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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【第二幕ノ弐】妖祓、対立再び
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<四>願わくは許し合える関係に



 比良利の計らいは以下の通り。

 人の世界で悪行を働く“人間”を絞り込むため、より人の世界に詳しく、妖と繋がりを持つ者に、敢えて此方の怒りと理不尽な計画の内を明かす。

 人間を守護する“妖祓”は当然、それを阻止するべく元凶となる犯人を捜すことだろう。当然妖側も犯人を捜すが、人間側も動くことで内外の炙り出しができるという魂胆だ。

 狡い計画だが、子供達の命と時間の制限が決められている。思うことはあれど、翔は賛同するしかなかった。


 宣告の三日を過ぎると比良利は冷然と次なる実行に出る。

 同胞を蔑ろにしたその怒り。病魔を広め可愛い子供達を苦めた償い。憎むべき犯人を求め、人の世界に牙を向ける。

 例えば夜の無人工事現場を訪れ、骨組みの一部を崩す。蜘蛛の巣のように張り巡らされた電線の流れを変え、人の暮らしを不便にする。闇夜を嫌う人々を其の世界に陥れる。


 間接的に始まった人間への危害。

 翔としては非常に複雑な行為であり、此の世界に住む人間や妖にとっては迷惑極まりない行為ではないかと胸に引っ掛かるものがある。


 だが子供達の命は脆く、高熱に何日も耐えられるほど強い生命力ではない。

 心を鬼にするしかない。頭領は常に鋼鉄の心と、冷静な判断力、そして妖を想わねばならない。


 理屈は分かっていた。分かっていたのだが、どうしても気持ちが消化不良である。人間に対する情があるせいだろうか。躊躇いばかりが出てくる。

 それは対も見抜いており、彼は一頭領として密かに苦悩する翔にこう言い放つ。


「三尾の妖狐、白狐の南条翔よ。お主は子の命を背負った頭領、甘い情により子供達を見捨てるつもりか」


「いえ、見捨てるつもりは念頭にございません。子供は我等の宝でございます」


「ならば、躊躇いの顔は捨てるが良い。それでは、妖の民が不安を抱く」


 北の神主の辛らつな言葉は真摯に受け止めた。

 彼は自分のために叱ってくれている。

 そう、己は“妖”の頭領。先導する“妖”の頭領なのだ。いずれ来ると分かっていた役目とはいえ、実際にやって来ると辛いものだと翔は心中で溜息をついた。


 事は当然“妖祓”を大きく動かした。

 人間に危害を加え始めた妖の猛威に、北の地では既に実力行使で止めに入り始めたそうだ。南の地の“妖祓”もすぐに動くだろう。脳裏に幼馴染の存在が過ぎるが、対峙はどう足掻いても引けない。こんなにも早く妖祓と対峙することになろうとは。

 


 閑話休題。

 南北の緊急時、神主として古今東西と奔走する翔だが、忙しい合間を縫っては自宅に帰宅する。

 十代目南の神主もまた、病人を抱えている身の上。

 己が引き取った妹弟達の様子を見るために家と社を何度も往復している。本当は付きっ切りで看病してやりたいし、子供達もそれを望んでいるだろうが身分上、どうしてもそれが叶わない。


