#074 : 旅の始まり
コスプレ配信を終えた翌日、美咲とカレンは、いつもより少し遅い朝を迎えた。リビングには、淹れたてのコーヒーの香りが満ちていた。二人は、ソファに腰掛け、特に話すこともなく、ただ、穏やかな時間を過ごしていた。窓から差し込む朝の光が、二人の横顔を優しく照らしていた。
「ねぇ、カレン。なんか、静かだね」
美咲がそう言うと、カレンは、にっこりと微笑んだ。
「うん。なんか、すごく、平和だね」
二人の言葉は、これまでの、嵐のような日々を乗り越えた者だけが感じられる、心からの安堵感を表していた。ライブという大きな山を越え、お料理配信やコスプレ配信という、ささやかな挑戦を成功させた二人には、もはや、どんなことでも乗り越えられるという、確かな自信が芽生えていた。
そんな、穏やかな朝のひととき、美咲のスマホが震えた。画面には、「神田マネージャー」の文字が表示されていた。
二人は、顔を見合わせた。
(このタイミングで、まさか……)
美咲は、少しだけ緊張しながら、電話に出た。
「はい、美咲です……」
美咲がそう言うと、電話の向こうから、神田マネージャーの、穏やかな声が聞こえてきた。
「美咲ちゃん、おはよう。今、カレンさんと一緒かな?」
「はい。一緒です」
「実は、少し、話したいことがあってね。時間は、あるかな?」
神田マネージャーの声は、穏やかだったが、その言葉には、何か、大きな意味が隠されているような、そんな気がした。
美咲は、カレンに視線を送った。カレンは、静かに、そして、深く頷いた。
「はい。大丈夫です」
美咲がそう言うと、神田マネージャーは、静かに電話を切った。
美咲とカレンは、すぐに事務所を訪れた。
神田マネージャーは、いつものように穏やかな笑顔で、二人を迎えてくれた。しかし、彼の目の奥には、どこか、真剣な光が宿っていた。
「座ってくれ」
神田マネージャーがそう言うと、二人は、向かい合わせに座った。
「単刀直入に話そう。ライブ後、君たちの人気は、日本国内だけでなく、海外でも、急速に高まっている。特に、君たちの『ハーモニー』は、世界中の人々を魅了しているようだ」
神田マネージャーの言葉に、美咲とカレンは、少しだけ顔を赤らめた。
「そこで、事務所として、君たちに、ある計画を提案したい」
神田マネージャーは、そう言って、パソコンの画面を、二人に向けた。
画面に映し出されていたのは、**『Project Harmony: The World Tour』**というタイトルの、壮大な計画書だった。
「これは、君たちの才能を、さらに世界に広めるための、大規模なプロジェクトだ」
神田マネージャーの言葉に、二人は、息をのんだ。
画面には、日本、アメリカ、そして、フィリピンでの、旅配信のスケジュールが、詳細に記されていた。
「日本国内を皮切りに、アメリカ、そして、フィリピンを旅しながら、その土地の文化や人々と触れ合い、配信を通して、世界中の人々に、君たちの『ハーモニー』を届けてほしい」
神田マネージャーの言葉は、まるで、二人の心を読み取ったかのように、的確だった。
「もちろん、簡単なことじゃない。言語の壁、文化の違い……たくさんの困難が、君たちを待ち受けているだろう。だからこそ……この提案は、君たちが、十分に考えてから決めてほしいんだ」
神田マネージャーは、そう言って、二人の顔を、まっすぐに見つめた。
美咲とカレンは、その壮大な計画に、一瞬、言葉を失った。
しかし、二人の瞳には、戸惑いだけでなく、新しい世界への期待と、二人でなら、どんなことでも乗り越えられる、という強い決意が宿っていた。
カレンは、美咲の手を、ギュッと握った。美咲は、カレンのその手に、優しく、力を込めた。
「神田さん……私たち……やります!」
美咲がそう言うと、カレンもまた、力強く頷いた。
「うん! やります!」
二人の言葉に、神田マネージャーは、にっこりと微笑んだ。
「うん。分かった。君たちからの返事を、待っていたよ」
二人は、事務所からの帰り道、興奮が冷めやらないまま、未来への期待を語り合った。
「ねぇ、美咲! 私たち、本当に、アメリカに行くんだね!」
カレンがそう言うと、美咲は、嬉しそうに頷いた。
「うん! そして、フィリピンにも!」
二人は、まるで、子供のように、これからの旅について、熱く語り合った。
しかし、その言葉の裏には、大きな不安も隠されていた。
(大丈夫かな……私たちに、本当に、できるのかな?)
二人の心には、そんな不安も、確かにあった。しかし、その不安は、二人でいるからこそ、乗り越えられる、という、確かな自信によって、打ち消されていた。
二人のVtuberとしての物語は、これからも、様々な困難を乗り越えながら、続いていくだろう。しかし、二人の心は、永遠に、一つだった。
二人のハーモニーは、これからも、ずっと、続いていく。それは、二人だけのハーモニーではなく、二人を愛する、すべての人々に、永遠に、響き続けるだろう。
同じ頃、事務所では、神田マネージャーが、パソコン画面に映し出された、二人のプロフィール写真を眺めていた。
(君たちは、まだ知らないだろうけど……君たちの旅は、もう、始まっているんだ)
神田マネージャーは、そう心の中でつぶやいた。
ライブの成功をきっかけに、海外のファンからの、二人の配信を求める声が、日に日に増えていた。神田マネージャーは、その声に応えるため、そして、二人の才能を、世界に広めるため、水面下で、この計画を進めていたのだ。
しかし、神田マネージャーは、この計画を、二人に、無理に押し付けるつもりはなかった。
(君たちが、自分たちの意思で、この旅に踏み出してほしいんだ)
神田マネージャーは、そう心の中でつぶやいた。
それは、神田マネージャーが、二人の成長を心から願い、二人の絆を、何よりも大切にしている証拠だった。
神田マネージャーは、パソコンを閉じ、窓から、遠くの空を見つめた。
その空の向こうには、二人の、そして、二人の歌を愛する、すべての人々の、輝かしい未来が広がっていることを、神田マネージャーは、信じていた。
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