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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【肆章】九代目南の神主代行
61/158

<九>白狐、名を轟かせる(弐)


 ※



 行集殿で眠りこけていた翔は、体の節々に走る痛みによって目覚める。

 寝返りを打ち、ゆっくりと上体を起こす。


「あででで。体が」


 背中の痛みに、思わず呻く。


「やっべ。爆睡してた」


 稽古の合間に取った休憩が仇となった。大切な大麻(おおぬさ)を床に放り、間抜けにも眠りこけてしまうとは、まだまだ代行として自覚が足らないようだ。


「あれ?」


 毛布が掛かっていることに気付く。

 はて、毛布など持ち込んだ記憶はないのだが。


「ギンコが持ってきてくれたのかな」


 クンと毛布を嗅ぎ、翔はその匂いに呆然とする。違う、ギンコじゃない。

 大麻を和傘に変えて、それを杖代わりに立ち上がる。よろめく体に喝を入れて、一室を出た翔は、傾き始める陽を浴びながら土間へ向かった。


 炊事場に入ると、青葉が背伸びをして戸棚の前で何かをしている。

 どうやら壷の蓋を開けているようだ。彼女はあらゆる壷を取り出しては中を覗き込み、首を傾げている。その表情は険しい。

 目を細めて様子を見ていた翔だが、一変して笑顔を作ると、青葉に声を掛ける。


「おはよう。青葉」

「きゃっ!」


 壷を仕舞おうとしていた彼女が驚きかえり、手から壷が滑る。

 素っ頓狂な声を上げる青葉の声を合図に、急いで地を蹴り、和傘を手放してヘッドスライディング。危うく顔面強打しそうになったものの、壷は無事に翔の手中におさまった。


「せ、せ、セーフ」

「すみません翔殿。お怪我は」


「平気へいき。ほら、壷は無事だ」


 両手で受け止めた壷を青葉に見せ、疵はついてないだろう、とはにかむ。

 力なく笑う巫女は申し訳ないと頭を下げ、立ち上がった翔から壷を受け取る。


「青葉、何してたんだ。片づけか?」


 だったら自分も手伝う。翔が含みある善意を向けると、彼女は目を泳がせ、大したことはしていないと返事した。


「少し、壷の整理をしていただけなのです。数が多いもので。もう終わりました」


 そう言って、彼女は愛想笑いを零す。

 嘘だと分かっていたが、意地の悪い質問をしたのは翔の方だ。追究はよそう。


「青葉、整理が終わったなら、これも片付けて良いか?」


 台に放置されている壷に目を向ける。

 うんっと頷く青葉に確認を取り、翔は壷を手にすると戸棚にそれを仕舞い始めた。


「あ、私がしますので」


 慌てる青葉に笑ってしまう。


「いいよ。背の低い青葉じゃ大変だろ?」


 重量感のある壷は重い。こういう仕事は、背丈のある男に任せるべきだ。

 まだ遠慮を見せる彼女に、頭に壷が落ちて怪我でもしたらどうするのだ、と指摘する。


「俺、青葉よりも力あると思うぜ? 女の子なんだし、俺もこう言っているんだ。甘えて良いと思うんだけど」


 巫女は大いに戸惑っていた。


「おなごは、その、関係ないかと……片づけるだけですし」

「でも力と身長がいるじゃん? いいから、甘えとけって」


 どうやら彼女は、殆ど女の子扱いを受けたことがないようだ。


「翔殿は年下ですから」


 ぼそぼそと小声で呟き、赤い下袴を弄っている。

 確かに幕末生まれと、平成生まれでは年齢に大きな差がある。桁が違うだろう。けれど見た目の年齢はほぼ一緒なのだ。翔は年上も年下も関係ないと笑ってやった。


「青葉。ありがとうな」

「え」


 突然の感謝に、もじもじとしていた青葉が弾かれたように顔を上げた。


「行集殿で眠りこけていた俺に、毛布を掛けてくれたのは青葉だろう?」


 だからお礼を言うのだと翔は壷を持ち、それを戸棚に押し込める。


