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第十三話「ひなぎく一四〇九号機」

第十三話「ひなぎく一四〇九号機」


 パールカラーのEROスーツに着替えた俺は、指定されたロッカーに私物と服を突っ込み、一〇四号整備区へと向かった。


 ジェルを厚く塗りすぎたのか、歩くたびに背中のバックパックがぬるっと滑る。

 ……次回は気をつけたい。


「お待たせしました」

「うむ。……ほう、意外と鍛えているな」


 四組の整備区画には、EROスーツに着替えた本田先生の他に、何故か内原先生やクラスメート達の殆ど全員が揃っていて、興味津々すぎる視線の束に俺はたじろいだ。


 すぐに搭乗するからと、アイアン・ジャケットを持ってこなかったのは失敗だったかもしれない。


「ん!? 流石に慣れないか?」

「いえ、大丈夫です……」


 この場では全く以て余計かつ非常に重要な情報であるが、本田先生の胸部は超重量級だった。


 ……閑話休題。


「ごめんね、みんな後藤君の晴れ姿が見たいって言うから、ホームルームの後そのまま連れて来たの。ついでだから、解説付き見学ツアーにしたわ」

「ご飯三杯は行ける筋肉だ……」

「後藤さん、かっこいい!」

「け、結構なお手前で!」


 クラスメートの役に立てるなら、まあ、悪くはない……のか?

 先日の調整では、機体を歩行させる過程には進まなかったから、俺がクラス初になる。

 興味を抱くには十分だった。


 ついでに、筋肉は割と落ちてるんだが、初見ならそこそこついている風に見えるようだ。

 もちろん、彼女達が男性の肉体を見慣れていない可能性の方が大きいものの、褒められて悪い気はしない。


 八重野宮もちらちらと俺の方を見ていたが、俺の視線に気付いて俯いてしまった。


 あと新派。

 俺の股間をガン見するのは、まあ……好きにしていいが、隣の赤坂が呆れてるぞ。


「がんばって!」

「後藤さん、ファイト!」

「おう! でも、初めてだから、あんまり期待しないでくれよ」


 時間的に遊んでいる暇がなかったので、軽く挨拶だけしてひなぎく一四〇九号機の収まったガントリークレードルへと向かう。


「後藤くん、どうぞ」

「ありがとうございます」


 整備士の柳田千尋二曹から手渡されたのは、ヘルメット型の頭部ユニットだった。


 ヘッドセット型は軽い分、疲労の蓄積も軽減されるので長時間の搭乗には非常に有効だが、内部容積に余裕のあるヘルメット型と同程度の機能を持たせるとなれば高価になりがちである。生徒が使う事を考えれば、物理的な意味での頭部の保護も考慮して、こちらが選択されているのだろう。


 だが逆に、感度が落ちざるを得ないヘッドセット型を、精密作業時の思考制御精度を上げる訓練に利用することもあって、一長一短、上手く使うのが正解だともいう。


 ヘルメットのベルトをしっかりと締め、バックパックをチェックすれば、まずは目視での外観確認だ。


 仮免許の試験には、起動前の点検も評価項目に入っているので、疎かには出来ない。


「目視確認よし、搭乗します」


 先日、クラスメート達と何度も繰り返した指差し確認を終わらせ、ひなぎくの搭乗部を守るロールバーを解放状態にしてシートに座る。

 EROスーツのバックパックがきっちりと機体本体に接続されているか確かめ、位置を微調整してシートベルト――ハーネスを締めれば着座完了だ。


「後藤、クレードル側で初回キャリブレーションを行うから、起動手順はパワープラント始動の直前でストップだ」

「はい」


 俺は胸の透明ポケットから生徒証を取り出し、肘掛けについている専用スリットに差し込んだ。


 生徒用のひなぎくでは、物理キーであるカードキーと生体データを使い、二重の起動認証システムが採られている。


 ……実際には、俺の機体なら登録されている整備士や教員も乗れるし、整備本部にはマスターキーも存在していた。

 機体の修理時に備えて交換用に用意されている予備機などは、認証の書き換えも頻繁に行われるが、外部の人間や生徒が勝手に動かすことだけはないように配慮されている、ということだろう。


