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第十一話「初めての搭乗! ……を、見学」

第十一話「初めての搭乗! ……を、見学」


 入校二日目の午後は、貸し出される訓練機の個人調整に宛てられていた。


 昼食はカレーの並盛りで手早く済ませて、クラスメートに守られながら、第一演習場に隣接する整備区画へと向かう。

 萬田対策に、斥候まで出してくれている彼女達であった。


「なんかさ、一年生用の整備区画って、他に比べて狭くない?」

「一年生の内は、ひなぎくしか乗せて貰えないって聞いたよ。だからじゃないかな?」

「そうなんだ……」

「中量級のすいせんは二年からだけど、その前に、免許の試験に合格しないとダメなんだって」

「免許の勉強、大変そうでやだなあ」


 整備区画は大きなシャッターが特徴的な、飛行場の格納庫そのままの見かけだった。三学年十二クラス分に加えて、教員用や分解整備用など、大小合わせて二十の区画に分けられている。


「でも後藤さん、すごかったですね、あの発現値……」

「あれは無理矢理入校させられても、しょーがないですよ」

「自分じゃどうしようもないからなあ。前向いて頑張るよ」


 俺はERO制御服が届いていないので実機に乗ることは出来ないが、個人の都合だけで行事を変更するわけにもいかない。


「あ、ここだ。一〇四号整備区」

「シャッター開いてる……って、わ!」

「へえ……。結構、すごいね」


 一年生の区画は一番小さいが、一クラス分三十機が整備用のガントリークレードルに整然と並ぶ姿は、軽量級のひなぎくとは言え十分に迫力だった。


 ひなぎくは格納状態で全高二メートル、解放式の搭乗部は基礎訓練用のロールバーで囲われていた。

 ……お陰で今は、肋骨の目立つ首なし骸骨に、機械の手足をつけたような印象を受ける。


 これが全身を覆う模擬戦用のフルアーマーを装着すると……やはり、手足のある冷蔵庫のような姿になるわけで、優雅さにはほど遠い。


 桜の話では、『見た目は可愛くないし最初はホントに言うこと聞かないけれど、乗り慣れてくると、ひなぎくこそ最高のアイアン・アームズってなるよ!』だそうだ。


 当然俺も見かけは二の次で、楽しみの方が勝っている。


 俺の機体『ひなぎく一四〇九号機』も、その列の中にあるのだ。


 これでテンションが上がらない方がおかしい。


「新派さん、みんないる?」

「はい、全員です」


 今度は内原先生と本田先生が揃って、俺達を迎えてくれた。

 他にも、整備士さんが奥からぞろぞろと出てくる。


「じゃあお願いします、滝川班長」

「初めまして、皆さん。陸上自衛隊朝霞駐屯地より出向しています、特機校整備隊整備D班、班長の滝川美月三尉です」

「滝川班長のD班が一年四組を担当する。よく顔を覚えておけ」


 整備D班は総員十名、整備作業はそれなりに自動化・機械化されているが、一クラス分三十機のひなぎくを世話するのだから大変だ。


 操縦訓練を受ける少女達の華々しさに隠れているが、実は自衛隊やメーカーからの出向者を中心とする整備班こそが、アイ校の肝である。


 当たり前だが、海のものとも山のものともつかない三十人の学生に対して、引く手あまたで給与も高い整備士を十名も投入しているのだ、予算も相当に大きいだろう。

 うちのクラスだけでも、機体を含めずに年間数億円は使っている計算で、二年生以上のクラスは中量級のすいせんを使用するから、整備士は全校で二百名以上となる。


 卒業生の活躍によって、様々な形で還元される有形無形の経済効果がこの無茶な予算投入を認めさせているが、その点だけ見ても湾大より『稼いでいる』なあと、ため息をつかざるを得ない。


「では、更衣室に移れ。そちらで整備士の皆さんより設備の説明と注意を受け、制御服に着替えたら再びこちらに集合だ。後藤は女子が着替える直前まで説明を受け、戻ってこい」

