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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【参章】其の狐の如く
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<幕間>幼馴染と執着心、時々悪友


 

「よっ、和泉。もう来ていたんだな」

 

 

 午前八時半。

 予備校の自習室で分厚い参考書を開いていた和泉朔夜は、間延びした声によって顔を上げる。

 軽く手を振って、こちらに歩んで来るのは米倉聖司。

 彼は南条翔のクラスメイトであり、翔と悪ノリばかりしている悪友である。


(出たな。米倉聖司)


 朔夜は心中でため息をつく。

 米倉とは偶然にも同じコース選択をした上に近しい学力だったようで、クラス分けテストの結果、同じクラスになったのだが……じつのところ朔夜はあまり米倉を得意としていない。翔繋がりで関わることが多いものの、彼は無遠慮に他人の領域に踏み込んでくる(タイプ)だ。こちらの都合を考えずに何度踏み込まれたか。


 翔も似た(タイプ)だが、幼馴染は空気を読んで身を引くところは引く。米倉は空気を読んで、わざと踏み込んでくる。タチが悪い。


「おはよう」


 当たり障りない挨拶でその場を凌ぎ、さっさと参考書に視線を戻す。

 会話をする気は無いと態度で主張した。


「なんだよ。女子はいねえのか」

 

 おかまいなしに米倉が話題を振る。

 わざわざ朔夜の隣に通学鞄を置くので、顔を顰めそうになった。


(はあ。朝から勘弁してくれよ)


 とはいえ、極端に彼と距離を置くことは難しい。

 性格は合わないものの、米倉の成績は朔夜よりも上。とくに理数が得意で、彼に数学の問題を解かせると右に出るものはいない。朔夜が解くと時間が掛かってしまう問題も、彼はものの数分で解答する。

 反面、英語は不得意らしいが、それでも成績は朔夜とあまり変わらない。嫌味な奴である。


「ほれ和泉」


 米倉がプリントの束を差し出してくる。


「数学の過去問。欲しいつってっただろ?」

「ありがとう。覚えていたんだ」

「俺は使わねえからな。今日の予備校は午前中のテストだけで助かった。早く帰れる」


 ひらひらと手を振る米倉は隣町の国立大学を受けるらしい。

 米倉の頭なら県外の有名国立大学も狙えるだろうに、曰く県内の大学の方が返済不要の奨学金を狙えるとのこと。仲の悪い両親の世話になりたくないらしい。


(県外の国立大に行きたいな)


 叶わぬ夢を抱く。

 家の事情により、県外の大学へ行くことは叶わない。実家を巣立っている兄たちも『妖祓』の生業を重視して県外に出ることを断念している。


(僕は公務員になりたいんだけどな)


 安定した職に就き、安定した生活と家庭を持ちたい。

 それが朔夜の密かな夢である。

 物心ついた時から数珠や呪符、経典といった法具ばかりに触れていた朔夜は、人並みの生活に憧れていた。妖など気にせずに平穏に毎日を過ごせたら、どれほど楽しいだろう。


(妖なんているから)


 朔夜は妖が嫌いだ。

 妖がいるせいで最初から人生を決められている。

 好きな大学も選べず、決められた職に就くしかない。また妖祓は人々を守る生業だが、暗躍するばかりで誰からも感謝されず、評価をされることもない。虚しいお役を担っている。


 まったくもって生まれながら貧乏くじを引いてしまった気分だ。

 同じ立場の飛鳥ならきっと、朔夜の卑屈になる気持ちを分かってくれることだろう。


「朝から湿気たツラしてどうした。三角関係に、新たな進展でもあったわけ?」


 翳りある感情を抱いていると、隣の席に着いた米倉がずかずかと他人のプライベートに踏み込んでくる。

 あからさま不快な顔を作る朔夜は、「勝手に話をしないでもらえるかい?」と言って、不機嫌に鼻を鳴らした。


「僕らはそういう関係じゃない」

「誰がどう見ても三角関係だろう?」


 何を言っているのだ。

 米倉は飄々とした口ぶりで笑う。


「和泉に恋する楢崎。その楢崎に恋している南条。気づかない振りをして無関心を決め込んでいる和泉。立派なトライアングルだろ? ついに楢崎とお付き合いを始めたり?」


「何がついにだよ」


 朔夜は飛鳥をそういう眼で見たことはない。

 翔は幼少から恋心を寄せ飛鳥を異性と見ているが、朔夜にとって飛鳥は職業柄の相棒である。無論、彼女が好意を寄せていることは知っていた。

 それについて物申すつもりはない。

 しかし応える気持ちもない。


 いまは自分の決められた道をどう進んでいくか、そればかりが頭にある。ゆえに仮に翔と飛鳥が付き合い始めたら祝福するのだろう。


(そうなるべきなんだ)


