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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【参章】其の狐の如く
44/160

<幕間>妖祓の羨望と捕縛の白狐



 予備校のテストを受け終わった朔夜はバス停を目指していた。

 

 時刻はすでに昼下がり。

 予備校の売店で軽い昼食を済ませた朔夜は、幼馴染との約束を守るために帰宅を急ぐ。


(今夜は冷えるかな)


 暦は四月にかわったが、まだまだコートは外せない。今夜は冷えそうだ。


(ショウが花見を口にするなんてなあ)


 おもむろに街樹木に目を向ける。枝に葉がついていない木が多いので、花見をするにしては少々時期が早いように思えた。

 せめて四月中旬にするべきだったやもしれないが約束は約束だ。


(花を見て楽しめるかな)


 いまいち花の良さが分からないが、あの二人といっしょなら楽しめるだろう。

 翔と飛鳥の性格は、場の空気を盛り上げることに長けている。持ち前の明るさ。つまらない話を面白くする機転の良さ。どんな相手にも臆せず話せる気さくさ。

 どれも朔夜には持っていないものだ。


(僕とショウと飛鳥。みんな性格が違うけど、僕は二人より暗い性格をしている)


 何事も自分の歩調で動く朔夜は積極的に友人を作る型ではない。

 翔や飛鳥とは違い、友人の領域は極端に狭く深いの。幼少の頃は誰彼に声を掛ける型だったようだが、成長するにつれて腰の重たい人間になってしまった。


 それが自分の欠点だと朔夜は気づいている。真面目で面白い話もできず、冗談にできるネタもなく、受け身ばかりの自分はきっと《つまらない人間》なのだろう。


(……僕だって友達とばかをしたい気持ちはあるさ)


 けれど、キャラではないと自分の中で線引きしてしまう。

 二人のように自分を表に出せる性格でもなければ、他者と素直に盛り上がる性格でもない。

 本当は素直に盛り上がって感情を表に出したいのだが、結局何もできずに終わってしまう。


(ショウと飛鳥は僕といて楽しいのかな)


 何も言わず、傍にいてくれるのだから、きっと必要としてくれているのだろうが、不安は尽きない。翔と飛鳥が他愛もない話に盛り上がって笑声を上げている瞬間を目の当たりにすると、底知らぬ疎外感を抱いてしまう。

 自分もそこで笑いたいのに、盛り上がれない性格が邪魔してしまうのだ。


 たくさんの友人を作る幼馴染らと己を比較した場合、自分はコミ障なのではと思い悩むこともある。


(もしショウと飛鳥が付き合い始めたら、僕はこの性格を今以上に嫌悪するんだろうな)


 翔の片思いを応援している反面、飛鳥と付き合ってほしくない、なんて意地の悪い気持ちが胸を占める。一途な彼は誰よりも飛鳥を優先するだろうから。

 同じように飛鳥が朔夜から翔に乗りかえたら、やはり祝福してやりたい反面、翔に振り向いてほしくない性悪な己がいた。恋愛に憧れる彼女は、きっと彼氏を優先するだろうから。

 二人の優先順位は、きっと自分に大きな疎外感を与えることだろう。

 飛鳥は朔夜を、翔は飛鳥を、朔夜は誰も見ないことで関係の均衡が取れている。

 この関係は崩れてほしくない。


(……米倉のせいで変なこと考えちゃっているよ)


 人知れずため息をこぼした。

 今朝、自習室であれやこれやと話したせいで幼馴染たちのことばかり考えてしまう。


(腹が立つことに、米倉の言うとおりなんだよな)


 朔夜は気づいていた。


(ショウがこのままじゃダメになる。僕はそれを分かっていた)


 翔は幼馴染の関係に執着している。

 いつから『幼馴染』に固執するようになったのかは覚えていない。

 けれど中学に上がる頃には翔の異変に気づき、心の片隅で危機感を抱いていた。このまま『幼馴染』ばかりに囚われては、いずれ翔は関係に依存してしまうだろうと。

 けれど朔夜はこのままで良いと思い込んだ。疎ましいほど付き纏われて疲弊することもあったが、翔が離れていく方が嫌でそのままにした。


 なぜなら幼馴染の関係を崩してほしくないから――ああもう、やっぱりそうだ。朔夜こそ幼馴染の関係に執着している。米倉の指摘ではっきりと自覚してしまった。


(ショウは変わろうとしている。僕らと距離を置いて、飛鳥を諦めようとして、春休み中はちっとも連絡を寄越さなくて。でもそれはショウにとって良いことなんだと思う)


