第二十四話「夕陽を背に」
第二十四話「夕陽を背に」
全ての用意が調った、午後四時半。
俺は『本田先生の七十九式っぽいような気もするが、書類上ではひなぎく一四〇九号機に間違いない』機体に乗り、整備区画から引き出した。
右手に握ったスタンダードなショートスピアと、左腕の松岡研/トーヨド製の|ライヒヴァイン・シールド・エクイップメント《RiSE》シールドが、とても頼もしい。
RiSEは機体との直接接続によりエネルギー供給を受け、手持ち、あるいは後付の装備にもライヒヴァイン・シールドを発生させるシステムの総称だ。
俺の思いつき――『アイアン・アームズについての私見的考察』の一項目が松岡教授の目に留まり、実現に至っていた。
RiSE対応改造が施された機体のみという制限がつくものの、ライヒヴァイン・シールドに保護された道具が使えるようになることが、最大の利点である。
欠点は未だ数多いが、特に機体に対するRiSE対応改造の手間、必要不可欠な余剰パワー、専用装備の高額化……つまりは現在のアイアン・アームズが有する汎用性という大きな特色を、見事に打ち消してしまうのが一番の問題だった。
無論、まだまだ改良は必要だが、それもこれも、この試合に勝ってからじっくりと考えたいと思う。
歩きながら機体の各所に注意をやり、七十九式が昨日と同じように俺の意志に従う感触を確かめる。
専門職である堀口主任や、自衛隊からの出向である整備班の努力により、データの移植と調整はスムーズに行われているようだった。
これだけ進んだ世の中でも機体ごとの癖なんてものが存在する為、同一機種でも単にデータを流用すればいいわけではない。俺も以前、実験の時にはこの手の苦労をたっぷりと味わっていたので、堀口主任らが如何に高度な技術の持ち主か、改めて思い知らされた。
『後藤機はあちらの白線の円内で停止、待機姿勢でコクピットは解放状態にして下さい!』
校内試合という名で想像していたのとは、随分と様子が違う。
本物のプロリーグの試合に、極めて近い。
言われたとおりに動いて装甲を開けると、壮年の男性が走り寄ってきて俺の前でタブレットを開いた。
「本日の主審、谷田譲太郎です。よろしく頼みます」
「はい、一年四組、後藤竜一です。よろしくお願いします」
谷田氏はジャパンリーグ公式審判の資格証明を俺に提示して、競技ルールの確認――カテゴリーBクラスの会場に於ける射撃武器の禁止、勝利判定の条件、各種ペナルティ行為の説明など――を行い、試合前の検査を受ける意思があるかどうか、聞いてきた。
本田先生が頷いてくれたのでもちろん承諾したが、校内試合程度には、普通呼ばない相手である。
だが、無意味な贅沢かと言えば、そうでもないらしい。
試合後に聞いたが、アイ校の卒業生にはプロの選手となる者も多く、生の現場を直接見られる機会を作っているのだという。
昨日お世話になった自衛隊にせよ、今日のプロリーグにせよ、アイ校の卒業生が欲しくて平素からアピール合戦をしている様子であった。
「はい、結構です。書類、機体ともに、規定を満たしています。お疲れさまでした、後藤選手」
「ありがとうございます」
谷田審判は有線接続で公式のチェックプログラムを走らせ、同じように機体を外部から確認していた副審が頷くのを待ってから、タブレットに確認完了のサインをした。
審判団の向かう方向にそのまま視線を向ければ、数十メートル先には萬田のスーパーホームランが三角座りしていた。
主脚を伸ばす姿勢と並び、標準的な待機姿勢なので笑うところではないのだが、奴の機体が派手なトリコロール配色の為、何かトラブルがあって一人で反省するアニメの主人公っぽく見えてしまう。
……夕暮れのせいかもしれないが、どこか黄昏ている印象だった。
だが、萬田のスーパーホームランのデータを思い返せば、黄昏どころかスペックは本当に驚異的だ。
母体となったラトルスネークは、中型の競技用機体としてはパワー型、主機の換装前でさえ価格に見合う標準以上の性能を誇っている。
日本のプロリーグでの採用例が少ない理由は、ミッキー・インダストリーズの代理店が日本になく、またパワー重視に偏重しすぎた機体が日本国内の流行――スピード重視の試合運びと合わない為だった。世界的に見れば、日本の方が世界の流行とは外れている。
まあ、中型機と小型機の一対一変則マッチな時点で、意味のない論評か。
