第十二話「授業開始」
第十二話「授業開始」
機体と対面した次の日には、もう授業が普通に始まっていた。
進学校だった俺の母校ほどではないものの、一般教科の授業レベルは結構高い方だ。流石は倍率二十五倍の難関校である。
お陰で本田先生曰くの『退屈』、というほど暇ではなかった。
「後藤さん、さっきの小テストの二問目、解き方教えて下さい!」
「ん? ああ、あの引っかけ問題ね」
「あの、あたしもお願いします!」
十河に続き、八重野宮と同室の土師七海もやってきた。
ちなみに土師は、情報委員でもある。
「はいよー。公式通りにやればいいのは間違いないんだけど、ちょっとコツがあってね。……ほら、このaをこうして。……ね?」
「おおー」
「先生より分かりやすいです!」
俺が彼女たちと同い年で普通の高校生なら、同じ意見だったかもしれない。
だが……。
「あはは、受験にもよく使われる問題だからなあ。数学の陣内先生はわざと解説抜きでテストに出したんじゃないか、って思う。あの先生の教え方なら、たぶん次で解説が入るはずだから、よく聞いてもう一度解いておけばいいよ。間違えたところは気になるから真面目に聞いてしまうもんだし、それが狙いじゃないかな?」
「う、先生の方が一枚上手だった……」
「そりゃあ、先生だからね。先の先まで見てるって。……暇な時間にでも、もうちょっと詳しい解法をクラスメールに載せとくよ」
「おねがいします!」
授業だけでいっぱいいっぱいの高校時代には気付かなかった教師の気遣い、なんてものまで見えるわけで、いやまったく、二度目の高校生活も悪くないと思い始めている俺だった。
国語・数学・理科・社会、英語に芸術に保険体育とある懐かしの授業の合間には、小学校以来となる家庭科なんて名前の科目が挟まっている。
無論、アイ校をアイ校たらしめているアイアン・アームズ関連の授業は、力のいれ具合も段違いだった。
その最初、授業二日目五限に入っていた特機論Ⅰの担当は、担任の内原先生だ。
「一年生が学ぶアイアン・アームズの授業は、座学の特機論Ⅰと、実技の基礎を中心にした特機実習Ⅰの二つです。そして、この二つの授業を両輪として、特機免許の試験に合格することが、一年生の目標になります」
一年四組は、特機論を内原先生、特機実習の方は副担任の本田先生が、それぞれ担当する。
他のクラスに於いても、担任と副担任がセットでこの二つを担当するように授業計画が組まれているそうだ。
「アイアン・アームズの免許は、正しくは『特殊歩行重機操縦免許証』と言いますが、通常は十八歳以上でなければ取得できないと、特機法および道路交通法で定められています。ですが本校、自衛隊の高等工科学校、そして専門コースが設置されている高等学校の生徒には、特例として十六歳以上でも仮免許を取得済みであれば、本免許を取得できる制度が設けられています」
そう、あくまでもアイアン・アームズ免許――特機免許の取得は十八歳から、となっている。
早生まれには可哀想だが、授業の都合上、仮免許の受験と取得は指定校に在学中の生徒に限り十六歳以下でも可と、救済措置が用意されていた。
但し、自動車の運転免許と違い、仮免許と本免許にある差は小さい。
大きなところでは、運用時の監督者と僚機の配置義務、営業行為の禁止ぐらいか。仮免許制度は実質、学生の為に用意されているようなものだった。
自動運転対応道路の普及率が低かったり、クラシックカーも含めた旧来の車種が公道上で混在して走行する自動車とは違い、アイアン・アームズは思考制御AIの搭載が義務化されている。
その技術的恩恵もあって、免許の取得に目的を絞るならば、実技の訓練は極端に短くできた。
無論、操縦テクニックという意味では、免許を取ってからが本番だ。
それこそ自動車と違い、前後に加えて左右や上下にも移動できて、手に道具が持ててしまうアイアン・アームズなのである。
長くなったが、自動車学校での教習と同様に校有地は公道上とみなされないので、授業で乗る分には免許がなくても問題ないし、自主的な訓練も校内規則に従う限りは自由に出来る、という点は俺も留意しておくべきだった。
「もちろん、免許がなくても扱い方を知っていれば、アイアン・アームズは動かせます。中学校の頃、ジュニアコースのある訓練所に通っていた人もいるでしょうし、大会に出た人も多いでしょう。よく知られたことですが、免許を持っていないプロ選手もいます」
何故ならプロリーグの競技場は申請の受理された『私有地』で、安全面も運営委員会が厳しく配慮しているからだ。
同様に、プロのトップチームも選手の育成に力を入れ練習環境もきちんと調えているが、チームは指定を受けた学校ではなく、どれほど才能があり本人が努力したとしても、十六歳でデビューした選手には十八歳まで免許を取らせることは出来なかった。
小中学生の競技会なら、都道府県や市区町村の特機課や教育委員会が同じように管理するが、どちらにしても、指定の場所以外でアイアン・アームズを動かせば、無免許操縦で警察に捕まってしまう。
