第二十四話「高特連競技会」
第二十四話「高特連競技会」
U19の大会を見学した翌日。
全国高等学校特機連盟――高特連関東支部主催の春季技能競技会が昨日に引き続き行われており、今日はこちらに回った。
新派、マリーらは、本日もU19の別大会にそれぞれ参戦している。大きな大会以外は学校側のバックアップも事前のデータ収集程度で、自由にチャレンジしていいが、苦労も多いと聞いていた。
ちなみに本日も、ハヤブサでの移動である。
「後藤の目から見て、昨日はどうだった? ティエリが準優勝したのは聞いたが……」
「いい線行ってたとか、そんなレベルじゃなかったですね。ティエリさんの技量はU19のトップクラスだと聞きましたし、本当にその通りでした。先輩方だけでなく、桑島先生と大前先生も流石全仏ジュニアの二位と、頷いておられましたよ」
今日の助手席は本田先生で、シートをたたんだ後部には、先行したトラックやバスに積みきれなかった教職員の荷物や、追加で載せてくれと頼まれたスーツジェルの予備などが雑多に積み上げられている。
「ティエリや新派あたりは、早々に放課後の訓練場使用許可を出してやるべきだったんだが、年度の頭は教職員も忙しくしていてな。例年、五月中旬から徐々に解禁となっているが……ふむ、後藤と同じく、上級生に混ぜてもいいか」
新一年生の放課後の訓練については、条件自体は上級生と同じく仮免許所持、その上で教員の許可が必要ということになっている。
この条件ならば、参加できる一年生は多い。しかし、機材に慣れていない多数の新人が、自由かつ一斉にアイアン・アームズを動かした場合、事故率が非常に高くなることは良く知られていた。
何も、アイ高に限った話ではない。
各国軍のアイアン・アームズ教育機関も含め、世界中でほぼ例外なく起きていた。
授業で習ったことばかりを行うとは限らないし、不用意な動作や、意図しない暴走で事故を引き起こすこともある。
初心者は危険行為やその回避方法を教えられていても身に着いているとは限らず、事故への対応などは望むべくもない。
それ故に、アイアン・アームズに搭乗した監督者や救急担当者の配置が必要とされているのだが、アイ校のリソースにも限度があった。
「まあ、今日のところは、後藤も楽にしていろ」
「はい」
「本気で競い合う楽しさ、などという青臭い台詞の似合うお祭りだが、馬鹿にしたものではないのだ。うちの隊でも十分通用するような選手がいるかと思えば、技術の未熟を気合いでカバーするような選手もいるからな、もう無茶苦茶だぞ」
日々取り組んでいる特機教育の方針が本当に正しいのか心配になるぞと、本田先生は笑い飛ばした。
「だが……見ていて実に、気持ちがいい。運営の苦労も報われるというものだ」
「楽しみにさせて貰いますよ」
桜の活躍も楽しみだが、それ以外にも、期待が持てそうだった。
春季技能競技会会場となった都立国際競技場は、サッカーやラグビーなどの国際試合にも使用される大型競技施設である。
中学の頃、サッカーのワールドカップ予選の観戦に訪れて以来だ。
預かっていた機材を搬入して本田先生と別れ、客席に向かう。
「後藤さん、お疲れさまです!」
「こっち、どうぞ!」
「うん、ありがとう」
クラス委員長の新派が公休なので、八重野宮と土師がクラスを仕切っていた。
元々大騒ぎをして問題を起こすような一年四組でもないので、苦労はないようだ。
スタンドの方は三割も入っていないが、参加校は多くとも、全校生徒が観戦に訪れるような高校はうち以外にない。多いところも特機科の生徒のみの参加がほとんどで、通常は部活単位だ。
行われる競技は、極めて多岐に渡る。
大きく分けて、昨日のU19とほぼ変わらない試合形式の競技と、技術を競う技能系に分かれていた。
対戦系競技の方は団体、個人で競われる。
予選は昨日行われており、アイ校は麻生会長率いる三年生チームと二年生チーム――四天王を決勝に送り込めていたが、これは順当らしい。