 それが一番しっくりくる関係であろう。

 とはいえ本当にそうなったら、自分は受け入れられるだろうか。朔夜は不安に駆られた。


「なんだ。進展なしか」


 朔夜の薄い反応をどう捉えたのか、米倉が面白くなさそうに頬杖をつく。


「お前ら、相変わらずの関係なんだな」

「君の期待に応えられなくて申し訳ないけど、僕はいまの関係で十分満足しているんだ。三角関係なんてまどろっこしい関係にはならないよ」

「んーまあ。三角関係は無理か。南条があれじゃなあ」


 あれとは?

 米倉に視線を送ると、「なんだ。聞いてねえの?」と彼は目を丸くする。


「南条、楢崎を諦めるってさ」

「え。まさか」


 翔の恋は筋金入りだ。

 それは誰よりも傍で見ていた朔夜が良く知っている。


「ショウなりの強がりじゃないの?」


 朔夜の疑問に、米倉は「たぶんあれはマジだぜ」と肩を竦めた。


「今までの南条なら合コンに誘ってもそっぽを向いてばかりだったのに、最近の南条は自分から合コンに行きたいって声を掛けてくるんだ」


 米倉がまだ合コンの予定を組んでいないことを伝えれば、自分が幹事をしようか。メンバーを集めてくると言って乗り気になる。

 そして本当にメンバーを集めてくるのだから、米倉の方が驚いてしまったそうだ。


「しかも合コンの南条、超人気者なんだぜ」


 普段は一にも二にも幼馴染を大切にするため、同級生の女子から異性として見られることは少ない。むしろ幼馴染に対する粘着質な一面にドン引かれることが多い。

 だが、ここ最近の南条翔は違う。

 持ち前の面倒見の良さと、場を盛り上げる明るさが、合コンに参加した女子の間でウケている。

 他校生はもちろん同校生の女子も翔を見直して、積極的に連絡先を交換していた。


 米倉は面白くなさそうに口を曲げる。


「南条ってすげえ空気が読める男だから、女子の気持ちを察して飲み物を奢ったり、休む場所を探したり、解散の時間が遅くなると家の近くまで送ったりするわけよ。そしたらどうなると思う?」


「ど、どうなるんだい?」


「南条狙いの女子たちが俺に根掘り葉掘り、あいつのことを聞いてくるわけよ! 俺のことにはキョーミなし! 超悲しいぜ」


 大げさに嘆く米倉の表情は明るい。

 合コン以外にも、なにかと遊びに誘ったら乗ってくれるとのこと。幼馴染ばかり言っていた悪友がこんなにも視野を広げてくれることが、米倉としては嬉しいと笑った。


「俺も南条は楢崎のこと諦めた方が幸せになると思ってる。楢崎を諦めたら、自然と幼馴染に向ける執着心も消えるんじゃねえかなって」

「そんなの、ショウが決めることだろ」

「ああ。南条が決めることだ。だからあいつは楢崎を諦めようとしている」


 それに焦りを見せているのは朔夜の方ではないか、と米倉。

 どこまでも無遠慮に他人の心に踏み込んでくる奴である。軽く視線を逸らす朔夜に肩を竦め、米倉は繰り返す。翔は飛鳥を諦めるべきだと。

 それが幼馴染の執着心を消す道にも繋がると。


「恋愛のことを差し引いても、南条はばかみてぇに和泉と楢崎に固執している。幼馴染を大事にし過ぎている。見てられねえくらいにさ」


 米倉は語る。

 翔の幼馴染を思う心はあまりにも純粋で一途だ。

 幼馴染といっしょの高校に行きたい。いっしょに遊びたい。何度ドタキャンされても許してしまう。異常なほど幼馴染に執着している翔は、自分の気持ちの重さを自覚していた。

 それに深く悩んで悪友の米倉に泣きついてくることも多々だった。離れたらいいと助言しても、翔は幼馴染の困った顔を見たくないと苦笑いをした。


 当時はその意味を分かりかねていたが、いまの朔夜の様子を目にしてハッキリ理解したと米倉は唸る。


「さっきも言ったけど、南条はばかみてえに空気が読める男だ。幼馴染から距離を取ろうとする度に、お前らの顔を見て足を止めていたんじゃねえか?」


 翔は純粋で一途だ。

 距離を取る度に幼馴染の顔を目にして、ああ、やっぱり二人の傍にいよう。幼馴染の関係を壊さないようにしよう。笑顔でいてもらいたいから傍にい続けよう。

 そのようなことを思い続けた結果、幼馴染の思う気持ちが執着心に変わってしまったのでは。

 米倉は朔夜に包み隠さず、自分の立てた推測を口にして、英語の参考書を取り出した。


「俺に相談する時の南条はいつもどこか泣きそうだった」


 米倉は参考書を開き、小さな吐息をついた。

 