 幼馴染に執着しなくなった翔の姿は想像ができる。

 自分の好きなことに全力となり、気の合う友達とばかをして、どこまでも自分の道を翔けてしまうのだ。朔夜はあっという間に翔に置いて行かれてしまう。それが不安でこわい。築き上げた幼馴染という関係は、きっと誰が欠けても崩れてしまうのだから。

 

(執着心か。自覚すると厄介なこと極まりないよ)


 苦しいばかりの気持ちは息がつまりそうだ。

 翔はいつもこんな気持ちを抱えて過ごしていたのだろうか。


(米倉に言われたな)


 散々幼馴染病に振り回されている男は、朔夜の様子を見て叱咤した。


『いいか和泉。お前も一度、南条や楢崎とぜってぇ離れた方が良い。お前自身のためにもさ。このままだと南条みてえになるっつーか、幼馴染がいなくなったら前も後ろも進めなくなるぞ。依存しても良いことなんかねえよ』


 前にも後ろにも進めなく――気が合わないと言いながらも、朔夜に助言してくる米倉の言葉を反芻してはため息が出る。


(ショウの相談を乗っていただけあるよ。お節介な奴)


 見て見ぬ振りをしていた自分とは大違いだ。


(今夜はショウに何か奢ってやろう)


 コートのポケットに押し込んでいる携帯が震えた。


(飛鳥からだ。夕方に落ち合う予定なんだけど、何か遭ったのかな)


朔夜は気持ちを切り替えてLINEを確認した。


(……飛鳥家族がこれから僕の家に来る?)


 曰く『例の件』で、彼女の父親や祖母と共に朔夜の家に来るらしい。

 一変して、剣呑な面持ちを作る朔夜はLINEに返事をすると、早足で目的のバス停を目指した。

 

 


「じいさま。ただいま帰りました」

「朔夜か」


 家に帰宅した朔夜は廊下の最奥にある座敷へ足を運び、声を掛けてくる祖父の和泉月彦(いずみつきひこ)に会釈する。

 その座敷は家内にある部屋の中で最も狭く、さりとて最も物々しい雰囲気を醸し出している所。畳以外何もない部屋であるが、天井にも壁にも呪符が貼られており、畳の裏には結界の術式が施されている。


 ここは歪な化け物らを一時的に幽閉する部屋であった。


 朔夜が座敷に入ると飛鳥はもちろん彼女の父・楢崎時貞(ならざきときさだ)と、祖母の楢崎紅緒(ならざきべにお)がいた。

 部屋にいる妖祓らはみな座敷の押入れの前に集っている。押入れの奥に目を向けると通常の狐よりも三回り大きい、神々しい体毛を持つ白狐が押し込められていた。


 朔夜は月彦に疑問を投げた。


「なぜ楢崎をここに? 白狐に何かしらの異変がありましたか?」

「少しばかり白狐を取り巻く環境に動きがあった」


 押入れにいる白狐は二段層になっている下段に身を置いていた。

 いまは瞼を下して眠りに就いているが、目が覚めると狂ったように暴れる。

 それもあって押入れには結界が張られている。白狐の両前後ろ足にも逃走防止の呪符が貼っているが、拘束している呪符は焼き焦げていた。白狐の妖力の強さを思い知らされる。


 月彦は白狐をまじまじと観察し、近くにいた父の和泉朔(いずみさく)に声を掛けた。


「朔。白狐の様子は」


「桁違いの妖力を持つ白狐なので、幾度も魔封の呪符が剥がれかけました。起きている間は休みなく暴れ鳴くばかり。化け狐は賢い妖なので少しでも対話ができればと思っているのですが、まったく話になりません」


「そうか。水も食事も口にしないとは聞いていたが」

「瘴気にあてられた可能性を考慮して白狐を捕縛しましたが、判断は正しかったですね」

「半分はそうだろうな。しかし、捕縛したせいで北の首魁と呼ばれた赤狐が町に下りてくるようになった」


 その理由はひとつ。

 月彦は楢崎紅緒に目を向けると、「確かめてほしい」と意味深長なことを告げる。

 軽く頷いた紅緒は眠っている白狐を十二分に確認した後、そっと押し入れに手を入れた。呪符は妖力を持つ妖に反応してその身を捕縛するが、霊力を持つ人間には反応することはない。


