第十三話「制御と操縦」
第十三話「制御と操縦」
大丈夫だからと八重野宮に促され、鳥越は重い口を開いた。
「あの、後藤さんって……」
「うん」
「思考制御、上手いですよね?」
「あんまり自覚はないけど、まあ、いい方じゃないかな。……鳥越さんの悩みは、そのあたり?」
「はい……」
「割と深刻な状態なので、後藤さんを頼らせて貰いたいんです」
八重野宮と二人、小さく目を見交わしてフォローを入れつつ、鳥越から相談事とやらを引き出す。
まとめれば、鳥越は思考制御が苦手らしく、授業で行う基礎動作ならなんとかついていけるものの、反応も遅ければ精度も欠くので、せめて免許の合格ラインまでは到達したいという。
発現力そのものはクラスでも上位であり、それだけに落ち込みも激しい。
先生にも相談済みだが、その為のトレーニングも芳しくなく、ここ数日は更に精度が落ちていた。
でだ、八重野宮から期待されている俺の役割だが、メンタル的な意味での『一年四組のお兄ちゃん』として彼女のモチベーションを持ち直させ、無理や無茶までは言えないけれど、可能なら本気で解決して欲しい、というところらしい。
実機でも訓練は重ねているが、仮免許を持たない彼女に教員がつきあえる時間は短い。その上訓練でも苦手部分ばかりが強調されて、精神的にも参っている。……と、これは後から、八重野宮がこっそりとメールで教えてくれた。
「アドバイスかあ。うーん……」
「あの、出来れば、で構いませんから、お願いします!」
二人の表情を見れば放置もできないが、しかし、俺に何が出来るやら……。
「分かった。でも、俺も操縦については、みんなと同じかそれ以下の経験しかない。だから、大船に乗った気でいてくれなんて言えないけど……真面目に対応することは、約束する」
「ありがとうございます!」
早速エアタブレットを起動して、二人にも見えるよう画面をオープンにする。
制御系や操縦技術は専門じゃないが、全く知らないわけでもない。
ネットに繋いで知識を補足、箇条書きで条件を列挙しつつ、頭を巡らせる。
「よし、原因の特定は基本ってことで、質問を……ああ、そんなに緊張しなくてもいいからな」
「は、はいっ!」
まずは、思考制御について幾つか考察してみることにする。
先天的な部分と後天的な部分に分けて考えるなら、後天的な部分は反復動作などの訓練によって補えた。先天的な部分は、場合によるが専用機器などでフォローできなくもない。
「えっと……鳥越さんは体育の授業、苦手? それとも、得意?」
「平均すれば、普通だと思います」
「喜美は球技とか上手い方よね」
「うん、バレー部だよ。でも長距離は苦手かな」
「なるほど。日常生活で困ってるようなことはある?」
「いえ、特には……」
「車酔いとか、3D酔いは?」
「大丈夫です」
保険の問診に近いが、例えば苦手『意識』による反応の乱れなどは、割と有名な阻害要因となっている。
先生に相談済みなら鳥越も知らされているとは思うが、これも例に挙げておく。
一通りの一般情報を聞き取り、次にアイアン・アームズ関連に絞って質問を続ける。
「基礎動作はついていけると聞いたけど、その中で苦手な部分は、どこかな?」
「歩くのはいいんですが、走り回ったりすると、違和感が出るんです。特に苦手なのは、スラロームと、ジャンプです」
「違和感か……。逆に繊細な作業はどう? 授業の後の、トンボやローラーを使った地均しや、ラジオ体操のような少しこまかい動作が続くようなやつ」
「ちょっと苦手、です……」
「じゃあ……アイアン・アームズ以外の思考制御機器を使ったことはあるかな?」
「いえ、ありません」
まとめれば、身体能力には問題なし、アイアン・アームズの操作時、特に制御量の大きい複雑な操作に難があるってところか。
だが逆に言えば、問題はあれども基本動作は特殊な改造や訓練なしに現状で可能、とも言えた。
脳波を受け取って作動信号に変換する思考制御システムには有効な作動範囲が設定されており、逸脱すればエラーとなって現れる。
鳥越の機体のデータとログを見せて貰って……いや、俺には見ても分からないか。
……全く分からないってこともないだろうが、時間を無駄にするだけでなく、鳥越の心に負担が行きすぎてしまうだろう。
「それから……ああ、後で先生達にも確認した方がいいかな」
「どうしてですか?」
「もしも同じ結論で同じ対処を選んでしまうと、鳥越さんが二倍苦労するから」
「あはは……」
冗談めかしておいたが、専門家である教師陣と連携を取ることは、とても大事なのだ。
それに、俺が何か思いついたからと勝手な行動をした場合、責任の所在の問題だけでなく、方向性が間違っていたなら最悪鳥越の将来が潰れかねない。
「ともかく、今日聞いた内容をベースに何か考えてみるから、しばらく時間を貰えるかな」
「はい、よろしくお願いします!」
「ありがとうございます、後藤さん!」
相談を受けて励ましたりするだけならともかく、実際に対処を行う……つもりになっているのだから、繊細な対応は必要だ。
食堂のモニターには、丁度試合が終わったのか、高々と腕を天に突き上げるエメラルド・クイーンの姿が、大写しになっていた。
