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第十二話「それぞれの日曜」

第十二話「それぞれの日曜」


 さて、貴重な日曜日の午後だが、今日は免許試験の為、第一、第二訓練場の両方が一般使用禁止である。

 シミュレーターは予約制、学園地下の発電アルバイトも、俺の場合は前日予約が必要だ。


 内原先生からは、時間を作って話し合いましょうとメールの返事が届いていたが、流石に今日は忙しいらしく、明日以降となっている。


 さし当たって急ぐこともないが、支援隊の課題を済ませると手持ちぶさたになってしまい、俺は休憩半分に、プロ選手になる為の下調べをしていた。


 お膳立てという意味ではトーヨドに一切お任せ――俺は今後、ライジンと二人三脚、いや人機一体でその道を歩むことになるのだが、全く内情を知らないと言うのも情けない。


 目立つのはどうにもなあと思いつつも、新型機のプレテストを兼ねた公式戦投入である。広告塔になることはほぼ確定していた。


 代わりに予算も付いていて、遠征費用と整備費用は向こう持ちとなる予定だったが、そもそも、高校生が自費でアイアン・アームズを動かすとなれば、アルバイトどころの騒ぎじゃない。


 一番安く済むのはレジオナル・リーグの小型機クラスだが、その中でも格闘禁止でターゲットとセンサーを利用した射撃戦オンリーの『ヒットマン』――機体の破損がほぼないので、リーズナブルなエントリー向けのゲームとして親しまれている――でさえ、最低限、整備費用込みの機体レンタル代金だけで一試合数万円になる。


 自家用機を持っているなら会場に持ち込んでもいいが、では機体を運び込むためのトラックは誰が運転するのかというと……親がサポートするとしても一日仕事になるし、そうでなければ誰かが代わりをせねばならなかった。


 昔に比べれば随分安くなったそうだが、それでも金食い虫には違いなく、個人の移動費以外は国や都道府県、学校が出す高特連――全国高等学校特機連盟主催の競技会に、高校生の競技者が集まるのは当然だった。


 ともかく俺は、アイ校に通う間はプロがメイン、支援隊や研究は余力を投じ、その後はまた考える。……と都合良く方針を決めたものの、それぞれの重みを考えれば勝手もできない。


 ついでにゴールデンウィーク中は予定も詰まっていて、自由気ままに動くという贅沢は無理である。

 俺の中の迷いこそ無くなったが、それだけでいいはずもなかった。


 


 夕方遅くになって、桜が帰ってきた。

 両手で紙袋を抱えている。


「ただいま。お兄ちゃんもう戻ってたの?」

「お帰り、桜。その袋は、合格か?」

「うん、なんとかね! アイリーンとゆかりんも合格だよ」


 中型免許の注意事項などが書かれたパンフレットが、紙袋から取り出される。


「そうか、おめでとう」

「えへ、ありがと」


 同じ四天王の斉藤先輩はつい先日、俺と同じ日に第一種免許を取ったばかりで、中型の試験は自主的に一回パスしていた。

 競争ですよと言われていたが、授業に中型機の訓練が盛り込まれている二年生と違い、こちらは専用機があるものの未だ試験中、不利な状況である。


 ……何を賭けているというわけではないが、お互いに負けたくないのは仕方がない。


「そうだ、お兄ちゃん。……プロになるって?」

「ん? ああ、もう聞いたのか」

「うん。みんな、何時発表するんだろうって、うずうずしてたからねえ……」

「待て、桜。決めたのは今朝だし、学校に通いながらのプロデビューなんて、それまで全く考えてなかったぞ!?」

「え、そうなの!? ……ほんとに?」


 大仰に驚いた桜に、どういうことかと尋ねてみる。


「だってお兄ちゃんの専用機って、プロ用の試作機でしょ? それに乗っててプロにならないなんて、誰も信じないよ」

「あー、そうだな……」

「放課後の特訓も本気でやってるっぽかったし、わたしも早くすいせん同士で中型機戦やってみたいなあって、思ってた」


 状況を把握していなかったのは、どうやら俺だけのようである。


 ……自分の為に言い訳するなら、これほど特殊かつ高価な機体を自由に出来るチャンスは他にないと、それにしか目が行っていなかったのであって、テストに取り組む気持ちはもちろん真剣だった。


