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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川翔己
第一章

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第十四話 ウラのお仕事

「あら、アンタがジムなんて珍しいじゃない」

「特訓はしばらくするなって言われてんだ。筋肉も落ちただろうし、またつけねえと」

「ふぅん」

「……そういうお前は、特訓じゃなくて筋トレかよ」

「バカね、特訓だけをすればいいってもんじゃないでしょ」

「そりゃ、そうだな……」

「アンタもそうだと思うけど、とりあえず目先の課題である実力テストの対策よ。瀧田は別として、あたしたちにはまだ筋肉が足りないのよ」


***


【 右腕の判子注射 ―呪われたヒト― 】


***


施設内にあるトレーニングジム。ここは施設の人間であればだれでも利用が可能である場所だ。まあ、基本的に利用するのは呪人だけだ。

「あはっ、ふたりともいた!」

「……アンタはひっつき虫かなにかなの?」

「だってひとりは寂しいじゃん!柳瀬は部屋にいないし、七森も食堂にいないから探したよ〜」

ジムの入り口で大きな声を出していたのは瀧田だ。その手には、なにかが入っている袋を持っている。

「なぁ!さっき七森を探しに食堂に行ったらアイスもらったんだ!食お!」

「この状況が見えねえのかよ」

「仕方ないわね、溶けたらおばさま方に失礼だものね」

「……それ単に食いてえだけだろ」

「いいから食べるわよ」

七森に耳をつねられ、諦めて瀧田のもとへ向かう。瀧田はジムの中に入り、椅子に腰掛けていた。

「どれがいい?」

瀧田を中心に、俺たちは両端に座る。瀧田が袋の中を見せながら俺たちに聞く。その中には瀧田の言う通り、味のちがうカップアイスが三つ入っていた。

「チョコとバニラといちごか……」

「昨日みたく、三人で分けるっていう手もアリだけど」

「俺はなんでもいい。お前らで決めろ」

「七森どうする?」

「三人で分ける、かぁ……アリね」

「柳瀬もそれでいい?」

「ん、いい」

「じゃあ三等分な!どれから食べたい?」

「あたしバニラ」

「はい!柳瀬は?」

「どうせ全部食べるんだから一緒だろ、どれでもいい」

「じゃあいちごどうぞ!」

「ん」

それぞれが三分の一食べ終わればカップを回して次のアイスを食べる。すべて食べ終わる頃には体が冷え切っていた。

「ん〜、美味しかった〜」

「やっぱり夏の時期のアイスは格別ね」

「夏っていうか、まだ五月だけどな!」

ふたりが呑気に話しているなか、俺は冷えた体を温めるために体に少し力を入れる。

「ん……なんか暑くね?」

「あ!おい柳瀬!せっかく体が冷えてきたのになにしてくれてんのよ!」

「なんだ、お前らも寒くなってきたのか、火いるか?」

「いらないっつってんでしょうが……暑い!!」

「そうか……」

「んぐ……こんの弟属性がァ……」


***


「やぁやぁグッドモーニング。みんな朝トレーニングしてきたんだって〜?えらいねぇ!」

「俺は特訓してきた!」

「聞いたよ〜調子上げてきてるってね!」

「おうね!」

今日の授業は午後からだった。昼食後、早速授業が始まる。

「さてさて!本日の授業は!」

「うぉ?!」

「ジャーン!調理実習だよッ!!」

「……はあ?」

授業開始直後、先生の瞬間移動で連れてこられたところは食堂のおばさんがずらりと並ぶ調理室だった。

「え!なに、おばさま方と料理を作るってこと?!たまにはやるじゃない!」

七森は謎にテンションが高かったが、俺は真逆だ。今すぐに帰りたい。

「なんで突然調理実習なんか」

「自分の知らない世界を知るためだよ、昨日の課外授業もそう。自分たちは施設の大人たちにどれだけ助けられながら生きてきたのか、昨日の休暇で分かったでしょ?」

「そりゃもう、充分」

「今日もそれ。自分たちの知らないところでおばさんたちはどれだけ大変な思いをしながら三食作ってるのか知ろうってこと!」

「おばさん?」

「……お姉さん」

おばさんに抑制される先生。このやり取り、どこかで見た気がする。

「さて!みんな着替えよっか!」

先生に渡された白衣に着替える。おばさんたちと同じ格好だ。

「じゃあ、始めよっか。あとは頼むね〜」

「はーい」

先生は俺たちを置いてどこかへ行った。

「まず初めに手を洗いましょうか!」

おばさんのその言葉で、調理実習が始まった。


***


第十四話【 ウラのお仕事 】


***


今回調理実習で作るのは、夕食のメニューであるカレーだ。俺たちが作りやすいようにと以前から決められていたらしい。

「カレーを作ると言っても、カレーだけだと栄養に偏りが出ちゃうし、量も少ないから、副菜と、食後のデザートも作っていきましょう!」

『はーい!』

なんでコイツらこんなに元気なんだ。

「梛桜ちゃんと凪沙ちゃんはこっちでお野菜切りましょ〜」

『はーい!』

「じゃあ颯真くんはデザート作りましょうか」

「はい」

「デザートといっても、時間の関係上たいそうなものは作れないからね。チーズケーキでも作りましょう」

おばさんに教わりながらの初めての調理実習は、案外上手くいった。瀧田と七森のほうも、最初は使い慣れない包丁にこちらがヒヤヒヤしていたが、コツを掴めば作業は早かった。

