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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【第二幕ノ弐】妖祓、対立再び
115/158

<三>人災風魔

 ※ ※



 “日輪の社”本殿より、日月神集にて。


 日月の双子と称される南北の社が執り行う集会を儀を日月神集と呼ぶ。

 それは祭祀や大祓(おおはらえ)、緊急時などに皆が集う儀。まさしく今、南北は非常事態に見舞われていた。


 総責任者である第四代目北の神主、六尾の妖狐、赤狐の比良利と就任を迎えたての第十代目南の神主、三尾の妖狐、白狐の南条翔は祭壇を中心に突合せに鎮座し、両隣神使と巫女を従える。

 緊急時とはいえ立派な儀であるため、瞼に薄紅を塗り、烏帽子をかぶって笏を持つ。

 正装姿の双方は互いに楽坐の姿勢ながら、貼り付かせる緊迫は拭えずにいた。


 さても百年ぶりに日月の頭領が揃った矢先、此度に起きた南北の危機。安寧秩序を望む妖達にはぬか喜びを与えてしまっていることだろう。

 不安の芽は一刻も早く摘む。それが南北を統べる我等の務めである。


「比良利殿。事は深刻、南北に疫病が広まりつつあります。被害は子ばかり。病状は高熱に留まりますが、一聴殿の見解により、最悪死に至らしめることもあるやもしれません。誕生前の妖に至っては何かしら後遺症を患う可能性も」


 先に口を開いたのは翔だった。

 こみ上げてくる不安により相手が切り出す間も窺わず、比良利にこう意見する。不安が募れば募るほど口は動くようだ。

 続けざま、既存の薬を投与しても子供達の病状は依然変わらないままであることを伝え、早急に手を打たねばならないと苦言する。

 比良利は同調した。同じことを思っていたようで、彼は担当する医師の数を増やすと案を出す。


 けれど問題視するところは、それだけに留まらず。


「病人から“瘴気”と“霊気”の二つが検出されておる。自然の病魔ではあり得ぬ話。特に後者が子の体内に宿っているなど、不自然極まりない」


 我等妖に瘴気は宿れど、霊気は宿らない。

 流れる妖気が抗体として作用し、霊気を霧散させる。妖にとって霊気は有害な気なのだ。

 しかしながら抗体の弱い子には、大量の霊気を始末できるほどの力はない。瘴気を体内に宿してしまえば、正常に作用していた免疫力も低下してしまうであろう。


「歴史を紐解くと、過去に似た事例があった。元禄七年、南北の地で妖の子を中心に疫病が流行り、多くの子が命を落としたそうじゃ。当時の日月頭領が原因を突き止めた結果、数減らし目的の作為的な疫病だったという」


「数減らし目的、でございますか」


「左様。まだ人と交流があった時代、怪異の力に恐れを抱いたある大名が一人の僧侶を雇い、妖の数を減らすよう命じた。賢い僧侶は己の手を煩わすことなく、自然に数が減るよう風に病の種を植え、南北の地に撒いたという。疫病は“人災風魔”と命名されたそうじゃ」


 とどのつまり、此度の疫病は“人災風魔”であり、それは何者かによって広められた。容疑は限りなく“霊気”を宿す人間によるものと考えられる。

 推理を述べる語り手が殺気立った。


「“人災風魔”は僧侶の術による疫病。その術師の首を狩ることで、病は幕を引いた。事を知り、怒りを露わにした日月頭領は多くの妖を従え、七十七夜も人間と戦を交えたそうじゃ」