この究極的な例が、あの萬田未来翔だ。
自家の私有地で自家用機を用い、招いた元プロ選手をコーチとして訓練を重ねていたそうだが、無論、とてつもない贅沢ではあっても違法ではない。
「逆に、実力さえあれば免許がなくてもプロになれます。皆さんの中にも、プロデビューを目指している人がいますが……ふふ、免許がないと、たとえトップリーグで優勝できたとしても、パレードには愛機に乗って出られないわね」
くすくすと笑う声が方々から聞こえたが、これはよく引き合いに出される逸話があるからだ。
練馬クインビーズの看板選手、有馬絵美である。
彼女は五年前、クインビーズが初優勝を飾った年に期待の新人として鮮烈なデビューを飾り、大活躍を見せた。
しかし、優勝パレードの直前まで誰もが忘れていたが、当時、彼女は早生まれの十五歳。
若さも売りの一つにしていたから誤魔化しようもなかったし、アイアン・アームズ振興の中心的存在であるプロリーグの優勝チームが、正面から法律を破るわけにはいかなかった。
結果、パレードでは通例、チームでアイアン・アームズに乗って通りを練り歩いて見せるところが、彼女の機体は公道上での起動を許されず、チームメイトの後ろをトレーラーに載せられて運ばれたのである。
無論、観客は理由を知っていたからむしろ免許を持てない年齢の少女が優勝に貢献したことを褒めちぎったし、チームメイトも誇らしげに彼女の活躍を自慢したが、本人は実に不本意だったらしく、十八になってすぐのオフシーズンに免許を取得していた。
しばらくはインタビューの度に免許を見せていたぐらいで、そのポーズが可愛いとまた評判を呼び、CMのオファーが三本もやってきたそうだ。
本人から聞いたので、間違いない。
「また、プロ以外の道を目指すなら、免許がなければお仕事を得られません。免許を持つことは、技術を身につけていると同時に安全な運用や法令の遵守が出来ますよと、持ち主の能力を示す指標にもなります」
教壇のディスプレイに、国の定めるアイアン・アームズの免許一覧が表示される。
自動車の免許システムが基礎になっており、そこにアイアン・アームズの運用に必要な修正が加えられて体系化されていた。
……世知辛い話だが、特機を私有あるいは社有した場合にかかる税金も、この区分を基本として処理される。
さて、単に特機免許と言えば、自重一トン未満の小型機の操縦が許可される『特殊歩行重機操縦第一種免許』のことだった。
これがまず、俺達一年生の目指す免許になる。
次に『中型』『大型』とあるが、これは機体の大きさで異なる技能を要求されることから、後付で加えられた免許だ。
中型なら同型機の牽引や緊急対処の試験があり、大型なら自重と巨体に由来する大きな慣性を的確にコントロール出来る技量が必要なのである。
大体はここまでで話は済むが、『飛行』なんてものまで、政府は免許制度化していた。
オプション装備として飛行ユニットが用意されている機種は多くないが、この免許の取得には特機免許に加えて航空法に基づく飛行機あるいはヘリコプター免許の所持が必要で、狭き門として名前だけが一人歩きしている。
「二年生になれば、中型のすいせんを実習に使います。学内や大会で使用するなら免許証は問題にはなりませんが、座学も実習もより厳しくなりますから、早めに取得しておいた方がいいでしょう」
内原先生は、懐から特機免許証を取り出した。
……純粋な研究畑かと思えば、操縦者でもあったらしい。
「免許証の取得は卒業要件にも入っていますから、まずは、仮免許を目指して頑張ってね。一年生には月に一度、仮免許の受験日が組まれていますし、自信のある人は、誕生日を迎えたら本免許の試験にもどんどんチャレンジして下さい」
じゃあ、最初の授業よと、内原先生はディスプレイを切り替えた。
帰り際のホームルームの直前、EROスーツが届いたので調整に来いと言われた俺は、本田先生と一緒に整備区画へと向かっていた。
一緒に届いた制服や体操服は、寮に直接送られているそうだ。
ついでに、クラスメールで送られてきた萬田の現在地を回避する。
「そうだ、後藤」
「はい」
「明日、早生まれの二年生に向けた特機免許の試験があるんだが、一緒に受けてみないか? 当然、仮免許の方になるが」
「明日、ですか!? あー……でも、受けてもよいのなら、受けてみたいです」
「ほう、決断が早いな。後で申し込んでおく」
流石に一発合格は無理だろうが、試験内容と雰囲気はつかめる。それに、模擬試験だと思えば損はない。
教本や問題集は特機論の授業にも使うので、もう手元のタブレットに入っていた。
暇な時には読んでいたから、今夜気合いで詰め込むにしても、まったく内容を知らないわけじゃない。
シミュレーターさえ使ったことがないと零せば、本田先生には実機に乗れるならそちらでいいじゃないかと笑われた。
