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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【第二幕ノ肆】魂の在り処
145/158

<十>その御魂は妖と名乗る(壱)



 ※ ※



 比良利は眉を寄せていた。


 赤い体躯を持つ妖用携帯のヒラから聞こえてくる、対の焦燥感を含めた怒号は。その場にいる者達の耳にも飛び込んでくる。(かまびす)しい物音を立てながら移動する白狐は銃声が上がる度に蔵の奥へ、奥へ、と声音を張った。


 呼び掛けても応答はない。それどころか、向こうの妖用携帯が事態に怯えてしまったらしく、ついに電話が切れてしまう。


「比良利さま。翔さまは」


 同胞を案ずる紀緒に、「弄ばれておるのう」


「ここまでくると腹立たしい気持ちも、いっそ清々しい気持ちに変わるものよ。揃いも揃って、わしを蚊帳の外に押しやりよって」


 これも余興と呼ぶべき茶番だろうか。


『坊やを依り代にしたいわりには、以前よりも来斬達は派手に動くねぇ』


 孫の危機にも関わらず、猫又は落ち着いた様子だ。

 それは満目一杯に広がる群れ、のせいだろう。黒い浄衣を纏い、さも“誰か”を彷彿させる集団は、比良利の神経を逆撫でるのに十分すぎる。


「また、ですか。こうも次から次に出て来られると飽きてしまいますね」


 まったくだ。比良利は流に同意を示す。


「我等は煽られているのじゃろう。楽しませてくれよって」


 イチョウの並木道の向こうに見える、その群れに目を(すが)める。

 さしずめ、あれは出来そこないといったところか。そんなものを因縁ある北の四代目に向け、小僧の南の十代目には凄腕の大妖を寄越す。甚だしい限り。

 ヒラを通話状態にしたまま懐に仕舞うと、比良利は和傘を大麻に変えて、冷たく口角を持ち上げる。


「そろそろ、術策に嵌る振りもやめにするかのう。飽きてしもうた」


 白狐のぼんぼんは、よく務めを果たしてくれた。この先は、兄やの赤狐が受け持とう。



 ※



「なんの嫌がらせで、来斬と弥助がワンセットで襲ってくるんだよ。まじ勘弁なんだけど。ひとりくらい、比良利さんの下に行ってもいいじゃんかよ」


 少しは一息を入れさせて欲しいものだ。ギンコの背中の上で、ついつい愚痴を零してしまう翔は、背後を守ってくれる青葉に視線を配る。

 常世結界を破るための銃声は、いつまでも蔵に響くばかり。


「来斬達は来そうか?」


「もう少しばかり、常世結界が持ちそうですが……」


「時間はない、ということか」


 翔は先導するツネキと、その背に乗る天馬に「道はありそうか」と、声を掛けた。


 返事が来る前に自分も周囲に視線を配る。

 土と漆喰で塗り固められた四面の壁。湿気と泥が混じった、鼻につく嫌な臭い。暗夜を好むかのような、鬱然たる蔵内部。


 二階建ての広々とした蔵の造りは、隅々まで見渡せるものの、造りに反して物らしい物は何ひとつない。それが余計に蔵の中を不気味に思わせる。

 窓代わりの木格子からは、強い日の光が零れている。夜の訪れは遠そうだ。入り口右奥へ突き進めば、二階へ行けるであろう縄梯子がひとつ。幾年も使われているのだろう。足を引っ掛ける縄の部分が、やや弛んでいる。


「あっちは行き止まりくさいな」


 反対側、壁の角にあたる左奥を確認する。そこには壁が切り取られ、木板が嵌められていた。立派な壁造りであるため、この木板は悪目立ちしていた。

 金狐が独断で板に向かって体当たりする。


 すると、糸も容易く力が掛かった方角に動く。隠し通路なのだろうか。それにしては分かりやすい。蔵に物を敷き詰めれば、侵入者の目も誤魔化せるだろうに。


 壁穴を掻い潜る。

 此処も四面壁に囲まれており、空間は極めて狭い。隠し通路はそこになく、蔦が這った古井戸が、つくねんとあるだけだった。蔵の中に隠し部屋ならぬ隠し古井戸。縄梯子が掛かっているのだから、随分と意味深長である。