「では、この疫病も“人災風魔”なのでございましょうか」


「“人災風魔”と同じ疫病とは言えぬじゃろうが、類似していることは確かであろう」


 この場合“瘴気”を“霊気”の持つ人間が悪用し、病を流行らせていると考えるのが自然だと比良利。

 ならば我々は一刻も早く術師の首を狩る必要があると冷然に告げた。

 態度にこそ出さないものの、翔は対の表情に怖じ気を抱く。糸目の眼差しの奥に宿る怒りを感じ取ってしまったのだ。


「報告により、北の地だけでも被害は七十を超える。南の地は如何であろう」


 翔の代わりに、左隣で控えていた青葉が一礼して現状を述べる。


「南の地は北の地に比べますと、やや少なく三十ほどにございます。となりますと疫病は北の地から流行り、南の地に広まったと推測ができまする」


 話に金狐のツネキが割って入る。

 何やら疑問を抱いたようで、比良利に向かって訝しげに鳴く。神妙に頷く彼は翔にも分かるように金狐の代弁を務めた。


「ネズ坊の一件じゃが、下三匹は依然感染しておらぬ。それは不可解極まりない。社殿に隠れていたとは言え、些少ならず外界にはいた筈じゃ。花摘みの時間を考えれば感染してもおかしくない」


 するとギンコがそれについて己の意見を述べる。代弁は紀緒が務めてくれた。


「もしこの疫病が真に“人災風魔”だとするのならば、被害者は病が植えられた風を吸って発症したと考えられます。しかしながら、その風の効力は一時的だとしたら、輩は風の病を撒きながら、移動をしているのではないかと」


 三匹が社殿に隠れている間、輩が病の風を撒き、他のネズ坊達が吸って発症した。これならば説明がつくだろう。


「これは厄介です」


 紀緒は毅然と背筋を伸ばす。

 どこの馬の骨とも分からない人間が病の種を撒く。それを捜すだけでも苦労するというのに、相手が常に移動しているとなれば時間を要する。感染した子供達の体を思えば時間は掛けられない。命の砂時計は既に落ちている。

