表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【第二幕ノ伍】日出づる夜もすがら
153/158

<一>よもすがらのヒト




牛鬼(ぎゅうき)



 ヒトの世界では言い伝えられているそれは、たいそう恐れられている化け物である。


 一説によると牛に似た化け物だとか。

 一説によると鬼に似た化け物だとか。

 一説によると頭は牛で体は鬼をしている化け物だとか。


 その性格は残虐非道だと云われたり、ヒトの肉を大好物にしていると云われていたり、毒を吐くと云われていたり。


 とにもかくにも、大げさなほど恐ろしいと謳い、おぞましい存在だと伝承に残っている。


 しかしながら。

 その認識はあながち間違っておらず、妖の世界でも厄介者として認識されていることが多い。

 ヒトの肉にありつけなかったら、妖に目をつけ、とくに獣の妖に目をつけ、当たり前のように同胞の肉を喰らい腹を満たす。善悪の識別がないわけではない。ただ、ひたすらに己の欲を優先する。


 とても乱暴者なので、同胞の声など一切聞かず、ただただ我が道を進むことも多い。

 大人しくさせるにも、押さえ込むにも一苦労する存在なので、妖の中でもそれを毛嫌いする者が多い。


「牛鬼、か」


 彼、南条翔はそっと紐解いた巻物を文机に置くと、小さく下唇を噛み締めた。


「俺の知らないところで、何こっちの世界に片足突っ込んでるんだよ。あのばか」



 ※ ※



 長らく日月の社を空けていた翔のやることは、山盛りだくさんてんこ盛りだ。

 やれ黒百合の足取りだの、やれ先代の御魂を救うだの、大きな目的はもちろんのこと、南の地を統べる頭領として日頃の社務をこなさなければならない。


 目先の妖達の安寧秩序を守る使命もあるし、不自由な足を立派に取り戻すこともしなければならない。


 とはいえ、昨晩から壁伝いに歩けるようになったので、そろそろ杖生活とはおさらばだろう。日に日に回復しているので、悩まされていた不自由な足については、もう大丈夫だと踏んでいる。

 とにもかくにも、やることは多い。息つく暇もない。正直、目が回りそうだ。

 そんな中、新たな騒動沙汰が発生するなんて、誰が想像しただろう。


 いつも学びで使用する文殿を後にした翔は、険しいかんばせを貼り付かせ、壁を伝いながら行集殿へ向かう。


 ここは北の地を統べている日輪の社。

 時刻は丑三つ。化け物と称された生き物が、最も活発的に動く時間帯であった。

 社の空を漂う怪火が、ぎしぎし、と軋む廊下を不気味に照らす。


(……においがする)


 翔が廊下を歩いていると、ツン、と人間の臭いが鼻を突いた。


 化け物ばかりの社には、珍しい臭い。

 半妖狐だった己も、こんな臭いだったのだろうか。


 ヒトの世界にいる時は何も思わないが、ここ異界だと、人間の臭いは大層目立つ。いや、鼻立つ。


「一聴さん」

「翔さま。そろそろだと思いました」


 行集殿に足を踏み入れると、患者の枕元で薬草の葉を揉んでいた聴診器の付喪神、一聴がゆるりと手を止めて恭しく頭を下げてくる。傍には助手のお歯黒べったり、お有紀(あき)。天馬の姿も見受けられた。