「私は何も……翔殿のこそ、お体は大切にして下さい」


 夜も朝も頑張り過ぎだと告げる青葉は、翔の身を案じた。神主代行として役立ちたいのは分かるが、もう少し休息を取るべきだと眉を下げる。


「余計なことかもしれませぬが」


 言葉を付け加えてくる巫女に微笑む。


「心配してくれてありがとな。でも俺より、青葉の方が大変だろ?」


 実力のない神主代行のお守に、月輪の社の管理。炊事の担当までしている。取り付く島もない。

 そう思うと、自分なんてまだまだ可愛いものだ。


「神主代行は、本当に名前ばかりだよ。悔しいや」


 戸棚に壷を仕舞い終わると、青葉に弱い心を見せる。自意識過剰なことを言えば、神主代行になることで、事態が良い方向に急変すると思ったのだ。


「現実は甘くねーよな」


 名ばかりの神主代行に嫌気が差すと翔。

 それは仕方がないのではないか、と青葉が優しく助言する。何故なら翔は妖の世界に入って、三ヶ月も経っていない。大きなことを成せる方が、至難の業だと青葉。成せたらそれこそ、未曾有の事件だと苦笑した。


 一点の曇りもない優しさを宿す言の葉を受け止め、それもそうだと翔は眦を和らげる。


「気晴らしに散歩でもして来ようかな」


 土間の向こうの扉に視線を流す。どうも社に籠るのは性に合わない。まだ日も高い、妖達の大半は眠っている頃だろう。


「な、何を仰いますか!」


 血相を変えたのは青葉だ。

 駄目だと反対の意を唱え、おとなしく社にいるべきだと翔の前に回る。


 彼女は言う。南条翔の名は、既に南の地に轟いている。

 風貌を知る者も多く、たとえ神主代行であろうと、妖であればその身に宝珠を宿していると誰もが知っているのだ。狙われる可能性は高い。できるだけ社に身を置いてくべきだと青葉は熱弁する。


 けれども翔は能天気に笑声を上げ、彼女の心配を受け流した。


「大丈夫。表の神社に出るだけだよ」


 表の神社、とは、この社を隠す人間の神社を指す。

 翔はそこを散歩する程度だと告げた。


「どうしても、見たい花があるんだ。それを見たら、帰って来るよ」

「しかし……」


 承諾しようとしない青葉をまんべんなく観察する。そして手を叩き、ひらめいたと声を上げた。


「だったら、青葉も一緒に行こう。外の空気を吸うだけで気持ちが晴れるぜ」


 引き戸を潜り、翔は和傘を開いて土間を出ると、未だ中にいる巫女を手招きする。


「お、お待ちください、翔殿! 軽率な行動は慎んで下さいまし」

「だから青葉を誘ってるんだって。狙われても安心じゃん」


 悪戯っぽく舌を出す。


「ああもう、私は外に出ないで欲しいと申し上げているのに。仕方のない神主代行ですね」


 怨みつらみ文句を垂れる青葉が、土間から出てくる。蛇の目模様の和傘に彼女を入れると、歩調を合わせて参道へ。苔が生えた石畳をなぞるように歩き。真っ赤な鳥居を潜る。そして歪んだ石段を一段、また一段。足で確かめるように踏み、ヒトの世界へ。


 その地の人々から忘れ去れている神社に降り立つと、ゆっくりと傾く陽を浴びながら境内を探索する。


 本殿と拝殿が一緒になっている社殿をぐるっと回る。

 鎮守(ちんじゅ)(もり)に囲まれている一帯は、日がある時間でも静けさに包まれていた。


 さえずる鳥の鳴き声に、木々の青々とした葉音。時折聞こえてくる車や、バイクの騒音が残念に思う。鼻腔を擽る草木、花、土の匂い、翔は安堵感を覚えた。

 自然に癒されるとはこういうことなのだろう。ヒトだった頃では考えられないほど、ここは心地が良い。


 反面、ヒトだった自分は、どうやってあの悪臭が立ち込める集落で、暮らしていたのだろう。首を傾げてしまう。


「あった」


 足を止め、お目当ての花の前に立つ。

 温暖化の影響でどんどん色素が薄くなっている桜の花びらは、まるで雪を彷彿させる。薄紅とも言いがたい花びらは丁度、見ごろなのだろう。身を千切り、ひらりはらりと舞を踊っていた。