「はい」


 こちらですと滝川班長に案内され、最奥の更衣室へと場所を移す。

 ……個室ながらシャワールームまで完備されており、女子ばかりの中に黒一点の俺には、実に居心地の悪い空間だった。


「えっとまず……この中で、制御服を着たことがない人は?」


 俺も含めて、五人が挙手した。

 ……八重野宮は、搭乗経験があるようだ。


 この未経験者五人が多いのか少ないのかは、俺にもよくわからない。

 地方だと講習会も頻繁とは言えないし、予算や人手の都合から実習用のアイアン・アームズを持たない学校や市町村の方がまだまだ多かった。


「では、簡単な説明をしてから、順に試着と微調整を行います」


 EROユニット制御服――通称EROスーツは、制御服と名はついているが、見た目は小型のバックパックがついたブーツ付きレオタードである。……少なくとも、街を出歩くように作られたデザインじゃない。


 汎用型と高機能型に大きく別れており、滝川班長が手にしているアイ校のEROスーツは汎用タイプだ。ブルーのラインが胸元に入ったパールホワイトのデザインは、俺も知っていた。


 EROスーツは生地内面に広がるセンサーが身体データを拾い上げ、ヘッドセット、あるいはヘルメット型の頭部ユニットが受け取った脳波と合わせて、思考制御による機体操作を行うための重要な装備である。


 高機能型は、生地にイェンス・ライヒヴァインの開発したライヒヴァイン素子が織り込まれており、本体側のEROパワープラントよりエネルギーを受けて機体同様に保護フィールドを形成する機能まで備わるが、こちらは高価すぎてプロ選手、軍用、宇宙開発向けの三者専用に近い。


「制御服を着る前には、必ずこのサポートジェルを塗って下さい。アイ校ではフジカの六四五と六八〇を用意していますが、体質によっても性能が変わりますから、最初の数回は交互に使ってデータを取ることになります」


 このERO制御服、裏では直球に『エロスーツ』と呼ばれているが、女性が生地の薄い全身ぴっちりスーツを着た場合、男性諸氏の眼福になるから、というだけではなかった。


 EROスーツは全裸になってねばねばとするジェルを体中に塗りたくり、その上から着る。

 それはもう、ぬるぬるだ。


 ……有馬絵美のEROスーツ開発の時は、彼女の着替えを直視したわけじゃないが、脳裏に想像されるビジュアル的に、とても大変だった。


 そんなEROスーツとサポートジェルだが、真面目な意味も、ありすぎるほどにあった。

 サポートジェルは身体とEROスーツを密着させ、配合された特殊成分が体表に疑似神経網を作り出してスーツのセンサー精度を大きく上げる。

 つまり、アイアン・アームズをスムーズに動かす為には、ほぼ必須のアイテムなのだ。


 このジェルが使い切りながら結構な値段――フジカの六四五はチューブに入った一回分の百CCが八千円もするし、プロ用のジェルはもっと高い――で、使用後、専用のシャワー室で流されタンクに集められる。

 ジェル混じりのシャワー水は工場に送られて精製後、再び製品化されるようにシステムを組まれていた。


 それらはともかくとして――いや、その辺りの堅苦しい部分の裏返しと考えるべきか、EROスーツは言い訳が出来ないほどのエロ要素も十分に含んでいるのだ。


 俺には困ったことに、クラスメートという身近な存在と、EROスーツが組み合わされるとなれば……。


「じゃあ、実際に制御服を着用しま……ごめんなさい、後藤君は退室して下さい」

「はい、失礼します」


 見られる方である彼女たちも意識しているのか、僅かに上気した様子で胸元を押さえたり、俺の顔をちらちらと見ていた。


 ……授業と煩悩は今後もしっかりと、切り離しておこうと思う。


 


 そのまま先生達の元に戻り、無骨なロールバーがやたらと自己主張するひなぎくの列――ひなぎく一四〇九号機の前で大人しく待つ。


「ふふ、気になるか?」

「もちろんです、本田先生」


 ひなぎく、すいせんの元になった米アライアンス社の汎用機『トルメンコ』は高機能かつ高い運動性を持ち、派生型も多い名機として知られていた。

 自衛隊でも七十二式特殊歩行重機および七十二式特殊歩行重機外装として使用されており、新聞や雑誌などでもよく見かける。


 但しこの機体は一般に販売されておらず、俺も実物は駐屯地祭でしか知らない。

 理由は今なら思いつくが、軍用の練習機、あるいは軽作業機として必要な性能を満たしていても、トルメンコや七十二式は民間には『重すぎる』のだ。


 軍用機は採用基準が厳しく、特に耐久性や全天候性能が重視されていた。

 しかし民間向けの機体なら、その能力は必要ない。悪天候なら安全を優先して、作業を中止すればいいのだ。


 おまけに民生機ならほぼ同性能の機体が同じ金額で三機四機と用意出来て維持費も安いわけで、俗にいう『地震に揺られながら台風と戦う時にも所定の機能が発揮できる』ような能力はいらなかった。