「やっぱり若い子がいれば作業効率もグンと上がるわね」

彼女は料理長の加代さん。加代さんはよく顔を出す七森や瀧田にお菓子を渡す、この施設の若い呪人に甘い人だ。

「みんなありがとうね、はいこれ」

当たり前のように加代さんのポケットから飴が出てきた。それに加え、野菜室にあったいちごも取り出す。

「いつもより準備が早く終わっちゃったから、少し休憩しましょうか」

『はーい!』

その後は先生が来るまで休憩という名のお茶会が始まった。


***


「こんばんは、食事をいただきに参りました」

「あら眞部さん、いらっしゃい」

「本日はカレーですか。おや、みなさん」

「お疲れ様です、眞部さん」

夕食の時間。施設内にいる呪人や眼人が次々と食堂にやってくる。普段はバイキング形式の食事も、カレーなどの場合は調理室にいる者がよそうことになっている。

「眞部さん、量はどうしますか」

「少なめでお願いします」

「はい」

一般的に少なめ、と言われる量を皿によそい、眞部さんに量を確認する。

「すみません、もう少し少なめでお願いします」

「あ、はい」

皿にあるご飯を減らし、再度確認を取る。

「はい、このくらいで。ありがとうございます」

その量は、成人男性の一食あたりの量を遥かに下回る少なさだった。

「芳人くんもっと食べなよ、過労と栄養失調で死ぬ前にさ」

眞部さんのうしろに並んだのは雪さんだった。穏やかな顔をする雪さんは、彼女なりに眞部さんを心配しているように見える。

「雪さん、お疲れ様です」

「お疲れ様。今日は調理実習だったのか」

「はい、量はどのくらいにされますか」

「普通で頼むよ」

「分かりました」

その後も休む暇なく次々とやってくる人々のご飯をよそう。落ち着き出したその頃にはこちらの腹の虫が限界を迎えつつあった。

「やぁやぁグッドモーニング。みんな調理実習はどうだったかい?」

「お疲れ様です先生。大盛りでいいですか」

「颯真、せめて僕の質問に答えてよ。大盛りで」

「分かりました。それなりに楽しめたと思います」

「そっかそっか〜、おばさんたちに意地悪されなかった?」

「おばさん?」

「……お姉さん」

「されてませんよ、アンタじゃあるまい」

「え?なにそれ心外」

「あ!先生じゃんお疲れ〜!」

「凪沙お疲れ〜!どうだった?上手く作れた?」

「そりゃもう!ほっぺた落ちちゃうくらい美味しく作ったよ〜!」

「じゃあありがたくいただくね〜!!」

「騒がしいと思ったらアンタなのね」

「んも〜梛桜ったらツンデレなんだから〜」

「だれがアンタなんかにデレるもんですか、いいからさっさと食べちゃいなさい」

「じゃ、ありがたくいっただきまーす!あっ、三人ももうご飯食べちゃおうか!それ脱いでご飯よそって出てきな〜!」

「分かりました」

「飯?やった〜!」

「了解〜。じゃあおばさま、あたし行くわね。いつも美味しいご飯ありがとう!お手伝いできることがあったらいつでも言って!」

