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右腕の判子注射 ―呪われたヒト―  作者: 結川 翔己
第一章

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第十三話 うまくいかない

「とりあえず通りに出てみよう」

「げ、またあんなところ行くわけ?あたし東京嫌いになりそう」

「ま、行ってみようぜ!また幾田みたいないい人が話しかけてくれるかもしれないし!」

「期待はしないでおくわ」


***


「うひょ〜、やっぱ人多いなぁ」

「七森、気分悪くなったらすぐ言えよ」

「分かってる」

俺たち三人は、もと来た道を戻り、再び大通りに出た。はぐれないようにか、瀧田が俺の手を握る。俺も七森がはぐれないように七森の手首を掴んだ。

「ここどこなんだろうな」

歩きながら瀧田が言う。もちろん俺たちはそれに答えることができない。俺たちもここがどこだか知らないのだ。

「ちょっとそこの兄ちゃ〜ん」

七森と繋がれていた腕をだれかに掴まれたと思えば、そんな声がした。そこの兄ちゃん、とは俺のことだろうか。立ち止まって振り返れば、そこには見知らぬ男がいた。俺と七森の腕を取り、引き剥がそうとしてくる。瀧田も異変に気付き、こちらにやって来た。

「なに?知り合い?」

「知らねえ」

「なにお兄さん、ふたりで女の子連れ去ろうとしてるの?趣味悪いよ〜」

男の言葉をそのままお返ししたくなる。なんで俺たちはこうも悪い勘違いをされるのだろうか。いつもなら威勢のいい七森も気分が悪くなってきたのか、そこには覇気がなかった。

「離せ。今お前に構っている時間はない」

「そんなこと言って、このお姉さんは俺が預かるから。ほら、手離して?」

「だから、俺たちはそんなんじゃねえって」

「どっからどう見てもそんなんだよ〜。もう諦めなって」

早くコイツから七森を引き剥がして、少しでも人が少ないところに行かなければ。そう思い、男に放った言葉も、あちらからすれば言い訳にしか聞こえなかったのだろう。聞く耳を持ちやしない。

「おい、いい加減にしないと」

変わらない対応にイライラし始めると、無意識に体に熱が溜まる。徐々に上がっていく体温に異変を感じたのか、男は少しずつ手を離す。それでもそのイライラは収まらない。だんだんと目に力が入る。そんな俺に気付いた瀧田は、ヤバい、と焦り出すが、俺は瀧田が焦っていることにすら気付かなかった。

「おい」

俺を止めたのは七森だった。ただひとことそう言うと、俺が掴んでいた七森自身の手首を凍らせた。途端、俺の頭も七森の力によって物理的に冷やされる。少し冷静になった。

「あ……わ、悪い……」

「……コイツらあたしの連れだから。心配しなくてもあたしはそんなにか弱くないわよ」

「は、はいっ……」

「ったく、アンタもアンタで、頭に血が昇ったら周りが見えなくなるのどうにかしなさいよ」

「悪い……」

「焦ったぁ、七森がいてくれてよかった……」

「七森、気分悪いか」

「これがいいように見える?」

「……だよな」

「じゃあどこかゆっくりできるところ……」

「あの……!」

三人で話しているところにまただれかが声をかけてくる。今度はなんだとそこに目をやると、立っていたのは男ではなく女だった。

「あの、お兄さんたち今ヒマですか?」

ふたり並んでいるうちのひとりが話しかけていた。お兄さんたち、ということは七森のことは言っていないのだろうか。

「え、いや……」

「良かったら!私たちとお茶しません?」

「え?い、いや」

「オシャレなカフェ知ってるので!」

「ちなみにぃ、私たち今フリーなんですよ」

「は、はい?」

困ったことになったと七森に再度助けを求める。が、コイツ無視しやがった。見殺しにする気か。

「あー、ごめんなさい。俺たち今日は三人で遊ぶ予定なの。でも、どこかいいところ知ってたら教えて欲しいな。俺たち初めてで」

俺と七森の腕を取った瀧田が彼女らに言った。それでも、と駄々をこねられるかと思いきや、彼女たちはあっさり身を引いた。

「そっかぁ残念。観光なら浅草とか東京スカイツリーとかがおすすめ!」

「ありがと!」

スマートに会話を終えた瀧田は俺たちに言った。

「なぁ、アサクサとか東京スカイツリーとか行ってみようよ!」


***


迷いに迷いながらやっと到着した東京スカイツリー。登ってはみたが、三人揃って感想は同じだった。

「こんな景色、瀧田の風に乗ればいくらでも見れるわね」

「だな」

俺たちは高いところからの景色には感動しなかった。

「じゃあ次!アサクサ行こうぜ!」

「どこなのよ、そのアサクサって」

「知らない」

「計画性もクソもないわね」

「あの綺麗な格好してるお姉さんに聞いてみようぜ、多分知ってる」

「よし、瀧田任せた」

「任せろ!」

瀧田にそれを押し付けて、俺たちは前を進む瀧田のあとをついていく。

「すみません!アサクサってどこですか?」

瀧田の言う、綺麗な格好をしているお姉さん、に問い掛ければ、彼女は笑顔を作って言った。

「あちらに見えます隅田川の奥が浅草でございます。電車で移動されますか?」

「あ、……はい!」

「でしたら、東武スカイツリーライン浅草行きに乗っていただければ大丈夫です。メモをご用意いたしましょうか」

「あ、お、お願いします」

分からない単語がツラツラと並べられているその状況に頭が追いつかず呆然とする瀧田の様子を察し、彼女がメモを作ってくれることになった。七森と俺は少し離れたところから瀧田の様子を窺っていた。

