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エピローグ「両片思いの俺と彼女」

エピローグ「両片思いの俺と彼女」


 クラスメートどころか全校生徒の協力で試合の後片づけがあっと言う間に終わり、シャワーを浴びて制服に着替えていると、本田先生から呼び出された。


「疲れているところすまないが、頼まれてくれ。堀口主任は松岡教授らが送っていくそうだが、有馬選手はお前が送っていく方がいいだろう?」

「はい、もちろん」


 大して疲れていないので、そのぐらいは喜んで引き受けたいし、その役目を俺に割り振ってくれた先生には感謝したい。

 試合直後はもみくちゃにされていたので、直接のお礼がまだ言えていなかった。


「後は誰かもう一人……ああ、八重野宮を連れていけ。随分有馬選手と仲良くなっていた様子だったな。……なあ、後藤?」

「えー……はい」


 本田先生は深夜外出の許可と共に、今日最高の笑顔を見せてくれたが……。


 いかん。

 ……完全に、ばれている。


 俺は有馬選手を迎えに行くと言って、その場を逃げ出した。




 ▽▽▽




 食堂で生徒達に囲まれていた有馬選手は、すぐに見つかった。

 ミニサイン会と雑談で、ものすごく盛り上がっていたようである。


 八重野宮もその場にいて、ジャージのままだったが、俺が同行を頼むとすぐに頷いてくれた。


「あの、有馬さん。お時間、みたいです」

「あらら……。みんな、また遊びに来るね!」


 水を差すのは申し訳なかったが、有馬選手も慣れているようで、皆をまとめると最後に記念写真を撮り、場を離れた。


「タクシーで帰るつもりだったけど、後藤くんが送ってくれるなら、その方が嬉しいかな」


 駐車場に走ってファルケンを寮の前に回し、降りて二人を待つ。


 見送りも大勢ついてきて、大盛り上がりだ。


 ハイヤーの真似事をして有馬選手を後部座席に乗せ、窓を開く。

 八重野宮も同じく乗せようとしたが、小さく『大丈夫です』と、断られてしまった。


「今日はほんとに、楽しかった。来週からまた、頑張れるよ! アイ校のみんな、応援してね!」


 軽くクラクションを鳴らし、出発する。

 有馬選手が半身を乗り出しているが、構内徐行中ならまあ、大丈夫か。


 例の検問を通り抜け、メガフロートブリッジにファルケンを向ける。

 まだ僅かに青い夜空に、街明かりが映えて綺麗だ。


「あーあ。なんかさ、今日が終わるの、すごくもったいない。寂しい」

「そうですよね。私も、イベントいっぱいで疲れてるはずなのに、もっと、何かしたいって気持ちです」

「うん、そんな感じ! ね、後藤くん、事務所に着いたら、もう一戦する? 消化不良だよね?」

「あー……門限ぎりぎりなんで、今日はちょっと……」


 練馬にあるクインビーズの事務所までは、往復二時間はかかる。

 それに、EROスーツも持ってきていない。もちろん、機体も用意されていないだろう。


「ところでさ、八重野宮さん」

「はい、有馬さん?」

「ほんとに……後藤くんと付き合ってないの?」

「……!」


 危うくハンドルに力が入りそうになった。


 バックミラーの有馬選手が、不思議そうに俺を見る。


 ……助手席の方には、恐くて顔を向けられない。


 嫌われていることはないと思うが、俺だって心の準備が欲しかった。


「はい、私の片思いです」


 前言撤回、思わず助手席に目をやれば、八重野宮は真っ直ぐに前を向いていて、一番最初、寮の廊下で出会った時のように凛とした表情をしていた。


 いや……え!?


 待て、ちょっと待て。


 八重野宮が、俺を……?


