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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【参章】其の狐の如く
46/160

<二>花見と約束

 

 

 ◆◆◆

  

 

 喧騒が止まない夜の街中を朔夜と飛鳥は駆け抜ける。


 今宵は彼らにとって散々な日であった。

 約束していた花見は果たせず、幼馴染の友人と名乗る雪童子と出逢い、幼馴染の異変を知り、そして――雪之介から驚くべき情報を得てしまうなんて。


 誰が信じられようか。

 長年いっしょに過ごしてきた幼馴染が、ただの人間である南条翔が、座敷の押入れに閉じ込められている妖狐と同一人物だなんて、誰が信じられようか。

 赤信号に捕まり、二人の足が止まる。息を弾ませる朔夜と飛鳥の間に会話は飛び交わない。お互いに混乱しているため、上手い言葉が思いつかないのだ。


「ショウくんが、あの白狐なんて」


 飛鳥のひとりごとが夜風に攫われる。


「どうしても信じられないよ。朔夜くん」

「僕も同じだよ」


 ようやっと会話が始まるも、すぐにそれは途切れてしまう。

 信じなくても良いのであれば、信じないと突っぱねたい。

 それができないのは約一ヶ月半、よそよしい翔の態度が答えを出しているため。雪之介の話が本当であれば、なぜ翔が朔夜と飛鳥を避け始めたのか。猫又と過ごすようになったのか、ずっといっしょにいられないと謳い始めたか、それらの理由に説明がつく。


 なにより脳裏に過ぎるのは、先日騒動があった鬼門の祠の件

 白狐は化け物に襲われる妖祓を守った。瘴気を吸っても化け物らに食らいつき、飛鳥と朔夜を守ろうとした。あれは気まぐれで守ったのではない。白狐が本当に南条翔だとしたら、その心はひとつ。幼馴染を守ろうとしたのだ。


 どのような姿に変わろうと、あの白狐は幼馴染を……。

 

 信号が青にかわる。

 朔夜と飛鳥は通行人を押しのけるように横断歩道を渡った。

 向かう先は白狐が囚われている和泉の家。押入れと座敷の結界を破り、白狐は外に出たと父たちから連絡を受けている。

 しかし、白狐は家の敷地内から出ておらず、中庭に留まらせることに成功しているとのこと。いま一進一退の攻防戦を繰り広げているらしい。

 白狐の妖力は並大抵のものではないとのことで、父たちは娘息子を応援に呼んだ。


(お願いだ父さん。僕たちが真実を確かめるまで白狐には手を出さないでくれ)


 二人は全力疾走する。

 息が上がっても、コートが暑苦しくなっても、汗がこめかみを伝っても、決してその足を止めることはない。


 道すがら、獣の咆哮が聞こえた。

 それは犬でもなく猫でもない。聞いたこともない獣の鳴き声が夜空を轟かせた。星が落ちそうな、野太い鳴き声であった。


「父さん!」


 やっとの思いで家に辿り着いた朔夜は、飛鳥と共に中庭へ駆け込む。

 そこで目にしたものは、化け物と対峙している父二人と、月明かりに白い体毛を煌かせている妖狐。

 白狐は狐らしからぬ化け物の姿をしており、額の二つ巴を妖しく光らせていた。鋭くも妖しい赤い眼を妖祓に向けている。乱れた毛並みと傷だらけの体は激しい攻防を物語らせていた。