 パイロットとしての意識が足りていなかったことは否めないが、開発スタッフの一員としてやる気は十分だったと、その点だけは胸を張って言い切れる。


「アイ校に通って何をするか、決めかねていた部分もあったからな……」

「お兄ちゃんでも、迷うんだ?」

「そりゃ迷うさ。人生設計、めちゃめちゃになったばかりだぞ」

「あはは、そうだったね……」


 まあ、今は今で、既に楽しくもなっているのだが。


 最近は、あの退学騒動も悪くなかったと思えてきた俺である。


「そういえば、桜は将来、決めたか?」

「決めてないよ。大学はアイ校の大学部に行くつもりしてるけど、それも分からないし」


 口に出してから気付いたが、俺だって高校二年の初っ端に、具体的な将来を思い描いてはいなかった。


 大学は工学系で機械かプログラミングに関わりたいなあ等と、そのぐらいしか考えていなかったように思う。


「ま、お兄ちゃんほど悩んだりすることもないと思うけどね」

「案外、分からないもんだぞ?」

「それよりも、目の前の課題の方が悩み事だよ……」


 確かに、それも大事には違いないと、俺は頷くに留めた。


 学業にせよそれ以外にせよ、日々の積み重ねというものが、後々結構な影響を及ぼすことは、身をもって思い知らされていた。




 ▽▽▽




『おおっと、ブルーマックスの伊東、クインビーズ国府田を押さえ込んだ!』

『捕まえた!』

『あ、もう!』


 大食堂で、桜達と一緒に肉じゃがとほうれん草の卵巻きの定食を食べながら、プロリーグの――クインビーズの試合を見て、あれこれと思いを巡らせる。


 国府田芙美(ふみ)選手のダイヤモンド・ホーネットは中型の軽量級、スピード勝負に強い機体だが、ブルーマックス伊東依子(よりこ)選手の『ディアブル・ルージュ』も似たような仕様だった。


「二人とも、お互いをライバル視してますもんね」

「だよねえ」


 ついでに二人ともトップリーグの操縦士、となれば、技量までお互い頂点に近いわけで、あっと言う間の瞬殺か、逆に千日手になる事が多い。


『依子!』

『ナイス!』


 そこに水を差す……というわけじゃないが、押さえ込まれたダイヤモンド・ホーネットにブルーマックスのアタッカーがキックを見舞う。


『せい……のっと!』


 だが、そこは国府田選手も慣れたもので、受けたキックの衝撃を反動の源にして、拘束を解いてみせた。


「上手い!」

「さっすがー!」


 そこに北条選手のハニー・ベアが割って入り、ダイヤモンド・ホーネットは一旦後方に下がった。


 無論、カットプレイもチーム戦の華、生きている機体が同数の内は、お互い決定打に欠く。


 特に今日の試合のレギュレーションは『アイアン・アームズ』、史上初の試作機にしてその通称となった名を冠された、由緒正しいゲーム形式だ。


 元は私闘を納めようとした某軍の基地司令官が仕切ったというまことしやかな嘘話もついているが、火器を含めた手持ち武装は一切禁止、アイアン・アームズのストリートファイトと揶揄されるほど『洗練された』『原始的な戦い』――殴る、蹴る、投げ飛ばす――が、その醍醐味となっている。