[ひなぎく一四〇九号 セットアップ]


 生徒証の投入でヘルメットの空間投影モニターにスイッチが入り、機体が起動のサインを送ってきた。


[操縦者確認 後藤竜一]

[自己診断開始]

[パワープラント……OK][補機……OK][動力部……OK][思考制御部……OK]


 機体AIが高速でチェックを行うのを流し見しつつ、左右の肘掛けに付いた操縦桿を握る。


 操縦桿そのものは、前に倒したからとそのまま機体が前に動くことはなかった。

 思考制御と合わさり、初めて意味を持つ動作に繋がる。


[各部異常なし]

[疑似神経網形成完了]

[思考制御システム準備完了]


 スーツ内部に疑似神経網が形成されたその一瞬、ぞわっと鳥肌が立った。

 微弱な電流が通されるので、鳥肌だけで済んでいるのなら随分マシなのだが、全身に塗ったジェルのぬるぬるが改めて感じられ、少々くすぐったい。


[パワープラントを起動しますか? Y/N]


「先生、パワープラントの起動確認画面が出ました」

「よし」

「接続、確認しました」


 今度はクレードル側のディスプレイが柳田二曹によって操作され、機体の起動手順がキャンセル、続けてひなぎくのAIは整備モードに移行した。


 ……こちらのモードの画面は見慣れているので、順調に書き換えが行われる様子を落ち着いて眺める。


 ひなぎくでは、スリットに生徒証を差し込んでからパワープラントの起動確認画面が出るまでに、約十秒が必要だった。


 超重量級ならこれが五分から十分と非常に長く、介護用の超小型機などは三秒とかからない。


 一般的には機能が多いほど、チェックと自己診断には時間が必要とされているが、これはパーツや装備が要求する精度の差でもある。


 俺のひなぎくは操縦練習用の機体でリミッター以外の特殊装備は積んでいないが、例えば長射程の実弾兵器を搭載した軍用機であれば、装備その物のチェック以外にも、現在地と目標の気象条件だけでなく地球の自転や重力偏差による修正も無視出来なかった。

 逆に屋内で使う介護用機体なら、中長距離のセンサー類は不要なので最初から装備されておらず、当然、チェックも行われない。


 本田先生と柳田二曹の手による初回キャリブレーションは、二分ほどで終了した。


 次回以降は機体内にもデータが蓄積されるから、微調整はセットアップ時に自動で行われる。


 初回の起動では、修正データの読み込みも重要だが、俺の身体データのスキャンにも比重が置かれていた。


「こちらの作業は完了だ。ゆっくりでいいから、手順通りにパワープラントの起動だけを行え」

「はい」


 起動。


 静かに起動を念じれば、腰の下にあるパワープラント――小型機用の南紀重工NM601Cが次元波動を発する。


 ……まあ、普通だ。

 測定器に座っているのと大して変わらない。


 しかしこの場合、『高能力発現者』の俺が量産型の練習機に乗って特に違和感を感じていないことに、意味があった。


 いや、少し違うか。

 次元波動が測定器以下に抑えられている。


[搭乗者発現力 規定値クリア]

[Gリミッター 正常に作動中]

[リアクター安定まで二秒……安定]

[慣性緩和システム パッシブモードに移行]

[ひなぎく一四〇九号は正常な運用が可能です]