 それぞれ頭を下げて来ようとするので、片手を挙げて、その行動を制する。


「患者の容体は」


 拙い足取りで医師の隣に腰を下ろした。

 布団に目を向ける。そこには見知った人間が横たわっていた。


 本来、此処、異界に居てはならないはずの人間は苦しそうに呼吸を繰り返している。もう三日は眠っているだろうか。頬は紅潮しており、額は常に汗を掻いている。


 なによりも目を引くのは、その人間の右目だ。

 包帯の上から呪符を貼られている、あれには溢れんばかりの妖気が集約されている。

 それは邪な妖気だ。禍々しい妖が宿っている。


 妖の歴が短い翔でも分かる。あれは危険な存在だ、と。


「人間を看るのは初めてゆえ、少々薬草の使用を躊躇いまする。人間は妖よりも、ずっと脆いので」


 患者の具合に合わせて、薬草を呑ませてやりたいが、安易に薬を与えられない状況だと一聴。

 妖にはよく効く薬草でも、人間にはよく効く毒草になりかねないとのこと。


「それでも患者である以上は、責任を持って治療にあたりまする。ご安心召され」


 眉を顰めたまま表情を緩めない翔にそっと伝える。


「一聴さん。これはまだ人間……なんだよな?」


 翔は熱に魘される患者の種族について問うた。


「はい、今のところは」

「……今のところは」


「この人間は、半妖とも言い難い存在。右目に牛鬼が取り憑いております。牛鬼は獰猛ゆえ、我らの同胞と呼ぶべきかどうかは、少々難しいところ。動きを封じている呪符を取れば、牛鬼と話す機会が得られるやもしれませぬが……お勧めはしませぬ」


 この患者には霊気が一切感じられない。

 ゆえに牛鬼の妖気に当てられ、つらい高熱を出している。


 これが霊能者であれば、持ち前の霊気で妖気を防ぐこともできただろうに。

 そんな人間の右目の呪符を取ってしまえば、たちまち牛鬼の妖気が溢れかえり、患者は高熱よりも苦しい目に遭う。


 それだけではない。

 牛鬼は同胞らを喰らおうと襲うやもしれない。


「襲う、か」


 翔は行集殿の四隅に貼られた呪符に目を細める。

 これらは比良利と紀緒が貼ったものだ。狐らは牛鬼がどれほど危険な生き物なのか知っている様子。

 また気を失う前に、患者は「滝野澤」の名を口走っている。それゆえに警戒しているのだろう。天馬を一聴らの傍に置いていることが、何よりの証拠だ。複雑な気持ちになった。


(米倉は気を失う前に、喰われている、と言っていたよな。あれは……)


 米倉の身に何が起きているのだろう。


「患者の体はどちらかになりたくて堪らないでしょうね」


 一聴は汗ばむ患者の額を手ぬぐいで拭い、ヒトの子を哀れむ。


「人間の体であれば、たちまち妖の気に当てられ、半妖となれる。妖の体であれば、このような熱など吹き飛ばせる。しかしながら、この患者は半端に妖を体に宿し、半端に人間の体を持っている。それはとてもつらいことです」


「目に取り憑いている牛鬼を取り出すことは難しいか?」


「様子見しなければ、なんとも……」


「いつか、この人間は妖になるか?」


「はっきりとは……申し訳ありませぬ。今は憶測でしか物を語れませぬよ。患者と対話してみなければ」


「あ、いや、俺の方こそ、ごめんな。詰問するように聞いちまって。一聴さんは本来妖の医師だ。人間が対象外なのは分かっている。なのに、無理言って診てもらってるんだ。俺は一聴さんに感謝しなきゃいけないよ。ありがとう」


 ようやっと頬の筋肉を緩めることに成功した翔は、一聴にそっと頭を下げた。

 軽くかぶりを振る一聴は、患者に目を向け、「疑問がございます」と言って、小さな声で唸る。


「牛鬼はなぜ、患者の右目に取り憑いているのか。牛鬼は強大な妖気を持っていますので、力のない人間であれば、その体を乗っ取ることもできたはず。また右目に貼られている呪符は、ヒトの世界で使用されている物。彼は霊能者の下にいたのだと推測できます」


 霊能者。

 米倉と繋がりを持つ霊能者は、幼馴染の彼らしかいない。

 となると、妖祓の二人の下を訪ねれば、患者の身に何が起きたのか、原因を突き止めることができるやもしれない。翔は悪友に目を向けると、苦々しくため息をついた。


「またあいつ等と、揉めたんじゃねえよな。米倉」


 患者から返事は来ることはなかった。




 牛鬼を宿した米倉の身は、神職狐の助言の下、異界に置くことが決まっている。


 一聴も言っていたように、牛鬼はたいへん獰猛な妖。ヒトの肉を好物にしている。それが手に入らなければ、同胞を喰らうこともあるため、安易にヒトの世界に置くことはできない。

 ゆえに異界に封じる、という言い方は、あまり響きが良くないが、妖の社に置くのが一番の策であった。


 また神職の中で一番力のある比良利の下にいれば、最悪の事態が起こっても対処ができる。想像したくないが。


 翔は暇さえあれば、米倉の下を訪れた。

 放置していた奉仕をこなさなければいけないし、学びも稽古もあるし、不自由の足を動かす練習もしなければならない。幼馴染らに事情を聴かねばならない。やることはたくさんある。