 

『米倉。俺、分かってるんだ。このままじゃいけねえって』

『……南条』

 

『分かってる。朔夜と飛鳥にとって《幼馴染》なんて小さい頃の付き合いでしかない。いっしょの高校に行くと決めた俺の行動は、ばかみてぇに約束をしたくなる俺の気持ちは、傍にいたがる俺の我儘は二人にとって重いものでしかない。全部分かってるのに止められねえんだ。大事なんだ』

 

 

 離れないといけないのは分かっているのにな。

 そう言って気丈に振る舞う翔は、いつも強がっていた。笑い話にしようとしていた。苦しいほどつらかったくせに。

 表向き幼馴染病とからかっていたが、翔が深く悩んでいることを米倉は知っていた。


「最近、南条が和泉や楢崎と距離を置き始めて、正直俺はホッとしている。お前らの関係をからかえないのは残念だけど、南条にとって大きな進歩だ」


 合コンに来る時の翔は幼馴染のことをほとんど口にしない。

 カラオケに誘った時も、サイゼリアで食事をしている時も、翔は心から米倉と遊びを楽しんでいた。

 春休みにも翔と会って何度か遊んでいるが、米倉から話題を振らないと幼馴染の話は出てこなかった。


 米倉がそれを指摘してやると、翔は驚いた顔で頬を掻いていた。


『あいつらとは春休み終わりに遊ぶ予定なんだけど』

『南条クン。さては幼馴染のこと忘れてたな?』

『……こんなことあんまり無かったのにな。嫌いになったとか、そういうのはないんだけど』

『平気になったんだろ。離れても大事にできるって分かったんじゃね?』

『そうなのかも。ドタキャンされても、いまなら笑って許せそう』

『ばか。そこは怒れよ』

『あはは。それもそうか。ドタキャンされたら怒るよ』

 

 屈託のない笑顔を見せるようになった翔は、以前よりも幼馴染に対する執着心が薄れていた。

 本当に大きな一歩を翔は踏み出しているのだと米倉は思った。


「南条はお前らがいないところでも、ちゃんと笑っていられる。幼馴染病もあいつ次第でいずれ治る。あとは和泉と楢崎が変にあいつを引き留めなきゃ大団円になるわけだ」


「君に僕らの何が分かるの?」


 つい毒づいてしまう。

 米倉はきょとん顔を作ると「分かるわけがないだろ」とおどけた。


「メンドくさそうなお前らのことなんて爪先も分からねえよ。だけどな、相談されていた側から言わせてもらうと、南条はこれでいいんだよ」


 むしろ、いまを逃すと翔は前に進めなくなると米倉。


「この先、お前らが南条といっしょにいるなんて保証はない。それはあいつも同じこと。それじゃあ、南条が可哀想じゃんかよ。お前らは南条がいなくても普通に過ごせて、南条は途方に暮れて前にも後ろにも進めないなんて」


「そんなこと」

「和泉、お前は気づいていたんじゃね?」


 嫌に心臓が高鳴った。

 それを米倉は見逃さなかった。


「このままだと南条がダメになる。お前はそれを分かっていたんじゃねーの? 分かっていながら、楢崎とグルになって放っておいた。理由はお前らも《幼馴染》に執着しているから」


 幼馴染の関係を崩してほしくない。

 心のどこかでつよく願っているから、執着心を見せる翔をそのままにしていたのでは、と米倉が鋭く指摘する。

 それは朔夜も自覚していない心だった。


 言葉を詰まらせる朔夜に、「おいおい図星かよ」と米倉は口元を引き攣らせた。


「マジか。お前ら、やっぱメンドくさいわ」

「首を突っ込んでいるのは君だろ」


「毎度、南条に泣きつかれる俺の身になってみろよ。ったく、薄々そうじゃないかと思っていたけど、お前らもか……だったらハッキリ言ってやる。お前らは南条と離れろ」


 それが三者にとって最善の策だ。

 米倉は朔夜を指さした。


「俺は思っていたんだ。もしお前らがいなくなったら、南条はどうなる。幼馴染病を患ったまま、うつらうつら生きていくつもりかって。だから、あいつは限界がきて落ち込んでたんじゃねーの? お前らと距離を置きてぇくらいに」


