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第十四話「手にしているものは『ゼロじゃない』」

第十四話「手にしているものは『ゼロじゃない』」


「あれ? 後藤くん、今日はこっちの予定あったっけ?」

「お疲れさまです、堀口さん。今日は別件なんですよ」


 本田先生にも背中を押された俺は、トーヨドが借りている五〇三号整備区へと足を向けた。

 運良く堀口主任が居たので、声を掛けて話を振る。


 ライジンはいつものガントリークレードルには収まっていたが、頭部がなかった。


 分解整備をすると聞いていたので驚きはしないが、あるべきものがないと違和感が酷い。


「ヘッドセットと、小型機用の受信ユニットをお借りすることって、できますか? 期間はとりあえず、ひと月……ぐらいなんですが」

「何かするの?」

「クラスメートがちょっと困ったことになってまして……」


 堀口主任は制御系が専門なので、相談ついでに結構突っ込んだ内容まで話を通しておく。


 俺は簡易な思考制御機器を、可能な限りありものだけで作り上げてみようと思っていた。


 目的は訓練だが、模擬訓練室に設置してあるような本格的なシミュレーターの真似事さえ、『目指していない』。


 入力はヘッドセットと受信ユニット、出力は極力簡易に――それこそタブレットが投影した画面の中で、3Dモデルのアイアン・アームズが動くだけでよかった。


 シミュレーターのような動作訓練にはならないし、処理能力も意図的に低く設定する。

 しかし、俺が研究室でナノハンドを使っていて思考制御を鍛えられたように経験、いや、制御慣れは、確実に得られる。


 だが自分でパーツを揃えようにも、ヘッドセットはともかく受信ユニットは結構な金額になる。

 そこで、しばらくでいいから借りられないかとトーヨドを頼ったのだ。


 俺とトーヨドの契約書に記されている『後藤竜一氏は特機校在学期間中に申請された氏個人による特許および研究について、東淀川重工に最優先交渉権を与える』に絡めれば、頷いて貰える可能性が高いんじゃないかという打算もあった。


 タブレットの処理能力では不安もあり、最低限のプログラムとデータのみを突っ込んで俺のPCにサーバーを設定して補う予定だったが、これも実際に手を付けてみなくては、どう転ぶかは分からない。


「ふーん、なるほどね……。やっぱ後藤君って、視点が面白いよね」

「そうですか? 有りものでなんとかなりそうだなと思っただけなんですが……」

「そこよ。私達ならつい、少しでも高性能なもの、効果の高いもの、利便性の高いものって、思案しちゃうもの。……これ、すごい盲点を突いてるかもね」


 鳥越の件で色々と考えた末にたどり着いたのは、基本的には先生の指導に乗ってしまうのが一番いいだろうという、大して面白みのない結論だった。


 だが、内原先生も本田先生も、当然ながら指導のプロである。

 同様の生徒を鍛えた経験もあるそうだし、鳥越にも混乱をもたらさない一番まっとうな方法だ。


 そこで俺に出来そうなことと言えば、生徒の枠を越えた『開発者のひよこ』として、技術面からサポートすることである。


 ……無論、俺の技術力など、世間の波に揉まれて鍛え上げられたってこともなく、松岡教授から面白いと言われる程度だが、それでも手にしているものは『ゼロじゃない』。


 しかし、この『ゼロじゃない』は、単体ではそう役には立たなくとも、あらゆる物事へのとっかかりとしては、割と優秀かつ有用なのだ。


「論文や仕様書まで行かなくてもいいけどさ、せっかくだから、ある程度まとめてみれば? 食いつく人がいるかもよ」

「じゃあ、その線でいってみます」


 頼むだけ頼んで何もしないというの気が引けるし、レポートでいいなら大学生時代の延長である。それほど悩むこともなく返事をする。


 堀口主任は面白そうな顔をしながら、俺が頼んだヘッドセット、受信ユニット、そして受信ユニットを家庭用電源で使うためのコンバーター等を、貸し出し品ではなく支給品扱いで用意してくれた。