 いかにも、逃げ込む翔達を招いているようにも見える。蔵に誘導され、敵の術中に嵌りかけている今、古井戸に飛び込むなど罠に掛かれと言うようなものだ。


「かと言って、悠長に立ち止まることはできねぇ。ツネキ、下りるよな?!」


 ツネキが振り返って鳴いてくる。それしか手はないようだ。


「青葉はナノミを。ナガミ、俺の下に来い。ギンコ頼む。飛び込んでくれ!」


 自分の下にやってくるナガミを、しかと腕に抱き、垂直落下するギンコの背中にしがみつく。

 古井戸は枯れ井戸だったようだ。底の土には水気がなく、さほど深くもない。

 人工的に石が積まれた円状の壁の一か所には、大きな穴があり、延々道が続いている。迷うことなくツネキがその穴に進み、ギンコが後に続く。


 しかし、その穴に飛び込んだ瞬間、むせ返ってしまう。


 息もできない咳き込みは、枯れ井戸の空気の悪さと異常を教えてくれた。おかげで涙目になり、腕におさまるナガミと背後にいる青葉から、憂慮ある声を掛けられた。

 大丈夫だと返すも、ここは非常に息苦しい。喉のイガイガが止まらない。


「瘴気が充満している。お前等、必要以上に空気を吸うなよ」


 翔は瘴気に対して過剰反応を起こす一方、毒に対する免疫力は非常に強い。また反応があるからこそ、体の異常が目に入りやすい。


 だが同胞はそれがなく、気付けば瘴気におかされていた、という可能性もある。

 ある意味、同胞よりも翔の方が安全なのだ。だからこそ、翔は皆に呼吸の制限を指示した。


「わりと長いな。この横穴」


 左右の土壁から突き出すように、松明が等間隔に整列している。

 ごく最近まで人が手入れしていたのだろう。それがまた不気味さを醸し出している


 ふとツネキが耳を立て、背後を振り返って来る。

 その視線を察したギンコが加速し、金狐の隣に並んだ。翔も後ろを振り返り、持ち前の耳をよく澄ませる。



 ザ、ザザ……ザザ……ザ、ザザザザザザザザザザ。



 引きずるような、足音のような、それに似つかわしい音が聞こえる。無数の音が折り重なり、まるで波のように翔の鼓膜にそれが届く。


「げほげほ。来やがった。来斬の黒狐だ!」


 この一本道で、黒狐の波に襲われてはひとたまりもない。急いで逃げなければ。


「一か八か、賭けに出ましょう。ツネキさま、御手をお貸し下さいませ」


 錫杖を握り締めた天馬が膝立ちとなる。いったい何をする気なのか。尋ねる間もなく、ツネキの足が加速していく。クオーン、一声上げる金狐が勢いづいて天馬を宙に放った。


「オツネさま、気を付けて下さい」


 彼は宙に浮けない翼をはためかせ、その翼で風を起こすと、天に向かって錫杖を突き刺した。


「翔殿。下を向いて」


 青葉から無理やり頭を下げられる。それは翔の目を守るためだった。風力の勢いに乗った錫杖の力は土壁を砕き、瞬く間に土砂崩れが発生する。

 顔を上げて振り返れば、半分ほど道が塞がっている。これだけでも時間稼ぎになる。


「出口です。ツネキさま、オツネさま、お心構えを」


 宙を返って、ツネキの背に着地した天馬が向こうを指さす。

 一本道の土壁の果てに見えてきたのは、緩やかな土の坂。土壁に沿うように掘って作られたそれは、上に向かって伸びている。

 坂の頂上、そこの天井の穴からは縄梯子が垂れ下がっていた。

 あそこから地上に出られるようだ。