 それを踏まえた上で、アイ校は敢えて軍用にも使われている練習機を用意した。

 こちらの理由は自衛隊が運営に絡んでいるせいもあるが……おそらくは、高い耐久性と安全性の方が目当てだろう。


 万が一、同じような事故が起きた時に生残性が違いすぎるのはもちろん、普段の使用でも搭乗者の大怪我を防ぎ、機体の破損も防ぐのだ。


 同時にアイ校の特異性にも関連するが、有資格の希望者に限っては、災害救援活動の現場に出ることもあった。


 こちらは学んだ技術を活かした社会貢献とも言えるし、現場を知ることにもなる。実際、まとまった数のアイアン・アームズが仮設住宅の設営や瓦礫の撤去などの災害復旧に役立つことは、考えるまでもない。

 ニュースに映し出された、懸命になって作業をする『特機校支援隊』の生徒達には惜しみない賞賛が送られたし、俺も心動かされていた。


 その同じ機体が目の前に、それも自分専用に一機、用意されているわけで……いや、理屈をこねてもしょうがない。


 わき上がる高揚感を自覚しつつも、それを止めることが出来なかった。

  

「後藤君、君の機体はまだ調整が済んでいないから、起動しちゃ駄目よ」

「ええ、はい。……午前のデータ、流石にまだ反映されてませんよね?」

「それがね、再度検討中ってことになったの」

「え?」

「初回の発現データと照らし合わせて君の成長を考慮すると、用意されてたリミッターじゃ年内に能力不足になる可能性が高くて……」

「あー……申し訳ないです」


 学校側の予想を越えていたのは想定外だったが、やはり、発現力が強すぎたらしい。


 内原先生は、多少あきれた顔である。

 でも小さなため息の後、一言付け加えてくれた。


「いいのよ。でも……座るぐらいは構わないわ。楽しみにしてたんでしょ?」

「ありがとうございます!」

「ついでだ後藤、座席位置やヘッドレストを調整しておけ」

「はいっ!」


 くすくすと笑う内原先生と本田先生に勢いよく頭を下げ、機体の傍らにいた整備士さん――柳田千尋二曹にクレードル側の電源を接続して貰う。

 流石に訓練前の生徒が勝手に起動しないよう、機体にはロックがかけられていた。


 お礼を言ってガントリークレードルのパネルを操作し、ひなぎく一四〇九号機のロールバーを解放状態にする。


 ……整備士の資格までは持っていないが、整備機材の扱いは慣れていた。


 早速、エアタブレットに投影した操縦マニュアルの序盤、予備操作の項目を流し見つつ、座席の調整を行う。

 動力の入っていない操縦桿の感触は、思っていたよりもずっしりと重いものだった。




 アイアン・アームズの起動は、それほど複雑ではなかった。


 ……正直なところ、むしろ簡単で拍子抜けする。

 補機を外部電源か内部の予備電源に接続して起動、その後EROパワープラントを『念じて』起動させればいいだけだった。

 安全を抜きにするか、あるいは逆にすべての準備を終えた上で待機させていたなら、稼動状態への移行は、それこそ十秒とかからないだろう。


 AI任せになる機体の自己診断はともかく、目視での確認や操縦者自身の体調チェックなど、基本的な機体起動前点検の手順も記載されているが、起動するという操作に限ればそんなものである。


 但し、安全にアイアン・アームズを運用するという視点から見れば起動前の点検作業はかなり重要であり、手順を守らせることで使用者に注意を喚起し事故を未然に防いでいる、とも言えた。


「……後藤さん、後藤さん!」

「ん?」


 マニュアルに従い、脳内でのシミュレートを繰り返しながら基本操作を頭にたたき込んでいると、いつの間にか、八重野宮が俺のひなぎくをのぞき込んでいた。


「お、おう!?」


 無論、EROスーツでのご登場である。

 彼女は少し厚手のアイアン・ジャケット――バックパックが一体となっているEROスーツの上から着られるよう、背中が大きく余らせてある専用ジャケット――を肩に掛けていたが、前が開かれているのでメリハリの利いた見事な曲線美は全く隠されていなかった。


