#024: 開かれた扉
その日も、美咲は理由をつけてカレンの家に来ていた。
大学の課題を一緒にやるという名目だが、実際はただ、二人でいる時間が心地よいだけだ。
夕食を食べ、他愛ないテレビ番組を見て、笑い合う――
しかし、美咲の胸の奥には、ある小さな棘のような疑念がずっと刺さっていた。
(あの声……あのイントネーション……どうしてもローズバイトに似てる)
一度芽生えた疑いは、消えない。
ましてや、Fで偶然見つけた切り抜き動画。
コメント欄で「ローズバイトの笑い声、なんか身近に聞いたことある気がする」なんて書かれているのを見て、胸がざわついた。
「ちょっと水、取ってくるね」
カレンが立ち上がり、リビングを出ていく。
美咲は何気ないふりをして、廊下の奥に視線を向けた。
そこには、いつもカレンが「物置だから」と言って入らせない部屋――扉は半開きのまま。
その隙間から、ほのかな暖色の照明が漏れていた。
柔らかなオレンジ色と、青白い光が混ざり合って、廊下に淡い影を落とす。
物置にしては明らかに整いすぎていて、居心地の良さすら感じられる光。
――そして。
「次は……えっと、スーパーの街並みを……」
(……ローズバイトの声だ)
鼓動が跳ね上がり、耳鳴りがする。
息が浅くなる。足の指先まで緊張で硬くなるのが分かった。
カレンはキッチンにいるはず。
なのに声は、明らかにこの扉の奥から聞こえてくる。
無意識に、美咲の足は一歩、また一歩と扉へ近づいていく。
そのたびに床板がわずかに軋み、音が廊下に響いた。
声が止まり、何かが動く気配がした。椅子が引かれる音――。
そして、運命の瞬間は唐突に訪れた。
バタン――。
小さな開閉音とともに、扉がゆっくり数センチ開いた。
視界に飛び込んできたのは、複数の大型モニターと、色とりどりのLEDライトで彩られた空間。
机の上には大きなコンデンサーマイク、ポップガード、ペンタブレット、そして配信ソフトのコメント欄。
その中央に座るのは――カレン。
だが、服装は普段の部屋着ではない。ローズバイトとしての配信衣装のまま、ヘッドセットマイクを首元に引き下ろし、驚いた表情でこちらを見ていた。
「……っ! 美咲?」
「カレン……それ、何?」
その問いを口にした瞬間、美咲の中で点と点が線に変わった。
笑い方、発音、背景音、タイミング――すべてが一致する。
そして何より、この光景が答えを突きつけていた。
カレンは一瞬、口を開きかけては閉じ、言葉を探しているようだった。
画面の端でコメント欄が流れ続ける。
《あれ?声が遠くなった?》
《今なんか物音した?》
《what happened? 》
(なんか起きた?)
「ごめん、美咲……」
小さく漏らされたその声は、配信での柔らかなトーンと現実のカレンの素の声が重なり合った、まぎれもない“ローズバイト”のものだった。
美咲は、吸い寄せられるように一歩踏み込み、扉を押し開けた。
LEDライトの輝きと、モニターの光、そして長い間隠されてきた秘密が、すべて廊下へと溢れ出した。
カレンの正体――ローズバイトの現実が、ついに明るみに出た瞬間だった。
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