「おばば。ネズ坊達の熱は?」


 浅沓を脱ぎ捨てて部屋に上がると看病しているおばばに容態を尋ね、ティッシュ箱の中にいる子供達の様子を窺う。

 依然高熱を出したままの四匹は、日に日に衰弱しているような気がしてならない。少しでも栄養をつけてもらおうと、果実をすり潰して与えているものの、口にする量が少ない。


「もうちょっとの辛抱だ。兄ちゃんが病魔を祓ってやるからな」


 そっと指の腹で頭を撫でてやると、病人の一人イチ子が目を覚ます。

 両手でその指を持つイチ子は傍にいて欲しいらしい。

 普段は聞き分けの良い七兄弟の最年長だというのに、離れようとすれば嫌々と首を振って指を齧る。親恋しいのだろう。

 力なく頬を崩し、輪郭を優しく撫でてやる。体毛まで熱に魘されているのではないだろうか。小さな体躯は火を宿したように熱帯びていた。


「お前が眠ってやるまで傍にいてやるから。安心しておやすみ」


 つぶらな目が真偽を見極めてくるため、「イチ子は何が食べたい?」病魔と闘っているイチ子のために好きな物を買って来てやると約束を結ぶ。

 何でもいいのかと見上げてくる彼女に、うんっと一つ頷く。

 猫又の通訳者を通し、アイスが食べたいとイチ子。彼女の大好物だ。


「アイスな。イチ子は苺のアイスが好きだったな。買って来てやるよ」


 嬉しそうに尾を振り、イチ子は約束だと鳴いて眠りに就く。完全に眠りに就くまで彼女は決して翔の指を離そうとはしなかった。

 代わってやれるものなら代わってやりたい。他の兄弟達に目を配り、嘆息する。どの子も熱で苦しみ、辛そうに呼吸をしている。


「おばば。少し休めよ。青葉とギンコが薬草を持って来るまで、俺が看病を受け持つから」


 ほぼ不眠不休で看病をしている猫婆に声を掛ければ、冗談じゃないと返事された。

 孫達が仕事をしているのに、のらりくらり休めないと猫又は唸る。


『この子達もわたしの孫。ひと時も目を放さないさ。お前さんこそお休み。疲労の色が見えているよ。わたしの前では神主として振る舞わなくていい』


「おばば……ありがとう。じゃあ、お茶でも淹れるよ。お互いに一服しよう」


 台所に立った翔は、下三匹を思い出して一室を見渡す。

 彼等は部屋の隅で絵本を眺めている。三匹の周りは見事に草の輪なげや木の実のボールで散らかっていた。注意をすると拗ねたように鳴かれ、尾っぽを向けられてしまう。姉兄の心配もせず、こんな時に我儘な態度を振る舞われても。