機体の差は、操縦士の腕で埋める。
……と言いたいところだが、発現力は向こうの方が段違いに高い。
辛うじて、平均安定値は俺の方が高いものの、奴の瞬間最大値は俺の三割増しで上を行く。
どちらにしても通常のアイアン・アームズが搭載するパワープラントの限界以上の発現力で、俺も奴も『頭打ち』するが、あちらの機体はダブル配置だ。パワープラントの余力を活かし、速度に変える可能性も無視できなかった。
パワーは機体を動作させる基礎であり、脚が大地を蹴る力は、そのままスピードにもなるのだ。
あちらは中型機とあって検査項目も多く、俺の機体よりも長いチェックを受けていたが、萬田自身が整備するわけではない。違反によるペナルティなどは、期待するだけ無駄だろう。
ほどなく、俺の方にも萬田機が検査を通過したと連絡が来た。
いよいよ試合が始まる。
「よし!」
上部装甲を閉じた時、頬に風が当たって。
……八重野宮の唇を、思い出してしまった。
▽▽▽
試合会場となる第一演習場は、普段の素っ気ない様子から一変、本物の競技場のように様変わりしていた。
観客席は生徒で溢れかえり、普段は起動していない保護フィールドも準備万端のようである。
『がんばれ、後藤さん!』
『いっけー!』
立て看板の周囲に集まっているのは、我が一年四組だ。
有馬選手もその輪の中にいた。
空のペットボトルを叩いて、八重野宮の隣で一緒にはしゃいでいる。……ついさっき、俺を挟んで牽制しあっていたのは何だったのかと思うほど、仲も良さげだ。
対して一組は、静かに、そして行儀良く、いかにも社会見学という雰囲気であった。
萬田を応援したくない、あるいは、俺を応援したい。
だが、クラスの立場も、見栄もある。
後から聞いたが、葛藤する彼女達に釘を刺したのは、麻生会長だった。
『下手な恨みを買うと、また後藤さんが苦労します』
……その理由はどうかと思うが、彼女達はすぐに頷いて大人しく観戦することに決めたという。
整備区画の前では、内原先生に本田先生、堀口主任らがこちらをじっと見ている。
同じく、松岡教授は懐から古式ゆかしいオペラグラスを取り出し、山口と城田はちらちらと有馬選手の方を気にしていた。
『ゴーゴー、後藤!』
『ファイト、オー!』
チアリーダーまで用意されていて驚いたが、こちらは四天王プラス二年生の有志によるパフォーマンスだ。
スカートがめくれ上がろうと、ハイジャンプで宙返りを決めようと、ちらりとも中身が見えないのは誠に残念だが、これは仕方がない。
彼女達は、手作りのポンポンを持ち、一枚布の腰巻きスカートを身につけたフルアーマー装備のひなぎくに乗っていた。
応援はとても嬉しいし、一糸乱れぬ動きは技術的にも大変素晴らしいと思う。
だが一つだけ、アイアン・アームズに乗っているという一つだけが……実に惜しい。
『ブルーコーナー、萬田選手。レッドコーナー、後藤選手。両選手は開始位置に移動して下さい』
放送と同時に、こちらにも移動指示が表示される。
萬田のスーパーホームランは開始位置に走り込むと、グレートソードを競技場に突き立て、俺に向かって右手の中指を立てた。
大方、碌でもない罵声でも上げてるんだろうが、公式ルールに従い、競技中、対戦者同士の会話は外部スピーカー、通信ともに禁止されている。
一瞬だけ、俺も首を掻ききって親指を下向きに立てるポーズぐらいはした方がいいのかとも思ったが、七十九式……もとい、ひなぎく一四〇九号には明確な首がない。
それに、女子校の訓練場でやるのは下品すぎるなと気づき、代わりに奴を無視して、観客席に向け大きく右手の槍を振った。
『カウントダウンを始めます。十、九……』
ごくりと、息を呑む。
奴の機体と、今朝戦った有馬選手のエメラルド・クイーンが一瞬、重なって見えた。
だが……どう思い描いても、エメラルド・クイーンほどの圧迫感はなかった。
なるほど、これが本田先生が口にしていたプロの気迫と素人の違いかと、納得する。
さて……。
『……二、一、試合開始!!』
先手は作戦通り、譲ることにする。
軽く腰を落として待ちかまえると、カラフルなスーパーホームランは、一直線に走ってきた。
油断は禁物だが、どことなく野暮ったい走りに、違和感さえ覚える。……いや、有馬選手と比べるのが間違っているか。
近づいたところで、当たれば一撃で真っ二つにされそうなグレートソードが上段から真っ直ぐ、俺へと落ちてきた。