 地を這うように低く唸る白狐は、妖祓から目を背けて塀の外へ出ようと飛躍する。

 けれども足枷となっている呪符がそれを阻み、飛躍する距離を短くした。

 塀を飛び越えることに失敗した白狐は冷静を失っているのか、人間の仕打ちに憤っているのか、ふたたび天高く咆哮した。化け狐から放たれる妖気の大きさに鳥肌が立ちそうだ。


「朔夜。飛鳥ちゃん。急いで法具を」


 朔夜の父、和泉朔(いずみさく)が二人の存在に気づき、持ち前の錫杖を構えた。


「白狐を捕縛するために逃げ道を塞ぐ」


 曰く、四方から白狐を囲むとのこと。

 朔夜と飛鳥は言われるがまま数珠や呪符を取り出すも、気持ちは白狐に傾いていた。


 きょろっと目玉を動かす、化け狐と目が合う。

 いつぞか守ってくれた優しい眼はなくかぎりない殺意がそこには宿っていた。

 閉じ込められていた怒りが殺意を生んでしまったのだろう。


 しかし化け狐は気づく、妖祓の中に朔夜と飛鳥の姿があることを。

 刹那、白狐はかすかに瞳を揺らすと怒りで濁らせていた眼に光を宿らせた。そして隙があっただろうに、化け狐は朔夜と飛鳥から目を背けて、朔を標的とした。襲う素振りを見せなかった。


(ああ、やっぱり)


 朔夜は確信した。

 向こうでは紙一重に避けて錫杖を構える父が唱え詞を読む。

 白狐に貼られた呪符がそれに呼応するようにぼんやりと暗紫に発光した。激痛が走るのか、白狐が痛みに鳴いた。悲痛な叫びにすら聞こえた。


(あいつは、)


 その場に倒れそうになった白狐だが、どうにか踏みとどまると次の標的を飛鳥の父、楢崎時貞(ときさだ)に定めた。突進と噛みつきという原始的な攻撃しか繰り出さないのは、呪符のせいで思うように妖術が使えないからだろう。

 飛躍して白狐の攻撃を避ける時貞が狐の胴を一蹴する。


 ふたたび白狐が痛みに一鳴きした。鳴き声ひとつひとつが痛々しく胸を抉られる。父たちの術を受ける度に白狐が苦しむ。もう見ていられなかった。

 白狐の足が折れる。それを絶好の機会と見た時貞が捕縛呪符を放った。錫杖を構える朔も、それに便乗して駆け出す。

 朔夜は急いで数珠を右手に巻くと、急いで飛鳥を見やった。


「飛鳥。呪符を!」


 朔夜の考えを見抜いたのだろう。

 飛鳥は両指に呪符を挟むと、それを勢いのままに放つ。放たれた呪符は捕縛呪符と衝突し、それらは宙を舞い上がる。

 なおも白狐に向かう捕縛呪符は朔夜の手で叩き落とした。一枚たりとも、化け狐に当たらせないために。

 視界の端に錫杖が見えると、なりふり構わず朔夜は両手でそれを受け止めた。


「朔夜、お前は何を考えているんだ!」


 錫杖を振り下ろした父が驚愕と非難を浴びせてくるが、朔夜は力任せに錫杖を押しのけると、白狐の前に立って数珠を握り締める。


「やめてくれ父さん。これ以上、白狐に法具を向けないでくれ」


 大げさなほど声が震えた。

 ちらりと後ろを確認する。足を折ってその場に蹲る白狐は虚ろな目で、忙しなく呼吸をしていた。与えられた痛みが強いのだろう。立つ様子がない。

 このままでは死んでしまう。大きな恐怖心に駆られた。


「朔夜くん手伝って。薬を呑ませる」


 呪符の束を地面に捨てた飛鳥が、白狐の大きな口を開かせようと手を添える。

 数珠をその場に落とした朔夜も両手で狐の口の縁を掴み、力のかぎり持ち上げようとした。表面がぬるっとしているせいか、思うように力が入らない。


「口をっ、開けてくれ。薬を呑ませたいんだ」


 危機感を抱いたのか、白狐が頭を左右に動かして朔夜と飛鳥を振り払おうとする。

 口はかたく閉じるばかりだ。

 力む朔夜の隣で飛鳥が必死に声を掛ける。


「お願い。口を開けて白狐。貴方の友だちから薬をもらったの。妖力を抑えるための薬だって。赤狐が貴方のために作った薬だって」


 白狐が足を立たようとする。

 三本の尾っぽを鞭のように振い、なりふり構わず暴れ始めた。


「朔夜、飛鳥ちゃん。下がりなさい」


 朔に命じられるが二人は引くことをしなかった。

 目の前で助けを求めている【彼】がいるのに、どうして引くことができようか。


 暴れる化け狐に縋る。

 必死に朔夜と飛鳥を振りほどこうとする妖狐に、何度も口を開けてくれるよう頼み、そして、呼ぶのだ。親しみある名を。


 