「先生、起動しました。問題ありません」

「そのようだな。……柳田二曹、ご苦労だった」

「ありがとうございます。Gリミッターが正常に動いてくれて、少し、力が抜けました」


 ……後ほど、GリミッターのGが後藤のGであると聞かされて、頭を抱えた俺である。


 名前は冗談っぽいが、俺とひなぎく一四〇九号にとって、Gリミッターは生命線だった。


 このリミッターがなければ、NM601Cは一般的な発現者の数百倍という俺の発現力をまともに受けてしまう。


 そんなことになれば、どうなるか。

 結果、NM601Cは瞬時に最大出力を発揮し、周囲に強力な次元波動を撒き散らすだろう。

 それだけならば、誰かが気持ちよくなるぐらいで済むが、その後にはリアクター内のエネルギー飽和によって次元粒子の連続崩壊が起き、パワープラントが自壊する。


 崩壊した粒子は元の次元に還るので、爆発は理論的に起こり得ない。

 しかし、リアクターやチャンバーの素材がエネルギー量に耐えきれず熱で溶け、火災や事故が発生した例はあった。


「次は思考制御の動作補正だ。右手の人差し指『だけ』をゆっくりと動かしてみろ」


 もちろん、操縦桿を握っている俺の右手の人差し指ではない。機体の方だ。


 くいっと指を曲げる。

 こちらも問題ないようだ。思った通りの角度で、ひなぎくの指が曲がる。


 この時、イメージと一緒に本物の人差し指も多少動くが、どこかにぶつけたりしなければそれでいい。


「後藤、思考制御機器の経験は?」

「ナノハンドなら、ここ半年ほどは毎日触っていました」

「なら、ある程度は慣れてるな。柳田二曹、ウエイト設定は三に上げておいてくれ」

「了解!」


 ナノハンドは、微細かつ超精密な作業の為の、超小型の思考制御機器である。

 イメージとしては、顕微鏡を覗きながら動かすロボットの手のようなもので、市販の集積回路を調整する時には必ず使っていた。


 続いて両手指、両腕、右脚左脚と言われるままに機体の一部を動かし、補正を完了する。


「クレードルで機体を持ち上げるぞ。ロックが外れたら、ゆっくりと歩行して入り口まで歩け」

「はい!」

「みなさん、下がって下さい!」

「前方よし、ロールバー閉鎖します」


 ロールバーを閉鎖し、バックビューモニターを立ち上げる。

 クラスメートも十分離れているし、本田先生と柳田二曹は退避位置になっているクレードルの操作部にいるので問題ない。


「……左右よし、後方よし」


 俺自身も、ここで指差し確認を忘れると試験で減点になることを思い出せる程度には冷静だ。


「クレードル、起立状態へ。機体ロック、解除」

「ひなぎく一四〇九号、出ます!」


 ガントリークレードルが完全に起立したことを目視とモニターの表示で確認し、右脚を意識する。


 かしゃこん。


 最初の一歩、足音は意外に小さく響いた。

 乗っている俺の方は、安定性に驚いている。


『いいぞ、そのまま進め』

「はい」


 本田先生の声が、無線に切り替わった。


 床の白線を見ながら、静かに機体を歩かせる。


「……」


 歩くのは簡単に達成できたし、違和感もないが、同時に心配事もあった。

 あまりにも自分の足で歩く感覚に、似すぎているのだ。


 もっと頼りない『運ばれている』ような感触かと思えば、歩行の衝撃は小さいのに、思考制御に含まれた機体からフィードバックされる疑似感覚のせいか、座席に座っていながらしっかりと床を踏みしめて『歩いている』感じがした。


 人によってはこの疑似感覚がどうしても受け付けず、せっかくの発現力を活かせない場合もある。


 車のように、酔うだけならまだいい。

 少数例ながら、思考制御に対する感受性が強すぎて、時に幻痛を伴う感覚拡大症状が引き起こされたり、四肢の麻痺が日常的に発生したりする場合がある。

 治療法は既にあるが、これではアイアン・アームズの操縦どころではなかった。


 俺は幸いにして、あっさりとクリア出来たようだ。……ナノハンドで多少慣れていたにしても、あちらは手だけの話で、全身を感覚器として使うアイアン・アームズでも大丈夫かと若干心配していた。


 もちろん、ひなぎくもよく応えてくれている。

 リミッターは何事もなく働いていたし、機体も無事入り口まで到着できた。


『よし、そのまま待て。私も特機を出す』

「はい」


 俺は機体を棒立ちにさせて、操縦桿から手を離した。


 今の段階でも、割と自由に動かせそうな感覚もあるが、下手に動いて迷惑を掛けるのもどうかと思うので自重する。


 だが、嬉しい気持ちを抑えきれないのもまた、本当だ。


 女子ばかりのクラスメートの手前、冷静な振りをしていても、自分の手でアイアン・アームズ(かっこいいロボット)を動かしているという事実は、何者にも代え難い。


「……ふう」


 搭乗初日の一番最初から調子に乗ってしまうのは、恥ずかしいだろうが!