個人の部でも、放課後の訓練で見知った先輩達が出場している。
技能系競技は、建機のようにコンクリートブロックを正確かつ迅速に積み上げるもの、プレバブ家屋の組立と解体、果てはアイアン・アームズを使った人命救助ミッションなども含まれていた。
これら競技は、アイアン・アームズ普及の歴史に基づいているようだ。
なお、対戦系に含まれない陸上競技の延長であるスラローム走行は、こちらにカテゴライズされている。
「聞いてはいたけど、アイ校の出場選手が少なくて、ちょっと寂しいね」
「まあねえ。うちが表に出過ぎると、競技会にならなくなるし……」
決して身びいきの自慢話ではなく、厳然たる事実である。
アイ校はアイアン・アームズについて学ぶ為の学校であり、優秀な生徒を集めているし機材も環境も最高だ。『日本最強の女子校』の名は、伊達ではない。
しかし同時に、日本の特機教育の牽引役という大看板も、その名に背負っている。
うちが他校の領分を食い過ぎたり、面子を潰すのは最悪だった。
桜に曰く、あくまでもエレガントに、そして同時に、アイ校こそ最強であると示さなくてはならない。……らしい。
最強は最強なりに、苦労も多いようである。
「次の人命救助ミッション、支援隊の先輩の番ですよ」
「確か、第三小隊の先輩達かな」
競技は次々に消化されていった。
客席から競技場を見下ろしつつ、手元のタブレットで情報、あるいは中継されているカメラ映像を取り寄せる。
正直なところ……想像していたよりも全体のレベルが高く、内心で冷や汗を掻いた。
たとえば、プレハブ建設競技など、マニュアル通りかと思えばそんなことはない。
四機で一チームの構成だが、各機の距離、資材受け渡しのタイミング、設営作業の正確さなど、一切の無駄が無いどころか、団体『演技』にまで昇華している。
「うわ、コンマ二秒差だって!」
「私達もあれ、やるのかな?」
「あのレベルは相当練習しないと……無理?」
競技のタイムカウントも、百分の一秒で計測されていた。
俺ではアイ校の先輩どころか、他校の選手にも太刀打ちできないなと思う場面が、次々と現れる。
本田先生の言うとおり、確かに無茶苦茶な場面も多い。
だが、選手の熱意も同時に感じられて、見ているだけのはずが、俺もアイアン・アームズを動かしたくなったほどだ。
……ああ、これがお祭りかと、妙に納得してしまった。
昼はアイ校の学食からデリバリーされた特製弁当で、縁起を担ぐようトンカツが入っていた。
しっかり味わってから一息ついて、午後の競技開始前、桜達の所へ向かう。
客席からは少々遠いが、そのぐらいの労はいとわない。
「朝お会いした時は、先輩方も普通でしたよね?」
「一番のライバルが、麻生先輩の三年生チームらしいから……。大舞台ではあるけれど、緊張よりも何処まで先輩達の裏をかけるか対策練る方が大事、って言ってたよ」
一応、クラスを代表した護衛兼露払い……という形式で、八重野宮が同行してくれている。
他校生も当然、女子が多く、偶発的なトラブルを起こさないための防波堤なのだという。
「あ、お兄ちゃん!」
「おう! 調子は……聞くまでもないか。頑張れ!」
「うん、ありがと!」
控え室兼用の整備区画には四天王はもちろん、先生方に加え、いつもの整備班の皆さんどころか、麻生先輩ら三年生チームまで揃っていた。
一校に付き一区画とされているようで、両チーム共に、作戦の確認などはしづらいだろう。
しかし、互いに良く知る相手なら情報も出揃っていて、間際に慌てるようなこともないわけか。
「あれ!? 後藤さんは、桜ちゃんの応援ですか? 泣いてもいいですか? 泣きますよ?」
さめざめと、効果音付きで鳴き真似をする麻生先輩には少々慌てたが、これもお祭り、彼女達も本番に向けてテンションを上げている最中なのだろう。
いつの間にか、『優勝したチームに、桜花寮食堂のスペシャルパフェ』を約束させられた俺だった。