 頭では分かっていても、片時も彼の傍から離れたくなかった。


 なんとなく熱に魘されておる患者から離れてはいけない、そんな気がして。


 おかげで比良利からお小言をちょうだいすることも、しばしば。

 奉仕も学びも稽古も放置しているのだから、仕様がないだろう。甘んじて受けておく。


 一方で己の気持ちを汲んでくれる兄やには、感謝してもしきれない。

 どうしても今は米倉の側を離れたくなかった。それが頭領として間違った姿でも、兄やは目を瞑ってくれる。いつもは神事になると厳しい癖に。


 気づけば、一日の大半を行集殿で過ごしていた。


「ん? 誰かいるのか」


 ある夜のこと。行集殿で書物に目を通していると、ギンコがひょっこり顔を出した。


「ギンコじゃないか」


 クオン、クオン、クオン。

 かまびす鳴く狐はどうやら差し入れを持って来てくれたらしく、頭と尾っぽを器用に使いながら、お盆を運んでくる。


 何か食べないと毒だと鳴いてくるギンコに、「あんがと」と笑いかけ、お盆を受け取った。握り飯と味噌汁が載っていた。


 おおかた青葉が運ばせたのだろう。

 ギンコを使いに出されてしまっては、例え腹がはちきれそうになっても食べなければいけない激情に駆られると分かっているくせに。


 膝の上に乗ってくるギンコが、せっつかせるように鼻先で胸を突いてくるので、大人しく握り飯を口にする。

 そういえば、今宵はまだ何も食べていなかったのだと気づかされた。


 クン、ギンコがじっと患者の方を見つめる。


 その物言いたげな目には、米倉の体と翔の気持ち、両方の心配が含まれていた。筆のような尾っぽが萎れている。


 そんな優しい銀狐をわしゃわしゃと撫で、味噌汁で握り飯を胃に流し込む。

 ギンコが翔を見上げてくる。いつまでも見上げてくるので、翔は静かに肩を竦めた。


「今でも不思議な気持ちなんだ。米倉が此処にいるなんてさ」


 だって、彼はただのヒトの子。

 ヒトとして始まり、ヒトとして終わる存在だと思っていた。

 翔のように途中でヒトで無くなる可能性もなくはないが、そんな出来事は万が一の話。彼はヒトとして生き続けることが当たり前だと思っていた。ゆえに、妖の社に彼がいることは、ただただ不思議でならない。


 霊気も妖気もないヒトの子が、牛鬼に取り憑かれている。

 挙句、人災風魔の主犯の名を口走った。彼の身に何が起きているのだろうか。眠りに就いている米倉に聞きたいことは山のようにある。


「米倉はさ。基本的に面倒くさがりで、けど面倒見がいい奴なんだ」


 何かと物事を面倒だと憂い、関わりたくないと言いつつ、自分が気になると結局、首を突っ込んで面倒を看てしまう。


 高校時代はよく翔の面倒を看てくれたものだ。

 毎日のように幼馴染と一緒じゃないと嫌だ、と幼馴染病を発症する己を面倒な奴、と呆れながら、それでも面倒を看てくれた。愚痴を聞いてくれたり、自分を茶化して笑わせようとしたり、気を紛らわすようにゲーセンやカラオケに誘ってくれた。


 そんな米倉が翔を頼ることは、殆ど無い。


 彼は自分とよく馬鹿をしていたが、人三倍勉強はできる男だったので、その方面で頼られることはなかった。


 仮に悩みがあっても、大半は自力で解決してしまう男だった。

 少々親子関係が悪いと人伝手に聞いたことがあったが、米倉の口から語られることはなかった。クダラナイ話をするだけ無駄だと思っているのだろう。愚痴すら聞いたことがなかった。


 まこと「限界」がきた時だけ、彼は己を頼ってきたものだ。飛鳥の件が良い例だ。


 そういう奴だと知っているからこそ、翔は米倉のことが気が気でならない。幼馴染とは別枠で、彼は特別なのだ。友人枠でも特別だ。


「はああ。こいつは俺と趣味が似てるから、どうも似たようなことをしちまうんだよな」


 味噌汁を飲み干し、空になったお椀をお盆の上に放る。


「興味があることには、とことん首を突っ込むし。自分がこう決めたら、簡単に譲らねーし。女趣味も、まあまあ似てるし。ギンコを見たら、米倉はメロメロになっちまうかもしれねーぞ」