 比良利が分かっていると冷静に返事すると、瞼を下ろして笏を手の平に叩きつける。


「“霊気”を宿す人間など此の地にごまんといよう。ならば、炙り出そう。どのような手を使ってでも。我等は同胞の命を危機に曝す“南北の人間”を討つ」


「比良利殿、無暗に人間を討っては溝を作るだけです。無害な人間を討つことにより、今度は無害な同胞が討たれることでしょう」


 すかさず翔が反論を口にする。

 人に情を掛けていることは否定できないが、これは人の味方をしているわけではない。過程の行動によって、より妖達に不幸をするであろう行為に賛成できないのだ。

 「無論承知」冷然と返す対は、無暗に人間を狙うわけではないと翔を見据えた。額に二つ巴を浮かべる。


「狙うはあくまで“霊気”を宿す人間。少なからず、これは“人間”が下す悪行。決して見過ごすことはせぬ。炙り出しは内外両方、此の責は“人間”に取ってもらおうぞよ」


 北の神主の腹の底に策略があるのだろう。

 決定は覆さない、凛とした声音で言い放つ。有無言えず、翔は一同と共に頭を下げるしかなかった。





 その晩、翔は比良利と人の住む夜空を和傘で飛んでいた。目指すは標的と定めた人間の家。交渉をするためだ。

 途中、予備校の帰りであろう幼馴染がバスの停留場から降りているのが見えた。

 これから“妖祓”の家業を手伝うのだろうか、バス停で彼女を待っているもう一人の幼馴染がベンチから下りている。


 二つの巨大な妖気に気付かない彼等ではない。慌てたように停留場から出て、天を仰いでくる。南北の頭領に固唾を呑んでいた。


 好都合である。

 翔と比良利はゆっくりと降下して停留場の屋根に着地する。

 察しの良い若き妖祓達は何かしらの異常を感じたのだろう。法具を取り出してくる。良い判断だ。南北の頭領が揃って人の世界に現れるなど、そうはないことなのだから。


「もしかして茶会のお誘いかい? だったら、喜んで受けるよ。頭領二人とお茶ができるなんて光栄だからね」


 冗談を口にする朔夜に、「そうだったら楽なんだけどな」翔は溜息をついた後、真顔に戻って今すぐ妖祓長と連絡を取って欲しいと申し出た。

 譲れない火急の用事がある。相見の申し出をしに訪れた旨を伝える。


「こう伝えれば、今すぐにでも我等に会ってくれるのではなかろうか。“相見に応じてくれなければ、南北の地にいる人間を討つ”と」


 悪意に満ち溢れた比良利の脅しは効果てき面だった。

 幼馴染達の連絡によって、とんとん拍子に相見の準備が進められ、翔は比良利と和泉家の居間で妖祓長を待つことが許された。

 妖祓の家に妖の頭領が居座る、など非常に可笑しな光景である。此処には彼等独自の結界が張っているのだが、通される際に解いてくれた。


 約一年ぶりに訪れた和泉家に緊張を抱きつつ、翔は短脚テーブルに置かれた茶菓子と比良利を見比べた。

 彼は平然とした顔で大福に手を伸ばし、茶を啜っていた。図太い性格である。

 脅しを紡いだその口で、妖祓の用意した茶菓子を頬張れるのは胆が据わっているせいだろうか。それとも生きた時間が違うせいだろうか。

 対向席では硬い表情を作った和泉家と楢崎家の者達がいるというのに。


「翔よ。この部屋には火が焚いておらぬが、何ゆえに明るいのじゃ。ほお、あれはなんじゃ。人が箱に詰められておるぞよ。なのに自由自在に動くとは、どのようなカラクリじゃ」


 挙句の果てに、人の住まいに興味を持つ始末。緊張の欠片もない。


「比良利殿、少しは遠慮されたら如何でしょうか。此処は妖祓の家屋ですよ」


「余裕がなくては話し合いも務まらぬよ」


 やんわり諌めるが赤狐は聞く耳を持たない。

 あっという間に用意されていた茶菓子を食べてしまう比良利に見かね、朔夜の母がプリンも出しましょうか、などと声を掛けてくる。


 “お構いなく”と“頂く”の言葉が重なり、彼女は後者を取ってわざわざプリンを取りに行ってくれる。古い付き合いゆえ、申し訳なさすぎる。

 また思いの外、比良利はプリンが気に入ったようだ。六尾が揺れている。大きく揺れている。特にカラメル部分がお気に召したようで、黒蜜の量が足りないとぼやいている。



「夜分遅くにも関わらず、老体を馬車馬のように働かせるとは、傍若無人にも程がある。南北の神主よ」



 比良利がプリンを食べ終えた頃、双方の妖祓長が現る。

 わざわざタクシーを飛ばして此処までやって来たらしい。

 寛いでいる妖狐二匹に和泉家長、和泉月彦が嫌味を投げてくる。同調する楢崎家、楢崎紅緒と共に腰を下ろした。

 彼等が座ったところで翔と比良利は一歩分、身を引いて深々と一礼。上体を起こして非礼について詫びを口にした。

 しかし建前の挨拶は一切不要だと紅緒、南北の神主が揃うなど好からぬ事態なのだろうと眼光を鋭くする。


「用件をお聞き致しましょう。北の神主、六尾の妖狐、赤狐の比良利。南の神主、三尾の妖狐、白狐の南条翔。その旨によって謝罪は受け入れるとします」


 意味を返せば、内容によっては別の行動に出るやもしれないということだ。

 端々に含まれる嫌味と、此方の心情を見透かそうとする人間の目。一方、比良利は細い笑みを浮かべて、狡賢に視線を流している。

 既に腹の読みあいは始まっているのだ。

 翔は比良利と来て良かったと心底思う。一人で此の地の妖祓長と交渉するには経験が浅過ぎる。


「和泉妖祓長。楢崎妖祓長。思い当たる節は、既に其の御心にあるのではなかろうか」


「あるとすれば、お前等の脅しだろうか。急な呼び出しが胸の大半を占めている」


 笑みを深める比良利と、表情ひとつ変えない月彦。

 双方、統べる頭領として、家長として互いを読みあおうとしている。

 そのため翔は下手に口を割らないことを努めた。自分が出てしまえば、揚げ足取りの標的になるだろう。


「質問を変えましょう。あなた方は“南北の地にいる人間を討ち”に来たのでしょうか」


 くつり、赤き狐が喉を鳴らすように笑う。

 肯定もしなければ、否定もしない、曖昧な態度を紅緒は逃さなかった。


「理由をお聞きしましょう。妖もそこまで愚かではない、人に危害を与える場合はそれ相応の原因があります。尤も、愚かになってしまったのでしたら話は別ですが」


「ならば人間は愚かと称すべき生き物よ。“妖”の我等と交流があった時代すら、人間は忘れてしまっている。そして此度、人間は我等を亡き者にしようとする。ゆえに我等は現れた」