 紅緒は妖狐の頭に手を置いて柔らかな毛を撫でる。


「凄まじい妖力にございますね」


 些細な妖力も感じることができる楢崎の当主は細い眉を寄せた。


「妖力の流れの中に、歪な力とは別のものを感じます。それは赤狐と対峙した時の妖力に極めて近い――間違いなく宝珠の御魂は白狐の体に宿っています」


 紅緒が手を引き、他の妖祓に視線を配った。

 結果を耳にした月彦は険しい顔で唸る。


「やはりこの狐は南の首魁(しゅかい)に選ばれた妖か。赤狐が動くはずだ」


 南の首魁。

 妖たちの間では【南の神主】と呼ばれているお役に、この白狐は選ばれているとみた。


「本来、白狐ほどの妖力を持つ妖は家屋の押入れに幽閉しておくべきではない。妖祓が所有する寺や神社の聖地内で封ずるべきなのだが、やみくもに白狐を外に連れ出せば赤狐が奇襲をかけてくる可能性がある」


 とにもかくにも白狐を捕縛したことで赤狐が行動を起こしている、と月彦。


「赤狐が人間の町に姿を現し始めた。昨晩は妖の群れを率いて人間の町を徘徊し、一昨日は町中の家電を勝手に起動させる怪奇現象を起こしている。白狐の捕縛はすでに耳にしている。速やかに返せと態度で示しているのだろう」


 であれば白狐を速やかに返して、事を収束させるべきだろうが、簡単な話ではない。

 先日、鬼門の祠の結界が破られかけたせいで、漏れた瘴気が人間の町を蝕んだ。人間の町に隠れ棲む妖らが凶暴化し、無関係な人間か何人も食われかけた。


 南の首魁の支配が弱まっているせいで、闇夜の町は無法地帯となろうとしている。

 極めつけに白狐が鬼門の祠近くで理性を失いかけた。

 白狐の捕縛は必然であった。


「妖祓から意見させてもらうならば、もはや我慢の限界。妖側が鬼門の祠を管理できないのであれば、我々妖祓が鬼門の祠の結界を貼りなおして管理した方が良い。そのためには宝珠の御魂を取り出す必要がある」


 妖祓が宝珠の御魂を手にすれば、統べる権利は人間側が持つことになる。

 傍若無人に振るう妖を統べるだけでなく、宝珠の御魂を使用して瘴気を封印することもできる。化け物らが視えない人間たちを守るためにも、悪化していく状況を打破するためにも、宝珠の御魂は妖祓が手にするべきだと月彦はみなに己の考えを述べた。


 とはいえ、そのようなことをすれば当然妖側の顰蹙を買う。

 そこで白狐に力添えを頼めればと月彦は考えていた。

 南の首魁に選ばれている白狐から、宝珠の御魂を渡してもらい、その経緯を妖側に説明して説得してもらう。人間の言葉は聞かずとも、同胞の声ならば、それも同じ立ち位置にいる妖の声ならば、赤狐も多少耳を傾けてくれるに違いない。

 

 すべてが思惑通りに動くとは思わないが、このまま指を銜えて見守り続けるにも限度がある。


「だが白狐は大人しくなるどころか、起きている間、休まず暴れ狂っている」


 出鼻を挫かれてしまったと月彦は苦い顔を作った。

 ひとまず、白狐の気が落ち着くまで待つしかないだろうが、瘴気のせいで理性を失い続けているのであれば、やむを得ない。

 妖たちの怒りを買う覚悟で宝珠の御魂を取り出す。

 それができないのならば白狐ごと鬼門の祠に封じてしまう他ない。まことに危険な賭けであり、最も取りたくない手段だが、それも視野に入れている。


 無論、白狐を封じてしまえば最後、赤狐がどのような行動を起こすか、想像するだけでも頭が痛い。いまですら人間の町を徘徊しているのだから。

 月彦の話に、朔夜は思案を巡らせる。


(たぶん白狐を封じるのは悪手だ。以前、赤狐と対面した際、あれの妖力の強さは身動きができないほどのものだった。じいさまもそれは分かっているはずだけど……たてえ悪手を取っても、鬼門の祠や瘴気は見過ごせないってことだよな)