「あら、梛桜ちゃん嬉しいこと言ってくれるわね〜。またおいでね、いつでも待ってるわ」

「おばさん今日はありがとう!美味しいご飯を作るのって大変なんだな!それ知れてよかった!」

「凪沙ちゃんみたいな明るい子が来てくれて本当に助かったわ、私たちも楽しくお仕事できたもの」

「今日は本当にありがとうございました。改めて皆さんの仕事の大変さが知れてよかったです。いつも美味しいご飯、本当にありがとうございます」

「ふふっ、颯真くんにそう言ってもらえるとはね。これからも美味しく作らなきゃ」

それぞれが今日の担当者に感謝の言葉を述べる。最後には三人で全員に頭を下げた。いつも何気なく食べているご飯にこれだけの手間がかかっているなんて、調理実習の授業として体験するまで知らなかった。

『いただきます!』

「さぁどうだい?手間隙かけて作ったご飯は」

「ん〜!美味しい!」

「なかなかいけるわね、悪くないわ」

「ああ、自分たちで作ったわりには悪くない」

「作るのにはあんなに時間がかかるのに食べるのはこんなにも一瞬なんて、なんだか複雑ね」

「お、梛桜いいことに気付くね。僕たちの周りにいる眼人はそういう役割を果たしているんだ。なにがあってもいいように常に先を読んだ仕事をする。でもそれって僕たちはあまり感じることがないから感謝されることもない。僕たちをサポートしてくれている眼人は、だれにでもできることをしているわけじゃないんだよね」

「珍しくまともなこと言うわね」

「先生のわりに真面目な話!」

「アンタがそんなこと言うなんて、今から祟人でも出るんじゃないですか」

「ちょっと、僕ってこんなに信憑性ないの?」


***


「柳瀬、特訓禁止っていつまでだっけ」

「今日。明日からは特訓する」

「そっか、体調も悪くなさそうだし、安心した」

「これはどう見ても大丈夫じゃない」

「柳瀬隠すじゃん」

「隠してねえ」

「隠すよ?ワザトでしょ」

「隠してねえっつの」

「見え見えな嘘つくんじゃないわよ」

その日の夜も俺の部屋に集まった三人。調理実習のお礼、といただいたお菓子を広げている。

「最近今までやらなかったようなことに挑戦させられてるけどさ、この調子だと明日もあるのかな」

「さぁね。楽しいは楽しいけど、いつもとちがうことをするからそれなりに疲れるわ」

「じゃあこんなとこ来ないで部屋で寝てろよ」

「栄養補給はしないといけないじゃない」

「これは栄養補給じゃねえ」

「明日はなにするのかな」

「俺は普通の授業でもいい。特訓もしたいし」

「俺も特訓したい。テスト来週だもんな」

「ああ。時間はないのに練習は全然できてねえ。呪説も一回試してみたいし」

「しばらく休んだあとの呪説ってちょっと調子狂うよな」

「分かる。変な感じするのよね、なにも変じゃないのに」

「お前らもそうか」

「柳瀬、俺明日柳瀬の特訓見ててやるよ」

「なんでだよ」

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