 嗚呼、感嘆の声を漏らす。


 桜は咲き誇る姿より、散る姿の方が美しい。散る美学が日本人に根付いているのは桜のせいかもしれない。

 心震える桜の舞に手を差し出すと、数枚の花びらが風にのって翔の手の平に落ちた。握り締めることが勿体無く思えたため、舞う仲間の下に還してやる。


 そうしていつまでも桜を見上げていた翔だが、


「綺麗ですね」


同伴してくれた巫女から声を掛けられ、ふっと我に返る。


 うん。小さく頷き、本当に綺麗だと恍惚に桜の木を瞳に映す。


「心が奪われそうだ。もう、奪われているけど」


 翔はくすぐったい気持ちを隠すように和傘を回す。そこに募った花びらが、ふわっと宙へと舞い上がった。


「桜を見たかったのですか?」


 問いにまた一つ頷く。


「楽しみにしていたんだ」


 桜が咲く日を。咲く姿を目にする日を。花びらの舞を堪能する日を、心待ちにしていたと翔。


「やっと見ることができた」


 破顔する翔だが、片隅で少し残念に思えた。本当は幼馴染達と、桜を見る予定だった。

 けれど、青葉とこうして桜を見ることができたことは、とても良かったと思える。


「俺、青葉達に会えて良かったよ」


 彼女を流し目にすると、照れを噛み締めながら気持ちを明かす。青葉は曇り硝子のように、本心を見せるようで見せてくれない。だから、先に翔から本心を見せ、彼女との距離を埋める。


「青葉達に会うまで、俺の世界は幼馴染がすべてだったから」


 視線を合わせてくる黒真珠のような瞳を見つめ返す。

 妖達と出逢ったことで、物事を決められない弱い自分から、脱することができた。本当に脱することができているのかは曖昧だが、少なくとも自分はそう思っている。


 妖達が自分を強くしてくれたのだ。青葉に嘘偽りない心を見せた。


「俺は今まで幼馴染が行くところに、必ずついて行った。そして何でも知りたがった」


 どんなに友人を作ろうとも、居場所を作ろうとも、最後は幼馴染を取った。


「あいつ等がいてくれたら、それでいいと思っていたんだ。はじめて仲間に入れてくれた幼馴染の傍に、どうしても傍にいたかったんだ」


 今もそう思っているのかと問われたら、強く否定は出来ない。どこかで傍にいたかったと思う自分がいる。


「でも、それは無理だ」


 永遠に幼馴染の傍にいられるわけがない。向こうには向こうの進むべき道がある。必ず道は分かれる。

 分かってはいた。

 なのに、自分はその未来に恐れ、どこまでもついて行こうとした。視野が狭かった。


「俺は広い世界に投げ出されることが、すごく怖かったんだ。自分をちっぽけな人間だと思いたくなかったんだと思う」


 しかし、多くの妖達と繋がりを持つことで幼馴染中心だった世界から、少しずつ新たな世界を見出そうとする自分が生まれた。

 きっとそれは悪いことではない。極当たり前のことなのだろう。

 誰かを中心とする世界は、あまりにも脆すぎるのだ。この人のために生きたい、など結局は自己満足でしかない。誰かを中心とする世界は、そこまでしても、ひとりになりたくない、誰かに必要とされたい、我が儘の滑稽な姿だと翔は思っている。


「あいつ等と常に一緒にいたい。その気持ちの裏を返すと、俺は二人を信じていなかった。時が来たら距離を取られて、俺のことなんて忘れてしまうんじゃないか、ってな」


 大好きだから、余計に執着が生まれる。相手を疲れさせるほどの執着が。


 翔は心の隅で分かっていた。執着しすぎる自分に、二人が疲労感を覚えていることを。気付かない振りをしていただけで、本当はすべて分かっていた。


「俺の世界はあまりにも狭すぎた。やっと、二人から離れて気付けた」


 苦々しく肩を竦めると、翔は桜に視線を戻す。



「たとえ、あいつ等が俺から離れても、俺の気持ちは変わらない。あいつ等が俺にくれた時間は本物だった。あれは俺にとって大切な思い出だ。忘れられても大丈夫、俺が憶えておけばいい。いつまでも憶えておけばいい。俺が憶えている限り、確かにあいつ等との時間はそこにあったと言えるのだから」