 徐々に比良利の周囲に殺伐とした空気が取り巻く。

 居間に沈黙が訪れ、それは怒りと変貌し、やがて落ち着きを取り戻すように殺意へと変わる。

 身に覚えがないのだろう。相手方の反応は薄い。


「“人災風魔”を妖祓は知っておろうか」


「できることならば、説明をお願いしたい」


 此処でようやく翔が口を開く。


「簡潔に申し上げますと、人為的に生み出された疫病にございます。その昔、霊媒師が疫病の術を風に乗せ、病魔を撒きました。そのせいで多くの妖の幼子が命を落としたのです。“人災風魔”は霊媒師が成せる技と我々は見解しています」


「かつて“人災風魔”は妖の数減らしを目的とされた。被害は深刻、多くの可愛い子供達が高熱に魘されておる。体から毒であろう、“霊気”と“瘴気”の二つが検出された」


「疫病は南北に広まっております。しかしながら犯人は“霊気”を持つ人間だということしか、分かっておらず」


「“妖祓”もまた、“霊気”を持つ人間。だから我々はお主等を訪れた」


 ジーっ、居間の室内灯の微音が鼓膜を振動する。

 比良利の妖気が昂り始めた。倣って翔も妖気を高める。それによって室内灯が明滅。テレビは点いたり消えたりし、CDコンポからは入れっぱなしだったのだろう、クラシック音楽が流れた。

 目の前の怪奇現象におくびも出さず、妖祓長達は一つ頷いた。


「疑いを掛けられて当然の身分であろう。我々は妖を祓う者なのだから」


「しかしながら、妖の数を減らすような暴挙をするつもりはまったくありません」


「あくまで我々は人間に危害を加える妖を祓う者。罪なき命を貶めるような真似はしない。それをする職ならば、即看板を下ろしている」


「信用しろという証拠はございませんが、此方がしたという証拠もございません。その検出された“瘴気”と“霊気”をお持ちでしょうか」


 待ち望んでいた言葉である。

 翔は用意していた小瓶を短脚テーブルの上に置く。中には妖の子供の血が入っている。

 紅緒が受け取り、まじまじと容器を見つめる。

 「貰っても?」「構わぬ」淡々と会話を交わし、小瓶の所有主が移る。


「犯人が見つからない場合、あなた方は片っ端から“霊気”を持つ人間を討つのですね」


「子は宝じゃ。人間の世界でもそうであろう? 若い芽は大切にしていきたい。ただでさえ、この百年は“瘴気”により南北妖の人口が減っておる」


 遠回しに討つと比良利は意向を見せた。

 標的は“霊気”を持つ南北の人間、刻は急を要する。


「聞くに妖祓長よ、“霊気”と“瘴気”の二つを術として扱えるほどの人間が他におらぬのか? 返答によっては考えを改めよう。一刻の猶予もない」


「此処で情報が得られない場合は、妖祓と戦でも交えようとでもいうのか?」


「今宵はわしと翔の頭領のみ。他の者達を置いてここを訪れた意味を察して頂きたい」


「なるほど、な。質問の返答だが、その者が余所者である可能性もある。また、妖と人の世界の秩序を崩すような愚者は“外れ者”かもしれん。一つ気掛かりがあるといえば、体内から検出されたこの“瘴気”が何処で入手したか、だ」


 “霊気”は人間の持つ気である。術によって患者の体に宿ったという点にも納得すると月彦。

 だが“瘴気”は人間の宿す気ではない。“瘴気”を生み出したとは考えにくい。何処から採って術と混ぜたものだ。


「鬼門の祠から採られた可能性は?」


「その線については我等も考えた。実際、鬼門の祠に足を運び、結界に穴があるか確認を取ったところ欠損は見当たらなかった」


「病魔を流行らせるほどの量なのです。“瘴気”に満ち溢れていた去年以前から、それを採って蓄積させていた可能性がございますね。どちらにしろ下賤な輩には間違いございません」