「え!? じゃあ、後藤くんは? 後藤くんって、八重野宮さんのこと、好き……だよね?」

「あーっと、その……」

「はい。後藤さんも……たぶん、片思い中です」


 心の整理が追いつかず、俺が答えを躊躇っていると、八重野宮の方が先に答えた。


「好きな人のことなら、分かりますよ。いつも、見てますから」

「それって……片思いなの?」

「はい。片思いと片思いで、両片思いです」


 八重野宮は、はっきりと言い切って見せた。

 少し呆れた様子で、有馬選手が座席に深く座って伸びをしたのが目に入る。


「両思いとどう違うのか、分からないよ……」

「それは……私にも分かりません。誰かとおつき合いした事なんて、ありませんから」

「八重野宮さんは、それでいいの?」

「……ちょっとだけ、迷ってます」


 迷ってる、のか?


 片思いって、言ってくれたのに?


「もしも両思いになって後藤さんと……その、おつき合いすることになったら、どうしても寄りかかっちゃうし、甘えてしまうと思うんです。それにたぶん、後藤さん以外の事なんて、全部二の次になりそうで、恐いんです」

「……」

「最初は……ちょっと格好いいなって、ただそれだけだったのに、もう今は、駄目です。今日だって、有馬さんに嫉妬して、その、自分が抑えきれなくなって……」

「あー、ほっぺにちゅって、してたわね」


 もう、あれだ。

 俺はここに居ないんだ。居ないったら居ない。


 会話は聞くが、神経は運転に集中しよう。


 このままじゃ、絶対に事故る。


「み、見てたんですか!?」

「そりゃあ、見るよ。だって、後藤くんと八重野宮さんのことだもん。気になるよ」

「えっと、その……うわぁ」

「でも、八重野宮さんの話を聞いて、少し分かったかも。わたしは後藤くんのこと、まだ『ちょっと格好いいなって、ただそれだけだった』のところで済んだんだって」

「有馬さん……」


 それっきり会話が途絶えてしまったお陰か、どうにか事故を起こすことなく、練馬クインビーズの事務所へと到着できたのは幸いなのかどうなのか……。


 事務所の前で彼女を下ろし、八重野宮と二人で挨拶する。


「お疲れさまでした、有馬さん。今日は本当に、ありがとうございました」

「ううん、いいの。楽しかったのは、わたしの方だよ」

「あの……色々と、その……」

「八重野宮さんも、ありがとね。今日一日で……わたしは再会に驚いて、恋を楽しんで、友達が出来たの」

「有馬さん……!」

「だから、とっても素敵な一日だったよ!」


 二人はぎゅっと、お互いを抱きしめた。


 さっきまで沈黙続きだったというのに……女の子は、わからん。


「八重野宮さん、たまにはメールしてね。後藤くんへの愚痴ぐらいなら、幾らでも聞いてあげるから」

「はいっ、お願いします!」

「後藤くんもだよ。わたしだって、恋バナに飢えてるんだから」

「あー……はい」


 じゃあまたねと、素敵な笑顔を残して有馬選手はビルの中に消えていった。




 ▽▽▽




 寄り道の出来ない時間になっていたが、どうしても休憩が欲しかった俺は、目に付いたコンビニの駐車場へとファルケンを放り込んだ。


「八重野宮さんは、何飲む?」

「あ、一緒に行きます」


 俺は本格派が売りのショート缶のコーヒーを、彼女はストレートの紅茶を選んだ。


 車は出さず、駐車場で缶を開ける。


「……ふう」

「後藤さんって……」

「うん?」

「おっぱい、好きですよね?」


 コーヒーの滴が、ハンドルに飛んだ。


「いつも、見てますよね。私のだけじゃなくて」

「……」

「私、有馬選手より、一センチ大きいんです」


 だから、あんまり他の子のは見ないで下さいねと、八重野宮はシートベルトを締め、強調された胸元に俺の視線を誘導した。




 ……うん、なんだろう。

 一生勝てない気がする。


 八重野宮を好きな気持ちに全く揺らぎはないが、今は……付き合う前の両片思いでよかったと、心の底から思った俺だった。


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