「助けるから。いま、お前を助けるから――僕たちを信じてよ、ショウ」

 

 

 うそのように白狐の動きが止まる。

 暴れていたことすら忘れ、ぽかんと呆けたように双方を見つめる間の抜けた顔は、どことなく幼馴染の面影があった。

 化け狐の力が抜けた隙を見て、朔夜は飛鳥と力を合わせて狐の口を開ける。

 ほんの少しの隙間であるが薬が通りそうな幅ができた。


「いま!」


 飛鳥が薬を口の中に押し込むと、今度は二人がかりで口を閉じさせる。呑ませた薬を吐き出させないために。

 白狐は反射的に薬を呑んでしまったのだろう。

 薬が吐き出されることはなかった。


 されど凄まじい力で振り払ってくるので、朔夜と飛鳥の体は向こうの地面に投げられてしまった。

 急いで上体を起こすと、薬を呑んだ化け狐の体が青白く光り始めた。


「朔夜くん。あれって」

「白狐が変化を始めたんだ」


 朔夜と飛鳥は固唾を呑む。

 白狐を包む光は一本の太い柱となり天に高く昇る。

 目がくらみそうなほどつよく青い光に呑まれた白狐は見る見る風貌を変えた。狐は四足歩行から二足歩行となる。狐の前足は人間の手となり、後ろ足は人間の足となり、頭は人間らしいかたちとなる。


 獣の声を発して鳴いていた狐は人間に変わっていく。それでも頭には狐耳が生え、尾てい骨には三本の白い尾っぽが残っていた。


 取り巻く光が弱くなる先に、人間のかたちをした妖狐が地面に立った。


(――……やっぱり白狐、お前は)


 世界から音が消え、呼吸すら忘れてしまう。

 そこに佇んでいたのは、パーカーを着た生傷だらけの少年。


 それは幼い頃から月日を共にしてきた幼馴染。病院で昏睡状態に陥っている南条翔。

 その額には未だ漆黒の二つ巴を開示していた。


「ショウ……」


 現実を目の当たりにすると改めて頭が真っ白になってしまう。

 それは飛鳥も同じなのだろう。

 困惑したまま呆然と彼を見つめている。


 こめかみや手足から血を流している幼馴染は、クンと一声鳴いて足を踏み出す。体重が支え切れず、その場に倒れてしまった。

 我に返った朔夜は急いで白狐に、いや翔に駆け寄って片膝をついて重たい身を抱き起こす。

 遅れて飛鳥も駆け寄って来るが翔は乱心しているのか、二人の姿には目もくれず、狂ったように鳴き始めた。


 それどころかまた暴れ始め、朔夜の腕から逃げ出す。


「ショウっ、ショウ! 暴れるなっ、傷に障る!」


 言葉が通じていないのか、翔はふらふらと体を引きずりながら必死に塀へ向かった。逃げよう躍起になっていた。狂ったように鳴いていた。きゃあきゃあ、きゃいきゃい、といつまでも鳴き続ける。


 するとどうだ。

 夜空の向こうから、狐の鳴き声が返ってきた。

 まるで仲間の身を案じるような鳴き声は翔の耳に届いたのだろう。足がもつれて、その場に倒れても、きゃいきゃい、きゃあきゃあと大声で鳴いた。どこからともなく聞こえてくる狐の声を求めた。自分はここにいると言わんばかりの鳴き声は、まさしく獣であった。