 熱くなる気持ちを呼吸と共に呑み込む。


「俺は忘れてやらない」


 妖になろうと、幼馴染が相容れない存在になろうと、あの時間は忘れてやらない。傷付ける未来が来ようと構わない。怨まれても気持ちは変わらない。

 これは自分の選んだ道だ。


「傍にいてくれる青葉達のおかげで、そう思えるようになったんだ」


 竹の柄を握り締め、堰切ったように気持ちを吐き出して声を裏返す。


「ごめん。湿気ちまったな。こんな話をするつもりはなかったんだけど」


 空気を散らすように頬を掻く。


「翔殿は強いですね」


 静聴していた青葉が、そっと口を開いた。


「先代を中心に過ごす私には、ほんとうに真似のできないことです」


 彼女は長い睫を震わせ、変えようとも思わないと声を窄める。だって、先代を中心から外してしまえば、誰もが先代を故人として扱い、彼を忘れてしまう。

 含みある言葉に目を瞑り、翔は自分の意見を述べた。


「俺には事情がよく呑めないけど。青葉も選ぶ日が来るよ」


 先代を中心とする世界にいるのか、それとも新しい世界に進むのか、それは青葉次第だと翔。

 正しい道なんてない。青葉の進みたい道を選ぶのが一番だ。彼女の気持ちを理解してやり、無理に自分のような生き方をしろとは言わないと手を振る。

 今のは、あくまで自分の出した答えなのだから。翔は綻んだ。


「たださ。死んだ先代のことを思うように、おばば達のことも忘れないようにしてやれよ。あいつ等、ずっと青葉の傍にいてくれた家族も同然の奴等だろ?」


 不意を突かれたらしく。青葉は眼を見開く。

 ニッと笑い返し、おもむろに和傘を差し出す。動作でこれを持てと促すと、細い腕が伸び、蛇の目模様の傘の柄が握れられる。


「しっかり握っておけよ。落とすなよ」


 しゃがんで青葉の膝を崩し、体を持ち上げた。


「えっ、え?!」


 ワケが分からない。混乱する彼女に笑声を漏らし、再三再四しっかり和傘を握っておくように伝える。


「あらよっと」


 勢いよく地を蹴った。


「かっ、翔殿!」


 小さな悲鳴を上げて身を小さくする青葉を余所に、翔は足軽に飛躍して、桜の木の枝に飛び移る。

 そして方向を切り替え、今度は社殿へ。切妻造の屋根に飛び乗ると、足元を滑らせないよう注意を払いつつ、てっぺんから人間が暮らしている町並みを眺めた。


「見ろよ青葉」


 かたく目を瞑っている巫女に、景色を見るよう顎でしゃくる。おずおず彼女が瞼を持ち上げ、白い首を捻った。


「町があんなにも小さく見える。不思議だな。小さな町の何処かで人間は生活を営み、妖は正体を隠して生きている。こうして景色を眺める俺達も、町の一部なんだろうな」


 それだけ世界は広いのだと痛感させられる。

 あの町並みに瘴気という魔の手が覆うとしているなんて、まったく考えられない。自分達はちっぽけだ。

 そう宝珠の御魂を宿す神主も、社を守る巫女も、守護獣も、世界から見ればちっぽけなのだろう。


「自分の小ささを思い知るな」


 世界の広さを恍惚に景色を眺めた。満目一杯に広がる景色の中に、どれほどの妖と人間が暮らしているのだろう?


「青葉。見える景色全部が南の領域なんだぜ? すげぇよな」

 先代、先々代、九代に渡る南の神主が守り抜いてきた、南の地と称される町並みに目を細める。


「十代目が現れるまで俺が代行を務める」


 未熟者でも守っていきたい地だ。瘴気のせいで妖とヒトが諍いを起こすような未来にはなって欲しくない。


 嗚呼、願わくば、いつか妖と人が共存していけるような地に――。


「翔殿は、十代目にならないのですか?」


 思いを寄せていると、青葉がこんなことを尋ねてきた。

 なればきっと妖達から敬われ、その地を支配できる。

 それこそ頭領として、妖達を従わせることができる。神主になりたい輩は多い。翔にはそういう気持ちがないのか、と青葉は純粋な疑問を投げかけた。


 彼女の言葉に思わず笑声を上げた。


「比良利さんと同じ事を聞くんだな」


 おかげで神主のイメージは、すっかり悪代官だと翔。


「なら、青葉はどうして巫女になったんだ?」


 彼女の言う、支配できる神主のおこぼれにでもあやかろうとしたのか?