「せい、の!」
一瞬粘って剣先を引きつけ、機体を右に捻ってそのままジャンプする。
奴の両手が、地面を抉ったグレートソードを握っていた。
行きがけの駄賃に、スーパーホームランの頭部をロングシュートの要領で思いっ切り蹴り飛ばしてやる。
思考制御のフィードバックを活かし、キックの命中を足の感触だけで確認、そのまま宙返りで後ろに回り込んだ。
今朝、有馬選手が行った反撃の応用だ。
練習もさせて貰ったしコツも伝授されたので、本番でも全く不安はなかった。
「へ!?」
だが……手に持った槍を突き刺そうと振り向いた俺は、虚を突かれた。
スーパーホームランの頭が、ない。
慌てて見回せば、観客席の手前にぼとんと落ちたところだった。
観客も、しんと静まり返っている。
小型機のキック一発で頭がふっ飛んでしまうなど……防御強度は十分に確保されているはずだが、この結果には俺も、少しどころではなく驚いてしまった。
無論、これでスーパーホームランの視界が奪われたわけではない。
ラトルスネークに限らず、アイアン・アームズの頭部にはカメラなどが集中しているが、メインカメラだけが外部視界の全てを担っているわけではなかった。
通常の競技用機体では、背面はもちろん、時には腕や脚の先にまでサブのカメラやマイクが装備されていることも多い。
これは競技の特色でもあるが、ルール上多機能なセンサー類が一切搭載できないこと、また、試合中に機体が壊れるのは『当たり前』であることなどが影響している。
ただ、機能上は問題なくとも、乗っている側の気分というものは……さて、どうだろう。
案の定、奴は地面に突き刺さったグレートソードを勢いよく引き抜き、大旋回して滅茶苦茶に振り回しはじめた。
一旦距離を取り、アドバイス通り右利きの苦手な右回りに逃げてやる。
しばらく逃げ続けたが、グレートソードのリーチが想像以上に長く、懐に入れるほどの隙もなかったので、こちらも攻撃のタイミングがつかめない。
千日手ってこともないが……ああ、一つ手がある。いや、この場合は脚か。
俺は大振りを狙って回避をギリギリまで我慢し、念のためRiSEシールドを構えた。
「せいの……今!」
瞬時にパワープラントの出力を上げ、地面を蹴りこむ。
若干の波動を感じつつも意思の力で押さえ込み、俺は奴の足元にスライディングをかました。
股下に入り込むタイミングで七十九式の形状を意識して機体を左にひねり、跳ね上げるようにして奴の膝に思いっ切り蹴りを入れる。
機体の重量と運動エネルギーを乗せたスライディングキックが決まり、ぎゅいんと金属の軋む音を、マイクが拾った。
手をついて転がり、反動で機体を起こす。……流石に午前中だけでは、有馬選手の片手ジャンプ倒立宙返りまで身に着かなかった。
「……マジか!?」
振り返れば、今度はスーパーホームランの右脚が、膝の辺りからもげていた。
どんだけ脆いんだ、アメリカ製のパワー型……。
機体本体のライヒヴァイン・シールドは働いているはずなんだが、まあいいか。
壊れても俺が困るわけじゃない。
ゆっくりと倒れ込んだスーパーホームランが、機体を庇おうと右手を地面についた瞬間、その肘を狙ってもう一度スライディングキックを放つ。
今度はもげなかったが、肘から先が、不自然にぶらぶらと揺れていた。
ついでにもう一蹴り、グレートソードを遠くに蹴飛ばしてやる。
……こちらは重すぎて、あまり飛ばなかった。
『審判より後藤機へ! 後藤機は萬田機より速やかに離れて下さい!』
『了解!』
レフェリーストップが入ったので、俺は軽い後方ジャンプを繰り返して、三十メートルほど距離を取った。
一息入れつつ、機体のチェックを行う。
機体AIの自己診断、思考制御、俺自身の感触、やる気……オールグリーンだ。
深呼吸をゆっくりと三度繰り返し、奴の機体の状況を観察する。
頭と右脚を喪失、右手は使い物にならないだろうが、今も立ち上がろうと暴れていた。
『審判より後藤機へ! 試合続行です!』
『……了解です』
奴は降参を選ばなかったらしい。
ほぼ勝ったと見て、いいだろうが……油断は禁物だ。
「窮鼠猫を噛む、だよな」
もう、勝負の高揚感など、消えていた。
滅茶苦茶な動きで暴れるスーパーホームランが、哀れにすら思えてくる。
俺は生きている左腕を狙い、慎重に近づいた。
「ん……?」
奴の機体の腰部が、揺らいでいるような……いや、間違いない!