 些少の苛立ちを抱くものの、彼等の後姿を観察していた翔は考えを思い改める。コンロにヤカンを置き、三匹の下へ。


 しゃがんで五吉、六吉、末助の名を呼ぶ。

 ぶすくれている幼子に苦笑し、「お前達にも我慢させているな」ごめんと謝罪する。


 本当はテレビを観たいだろうに彼等は我慢している。病魔のせいで外に出してもらえない。大人は病人に付きっ切り。自分達は放置されている。

 それは寂しい、とても寂しい、自分達だって構ってもらいたい。けれど姉兄達のために我慢している。幼子ながら気を遣ってくれているのだ。

 なのに注意されてしまえば、拗ねてしまうのも当然のこと。現状をすべて分かれ、病人に気遣えなど、それは大人のエゴだ。


「お前達に構ってやれなくてごめん。怒った兄ちゃんが悪かったよ」


 まだ背を向けている三匹にごめんなさいすると、堰切ったようにワッと末助が泣き始める。我慢と心配と寂しさが一気に爆ぜたのだろう。

 駆け寄って来たと思ったら翔の足を尾で叩きながら、両手を挙げて抱っこをねだってくる。

 伝線したように五吉、六吉も泣くわ叩くわ抱っこをねだるわ。翔は三匹を抱っこして、ごめんごめんとあやかす。


 コンロの火を止めるため、尾でつまみを回し、トイレに入って子供達を泣き止ませる。甘えたい気持ちが爆発してしまったのだろう。

 落ち着いても三匹はしっかりと浄衣を握って放さない。


 翔は眉を下げた。

 “人災風魔”が病人も、健全な妖の心も蝕んでいく。この子達のように南北の地にいる妖達の心も蝕まれているのだろう。

 早く解決させなければ皆の心が病んでいく。迷っている暇など、一秒もない。


「ん?」


 浄衣の帯に挟んでいるスマートフォンが振動した。

 子供達を抱いたまま、機器を取り出す。ディスプレイに表示された名前に瞠目してしまった。

 LINEアプリの無料電話より『和泉朔夜』

 蓋をされている便座の上に腰掛けると、個室に鍵を掛けて携帯を持ち上げて耳に当てる。


『ショウ。出てくれないかと思ったよ』


 相手は遠回しに早く出ろと催促してくる。

 単刀直入に出ようか迷ったのだと告げ、用件を聞く。現実問題、今の自分達は連絡を取り合って良い関係でない。

 能天気に笑声を漏らす朔夜は、『嫌になるね』まさかこんなに早く対峙するとは思いもしなかったと吐露。避けたかった現実だと続けた。


『取り敢えず、君に現状報告をしておこうと思ってね。“霊気”を持つ例の人間に数人目星がついた』


「なんだって?」



『書物を調べた結果、君達が“人災風魔”と呼ぶ術は霊媒師の禁術の一つじゃないかと検討をしている。霊媒師には系統があってね。僕達のように妖を祓う者もいれば、霊を祓う者もいるし、霊を慰める者や交信する者もいる。勿論、系統が違えば使用する術も違う。ただし総称は霊媒師だ』



 視えないものが視え、何らかの形で霊力を振るい、人間の安全を守っている。

 それらを総称して“霊媒師”と呼び、“妖祓”もそれに入ると語る朔夜は三つ、“霊媒師”の中で使用してはならない術があるのだと翔に説明した。


 一つ、霊魂・魔物の一方的下僕化。視えないものと契約をしたいのならば、相手の合意の下で契約しなければならない。


 二つ、霊魂・魔物の生態や自然の理を覆す。如何なる理由があろうと、無暗に生命を脅かしこと、未練の霊魂を消滅することは道理に反する。


 三つ、死者の蘇生。輪廻転生の下、死者と交信する以外の目的で生死のいたずらは閻魔の業火に焼かれるであろう。


『“人災風魔”は二つ目に当てはまる。術で病魔を散らばめるの赦されざる行為なんだ。その昔、此の地で病魔を広めた輩はきっと利己的な愚者だとじいさまは睨んだ。聞くにショウ、流行った時代を教えてくれないか』


「比良利さんの話によると元禄、江戸時代だ」


『一致だ。“風上滅却”と呼ばれる術を使った僧侶のせいで、妖と七十七夜、戦をしたと記した書物が出てきたんだ。禁術は素人が使用できる術じゃない。その僧侶の血統を持つ者達の誰かが犯人じゃないかと目論んでいる』


 なるほど、だから数人の目星、なのか。

 その僧侶の血を引く者達は此の地に住んでいるのか。問いかけると、北の地に住居を置いていると朔夜。住所も知っているが、さすがにそこまでは教えられないと彼は翔の要求を読んで断りを入れておく。

 不満を抱きつつ、腕にいる子供達をあやす。ネズ坊達はまだスンスン鳴いている。


「一刻も早く解決しなきゃなんねぇんだ。俺の妹弟達が高熱を出して倒れて苦しんでいるんだよ」


『心中お察しするよ。だけどね、知れば君達は一家の首を狩るだろう? 妖は同胞に慈悲深い一方、敵に情けは掛けない。だから言えないんだ。人間生まれの人間育ち、種族転換した君はきっと苦しむ。僕のように』


 親友が人間に天誅を下す姿を見たくないのだと朔夜。

 声を萎ませる彼の名をそっと呼べば、『笑って欲しいんだけどさ』幾分声のトーンを明るくした朔夜が妖を祓うことが怖いと打ち明かした。

 妖祓が、妖祓長を目指す男が、妖を祓うことに怖気づいているのだ。とんだ笑い種だと相手は微苦笑を零す。


『でも本音だ。僕は妖を祓って良いのか迷っている。君が僕の仕事を目にすれば、怨むべき光景だろう。妖祓はそういう職だ。ショウは僕をいずれ許せなくなる』


「朔夜……」


『反対に僕もショウが許せなくなるんじゃないだろうか。人間に天誅を下す君の姿を目にして、果たして本当に心の底から許すことができるのか。それが怖くてね』


 言われて気付く、一抹の恐怖。

 自分達の起こしている“妖の世界”では善行だが、“人の世界”では悪行なのだ。それを目にした人間の幼馴染は気分が良いとは言い難いだろう。

 頭領なのだからしょうがないと言い聞かせているし、苦しんでいるネズ坊達を目にすると小さき命を守りたい気持ちが強い。

 だけど、自分は十七年間、人間として此の地で育ってきた。幼馴染達と育ってきたのだ。


『飛鳥は今回の一件にあんまり関与していない。僕の勧めで予備校を優先させている。僕と違ってこの道に進むかどうか、まだ迷っている節があるからね』


「そうか」


『許し合える関係。僕と君が目指す理想は天よりも高いね。だって目指す者達が“許し合える”かどうかも分からないんだから』


 会話が途切れる。

 間を置き、翔は今の気持ちを伝えた。


「それでも俺はお前達のことが嫌いになれないや。お前と飛鳥は妖を救ってくれた。俺を助けてくれたんだからさ。対峙しても、お前達のことは今も大好きだ。俺はお前達と人間の俺より、良好な関係が築けると信じているよ」