疑問に疑問で返すと、巫女は真っ向から否定した。


 曰く、妖の器となった自分の才を先代が見出し、巫女になるよう薦められたという。共に神職の道を歩み、この地を守ろうと言ってくれた恩人の気持ちが嬉しくて巫女になった。決して、神主のおこぼれにあやかろうなど思っていない。


 青葉の熱弁に、自分もだと目尻を下げる。


「神主になりたいから、神主代行を目指しているわけじゃないんだ」


 翔はいつも人に合わせて生きてきた。

 幼馴染が右と言えば右、左と言えば左と答えるような人生だった。人任せな生き方をしていた。

 そんな自分が、みずからのこの道を選び、代行になろうと決心した。大好きな人達を傷付け合わせたくない一心で。


 神主など、念頭に置く隙間もないと苦笑する。


「まずは目の前の問題からだ。青葉、しっかり俺のお守りを頼むな。面倒ばっか掛けると思うけど、精一杯頑張るから。俺は青葉のこと、すげぇ頼りにしている」


 満面の笑顔を向ける。言葉に嘘偽りはない。


「翔殿……えっと、あ、あの」


「ん?」


 突然気恥ずかしそうに、唇を尖らせる青葉に首を傾げる。


「そろそろ下ろして欲しいです」


 この体勢は恥ずかしいと彼女。不慣れな体勢に羞恥を感じているらしい。が、翔は大丈夫だと斜め上の返事をして、青葉の体を抱きなおす。


「いつもお世話になっているんだ。たまには大先輩を労わらないと。青葉は150歳前後のご老体だし」


 おどけると赤面した青葉が、失礼だと声音を張った。

 妖狐の150歳などまだまだ青二才と称される年齢、妖狐で言えば十代なのだと片手で胸部を叩いて四肢をばたつかせる。興奮したらしく彼女の頭から耳が、尾てい骨から尾がにょっきり生えた。


 年齢相応の顔を見せる青葉に大笑いする。


「痛いって。あんまり暴れると。落ちちまうじゃないか」


 落とされてもいいのか、と揶揄を飛ばす。


「どうぞ落として下さい」


 この体勢を維持されるよりマシだ。

 和傘の柄を両手で握ってプイッとそっぽ向く青葉に、ふーんと鼻を鳴らす。


「じゃあ、意地でもこのままだ」


 翔はどうぞ恥ずかしい思いをして下さい、と意地悪く口角を持ち上げた。


「なんなら、俺と一緒に落ちましょう」


 彼女が間の抜けた声を合図に三歩ほど後退、助走をつけると、勢いづけて切妻造の屋根から飛び下りる。

 声にならない悲鳴を上げる青葉を余所に、宙を返って無事に着地。

 屋根に飛び乗る時よりも身を小さくしている青葉に、「可愛いところあるじゃんか」と、翔はケタケタ笑った。


 頼り甲斐がある青葉より、女の子らしく恐怖心を見せてくれる青葉の方が好みである。それこそ、守ってやりたくなる姿だと片目を瞑ってやると、青葉が天高い怒声を上げる。


「ひ、人をからかうのも大概しなさい!」

「俺はヒトじゃねえもん。狐だもん」


「は、半妖のくせに!」


 顔を真っ赤っかにする青葉は、年下のくせに生意気だと和傘の柄で頭を小突いてくる。

 しかしなんのその。


「青葉も妖狐の歳じゃ十代なんだろ? じゃあ俺と変わらない年齢じゃないか」


 暴れる青葉に物申し、鼻歌を交えながら足を踏み出す。


「翔殿!」早く下ろせと言う青葉に、


「もっかい桜を見て帰ろうぜ」


 やっぱり散歩に来て良かった。翔は頬を崩し、また来ようと彼女に声を掛けた。

 今度はギンコやおばばも連れて来よう。皆で出掛けたらきっと楽しいだろう。


「いつか、気兼ねなく出掛けられる。そういう日が早く来るよう、頑張らないとな」


 同意を求めると、七代目南の巫女は強くつよく頷いた。

 気遣うように和傘を傾け、自分を入れてくれる青葉に目尻を下げ、翔は社殿を回った。もう一度、素晴らしい桜を見るために。



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