 彼女の胸元の少し上、生徒証を兼ねた特機のカードキーに制服を着た八重野宮の写真が見えるのも、日常と非日常の対比でいらない想像をかき立てられる。


 一瞬で俺の脳内アルバムに超高解像度のポスターサイズでプリントアウトされ、一ページ目に貼り付けられたのは言うまでもない。


 八重野宮の胸元へと向かいそうになる視線を無理に周囲へと拡散させれば、戻ってきていたクラスメート達も当然EROスーツで、数人は胸元にツンと『何か』が浮き出ていたりして、一瞬で機体のことを忘れそうになった。


「あの、どうかしました?」

「が……」

「……が?」


 眼福。

 ……と言いそうになる口を押さえ、慌てて言葉を繋げる。


「が、頑張らないと、追いつけないな! ……って」

「ふふっ、後藤さん、本当に夢中で確認してたんですね」

「うん、まあ……」


 くすくすと口元に手を当てて上品に笑う八重野宮の髪は、アップにされていた。

 綺麗なうなじに目を奪われる。


 その横から、十河と追風も首を突っ込んできたが……彼女たちも当然EROスーツで、目のやり場に困った。


「後藤さん!」

「うん!?」

「すっごくいい笑顔と真剣な顔の繰り返しで、誰も声掛けられないぐらいでしたよ」

「なんか、こう……新しいおもちゃを買ってもらった男の子! って感じだったです!」

「それだ!」

「ごちそうさまでした!」


 内容からは褒められている気がしないが、彼女達は楽しそうだった。


「……あー、その、ごめん。もしかして、呼んでくれてた?」

「いえいえ。とってもいいものが見られましたから!」

「ん?」

「だよね、みんな!」


 追風が後ろに声をかければ、集まっていたクラスメート達がうんうんと頷いていた。


 十人の整備士がマンツーマンで生徒に手順を教え、同時にデータを取りながら個人調整も平行して行っているので、順番待ちの彼女達は手持ち無沙汰だったらしい。

 ついでに俺が機体に乗って夢中で何かやっていたので、集まってきたそうだ。


 じゃあ、一緒に暇つぶしでもするかと先生に許可を取り、改めてみんなを集める。


「えーっと、右腕の状態、よし!」

「左腕、同じくよし!」

「右脚、問題なーし」

「左脚部、異常ありません!」


 俺の機体は起動禁止を言い渡されているので、まあ、お遊び半分なのだが、全員で確認しながら起動前点検を何度も繰り返した。


「ヘッドライトよし! テールライトよし!」

「手持ちの装備がある時は、このタイミングで一緒に確認、っと」

「ほら、指差し!」


 嫌でもそのうち覚えるんだろうが、今やって悪いということもない。


 中学生までは搭乗前点検も大人の仕事で、彼女達も初めての体験とのことだった。


「あんっ」

「く……これ、ちょっと……」


 隣近所のクレードルからは、初々しくもなまめかしい声が聞こえてくるが、俺もクラスメート達も、そちらには視線を向けない。

 武士の情けであり、明日の……いや、十数分後の我が身なのである。


 測定器同様、実機にも当然ながらEROパワープラントが搭載されており、操縦士は起動時の次元波動をどうやっても受けることになるが、小型機の場合、機体内容積の都合で腰か背中――EROスーツのコントロールユニットと密着するよう配置されていることが多い。


 おまけに用意されているひなぎくは小中学生向けの機体とは違い、出力限界が実用機と同じレベルに設定されている本物の軍用練習機だった。

 彼女たちの多くが使用していただろう小中学校向けの練習機『みらい』や『リセ』に比較して、ひなぎくの出力効率は、本人の発現力にもよるが平均して五倍から十倍程度にもなる。……波動は出力に対して数倍程度で済んでいるが、あまり慰めにはならない。


 その上、全身ぬるぬるの状態でEROスーツを着ているわけで、影響がより酷くなるのは当然だった。

 タチの悪いことに、このスーツとジェルは操縦士の体表にアイアン・アームズをスムーズに動かすのに欠かせない疑似神経網を作り出すが、ついでに『感度』も上げてしまうのだ。


 出力が安定すれば大丈夫なのだが、起動時だけはどうしようもない。


「ああん、ちょ、あ……っ!」


 だから、一際甲高い嬌声に思わず手が止まったその瞬間、誰かと目が合ってしまうと……。


「……」

「……」


 お互い、非常に気まずくなってしまうのは、仕方がない。


 それがたまたま八重野宮だったりした場合には、落ち込むしかなかった。


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