 だが、あまりに都合の良い展開だ。来斬と弥助に攻められ、枯れ井戸に飛び込み、黒狐達に追われ追われて此処まできた。

 そして見えてくる出口。


 断言できる。自分は誘い込まれている。


「迷っている暇はありませぬ。翔殿、例の狐達がやって来ます」


 心を見透かした青葉が意見を出す。ご尤もな意見だが、無鉄砲に行けば痛い目を見る。ここは敵の本陣だ。


「捕まってしまうならば、いっそ罠へ飛び込めです」


 翔が躊躇いを見せると、彼女がらしからぬことを言う。驚きのあまりの目を丸くしてしまった。

 なのに彼女は、当たり前のように目で笑った。


「前後、どちらも地獄なら、先へ進む。翔殿なら、そう仰るかと思いまして。違いますか?」


 つられて笑ってしまう。


「さすが青葉。俺のことをよく分かっているじゃないか」


 つい、らしくないことを思ってしまったのだ。足手纏いがいるのに、罠へ飛び込むのはどうなのだろう、と。


「足を引っ張って、お前達に怪我をさせるかもしれない。だから臆病になっちまった」


「いつも私達を心配させるというのに、何を仰いますか。私は貴方様と生きると決めています。もちろん、オツネも」


 この面子で南の地を見守ると決めたからには、どのような罠にも屈してはならない。

 青葉は翔の背に手を添え、「行きましょう」


「例え罠が待ち構えていようと、私達が不自由な体を補佐します」


 彼女は強く主張した。それが怪我の元になるのではないか、と懸念しているのだが、今は素直に心強いと思っておくべきだ。

 また翔は気付くのだ。自分は対のことばかり頭を占め、彼女達のこと忘れていた。


「青葉が、ギンコが……お前達が傍にいてくれるだけで、こんなにも心強い。俺はもっと頼らないとな」


 これから先、どのような苦難があろうと、この面子で乗り越えるのだ。それを決して忘れてはならない。


「どちらにしろ振り返る時間はないですよ。翔」


 来た道を振り返った天馬が目を眇めた。

 見なくとも分かる。おぞましい無数の奇声が、波のように押し寄せる音が、黒狐達の足音が、翔の耳を反応させたのだから。


 黒狐達は瞬く間に地上を支配すると、四方八方に分散し、壁や天井を這い始める。重力など一切無視だ。翔達が出口である穴を目指すと、その背を追うために群れが押し寄せてくる。

 黒狐達に同胞意識はなく、前へ出る狐の頭を踏み沈め、我先に前へ出ようとする。結果、それが波のような動きを見せる。


「散りなさい」


 青葉が無数に癇癪玉を放る。爆ぜた拍子に黒狐が数匹達、波の中に沈んでいく。足止めにすらならない。


 先導するツネキが螺旋状に宙を翔けながら、出口の穴に飛び込む。

 数秒遅れてギンコが穴に飛び込むと、それに食らいつこうと狐達が飛び掛かってくる。ナガミとナノミが遠吠えと共に威光を放つも、影法師のように消滅してくれることはない。見せるのは怯みばかり。


「なんで、威光で消えないんだ。しつこい奴等だな」


「翔殿、あれは来斬の使い魔です。ただの妖ではありません。謂わば、来斬の分身。己の妖力を具現化させ、新たな使い魔を生みだしているのです」


 来斬の分身。なるほど、だから威光を放っても消滅しないのか。

 威光は生物をおそれさせる力であり、従わせる力。生きとし生ける者達だからこそ効く光なのだ。それが効かないのだから、あの黒狐達の正体が生物ではないことが証明される。来斬の術で生み出した分身だと聞かされたら、納得せざるを得ない。