 と、白狐の瞼がゆるりと持ち上がる。目覚めたようだ。

 白狐は数回の瞬きを繰り返して顔を持ち上げて、ぐるりと周囲を確認した後、思い出したかのように足腰を立たせると朔夜たちに向かって身を投げた。


 反射的にその場から飛び退く妖祓らを尻目に白狐は、押入れの結界を打ち崩そうと幾度も身を投げる。

 しかし魔封の呪符により、押入れから出ることができず、勢いの反動で後ろへ倒れてしまった。


 クン。

 白狐はひとつ鳴くと、よろよろ身を起こして、ふたたび結界を破ろうと勢い任せに身を投げる。魔封の呪符と妖が衝突を繰り返す度に妖力の波紋が広がり、その場にいた妖祓らの肌を粟立たせた。


(どんな妖でも動きを封じてしまう魔封の呪符が震えている)


 朔夜は驚愕した。

 押入れの結界や白狐の足に貼られた呪符が忙しなく微動している。かなり強い呪いが掛けられているはずなのに。


「白狐、落ち着きなさい! 我々は貴方に無用な危害を加えません」


 紅緒が声音を張るが白狐は聞く耳を持たず、ここから出せと言わんばかりに吠えて、結界に身をぶつけている。

 捕縛されている相手にとって、到底落ち着ける状況ではないだろう。

 手足には妖力が自由に使えぬよう呪符が貼られ、狭い押入れに閉じ込めているのだから。

 暴れる白狐を押さえるため魔封の呪符の力を強めようと、和泉朔と楢崎時貞が各々念を唱え始める。これでは手の足も出まい。


(瘴気に当てられて気が狂っているなら、早いところ鬼門の祠とやらに宝珠ごと封じてしまえばいいのに)

 

 思った刹那白狐が飛鳥を、自分を助けた夜を思い出す――どうして敵である人間の妖祓を助けようとしたのだろう?

 朔夜には妖の気まぐれがまったく理解できなかった。


 

 ◆◆◆

 

 