 近づこうとすると、鋭利ある爪で引っ掻こうとする。

 目に映る人間はみな敵と思っているようだ。


 このままでは朔夜の知る南条翔が消えてしまう。


 そのような衝動に駆られた朔夜は、「飛鳥。ここにいて」と言うや、敵意を見せる翔の前に座って両肩を掴む。

 爪で引っ掻かれ、右頬に切り傷ができたが、狐の鳴き声に負けない声音を張る。


「ショウッ、僕だよ分かるかい!」


 分からない狐はただ鳴くばかり。


「僕は朔夜だ。忘れたのかい?」


 やはり狐は夜空に向かって鳴くばかり。

 人間の姿をしているのに、人間の南条翔がそこにいない。

 それが怖いと朔夜は思った。


「ねえ僕の声を聞いてくれよ。ショウ!」


 必死に訴えても翔は鳴くばかり、ああ、鳴くばかり。

 朔夜はくしゃくしゃに顔を歪めて、今日一番の声を上げた。


「頼むよショウ! 今日は花見の約束だろう!」


 ずっと翔が来ることを待っていたのだと訴えたところで、飛鳥が朔夜の隣に座り、翔の右手を両手で包む。人間に恐怖した狐が鋭利ある爪を向けても、彼女はそれを手のひらで受け止めた。血が出ても、痛みが走っても、何をされても飛鳥は狐の手を放さなかった。


「ショウくん。花見をしようよ。桜が見たいって言っていたでしょ」


 狐は鳴きやむ。

 赤い目を朔夜と飛鳥に向けて、瞬きを繰り返すと、尾っぽをくねらせた。

 肩を掴む朔夜の手と、自分の手を包む飛鳥の手を見つめ、うんっと首をかしげる。


「はな、み?」


 ようやっと狐は人間の言葉を口にした。

 それが嬉しくて朔夜は「そうだよ」と言って、必死に震える声を押し殺す。


「桜を見る約束をしただろ?」

「さくら……」

「春休み最後に遊ぶ約束をしたじゃないか」

「あそぶ?」

「三人で桜を見よう。ショウ、いまからだって遅くないよ」


 狐は己に投げられた言葉を咀嚼する。

 花見。花見。はなみ、と。

 やがて思い出したように頬を緩めて、朔夜と飛鳥に確認した。


「バス停に五時」

「うん」

「待ち合わせした」

「うん。そうだよ」

「おれは間に合った?」

「ああ、間に合った。間に合ったよ。三人揃ったんだ。行くよ、花見に」


 狐が嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 それは朔夜と飛鳥の知る、南条翔であった。


「いまから、いっしょに………」


 翔の体が前のりとなって、朔夜と飛鳥の体に寄りかかる。


「ショウ?」

「さっ、朔夜くん、ショウくん。出血がひどい」


 朔夜は急いで翔の状態を確認する。

 四肢に貼られた呪符がいかんなく発揮されているせいで、翔の手足首の皮膚が破れていた。投げ出されている両手足からとめどなく鮮血が流れている。


 朔夜と飛鳥は思わず翔の手足首を握るが、血は止まらない。止まることを知らない。

 ああ、これは誰の血だ? どうして翔は血を流している? 白狐は、どうしてこんな目に。どうして自分たちは白狐を傷つけているのだ。二人の頭の中は真っ白となっていた。


「朔夜、飛鳥ちゃん。そこを退いてくれ」


 と、玄人の妖祓たちが早足で歩み寄ってきた。

 必死に止血をする朔夜と飛鳥の間に割った朔が片膝を折り、翔の首に手を添えて脈を測る。


「……妖狐の血は薄いが確かに妖だな。半妖か」

「朔、翔くんは」

「時貞。足首の止血を頼む。応急処置が終わり次第、翔くんを急いで部屋運ばないと、彼はかなり弱っている。傷が膿んで発熱しているみたいだ。可哀想なことをしてしまったよ」


 目の前で玄人の妖祓が応急処置をする中、朔夜はべっとりと付着している、両手の血を見つめていた。いつまでもそれを見つめ、下唇を噛み、体を震わせていた。

 

 血まみれの手が、今後の自分たちの関係を表しているように見えた。



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