 追いついた黒狐達が上下左右の壁を駆けずり回る。そして、容赦なく飛び掛かった。標的は一匹に絞られているため、ある意味動きは読みやすい。


「甘いんだよ! 俺よりも遥かに強い奴等を無視できると思ってんのか!」


 翔は身をかがめ、時に黒狐を玉串で祓い、頼もしい同胞に口角を持ち上げる。


「舐められたものですね」


 両指に挟んだ癇癪玉を放った後、青葉が声音を響かせる。


「巫女の我が声に集え。我は宝珠に身を捧げる者。風よ、その身を悪しき者達を攫え」


 爆ぜた癇癪玉が、青葉の唱えに反応して強力な爆風を生む。それこそ、ギンコごと攫いそうな爆風の流れに呑み込まれ、壁を這っていた黒狐達が落ちていく。


 尚も追って来る黒狐がいると、ギンコの尾っぽに宿った狐火が群れに放たれた。錫杖を構えていた天馬が己の羽根を放ち、敵の四肢に飛ばしす。威光を放ち、目を晦ませるナガミとナノミもいる。翔自身も玉串で黒狐を祓う。


 ほら、十代目ばかりに気を取られては、痛い目を見る。誰も彼も無視できない存在なのだ。同胞は強い、十代目よりも遥かに。


 垂れ下がる縄梯子の終わりが見えた。

 穴から金銀狐が飛び出すと、だだっ広い和室が顔を出した。日輪の社にある、憩殿の大間のような広い和室は一面畳張りだ。周囲を観察する限り、ここは別荘内部のようだ。あの穴は別荘と蔵を繋げる経路だったのだろう。


 静まり返っている和室は大層不気味であった。畳ばかりの部屋は生活感がなく、両側には壁の代わりに障子が張られている。果てがない。


 そして道があろう前後の襖。美しくも艶めかしい黒百合が描かれたそれは、翔達の訪れと共に後方で音を立てて開く。様子を見る限り奥の部屋にも襖があり、次の部屋にも襖が見える。

 金銀狐が全開された襖に飛び込み、相手の誘導に乗った。それに異議を唱える者はいない。皆がそうするべきだと考え、また追っ手から逃れるためにも進むしかなかった。


 部屋に飛び込む度に襖が開かれる。それは、なんとも歪な光景だった。ある時は上下反対に嵌められた襖が左右に分かれ、ある時は横に嵌められた上下に分かれ、またある時は左右の襖が交差して道を作る。


「なんだ、この空間。ただの別荘じゃねえってか」


 目が回りそうだ。天と地が分からなくなってしまう。


「翔殿、常識にとらわれてはなりませぬ。ここは黒百合の本陣です」


「分かっている。いるんだけど……生きている時間が短いせいかな。どうしても戸惑っちまうんだ」


 連なる壁代わりの障子、果ての見えない畳、意志を宿した襖。


 永遠すら思えた、それの終わりがようやく訪れる。前方に見えた、今までとは違う薄暗い部屋が視界に入ったと思ったら、今まで自分達を招いていた襖達が順々に閉じられていく。

 翔達が部屋に入ると、最後の襖が閉め切られた。振り返ったところで、襖は何事もなかったように静寂を保っている。



「よくぞ参られた、参られたことよ。若き白狐、我等が魂の同胞、このようなところまでご足労頂き誠に光栄、光栄ぞよ」



 静まり返る空間に凛と響き渡る、若い声としゃがれた声。

 急いで一室を見渡す。まだ日が出ているというのに此処は暗い。ただだっ広い和室とは違い、四面の壁と天井、床、すべて板張りで造られた空間だった。各々黒百合を象った印が描かれており、それはどことなく“日月の社”本殿を思わせる造りだ。


 ゆるりと襖の対向側に視線を留める。


 そこも本殿のように祭壇があった。左右の行灯が、ぼんやりと祭壇と祀られている鏡を照らし出す。相違点は黒百合が鏡に添えられるように飾られているところと、得体の知れない骨の山が捧げられているところ、だろうか。


(あの骨は一体……)