『まったく、恥ずかしい奴だね。聞いている僕が照れるんだけど』


「悪い。俺に惚れたか?」


『だったら僕は自分の趣味を疑うよ』


 いつもの悪ノリを交わした後、朔夜は約束してくれる。

 これからも此方で与えられる、ぎりぎりの情報は翔に提供する。病魔の根源は必ず絶つ、と。

 種族は違えど、平和と共存を祈る心は同じなのだ。提供して損は出ないだろう。自信を取り戻した彼は断言した。


『頭領と妖祓長。それ以前に僕等は幼馴染、だからこそ水面下でやり取りできることもあると思わないかい? 互いの理想のためにさ』


「お前は幼馴染として、俺に連絡してきてくれたんだな」


『ショウ。君は全力で頭領の仕事を真っ当してくれ。僕も仕事を全力で真っ当する。君が人間を傷付ける日が来るのなら、僕は君を全力で止めよう。その代わり』


 謂わずも分かっている。

 自分に止めて欲しいのだろう。翔は承諾した。双方、止められなかったとしても恨みっこなしだと付け加える。

 それが許し合える関係の一歩ならば、理想のためにやっていくしかない。


「俺は南の地の頭領。妖を守るべき神主だ。もう人間の味方にはなれない。それでも、お前達の味方になることはできる。そう信じている。お前が俺の味方をしてくれているようにさ」


『ショウ。僕は必ず妖祓長になる。待っててよ。こういった問題も脅し合いでなく、話し合いで解決できるように努力するよ。今は水面下で、話し合いになるだろうけどね』


 待っている、いつまでも待っている。

 自分と同じ理想を抱き、妖を祓うことに怖じながらも、真剣に妖と向き合ってくれている。

 そんな親友のことを、誰が嫌うことができるのだろうか。


「こっちからも提供できる情報は出す。とはいえ今のところ、情報皆無で街をあっちこっち荒している程度。俺達は焦燥感を抱いている。子供達の体力に限界を感じているんだ」


『一件は人間に責任がある。人間を守る僕等が率先して動くよ。そろそろ切る。ショウ、君も気を付けて。“風上滅却”は未完成であり、今のところ幼子にしか効かない』


「未完成?」


『ああ。真の“風上滅却”は万事の妖に効くとされているんだ』


 朔夜と会話を交わし、翔は電話を切る。

 立ち上がってスマホを帯に挟むと、しがみついている子供達の背を撫でてやる。

 三匹が手を伸ばしてきたため、手の平に子供達を乗せて顔を近づける。頬にすり寄って甘える彼等に頬を崩した。


「五吉、六吉、末助。お前達も姉兄達も兄ちゃんが守ってやる。守ってやるからな」





 青葉とギンコが帰宅する。

 未だに子供達を抱っこしていた翔は、そのままの状態でおばばと茶を啜り、一息をついていた。

 巫女は明るい表情で笊一杯の薬草を抱えながら、翔に朗報だと早口で喋る。


「一聴殿より病魔の緩和が見込めそうなのです」


「ほ、ほんとか!」


「ええ。一聴殿から薫物(たきもの)を頂戴しております」


 薫物とは香を焚いて、その匂いを楽しむものである。

 患者に薬を呑ませたり、体内に投与するのではなく、薫物を使用をするとは。目を丸くする翔はつい、それで効くのかと青葉に尋ねた。


「この薫物には鬼火草と呼ばれる劇薬が練り込まれています。急激に妖気を高めるもので、主に半妖を成熟させたい時に使用する薬草です。これを薫物にし火を点けて成分を嗅がせることで、子供達の妖気を高め、体内の“霊気”を薄めようと一聴殿はお考えになりました」