 うんっと首をかしげるギンコを持ち上げ、翔も首を横にかしげた。

 右に向けば右へ、左に向けば左へ、首をかしげる狐に噴き出し、優しく腕の中に閉じ込める。


「似てねーのは諦めの悪さだけ。俺は粘着テープ並にしつこいんだけど、米倉はすっげえ諦めが早い。だから、気を失う前に喰われている、と俺に伝えた時……怖くなってさ。あいつ、なんか諦めてそうな顔をしていたから。負けず嫌いなくせにさ」


 ギンコの鼻先に指を当てる。

 生温かい舌が、人差し指を這った。

 そのまま身を乗り出して、翔の頬を舐めてくるので、翔もお返しにギンコの顔を舐めてやる。ついでに耳を甘噛みして戯れ合った。


「米倉はどうやって妖の社の前まで来たんだろうな。ギンコ」


 ヒトの世界と異界のはざまで倒れていた米倉を思い出す。

 考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだ。早いところ、彼が目を覚ますことを「うぁ」


 小さなうめき声が聞こえた。

 ギンコと共に患者へ目を向けると、仰向けに寝ていたはずのヒトの子が、うつ伏せとなり、両肘を使って立とうとしているではないか! 気が付いたのだ!


「米倉。俺が分かるか?」


 ギンコに支えてもらいながら、立ち上がると、覚束ない早足で患者の下へ向かう。が、患者はうつろ眼でこちらを見るや否や、声なき悲鳴をあげて、布団から抜け出した。


「ばっ、動くんじゃねえよ! おい米倉!」


 驚く翔の脇をすり抜け、ヒトの子は行集殿から飛び出す。

 行集殿には呪符を貼っていたのだが、ヒトの子はいとも容易く行集殿を脱することに成功した。あの呪符はあくまで牛鬼対策。ヒトの対策ではないため、呪符が発動しなかったのだろう。