▽▽▽
明けて月曜日、祝日である。
「お兄ちゃんは今日、どうする? 自主練するなら、一緒でも大丈夫だよ。ふふ、みんな待ち構えてるし」
「いや、朝一番から先生に呼ばれてるんだ。昼からは……半分空いてるけど、その後はどうなるか、予定は未定」
「あらら」
朝練を済ませて桜達と朝食を食べた俺は、職員室へと向かった。
授業は休みだが、行事は多い。
本免許取得が受講条件になっている特定機種向けの講習会や、一年生向けの競技会参加説明会などで、生徒のみならず学校側も忙しく、校内は平日同様活気に溢れている。
そちらに参加しない生徒の大半は競技会を見据えた自主練で、格納庫も演習場も早朝から賑やかだ。
競技会の説明は俺も聞いておきたかったが、中学時代からの競技経験者が対象で、うちのクラスでも受けに行ったのは数人だった。
「失礼します、一年四組、後藤竜一です」
「こっちよ、後藤君」
「はい」
呼ばれた方を見れば、内原先生はいつもの自分のデスクではなく、珍しく、三年生教諭の机が集まった奥側にいる。
もう一人、顔の知らない先生もいて、話し合いか何かしていたようだ。
「お忙しいのに、朝早くすみません」
「こちらこそ。ああ、紹介しておくね。三年の副主任、大前先生よ」
「はじめまして、一年四組、後藤竜一です」
「大前です。噂は色々と聞いてるわよ、後藤君」
「は、はあ……」
噂話については……もう、今更か。
存在するだけで何かと騒ぎを引き起こしていると言われても、微妙に反論しにくい俺である。
「私はプロ登録している生徒の担当なの。早速で悪いけれど、申請書の記入だけでも済ませてくれると、色々融通も利けば優遇もされるのよ。例えば、講習会の費用の補助とか、試合のバックアップとかね」
鳥越の件に関しては、昨日のうちにメールを入れておいたが、これは先に俺自身のことを片付けろということだろう。
「はい、よろしくお願いします」
「じゃあ、大前先生、後藤君のことを頼みますね」
「ええ。内原先生、いってらっしゃい」
会議に行ってくるからと、内原先生はそのまま職員室を出て行ってしまった。
本田先生も、朝は講習会の講師の梯子で忙しく、午後から話そうと言われている。
「とりあえず、プロテストの受験要件を満たすのがまず大変よ。小型、中型、大型機それぞれの搭乗時間が合計二百時間かつ各々で最低二十時間以上、特機用競技銃砲取り扱い許可証も別に取得が必要だし……」
「はい。調べながら、ため息が出ましたよ」
「でしょうね。その後、ようやくテストが受けられるけど、今度は規定の動作試験や筆記試験をクリアして、プロを相手にした模擬試合で『善戦』しなきゃいけない。授業と両立しての要件取得は厳しいけれど、夢を叶える為の苦労だからね、頑張りなさい」
俺は大前先生からプロ登録までの流れや手続きと共に、アイ校生独自の注意点などを講義されながら、搭乗時間だけでもなんとか早めにクリアしなければと、タブレットの画面に集中した。
昼は本田先生と職員室でサンドイッチをつまみつつ、鳥越の問題点についてすり合わせを行い、それほど深刻な状況ではないと教えて貰った。
「思考制御については、鳥越以外にも数人、同じ悩みを抱える生徒を把握している」
「そうですか……」
「整備班にも個人調整は依頼済みだし、一学期中に解決しないようなら、例年通り、夏休みにスペシャルコースを行うつもりでいた」
例年、実技の授業についていけない生徒は夏合宿で鍛えるのだが、長時間のデータ取りと平行して、アイアン・アームズにも相当な改造を施して対応するそうだ。
思考制御精度のブレが平均的な生徒よりも大きく機械側の自動補正が間に合わない、あるいはほぼ同じ行動をとる場合でも出力される思考パターンや神経伝達パターンが一定しないなど、個人差と制御技術――この場合の『技術』は個人が習得すべきテクニックではなく、開発・製造・研究にカテゴライズされるテクノロジーの意味――の狭間で苦労する操縦士は多いのだという。
「その上でだ。機体の操縦技術については、思考制御の得手不得手が大きく関与するにも関わらず、『上手い』生徒も少なからずいるわけでな。あと一歩か二歩、アイアン・アームズの技術的成熟が進めば、その後は問題にさえならなくなると、内原先生は言っていた」
だが、個人調整が可能な専用機を一人一機用意できるアイ校は、日本で一番環境の整った教育施設なのだ。
多くの高校生・大学生操縦士の場合、学校かレンタルの機体を使うことが大半だった。
セコハンの旧式機どころか、制御服でさえ、買うとなると敷居は高い。
「とまあ、解決策も用意はあるが、訓練時間と場所の確保が問題でな……。いかなアイ校と言えど、リソースには限りがある。頭の痛いところだよ」
「ですねえ……」
実機での訓練が一番なのは間違いないが、ここならばシミュレーターのような代用品の用意もある。
それでも完全無欠とはいかないが、思考制御の訓練に限ってならば他の……。
「あ……!」
「どうした、後藤?」
「いや、ちょっと思いついたことがあって……」
「話してみろ」
本当にその場の思いつきですよと、俺はサンドイッチの残りを飲み込んで、エアタブレットの画面を開いた。