 約束の時間が迫る。

 暴れる白狐のことは玄人の妖祓に任せ、朔夜は飛鳥と共に待ち合わせのバス停へ向かった。バスで地元のちょっとした花見スポットになっている、池の畔に向かう予定だった。

 桜の並木道があると有名な池の畔は花見シーズンになると、いつも人で賑わうのだ。


「朔夜くん。桜、咲いていると思う?」


「まだまだ寒いからなあ」


 日暮れの肌寒さを感じるかぎり、花見にはまだ早いだろう。


「蕾が膨らんでいるのも怪しいんだけど……桜が咲いてなかったらショウくん、がっかりするんじゃないかな」

「その時はまた四月中旬にでも行けばいいさ。せっかくなんだ。ショウが喜んでくれたら僕は嬉しいよ」

「そうだね。ショウくんが元気になってくれたらいいね」


 毎度のようにドタキャンしていた負い目もある。

 今宵、花見が見られなくとも、桜が咲くまで何度も花見スポットを訪れよう。幼馴染が望んだ花見なのだ。喜んでほしいではないか。

 いつも翔がやってくれることを返してやりたい。


「ショウくん。遅いね……約束の時間から一時間経ったよ」


 そう思っていたというのに、まさかの事態に朔夜は顔を顰めてしまう。

 待てど暮らせど、翔が待ち合わせ場所に現れないのだ。

 ベンチで腰を掛ける飛鳥が左右の道を確認する中、朔夜は携帯で時間を確認する。デジタル文字が丁度六時を刻んだ。

 最初こそ単なる遅刻だと高を括り、後どれくらいで着くか連絡してくれるようLINEをしたのだが反応はない。既読は付いているのに。


 ならば、直接電話するしかない。

 そう思って翔の携帯と自宅両方に掛けるものの、誰も電話に出てくれない。お手上げ状態だ。

 予定では夕方ごろからぼちぼちと花見をして、その後ファミレスで食事を取るはずだったのだが、早々に狂ってしまった。


「何か遭ったのかな。ショウくん、いつも約束の時間よりも早く来るのに」


 飛鳥がそわそわと周囲を見渡している。

 遅刻に対する怒りよりも心配が優っているようだ。


「まさか土壇場でキャンセルなんて……いつもの仕返しってかんじで」

「仕返しと言われたら返す言葉もないけど、ショウがそんなみみっちいことするかな」

「猫又おばあちゃんのところに行っちゃった、とか」

「そっちの方が可能性としては高そうだ」


 翔は現在進行形で猫又に取り憑かれている。

 老いぼれた猫又と道端で鉢合わせして、猫又と町を歩いている可能性は大いにある。


「あと三十分待ってみようか。来なかったら家に行ってみよう」

「うん。そうだね」


 小さく頷く飛鳥に何か気を逸らせるような話題を振ろうか、と考える。

 しかし出てくる話題といえば、妖のことばかり。面白いネタがちっとも出てこない。

 今朝、米倉と会話した合コンの話題も脳裏に過ぎったが空気を悪くするだけだ。


(こういう時、ショウだったら楽しい話をするんだろうけど)


 持ち前の明るさで乗り切るのだろう。

 気遣い下手な性格になんとなく自己嫌悪してしまう。


(ショウ。早く連絡してくれよ)


 祈るように携帯を見つめていると、タイミング良く着信が鳴った。

 ディスプレイに表示された名前にホッと安堵の息をつき、急いで電話に出る。


「ショウ。何しているんだい。遅刻するなら連絡の一つでもくれよ」


 開口一番に毒づく。

 一時間も遅刻している上に連絡もしないなんてマナー違反ではないか、と悪態をつくが、向こうから応答はない。

 風の音やバイクの音ばかりが受話器から聞こえてくる。


「ショウ?」


 朔夜は眉を顰める。


『翔くんは君たちの前には現れないよ』


 ようやく返ってきたのは聞きなれない声。


「誰だお前」


 朔夜は険しい顔を作り、相手の正体を詰問する。

 けれど電話の向こうから聞こえてくるのはおどける声ばかり。


『僕は君たちのことを知っている。和泉朔夜。楢崎飛鳥。南条翔くんの幼馴染で、若き妖祓として暗躍している。そうだよね?』


 もし間違った情報があるならば、ぜひぜひ教えてほしい。

 電話の相手は小さく笑った。


「お前は僕たちが妖祓だと知っているんだな」

『知っているよ』


 動揺で声が震えないよう、そっと唾を飲み込む。


「なぜ僕たちを知っているんだい? お前は誰でショウはどこだ」


 飛鳥も異変に気づいたのだろう。

 息を呑みながら朔夜と電話の会話に聞き耳を立てている。

 電話の主は飄々とした口振りで答えた。


『僕は翔くんを知っている。どこにいるのか、何をしているのか、どうして現れないのかも――翔くんは君たちの前には現れない。だから約束は果たされない。花見は諦めるんだね。ああ、二人で行くのもありかもよ?』


 相手の冗談に携帯を握り締め、思わず声音を張る。


「ふざけるな、お前は誰だ。なんでショウの携帯を持っているんだ!」


 何者なのだと捲くし立てる、朔夜の言葉遣いは荒くなる一方だった。

 珍しくも激情に駆られてしまう。

 それだけ得体の知れない相手に恐怖の念を抱き、自分たちの正体を知っている情報網の不気味さに警戒心を抱き、幼馴染と連絡が取れない状況に不安を噛み締めていた。

 向かい側の停留所にバスが停車する。

 おかげで音が聞きづらい。相手の反応を待っていると、それまで笑っていた相手が静かに名乗った。


『錦雪之介。それが僕の名前だよ』


 ベンチに腰掛けている飛鳥が、朔夜の腕を引いてくる。


「朔夜くん。あれ」


 目を見開く彼女は、妖気を感じると小声で呟いた。

 弾かれたように顔を上げ、朔夜も片側三車線の道路の向こうを見つめる。

 下車する乗客の中にひとりだけ異質なオーラを纏う輩がいた。色で例えると仄か白。全体的に白い空気を醸し出している輩は学生らしい。灰色の学ランが目を引く。


『待ち合わせ場所はここらへんだっけな』


 ズレ落ちそうな眼鏡を押し、輩はまるで朔夜と飛鳥の感じ取ったかのように背後を振り返った。

 そして、きゅっと口角を持ち上がる。

 輩の口の動きと、朔夜の耳に届く声音が一致した。

 

 

『ああ、君たちが翔くんの幼馴染さんだね。こんにちは。ご覧のとおり、僕は妖だよ』

 

 

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