 翔の浮かんだ疑問が脳裏を過ぎった時、ふっと苦い記憶が蘇る。

 もみじのような小さな手を伸ばし、自分の助けに嬉しそうな笑みを零していた子供達の表情。冷たくなった体温。半開きになった眼。


「まさか……あの骨は、まさか」


 こほん。零れる咳が空気の悪さを教え、予想が現実味帯びる。次第に翔の縦長の瞳孔が細くなり、怒りを宿し始めた。

 グルル、低い唸り声を上げて尾の毛を逆立てる。


「翔殿。冷静を欠いてはなりませぬ」


 青葉が落ち着くよう促してくるが、どうしても苛立ちが止まらない。



「ほっほ。なんと血の気の多い狐だろうか、狐じゃろうか。いや元はヒトの子と、呼ぶべき、存在か」



 一呼吸置く度に入れ替わる若い声と、しゃがれた声が嘲笑した。姿は見えない。


「くそ。どこだ!」


 一向に見えない姿に出てくるよう喝破すると敵は答えた――最初から自分は此処にいる、と。

 気配のない部屋には、確かに誰もいない。部屋を見渡したところで姿形は見受けられない。なのに、輩は此処にいると答えた。どこに。


「翔。上です」


 いち早く気配を捉えた天馬が天井を見上げた。

 視線を持ち上げると、祭壇の真上に姿形がひとつ。重力に逆らい、その場で正座をしているその輩は、翔と同じ浄衣を纏うも、その色は臙脂で鮮やかなものであった。生き血を彷彿させる見事な色であった。


「元ヒトの子、三尾の妖狐、白狐の南条翔。お初にお目にかかる」


 す、と立ち上がり、輩が宙を返って床に降り立つ。

 向かい合うことで初めて、顔を拝むことが出来たが、輩の素顔は分からない。何故ならば面をかぶっていたからだ。それはそれは歪な面だった。獣を象ったであろう面は、鳥のようで、犬のようで、狐のようで。


 翔は面の表情をなんと言えばいいか分からず、眉を寄せてしまう。

 敢えて挙げるのならば、面は常に変化をしている。それこそ表情のように、一つ目の面となったり、鬼の面となったり、ヒトの形をした翁の面となったり。


 不気味。相手の姿はそれが似つかわしい。妖気は感じられない。


「戸惑いか。ならば、顔を統一しようぞ」


 そう言って狐の面になる、その輩の顔。

 右半分は若き狐を、そして左半分は老いた狐を象徴した面持ちとなり、翔を真っ直ぐ捉えた。それらが両方喋ることにより、若い声としゃがれた声が交わって一つの声となった。


「名を妖御魂(およずれみたま)と申す。様子を見る限り、既に名を存じているようで光栄、まことに光栄なことよ。我等が魂の同胞よ」


 オヨズレミタマ。

 そう名乗る妖はくつり、と喉を鳴らすように笑った。黒百合の総大将、オヨズレミタマとは、この輩を指すらしい。


 青葉に確認の意味を込めて視線を送ると、彼女の総身の毛が逆立っていた。あれほど落ち着けと自分に諭していたというのに、あれが親玉で間違いなさそうだ。


「オヨズレミタマ。そっちも俺のことを知ってくれているようで光栄だよ。お前らの同胞になった記憶は一抹もねぇけど」


 遠回しに同胞と呼ぶな、自分は認めていない、と言葉の端々で棘を巻く。

 ほっほっほ。オヨズレミタマが嫌悪する翔の態度をおかしそうに笑う。


「随分と、忌まわしき赤狐に吹き込まれている様子。何も知らぬ幼い白狐なのだから、それも仕方があるまい。齢十八の妖狐、元ヒトの子よ。しかしながら、其の御魂には確かに我等と同じ色が垣間見える。其方はまごうことなき、黒百合に相応しい妖狐」


 ただ、其の御魂は幼さゆえに非常に未熟。


 黒百合の求める神器となるには、永い年月を要する。そのため御魂は先代の九代目が選ばれた。そう、彼もまた黒百合と同じ色を持つ妖狐なのだから。


 ならば、どうするか。安心して欲しい、“依り代”となった十代目の御魂は生き続ける。このオヨズレミタマの中で永遠に。輩はそう謳い、くつくつとまた一つ笑いを零すと姿を消した。


「どこを探しておられる」


 煙のように行方を晦ませた、その輩は瞬く間にギンコの頭の上に乗ると、浄衣の袖を振って翔の身を落とす。


「い、いつの間に」


 身構える間もなく、翔の身は宙に放られた。


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