#023: 声の重なり
週末の午後、美咲はカフェで一人、パソコンを開いていた。
本来はレポート作業のはずだったが、画面の右下には「作業BGM」としてローズバイトの配信アーカイブが再生されている。
――そう、ただのBGM…のはずだった。
しかしふと、ローズバイトがゲームのミスをして小さく舌打ちをした瞬間、美咲の指はキーボードから止まった。
(……カレンの舌打ちと、同じ音だ)
馬鹿らしい、と頭では笑おうとする。けれど耳が覚えている。何度も遊びに行って、ふざけ合って、聞き慣れたあの癖。
さらに配信の中で、ローズバイトが英単語を軽く発音してみせる場面があった。
滑らかな発音と、その後に少し照れた笑い。
(カレン、英語ネイティブだって本人は言わないけど…)
胸の奥で、点と点が繋がっていく感覚があった。
その夜、美咲はまたカレンの家を訪れた。
リビングではカレンがPCで何か作業をしていて、イヤホンを片耳だけつけている。
画面は見えなかったが、マイクの位置がやけに近い。
「課題?それとも編集?」
「え、ああ…まあ、ちょっと作業ね」
カレンは振り返らず、軽く笑う。
その声が、どこか――配信中のローズバイトのトーンと重なる。
キッチンでコーヒーを入れながら、美咲は廊下の先をちらりと見る。
例の「物置」のドアは今日も閉じられていた。
だが、薄く漏れる光が前よりも鮮やかで、まるで舞台袖からこぼれる照明のように暖かい。
耳を澄ますと、扉の向こうからわずかな笑い声が混じった。
それは、まぎれもなく配信者の声だった。
「ねえカレン」
わざと少し大きめの声を出す。
扉の奥で一瞬、音が途切れた。
「なに?」
少し間を置いて、いつもの調子の声が返ってくる。
でも、その“間”が、美咲の中の確信を強くしていく。
コーヒーを持ってリビングに戻ると、カレンはもうイヤホンを外し、何事もなかったかのように雑談を始めた。
「今日、大学の課題どうだった?」
「まあ、普通かな」
――普通じゃないのは、こっちの方。
会話はいつも通りなのに、美咲の意識はどこか上の空だった。
その夜、帰宅後にスマホでローズバイトの最新配信を開くと、
配信開始から15分ほどの時間に、ゲームを一時中断する場面があった。
ローズが「ちょっと席外すね」と言って消え、30秒後に戻ってくる。
その間の背景音…聞き覚えのある、カレンの家のエアコンの低い音だった。
美咲はスマホを握る手に力が入る。
(もうほとんど…間違いない)
けれど証拠を突きつけるのは簡単じゃない。
下手をすればカレンとの関係を壊してしまう。
だからこそ、美咲は心の奥でそっと決めた。
――次に、あの扉が開く瞬間を、この目で見逃さない。
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