 米倉は気づいていた。

 翔の心境の変化と、彼らしくない合コンの参加表明と、人知れず落ち込む心を。猫と過ごす姿だって目にしていた。幼馴染らを避けている行動を目にしていた。

 知っていて、なおも悪友として、そっとしておいたのだ。


「和泉、俺は何度でも言うぞ。南条のことは放っておけ。あいつはお前らがいなくてもちゃんと笑える。お前らこそ幼馴染に執着するな」

 

 朔夜と飛鳥が執着心を見せることで、翔はまた離れる足を止めてしまう。

 傍にいなければいけないと思い込み、ふたたび幼馴染病を発症してしまう。


「南条が楢崎を諦めるならそれでいいだろ。楢崎以外の女に惚れたところで、祝福してやればいい。和泉と楢崎に執着したところで、あいつは前に進めねえ」


 解放してやれと米倉は手厳しい意見を口にした。

 たっぷりと間を置き、朔夜は反論した。


「ずいぶんとショウに肩入れするんだね。ショウと悪ノリばかりしていると思っていたけど」

「和泉。お前も経験してみろよ」

「何を」

「学校にいる間から家に帰って寝るまで、幼馴染のことでずっと泣きつかれる俺の悪夢を」

「え、なにそれ怖い」


「お前らのドタキャンのせいですけどぉ? あいつ、めちゃめちゃしつこいんだぞ。夜中の二時まで電話で泣きつかれた俺の気持ちを考えたことあるかぁ! ねえよな! 南条クンったら俺には遠慮ねえもんなっ、くそがよ!」


「えっと、あー……それはごめん」


 翔の幼馴染病は、特定の人物に甚大な被害を及ぼしていたようだ。

 おどろおどろしい空気を醸し出す米倉に、朔夜は一変して冷や汗を流しながら謝罪する。


「まあ、確かに肩入れはしているけどさ」


 あっさりと肩入れしていることを認めた米倉は、書きかけのルーズリーフを取り出して、それを見つめる。


「和泉。お前の言うとおり、俺は南条と悪ノリばかりしている。ばかばっかりしている。それに俺は救われているんだ」


 ばかをしている時の自分は素に戻れる。

 米倉は子どものように笑った。


「俺の家は両親が教育熱心すぎてさ。ばかのひとつも許されなかった。俺がばかをしても白けるだけ。ばかをして大笑いするのはいつだって南条クンだけ」


 おかげで、もっとばかをしたくなる。


「南条といっしょにいると、いろんな景色が見えるんだよな。つまんねえ景色も楽しく見える。くだらねえ景色もいつの間にか笑いになる。きれいな景色だって、面白おかしいばか話になる」


 だから、いっしょにいて楽しいと思える。


「和泉と楢崎が《幼馴染》に執着するのも案外、俺と似た理由なのかもな」


 あ。

 朔夜が目を丸くした。

 いま自分でも自覚していない、心の奥底に秘めた気持ちが疼いた。

 米倉の言うとおり、朔夜もまた幼馴染に執着しているのだとしたら、その理由は。


「明日から新学期か。和泉、南条とは春休み会ってねえの?」


 話を替えられる。

 朔夜は春休み中、一度も会っていない旨を伝える。今日の夕方に会う約束を添えて。

 すると米倉が指を鳴らして、朔夜に両手を合わせた。

 

「今日南条に会うなら、LINEに返事しろって伝えておいてくれね? あいつとちっとも連絡がつかねえんだ」

「珍しいね。ショウはすぐに返事するタイプなのに」

「そうなんだよ。合コンの幹事をまたやってほしくてさ」

「……気が向いたら伝えておく」

「ツレねえぞ和泉。あ、分かった。お前も仲間に入れてやる。だから伝えておいてくれ」

 

「はああ。やっぱり僕は君と気が合わないや。米倉」

「あはは、俺もだ。奇遇だな和泉。お前とはちっとも気が合わねえや」


 悪ノリをかます米倉に、朔夜は三度ため息をついた。

 幼馴染の悪友とは本当に気が合わない。まったくもって気が合わない。

 

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