 彼は力を振り絞って欄干を乗り越えると、無我夢中で境内を走る。

 まずい、今宵は日輪の社が開いている。表参道に行かせては大騒動になることは免れない。


「ギンコ。頼む、あいつを追ってくれ!」


 高らかに遠吠えするギンコが、その身を妖型にすると、翔を背中に乗せて風を切った。

 銀色の風となった銀狐の足と、熱に魘されている患者の足の速さは一目瞭然。見る見る距離を縮め、表参道どころか、憩殿の中庭で追いつくことが叶った。


 このままギンコの巨体で押しつぶし、行動不能にさせることも可能だが、それでは体に響くだろう。

 そこで翔は頃合いを見計らって、米倉に飛び掛かった。二人して紅のヒガンバナ畑に姿を隠したので、ギンコが驚き、足を止める。


「行け、ギンコ! 誰か呼んできてくれ!」


 しかし、それに振り返ることなく、暴れる米倉を押さえつけながら、銀狐に応援を呼んでくるよう頼んだ。

 表参道に行けば、比良利がいるだろうし、社務所に行けば青葉か紀緒がいるだろう。誰でも良い。神職を呼んで来てほしい、と声音を張った。



「うあァああああァアアっ! どけ、化け物めっ! どけ! 放せっ、視える、頭がおかしくなる喰われるっ」



 翔の声が米倉のもがく声にかぶさる。

 しかし、ギンコはしかと翔の声を聞き届けた。風に乗って、ふたたび走り始める。


 これで一安心だ。ギンコはそう時間を要すことなく、神職を呼んでくるだろう。


 問題は。


 翔は支離滅裂な言葉を発している米倉の手首を掴み、その身に乗っかると、必死に地面に押し付けた。

 そうでなければ、これが爪で己の目を引っ掻こうとするのだ。

 それも包帯をしていない方の左目を。


 自分で目を傷つけてどうするのだ。せっかく綺麗な目をしているというのに。


「米倉っ、聞こえるか! 俺だよ、南条だよ!」


 ヒトの子は夜に向かって叫び続ける。

 放せと、視えると、喰われると叫び続ける。

 完全に乱心している。

 大暴れする体は、今にも翔を突き飛ばそうとした。宙を蹴り、ヒガンバナを蹴り揺らし、拘束する翔の手から逃れようと必死になった。どこにそんな力があるのか。


「くそっ。まだか、ギンコっ……」


 余所見をした、その一瞬に患者の手が翔の体を突き飛ばした。

 よろめく体を見るや、ヒトの子が勢いよく首に食らいつこうとするので、とっさに右腕を出す。

 あっという間に、ヒトの子の歯が翔の腕の肉を食んだ。獣よりも平らな歯を持っているはずなのに、顎の力を強めるせいで、簡単に

そこから血が流れた。

 刹那、ヒトの子の目がうっとりと悦んだので、翔は背筋を凍らせてしまう。その目は完全に正気を宿していない。ヒトの目でもない。


 それは、それは……。


「米倉お前。いい加減にしろ、よ!」


 思い切り頭突きを喰らわせてやることで、ヒトの子が倒れた。

 軽く右腕を振り、流れる血を浄衣の袖で隠すと、翔は額をさすって目を白黒させている患者を見下ろした。


「あででっ、目の前で星が出てらぁ。何だ? めっちゃ頭いてぇ。なんか口の中、鉄の味するしっ」


 軽い口ぶりは翔のよく知る悪友、米倉聖司のものだった。正気を取り戻したようだ。

 翔はホッと胸を撫で下ろす。ひとまず嵐は去ったよう「えっ、お前……」


 強張った声が聞こえた。

 慌てて視線を戻すと、米倉が頭上を指さし、その指を恐々と尾っぽの方に流した。彼にはすべて“視”えているらしい。ただのヒトでは視えないというのに。


 米倉は何度も交互に見やり、それを繰り返し、繰り返して、米倉は真顔を作り、翔の両肩にポンポンと手を置いた。


「南条クン。お前さ、ちょっと鏡を見て来い? なあ? 女子ウケしたい格好にしても、してもだぞ? 普通にその格好は引くぞ。いや、お前の趣味がそれでいいってなら、まあ、しゃーないけど……」


 ぷぷっ。米倉は一変して、意地の悪い笑みをこぼした。


「ぶっちゃけ似合わないぜ? 耳と尻尾」


 ピシリッ。

 石化する翔をよそに、「そういえばここはどこだ?」と、言って米倉は真っ赤になっている額をさすった。


 なるほど。なるほど。

 米倉は完全に正気を取り戻したようだ。今の発言はまごうことなき、翔の知る悪友の顔だ。


 翔は顔を紅潮させると、ついでに総身の毛を逆立てると、軽く首を鳴らして、大きく肩を回した。

 

「米倉お前。望み通り、シバき倒してやっから、そのつもりでいろ!」


「はあ? なんでシバかれっ、アダダダっ! ばか南条、俺は個人的にお前の趣味を疑っているだけでっ! べつにお前がそれでいいなら、貫けばっ、イデデデデっ!」



「うるせえ! 好きで耳と尻尾を生やしていると思うなよ!」


「ぎ、ギブギブギブ! 折れる折れる。腕折れるっ! 捻るの反則っ!」



「ヒトを、うんにゃ、狐をここまで心配させて、なんだぁ?! 何が遭ったか言えってんだ! その包帯は何だよ?! え?!」


「今流行りの厨二スタイルってやつ? 南条よりカッコイイ格好だろっ、じょ、冗談だってっ!」



「くそったれめ! 俺がどんだけ肝を冷やらせたかとっ!」


「やだもう、南条クンったら、俺のことがそんなにも好きだったっ、アヅヅヅッ! まじで死ぬっ、死ぬから!」



 ぎゃあぎゃあ、きゃあきゃあ、きゃいきゃい。

 夜の空にかまびすしい声が響く。その声を聞きつけ、ギンコと共に駆けつけた神職らは、ただただ呆気に取られていた。銀狐の話では正気の沙汰ではない、早く来てくれ、とのことだったのだが。


「俺の知らないところで、何が遭ったんだよっ。全部言え、すぐ言え。さあ吐けっ!」


「その前に、ここはどこだよっ。説明がほしいんですけどー?!」


 正気の沙汰どころか、どう見てもあれは子どもの喧嘩である。

 一方的に腕を捻り、相手を組み伏せている翔と、地面を叩いて悲鳴を上げている米倉を交互に見やり、比良利はこめかみに手を添えた。


「誰か。一聴を呼んできてくれぬか」


 その声は大層疲れ切っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