 ……と、自分に言い聞かせ、深呼吸をする。


 落ち着いて見回せば、若干、普段よりも視線が高くなっていることに気付いた。

 階段三段分というところか、無論、気分は悪くない。


『待たせたな、後藤』

「いえ、大丈夫です」


 本田先生が、かしゃこんかしゃこんと小さく音を立て、ロールバー付きの黄色いひなぎくで現れた。


 ……いや、違う。

 この機体、俺と同じひなぎくじゃない。


「先生、もしかしてその機体……」

『フフ、初見で気付いた新入生は、後藤が初めてだ』


 みんなには内緒だぞと、本田先生は立てた指を口元に当て、楽しそうに笑った。


 ひなぎくのベースは米アライアンス社のトルメンコを国産化した七十二式特殊歩行重機で、この機体も主要用途は練習機なのだが、本田先生の機体は違う。


 その七十二式を強化した実用機で、陸自の特機部隊にも配備されている『七十九式特殊歩行重機』だ。


 外観の違いは腰部と脚部がほんの少し大きく、背部にFCS(火器管制装置)の出っ張りが追加されているぐらいだが、パワープラントは中型汎用機にも使われる米ローレンス&アリソン社のV-2000で、出力限界はNM601Cの三倍近くあったように思う。


 もっとも、普段は中型機すいせんのベースとなった七十二式特機外装、あるいはその改良型である七十九式特機外装の搭乗部として使われていることが殆どで、単体で見ることはあまりない。

 

『ゆっくり進むから、五メートルほど離れてついてこい。近づきすぎるな』

「はい」


 整備区画を離れ、舗装路を七十九式について歩く。

 バックビューモニターには、二機のアイアン・アームズについてくる内原先生とクラスメートの姿が映っていた。


『後藤、問題ないか?』

「はい、大丈夫です」


 ここまでの歩行動作には、まったく問題がない。

 噂で聞いていたような擬似感覚酔いもなく、思った通りの歩幅と速度で歩けていた。


 しかしそれは、俺の身体能力に合わせ、機体の運動性が下方修正されている、ということでもある。


 ひなぎくは練習機とはいえ人間を上回る運動能力を確実に持っているが、生身の俺はバク転も人の背を超えるハイジャンプも、片手倒立も無理だった。

 入校の初日に見た生徒達のような動きも、『今は』不可能だろう。


 ……なるほど。


 これが、俺をアイ校に入学させた理由の一つらしいと気付く。




 人間が可能な、いわゆる普通の動作を行うだけなら、アイ校のような訓練施設は不要だ。

 歩く、走る、荷物を上げ下ろしする……。思考制御というそれなりに成熟した技術のお陰で、簡単な操縦なら数時間の訓練のみで十分対応出来る。


 だが、アイアン・アームズの能力を存分に引き出そうとするなら、人間の動きを越えたイメージを脳裏に描き、機体AIにも分かるように伝えてやらねばならない。


 だからこそ、社会人向けの職業技術訓練所で行われるような短期教育と、アイ校に代表される長期教育がそれぞれに必要であり、同時にアイアン・アームズの『操縦』には訓練が必要なのかと、俺は身体で理解した。




「では次、スラロームに移るぞ。最初の一回は歩いてクリア、距離感をつかめ。二回目以降はタイムアタックだ」

「はいっ!」


 俺はその日の午後、ヘッドライトが必要になる時間まで、たっぷりと本田先生から指導を受けた。

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