷が刺さった。そこから血がポタポタと流れ落ちるが、それだけでは父の動きは制圧できなかった。自身の熱で氷を溶かす。傷を負った父の腹部が痛々しい。深い傷を負ったはずの父は刺激を受け興奮状態に陥ったのか、あたしの目を見ながらその不気味な笑顔で町中に炎を飛ばした。煽られているような感覚に眩暈がする。この威力を相手にあたしの呪説では歯が立たない。その思いが一瞬よぎった。が、
『すぐにぶっ放すんじゃなく、少し溜めるんだ』
実力テストで柊に言われた言葉を思い出す。正直、この方法は実際の現場では使ったことがない。でもやるしかない。
体力もかなり削られてきた。一度失敗すれば、その後の戦略展開としてはかなり苦しくなる。失敗できない。この一発に、全集中を注がなければいけない。大丈夫、大丈夫。あたしなら出来る。
「ふぅ……。水神、来水」
集中を切らさないようにしつつ、父がこちらに攻撃を仕掛けてこないかも注意する。自分の中に力が溜まっていくのを感じる。力が大きくなればなるほど、体がそれに耐えきれずに気分が悪くなる。吐きそう、気持ち悪い。でも、まだだ、まだ放出してはいけない。
***
第二三話【 父、七森優作 】
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「パパ!ママ!」
「梛桜〜、元気だったか?」
「うん!なお元気だった!パパ、いたいいたい?」
ある日、痛々しい傷を負ってやって来た自身の父に、七森梛桜は言った。ひどく心配した顔をしていたのだろう、そんな七森の表情を見て優しく笑いかけた父親は七森を安心させるように言った。
「大丈夫だ、痛くない。梛桜は優しくていい子だな」
そしてまた別のある日。一般小児棟に七森の両親の声が響く。
「そういえば優作さん、上の人からの許可はいただいたので、今週末にでも出ましょうか」
「本当か、では予定を立てないとな。スケジュールに関しては横田くんに相談してみよう。優子は梛桜の準備もしてくれるか」
「えぇ、もちろん。優作さんもせっかくのお休みですので忘れ物をしないようにしてくださいね」
それは、七森が五歳になる年の五月ごろの話だった。七森の父と母がずっと願っていた家族旅行の予定がやっと立てられたのだ。七森自身にとっては初めての旅行。そして家族全員で旅行するのも初めてだった。
「梛桜ちゃん、みんなでお出かけ行こうか!」
「お出かけ!」
母親のその言葉にキラキラと目を輝かせて七森は言った。
ふたりの専属眼人の甲斐あり、その週末に休暇をもらい、初の家族旅行が実現した。両親との初めての家族旅行に七森がどれだけ期待していたのだろう。そんな憧れの家族旅行が始まり、旅行先である四国のとある県についた矢先、専属の眼人から七森の母のもとに連絡が届いた。
『おやすみのところすみません!実は今そちらで祟人が出たようでして、四国支部から応援要請が入りました。応援に行っていただけませんか』
「えぇ、大丈夫です」
『本当ですか、ありがとうございます!概要はすぐにメールにてご連絡いたしますのでそちらをご確認ください。それと、休暇は明後日までに延長できるよう調整いたします』
「どうもありがとう。すぐに向かいます」
電話を切った母親は、七森の頭を優しく撫でて少し待っていてくれと言い、直後に送られて来たメールを確認して現場に向かった。父親も援助のため、七森を四国支部に預けて現場に急行した。その日の両親の帰りはかなり遅くなった。
「パパ、ママは?」
目の周りを赤くして四国支部に戻って来た七森の父の隣には母親の姿はなかった。不思議に思った七森がそう言うと、その言葉に反応して父親の目に涙が溜まった。なんのことだか分からない七森だったが、父親のその涙に釣られるように自分の目にも涙が溜まるのを感じた。その日、七森の母である七森優子は亡くなった。
***
七森の父が現場に到着したとき、それは母親が戦っている真っ最中だった。対象は水属性。火属性の自分でも加勢できると判断した彼が歩みを進めた瞬間だった。
「ッ、がッ……」
母親は祟人の出す氷の攻撃を受け、地面に倒れ込んだ。途端祟人は彼女目掛けて突っ込んでいき、彼女が手に持っていた専用ナイフでその心臓を刺した。
「優子!」
母親のもとに駆けつけた父親の気配を察し、祟人は空へ逃げようとする。だがその前に父親は祟人に火を放ち、力を弱めた。涙を溜めた目で祟人を睨んだ父親は、母親の胸に刺されたナイフを抜き、弱って空へ飛び立てなくなった祟人にナイフを刺す。祟人はそのまま亡くなった。
「優子、優子!お願いだ、まだいけない、逝ってはいけない!」
野垂れ死んだ祟人などには目もくれず、愛する人のもとへ走った七森の父。母親は刺された胸を押さえながら一生懸命に笑って言った。
「ごめん、ごめんなさい優作さん。あの子を、梛桜ちゃんを頼みます。本当にごめんなさい、愛してるわ」
刺されたナイフにはエイプルを殺す解毒剤が染み付いている。エイプルのおかげで生きることができていると言っても過言ではない呪人は、祟人になっていなくてもそのナイフで刺されれば死んでしまう。彼女の死は祟人に刺された瞬間で決まっていたのだ。
「優子、いけない優子……優子!!」
***
「水神、来水」
呪説を唱え、自分の中に強力な力を溜め込む。
彼はもう父ではない。あの人はもう祟人だ。この一撃で仕留めて、あたしが心臓を突いてやる。
もう充分なほど自分の中に力を感じる。体の限界も近づいて来た。そろそろ、終わりのときが来る。
「行け」
解放の呪説を唱えた瞬間、大きな氷の塊と大量の水が父を襲った。圧倒されて父は地上へ落ちる。彼もかなり体力の限界が近づいていたのか、あたしの攻撃に為す術なく倒れ込んだ。その瞬間、あたしはナイフを取り出して父の心臓にナイフを刺した。