流石に萬田が相手だからと、今にも起きそうな事故を見過ごそうとは思わなかった。
「後藤より審判へ! 緊急!」
『こちら審判! レフェリーストップの要求ですか?』
「萬田機のパワープラントに異常! こちらでは確認できないので、熱源センサーと次元波動計測機器の使用を!」
『熱源!? レフェリーストップを受理します! 後藤機は下がって下さい! 副審、レスキュー対応!』
発現力を込めすぎたか、リミッターが破損したか……リアクター内のエネルギー飽和が逆流を起こし、パワープラント内で次元粒子の連続崩壊が発生、暴走したのだと思う。
萬田機に搭載されたパワープラントの詳細な仕様までは知らないが、たぶん間違いないだろう。
暴走したからと理論上爆発はしないが、俺の機体も、万が一Gリミッターが破損すれば確実に同じ事故を起こすのだ。知らないでは、済まされない。
それが証拠に、俺が機体を下がらせている間にも慌ただしいやり取りが続き、副審の乗ったアイアン・アームズだけでなく、教官用のすいせんや、大型救護車まで走ってきた。
スーパーホームランは数機掛かりで強引に取り押さえられ、胸部装甲が力尽くで排除される。
コクピットが露出すると、中では更に、萬田が錯乱でもしたかのように暴れていた。
『くそっ! くっそう!! 動けよ! 動けって!!』
怪我はないようだが、我を忘れ現状を把握できていない時点で……いや、何も言うまい。
六輪の大型救護車に運び込まれた萬田は、そのまま二度と、アイ校には帰ってこなかった。
▽▽▽
大破したスーパーホームランの処理と回収が行われる中、俺のTKO勝ちが放送される。
だが俺の手には、勝利の余韻どころか、満足感の一つすら、なかった。
昨日のイットク戦は初の対戦練習で、体験そのものが魅力的だった。
今朝の有馬選手との特訓は、歴然とした力の差を感じつつも、強者へと挑む喜びに心が躍った。
しかし萬田は、俺に何も残さなかった。
終始一貫したその姿勢だけは、評価してやってもいいような気もするが……いや、奴は少なくとも、最後まで諦めなかったか。
それに、奴のお陰で得られたものも、ないわけじゃない。
クラスメートとの繋がり、トーヨドの援護、有馬選手の協力……。
「……萬田、お前、すげえな」
指折り数えてみれば、奴の裏目が全部、俺のプラスになっている。
これは……真剣に感謝した方がいいのかもしれない。
萬田機を回収に来た大型トレーラーを大回りして避けた俺は、観客席の方に向かって歩き、コクピットを解放した。
カメラから実視界に切り替えれば、照明が点灯される寸前で、宵闇の青が空にかかっている。
注目が集まる中、最近出したことが無いほどの大声を張り上げた。
「応援、ありがとうございました!!」
クラスメートに有馬選手、桜と四天王、麻生会長、先生達……。
皆が俺を、大歓声で出迎えてくれた。
「後藤さん、格好良かった!!」
「お兄ちゃん、やったね!!」
「最高だわ、後藤くん!!」
特に……はしゃいだ様子で拍手している八重野宮の笑顔が、まぶしい。
直接声を掛けたいが、今は無理か。
「後藤、よくやった!」
「はい、本田先生!」
「特に、損傷なしで切り抜けたのが最高だ。……お陰で後処理の手間が一つ減った」
「さあ、明日からの共同研究も、同じぐらい頑張ってね」
先生達はいい笑顔だが、騙されてはいけない。
絶対にまだ何か、企んでいるはずだ。
大人がずるいことは、よく知っている。……俺も大人だからな。
「そうだ、本田先生。ラトルスネークって、あんなに脆弱なんですか? ちょっと不思議で……」
「お前には告げていなかったが、あちらが競技用なら、こちらは『軍用』だ。耐久性や防御力など、言葉は同じでも基準が違いすぎる」
「代わりに、どうしても各部が重くなって、機体が扱いづらくなるの。思考制御との親和性が高い後藤君は、全然気にしてなかったようだけどね」
もう一声何か掛けようとしたところに山口が走り込んできて、半泣きで俺の肩をつかんだ。
「後藤、お前はああああああ!!」
「や、山口!?」
「RiSE使えよ!」
「あ! ……すまん」
「俺達、徹夜したんだぞ! 全然意味無かったじゃねえかこの馬鹿野郎!」
そりゃあ俺でも半泣きになるなと、申し訳なさで揺さぶられ続けた俺だった。
「よし、片づけを始めるぞ!」
「おー!」
「後藤、機体を戻してこい」
「はいっ!」
機体のステップに足を掛け、大きく伸びをする。
夕陽を背に、今日のことを思い返せば。
色々あったが、一生忘れられない日になることは、間違いなかった。