「でも劇薬なんだろう? 病魔の子供達に悪影響なんじゃ」


「勿論、呑めばたちまち妖気を上げるので、子供達への負担は大きいです。だから一聴殿は鬼火草を気体にし、病人に与えようとお考えになったのです。薫物にすることで鬼火草の効力を制限しつつ、病人の妖気を適量まで高めようという魂胆のようです」


 物は試しだ。やってみなければ、効力も分からない。

 皿の上に薫物を置くと、それに火を点けて部屋の中央に置く。

 間もなく匂いが充満し、健全な妖達は顔を顰めた。皆、鼻が利く獣の化け物であるため、匂いには敏感なのだ。

 思わず衣服の袖口で鼻を覆い、涙目になる。


「すげぇ匂いだな。単に薬臭いだけならまだしも、雨の日の強い湿気た匂いが混じっているんだけど。カビ臭いっつーの? 青葉、これを嗅いで健全な妖に影響は?」


「嗅いでも体温が上がる程度、だそうです。如いて言えば、血行が良くなるそうですよ」


「俺、冷え性だから冬場は使えるな。うへぇ、まーじひでぇ。くせぇ」


 けれども効果はあったようだ。

 暫く病人達の様子を見ていたのだが、忙しなく呼吸を繰り返していたネズ坊達の息遣いが大人しくなる。楽に呼吸をしているようだ。

 依然高熱はあるものの、呼吸が楽になるだけでも負担は大幅に減るだろう。聴診器付喪神の薫物作戦は成功だ。


「効力は一度につき約四時間。これを南北の妖に配布すれば、気休め程度でも安心を与えられるでしょう。翔殿、薫物に鬼火草を練り込むので手伝って下さい。私が持ってきた薬草はすべて鬼火草なので」


「比良利さん達には」


「当然、お伝えしています。医師も総出でお作り頂いていることでしょう。今宵は薫物に専念し、明日の暮夜に配布ということで宜しいですか?」


 異論はない。

 ネズ坊達の呼吸が楽になっていく姿を目にしたのだ。他の幼子や、妊婦、生まれる寸前の子供達にも使用してもらいたい。


 時間短縮のため、共同作業。

 鬼火草を柔らかくするためにビニールに入れ、よく足で揉む作業をギンコ。洗って湯がく作業を青葉。そして薫物と一緒に擂鉢で擂り練る作業を翔が受け持つ。

 強烈な匂いと闘いながら作り上げた薫物は、全部で五十余り。

 比良利達や一聴達と合わせると三百ほどの数ができた。これならば今しばらくは子供達の命も繋ぎ止めることができるだろう。


 無事に配布することができ、胸を撫で下ろす思いで一杯だが、ぼやぼやとしていられない。


 翔は幼馴染から頂戴した情報を皆に報告し、情報を共有し合う。

 憎むべき妖祓の情報だが、連絡をしてきた相手が“鬼門の祠”で一躍買った少年だと知っているためか、情報源については咎められることはなかった。

 いや、寧ろ比良利はこれすら計算高く狙っていた。情報を耳にした際、薄ら笑いを浮かべたのだから。

 彼は幼馴染が親しい仲の南の神主に連絡を寄越すだろうと、はっきり想定を立てていたのだ。


 自分の行動すら計略に入れられていたと思うと、なんとも言えない気分だが、頭領はそこまでしなければ務まらないのだろう。

 ここは素直に凄いと感心しておくことにする。


 その策士のこと北の神主はすぐに支度をするよう皆の者に告げた。

 赤狐は狙っていたのだ。妖祓が犯人に目星をつける機を。

 彼は予測を立てた。妖祓は既に犯人を割り出している頃。目的の一点に集い、妖より先に犯人を捕らえようと躍起になっているかもしれない。

 だが此方は横取りしてでも、必ずや犯人の首を狩る。北の神主は厳かに宣言した。


「妖祓は人間を守護するかもしれぬ。しかしながら、我等の同胞に手を掛けた以上、どのような輩であれ命を持って償わせようぞ」


 同胞の命を脅かした、その時点で極悪非道人に変わりはない。



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