アイ校に於けるシミュレーターは、校内の演習場では出来ない大火力の射撃訓練や、遠隔地にある他校との合同演習――模擬戦が主な利用法らしい。
大きな危険が起こり得ないシミュレーターなら教師の監督も不要だろうし、生徒が余暇に自主訓練する為の施設だと思っていたが、実状は違うようである。
……いや、正にアイ校だからか。
金食い虫のはずの実機訓練を推奨出来るのは、潤沢な予算と強力なバックアップ体制が調っていてこそなのだ。
「座学の方は……まあ、自分でやれ。お前なら何とかなるだろう。実技は今日の内に仕込んでやる」
「機体は仕上がってるんですか?」
俺の場合、専用機ってほどのものじゃないが、発現力が強すぎて誰かの機体や予備機は借りられない。
「結局、先に届いていたリミッターを改造して組み込んだそうだ。メーカーにも問い合わせたが、元々が特注品で、必要なパーツの在庫がなかったようでな。……ん?」
整備区画の影から、ごごごごと大きなエンジン音が響いてきた。
誘導灯を持った整備士に続き、重量物運搬トレーラーが演習場内に入ってくる。
「来たか。……ちょっと寄り道するぞ」
「はい」
何かは知らないが、本田先生が足を向けるまま、トレーラーが止まった奥側の区画、その手前へと向かう。
荷台に掛けられたシートの膨れ具合から見て恐らくは中型のアイアン・アームズ、すいせんより大きな機体のようだ。寝かされているが、肩の位置が高いように思えた。
若干距離を開けて、先生は立ち止まった。
作業の邪魔にならない距離……よりは遠すぎる気もしたが、全体は十分に見渡せる。
「右の一番、外して!」
「ロック、再度確認」
整備員達がトレーラーに取り付き、徐々にシートが外されていく。
一番最初に見えた頭部は、原型が不明なほどに改造されていた。
色は光沢のあるブルーでプロの機体っぽく思えるが、見たことのない造形だ。
肩が見えたあたりで、ようやくベース機体が俺にも判別できた。
「……『ラトルスネーク』!?」
「そのようだな」
ラトルスネークは米ミッキー・インダストリーズの製造する競技用アイアン・アームズで、中型の中では特にパワーのある機体――パワープラントの出力は発現力に左右され尚かつ限界もあるが、トルクとスピードは動力部のセッティングとプログラミングで大きく変わる――として知られる。日本にも数機だが輸入されており、使用しているチームがあったので俺も覚えていた。
だが何故、競技用の機体がアイ校に運び込まれているのか。
本田先生と目を見交わす。
「……あれは萬田の専用機だ。機体名は忘れたが」
「持ち込みなんですか?」
「高能力発現者だからな、手続きを通せば機体の持ち込みは可能だ」
既にプロ気取りなのか、あるいはロボットアニメの主人公機のようなカラーリングに内心で呆れながら、背中にクレーンのついた作業用特機『せり』が電動式筋力補助機を着込んだ整備員の補助でラトルスネークを持ち上げるのを眺めていたが、もう一つ、疑問が浮かぶ。
「訓練は積んでいたと聞きましたが、一年生の内から中型に乗せても大丈夫なんでしょうか……」
「一組の桑島先生は、頭を抱えて唸っていたよ。……私と内原先生も先月末、お前の担任になると聞いて内心では冷や汗を掻いていたがな」
「いや、流石にあんな物買えませんよ」
ラトルスネークの正確な輸入価格は知らないが、オプション抜きでも一千万ドル――十二億円は下らないだろう。
似たような能力の競技用中型機なら、だいたいそのぐらいか、『それ以上』はする。
「お前の場合、トーヨドから借り受ける可能性があっただろう? あちらさんだって、伝のある高能力者は貴重なはずだぞ」
「それは、まあ……」
俺の発現力は、国内で上から数十人の枠に入っていると聞いていた。しかし、今のところ、大して実感がない。
萬田は一桁の手前らしいが、なるほど、結構な無茶でも通るようだった。
本田先生の言うように、トーヨドか、それに匹敵するメーカーに交渉を持ちかければ、俺にも特注のアイアン・アームズを用意して貰える可能性は十分にある。
だが、今後を考えれば――当然、アイ校の卒業後のことである――先に札を切ってしまうのも勿体ない。
最低限、俺がアイアン・アームズの操縦とはどういうものか理解してからでないと、機体を借りられても調整続きでまともな運用が出来ないだろうし、提供した企業側も利益にならないはずだった。
そのぐらいまでは考えておかないと、俺の将来は誰かに使われるだけの人生になってしまう。
「免許を取ってから、もう一度考えますよ」
「だな。……行くか」
「はい、お願いします」
萬田の姿が見えたので裏手に回り、案内された先、男性整備士用の更衣室前でジェルと、アイ校カラーのEROスーツを渡される。
「……」
素っ裸でジェルを塗っていると、少しだけ、女子の気持ちが分かった。
自慢できるほど立派でもないが、ここまで形状がくっきり浮き出るなら……せめて股間に、タオルが欲しいのである。