「あのー、今お時間よろしいでしょうか」

こうやって声をかけられるのは本日何度目だろうか、またか、と半分呆れながら声のするほうを向くと、そこに立っていたのは若い男でも女でもなく、スーツ姿の中年男性だった。

「……え?」

「私こういった者なのですが、おふたり、芸能界に興味はありませんか?」

「ゲイノウカイ……」

「うちにはモデルやタレント、アイドルなど、幅広いジャンルでご活躍されている方が多く所属しておりまして、もしよければオーディションを受けていただければと……」

「なにしてんの?」

うしろから声をかけられる。瀧田の声だ。

「瀧田、場所分かったか」

「うん、行き方もデンシャの乗り方も教えてもらった。行こ?」

「ああ。七森、気分はどうだ」

「だいぶマシね、大丈夫よ」

彼には悪いが、俺たちは瀧田のもらったメモを見ながらスカイツリーをあとにした。


***


第十三話【 うまくいかない 】


***


「なぁ、柳瀬今日だけで何回話しかけられた?」

「知らねえ……。てか話しかけられてるのは俺じゃなくてお前たちだろ」

「明らかにアンタよ。ただの休暇の予定が、逆ナンやらスカウトやらでこんなに潰れるとは思わなかったわ」

「な、なんか悪い……」

アサクサまでの電車の中で小声で話す。コイツらはこう言っているが、こんな俺に話しかける馬鹿がいるのだろうか。

『次は、浅草、浅草です』

「あ、アサクサだって」

電車を降り、しばらく歩くと人が少しずつ多くなってきた。ここが浅草か。

「デッケー。なぁ見て!デッカい門!」

「雷門……」

デッカい門、に書いてある文字を読み上げると、瀧田も大きな声で雷門!と叫んだ。

「なんか強そうな門だね!」

感想がガキだ。

「なぁ見て!食べ物いっぱいある!これお金出せば食えるのかな」

「そうなんじゃねえか」

「アンタたち少しはセーブしなさいよ、帰ったら夜ご飯があるんだから」

『はーい』

その後俺たちは、三人で分けっこしながら浅草を散策した。途中何度か七森の言う逆ナンにあったが、それはなんとか躱した。

「は〜っ、現場よりも疲れたかも!」

「でもたまにはこういうのもいいな」

「そうね、悪くない」

「うん!楽しかった!」

「そろそろいい時間だろうし、帰るか」

「だな!」


***


「せんせ〜!ただいま〜!!」

「凪沙〜!!おかえりぃ!!」

いちばん疲れているはずの瀧田は、施設に着き、先生を見つけた瞬間大きな声を出して走り出した。アイツには体力の限界があるのだろうか。凄まじい勢いで先生に抱きついた瀧田は、太陽のように明るく笑いながら今日の出来事を話し始める。

「先生東京って人多いな!俺たち最初人の多さで気分悪くなっちゃった!でもね、幾田が助けてくれて、昼飯一緒に食べたんだ!そのあとはスカイツリーに行って、あとはアサクサに行ってさ!アサクサってすごいんだよ!めっちゃ食べ物あるの!全部美味かった!今度先生も一緒に行こうな!」

瀧田は先生に一通り話し終えると今度は少し遠くから様子を見ていた雪さんのところに走って行った。隣にいたはずの七森もいつの間にか雪さんのところに行っていた。先生はひとりになっていた俺のところに歩み寄ると、少し膜が張っているように見えるその目をゴシゴシと擦った。なんで泣いてんだこの人。

「そぉまぁ、おかえりぃ!」

先生は大声でそう叫び、俺を抱き締める。涙を拭いたはずの目からはまた涙が出ていた。

「あ、た、ただいま帰りました……」

「颯真、怪我してない?ひどいことされなかった?」

「そんな心配しなくても大丈夫です。アイツらもいたし」

「良かった……颯真は変な輩に絡まれそうでヒヤヒヤしてたよ」

「あ、逆ナン?はされました。アイツらが」

「ぎゃ、逆ナン?!」

「え、はい」

「颯真がそんなはしたない言葉を口に出す日が来るなんて……」

「べつにはしたなくはないでしょ、七森も言うんだし」

「僕にとってははしたない言葉だよ。それに……生まれて三十四年目にして初めて、娘を嫁に出す父親の気持ちが分かった」

「俺は女じゃねえ。あと急に保護者ヅラしないでください」

「僕は颯真の保護者同然でしょ!」

「アンタの兄貴が俺の親です」

「僕に乗り換えてもいいんだよ?」

「電車じゃあるまい」

「颯真電車も覚えちゃったの」

「ガキ扱いしないでください」

「僕にとって颯真はいつまでもガキだよ〜」

きっと先生は子どもだよと言いたかったのだろうが、俺の言った言葉をそのまま返してきたことでイラッとした俺は、一発ぶん殴ってやった。いや、子どもと言われても腹は立つか。


***


後日、北海道特設部から九州支部に行くために一度関東本部に戻ってきた瞬くんに休暇の話を聞いてみた。

「懐かしいなぁ、たしかにそんなのもあったね。僕は同級生がいないからたしか中部支部の子と東京で休暇を取ったんだよね。僕も現場でしか施設外に出たことなかったからなにも分からなくてさ、同じように何人からも声をかけられたよ。僕がその休暇の中でいちばん驚いたのは大きな箱から飲み物が出てくる機械かな」

「大きな箱から飲み物が出てくる機械……」

一般人はそれをいとも簡単に使いこなすのだろうから不思議だ。

「すごいよねぇ」

「それはすごいね……」

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