 俺の周囲には、真面目な提案であれば可否はともかく正面から受け止めてくれる人が大勢いるわけで、その点は感謝でいっぱいだった。


 思いつきを行動へと繋げたからには、ある程度の結果を出すまで引くわけにいかないが、まあ、何とかなるんじゃないかと思ってしまう。


「そっちのブース、使っていいわよ」

「ありがとうございます」


 部屋に帰って散らかすよりはいいかと、厚意に甘えて事務所の隅のPCブースを借りる。……さすが大企業、アイ校の整備区画にさえ、最新鋭どころか特注の自社専用のシステムを持ち込んでいた。


 俺のパスは既に設定されていて、テストパイロットのIDがそのまま通るらしい。


「……なんだこれ!?」


 インターフェイスが市販品と異なるわけではないので、操作に戸惑うことはないが、レスポンスが早すぎる……。


 部屋にも一台欲しいが、それは無理か。


 借りたヘッドセットも受信ユニットもトーヨド製で、堀口主任からは技術者向けの仕様書のデータチップも押しつけられていた。


 たぶん必要ないだろうなと思いつつも、軽く流し見て、余計な改造などが必要ないことを確認しておく。


 搭乗者が身につけるヘッドセット型やヘルメット型の思考入力機器は、現在第三世代型――クラスⅢが主流だが、基本的には機体を選ばず使用できた。

 制限はあるものの、少なくとも一般の市販品なら、全ての機材でクラスⅠ互換は最低でも保証されていると思っていい。


 実機に細かい作業をさせるわけではないから、接続とセッティングについてはクラスⅠでも問題ない。情報流量は少なくなるがそれこそ俺の求める最低限に近いし、EROスーツから得る筋電位情報は最初から求めてもいない。


 また、受信ユニットの出力信号をPCで受け取ってモニタリングするのは、学生時代に慣れきっていた。

 後はその出力先をタブレットに設定して、結果が使用者に伝われば目的である思考制御の訓練になる。余裕があるなら簡易な3Dモデルでも引っ張ってきて、歩く、走る、旋回する……ぐらいが出来れば上等だろう。


 借して貰ったヘッドセットはトーヨドの市販ブランド『Tレッツ』のタイプ二九三A『フリージア』で、パステルピンクのカラーバージョンだった。十万円を切る普及価格帯の商品だが、オプションパーツの追加や差し替えが可能で、中級品互換可能が売り文句だったように思う。


 受信ユニットはHRS-二二〇二、ハイホーの後継機タイショーに使われているユニットだが、その場にあった社用機から取り外したものだ。


 堀口主任からは気軽に『これでいい?』などと渡されていたが、恐縮しかりである。

 電話一本で明日には代品が届くからこその裏技だし、ライジンの予算に比べれば全然大したことはないとのことだった。


『このぐらいなら、私の裁量でもなんとかなるのよ。それに、後藤君の我が侭なら少しぐらいは聞いてもいいって専務からもお墨付き貰ってるのに、全然声掛けてくれないもんだから……』


 テストパイロットに加えて、専属契約待遇から、特に技術系の相談やライジンに関係する要請なら、最低でも横浜二研連絡会の要報告案件に指定されているという。


 セッティングを終えてから出力を確認、実際にヘッドセットを装着して思考制御情報の送受信に問題がないか、チェックをする。


 ここまでは機械任せであり、手順通りに接続すればいいだけだった。


「さて……」


 続く作業も、難しいことは何もしない。

 ヘッドセットや受信ユニットに改造を加えるつもりもなく、プログラムも大半は学生時代に使っていたものをベースに、一般公開されているフリーライブラリから借りて、補いを付けるつもりだった。


 要はありものを引っ張ってきて、切り張りするだけの話である。


 標準的なタブレットでも動作にもたつきが出ないように、不必要な部分を削って軽くしていく手間が、一番面倒かもしれなかった。


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