「ゆかりん、今の国府田選手のアレ、出来る?」

「映像で見てると、あれぐらいなら私にも出来る。……って思えるのに、やると出来ないパターン」

「おー、やっぱり」


 四天王随一の頭脳派和倉先輩が、エアタブレットでダイヤモンド・ホーネットの機体データを呼び出しつつ、技の解説をしてくれた。


 今の俺には到底無理な技でも、知識だけは補っておきたい。


「受けからの肘打ちと下半身の足さばき、それぞれなら、気合い入れて練習すれば私達でも可能。でも、同時にやると、離脱どころかバランスさえ取れない」

「連携を徹底する方がいいかもネ」

「あたしら、四人で一人前だし」

「そうそ!」


 機体形状が人体に近いほど、思考制御の『効き』はいい。

 だが人体から離れるほど、特化した性能を活かした優位な戦いにも持ち込みやすかった。


 例えば今の試合、中型の軽量級であるダイヤモンド・ホーネットとディアブル・ルージュは、標準的な人体に近い構造とバランスを持っている。


 それ故に国府田・伊東の両選手は、トレーニングの一環として様々な格闘技の訓練を受けていたし、機体も操縦士の能力を活かせるよう、性能が機動性偏重に割り振られている。


 対して重量級の大型機体、ハニー・ベアの北条選手はと言えば、トレーニングの方向がかなり違った。


 内容は『秘密だよ』と言われたが、基礎訓練なら俺もTVの特番で見たことがある。


 彼女は荒い息でインタビューに答えながら、砂袋を入れた登山用のザックを担いで階段を上り下りし、あるいはそのまま運動場を歩いていた。

 山登りに言う『歩荷(ぼっか)』である。


 重量級だから荷物を背負ってトレーニング……という単純な着想は、誰が思いついたのか今となっては不明だが、後の調査と検証で科学的な裏付けが取れていた。


 思考制御のフィードバックも相まって、慣性が大きく動きのままならない重い機体の感覚は大荷物に身体を振り回される感覚に似ており、機体動作の最適化に有効なのだという。


 当然ながら、これらの特殊な訓練を積んだからと、必ず名選手になれるとは限らない。


 思考制御の得手不得手は、訓練だけでも才能だけで決まるわけもなく、機械との『相性』なんていう厄介なものまで存在した。


 機体の大小や性能だけではない。

 思考制御装置は脳波や脳内電位波形、各部神経反応、感覚器等をモニタリングして機体に動作信号を出力するが、幾種類かの方式があり、更には個人差が顕著に現れる。

 

 俺が時に言われる『思考制御が得意』とは、それらを包括した評価だった。

 出力される信号の精度が、常人よりも高いのである。


 ただ、こちらはERO能力と違い、数十人から数百人に一人程度の逸材と評価される程度だ。手放しに誇れるものではないし、アイ校では少し目立つぐらいで済まされる。

 

 ……実際には、それを活かせるほど訓練も経験も足りていないのだが。


「お兄ちゃん」

「ん?」

「お客さんだよ」


 俺とライジンなら、どう練習すれば国府田選手の技に繋がるかと考え込んでいたら、いつの間にか、八重野宮がクラスメートの鳥越喜美(よしみ)を連れてやってきた。


「あの、後藤さん。ちょっと相談に乗ってほしいんですが、今大丈夫ですか?」

「うん、いいけど……。ああ、場所、変えようか」


 四天王にごめんと断りを入れ、トレイを持って席を立つ。


 若干深刻そうな鳥越は、確か……仮免許の試験に落ちていたなと思い出す。

 八重野宮は、フォロー役だろうか。


 うちのクラスは、リーダーが委員長の新派ならその女房役は八重野宮で、情報委員の土師はブレーンのような立ち位置である。


 食器を返したトレイには三人分の緑茶をのせ、人の少ないテーブルを選んで隅の方に移動した。


「さて……」

「は、はい!」

「あー……俺が相手だからって、別に緊張しなくていいからな」


 家庭の事情とか、恋愛相談ならお手上げだぞと思いながら、俺は真面目な表情を作った。


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