 そして目前の妖も下賤だと紅緒は吐息をつく。妖祓が動かざるを得ない環境を作り上げるのだから。

 “妖”が“人間を討つ”と分かれば、嫌でも此方は動かなければならない宿命。


「赤狐の悪知恵でございますね。大したものです」


「術策と申してもらおう」


 クツクツと笑声を漏らす比良利は三日は大人しくしておくと宣告する。

 それ以上は約束できないと伝えた後、犯人の身柄は此方が引き取る。仮に妖祓が犯人を見つけたとしても、その身柄は妖が奪うと言葉を付け足した。


「人間の悪行を我等は断じて見過ごさぬ。この償いは必ず受けてもらおうぞ」


「拒否する、そう言ったらどうするつもりだ」


「賢くなろうぞ妖祓よ。悪行を犯す人間を庇って何になる」


 警告と予告、そして小粒の真珠を置き土産に赤狐が立ち上がる。

 妖の世界では大して価値のないものが、人の世界では価値があると比良利は知っている。突然の呼び出しと御馳走になった礼は、きっちり済ませておくつもりのようだ。



 師の和傘と己の和傘を持って翔も立ち上がり、人間達に一礼して彼の後を追う。

 浅沓を突っ掛けて玄関扉を潜ったところで呼び止められた。振り返れば、エプロンを掛けた朔夜の母が前触れもなしに抱擁してくる。

 驚いて全身の毛を立たせる翔を気にも留めず、彼女は両手で頬を包んできた。


「ちょっと見ない間に、立派な神主になったのね。貴方の両親が見たら、泣いて喜ぶ姿だわ」


「おばちゃん」


「でもね、あんまり無理しないのよ。ご飯はしっかり食べること。元気でね」


 久しく顔を合わせた親友の母は簡潔に言葉を贈り、エプロンのポケットからそっと翔に物を手渡す。 

 多くの言葉は贈らない、それは相手の気遣いなのだろう。


「北の神主、翔くんをお願いしますね」


 己の背を押す朔夜の母が、向こうで待つ比良利を見つめる。


「この子は幼少から息子達と同じように可愛がっていた子。頭領になる道を選んだのはこの子自身でしょうが、私達にとっては息子同然の子。何かあれば、親に代わってそのお命頂戴致します」


「承知した、胸に刻んでおこう」


 和傘を受け取った比良利が、それを一振りする。

 螺旋状に渦巻く風に乗るため、傘を開いて飛躍。

 玄関から出てくる妖祓達が見る見る小粒となるの目にしながら、翔は比良利と北の方角に夜空を翔る。向かうは北の地、其の地で妖を祓う者達と同じように交渉をしなければならない。


 そっと手中に収まっている物に目を落とした。

 変哲もない円状のアルミ缶。蓋を回せば、ペースト状となっている緑色(りょくしょく)の塊。嗅いでみると強いヨモギの香りがした。塗り薬のようだ。


()き人間もいる一方、悪しき人間もいる。我等、妖の世界とてそれは同じ。ただ優先すべき世界が、守るべき民が我等にはある。それだけのことよ」


 アルミ缶に蓋をし、翔は先にいる比良利と肩を並べる。

 北の神主は憂いを抱く己を見透かしているのだろう。慰めの言葉を掛けてくれる対に大丈夫だと綻ぶと、彼は母親とは強いものだと苦笑した。


「流石に、怒りを宿した母親の目には畏怖を感じるものよ。母性愛は神主の腕を持っても敵わぬ」


「比良利さんの母さんも、そんな感じだった?」


「はて、二百も前のことじゃからのう。怒れる母に対しては怯えておった気もするが」


「なら、俺の母さんと変わらないや」


 何処の世界も母は偉大な存在のようだ。



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