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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【第二幕ノ弐】妖祓、対立再び
112/158

<間>目は口ほどに物を言う


 ※




「なに、十代目さまが武術のできる達人をお探しだと」



 彼、名張天馬は跪座の姿勢で名張家当主に事を報告していた。

 「真のことか」念押しで尋ねてくる当主であり父でもある名張(なばり) 天五郎(てんごろう)に深く頷き、既に此方から送る達人を吟味して頂くよう願い申し出ている旨も伝えている。


 同大学の同学科だと知り、一族汚名返上のために慣れない接触を繰り返してきたが、ようやく機会を手にした。

 十代目の武術を育てたのが名張家だと知れば、南の地の妖達もこの家が犯した罪を流してくれるだろう。一族が犯した過去を清算するためにも、決して逃してはならない機会だと天馬は思ったのだ。

 彼は当主に頭を下げる。是非、その役割を自分にさせてもらえないかと。


 若過ぎるのは百も承知、未熟であることも自覚している。

 しかし、若過ぎる十代目には手ごろな相手なのではないかと目論みを立てている。

 二ヶ月余り十代目と接して、何となく彼の性格は把握している。

 彗星の如く現れ、瘴気から妖達を守った南の地の英雄と称されている彼だが、その実態は“ただの少年”に過ぎない。敬意を払わないわけではないが、当主が赴くほどでないと天馬は考えている。

 率直に意見を伝えると、天五郎の表情が険しくなる。


「果たして、十代目さまの師範がお前に務まるだろうか。これはお前の力量の問題だけでない。名張家の看板も背負うことになる」


「承知しております」


「ならば、まず十代目さまを見下す心は捨てよ。お前と同い年とはいえ、相手は頭領。神に選ばれし妖。其の心は糸も容易く見破られるだろう」


 見下しているつもりはない、そう返事するが当主は眉を寄せたままだ。

 「目は口ほどに物を言う」お前の目は正直だと天五郎。もう見破られているかもしれない。それほど正直な目をしていると吐息をついた。

 無表情ながらも、心中では不貞腐れてしまう。父に己の何が分かるのだろうか。自分は一族のため、もとい己のために汚名返上に努めようとしているのに。


「神に仕えるお方の師になる。それはお前自身、相当なプレッシャーを負うことになる。分かっているのか?」


 首肯する。

 途中で逃げ出すことは許されないと天五郎は釘を刺したが、それにも首肯した。すべて理解した上で申し出ている。

 天五郎は気乗りしない表情で思案に耽っていたが、次代当主の修行になるだろうと零し、天馬の申し出を受け入れた。

 再三再四、一族の名を背負っていることを忘れないようにしろ、と命じてくる当主は結果次第では自分も挨拶に参ると天馬に伝えた。


「まずは吟味して頂きなさい。相見の段階で、落とされては話にもならん。もしお前が無理ならば、私が申し出に参ろう。お前の言うように、これは絶好の機会。十代目さまに仕えることになれば、名張家の名は些少なりとも回復する」


「はい」


「幸い、名張家は複合武術を持ち合わせている。これがお目に留まれば良いのだが」


「基礎から学びたいと申しておりました。複合武術は魅力ではないかと」


 いや、必ずや相手の心を魅せてみせる。

 長い間、落ちぶれの名張家と云われ続けてきたが、少しずつ名が回復してきた今日この頃。少年神主と呼ばれた彼の心を射止め、仕えることで全盛期以上のもとしよう。

 握り拳を作ると、天馬は当主に深く頭を下げて一室を後にした。



 天馬の知る限り、十代目南の神主は年齢相応の頼り甲斐のない妖である。

 本就任の際は小粒並の姿しか目にできず、古い友人が自分と繋がっていると知ったものだから、どのような人物かと思って対面してみれば落胆の二文字。

 南の地を救った英雄は本当にただの少年だった。


 見かけで判断してはいけない。きっと優れた才を秘めているのだろうと、積極的に接触はしてみたものの、知れば知るほどただの少年。

 妖の世界に対して無知なことが多く、雪童子に知識を教えてもらってばかり。おどけも多々口にする。


 齢十八の少年が神主に選ばれたのだから、さぞ魅力のある妖狐だと思っていたのに、現実は厳しいもの。


 天馬の目論見としては凄腕の神主と何かしら繋がりを持つことで名張家の名を回復させようと思っていたのだから、これは悪い意味の予想外であった。

 普通の大学生活を楽しもうと懸命な姿を目にする度、溜息をつきたい気持ちになったものだ。


 そこで雪童子に彼はどのような妖狐だと尋ねた。凄腕の妖なのか、その問いに彼は笑ってこう答える。


「僕等と同じ世代の妖だよ。ほんっと普通の現代っ子妖狐」


 雪之介はあっさり夢を砕いてくれた。

 だが彼は続けざま、「凄腕じゃないけど感心するよ」柔和に頬を崩した。


「僕達の前じゃ全然見せないけど、彼の修行に対する気迫には恐れ入るよ。食らいついたら、納得するまで絶対に放さないもの」


「どういう意味だ」


「そのまんま。あの姿を見たら並の覚悟で神主になったんじゃないんだな、って思う」


 そう笑う雪童子の言葉を、天馬は最後まで理解できなかった。

 人の世界では同じ平民として扱われたい十代目。大学生活を楽しみたい妖狐。武術の基礎もできておらず、知識も乏しい彼。

 表向きでは常に敬っているが、天馬は疑問ばかり占めていた。頭領としての振る舞いもできていない妖狐が何故、選ばれたのだろうと。



 梅雨空の夜。

 バケツをひっくり返したような雨を、粗末な傘で凌ぎながら天馬はスマホを片手に夜道を歩いていた。


 向かう先は十代目が住むアパート。

 十代目に今宵あたりならば時間が空くと伝えられたため、行動を実行に移している。本来ならば社が開く“月の日”に訪れるべきなのだろうが、それでは向こうの都合が合わないという。また客間を含む家屋を改装しており、今夜は生憎の雨。晴れならば、茣蓙を敷くところだが、雨ならば接待は己の部屋で行うと指示してきた。


 天馬はまたもや落胆の色を隠せない。

 相見の場所に文句はないが、まさかアパートで行われるとは。正式に申し出をしようと思っていた天馬としては社で面会をしたかったと切に思う。

 それならば気分的にも、其の地を治める神主に申し出をしていると思えたのだが。


 彼の住むアパートの前で巫女に声を掛けられる。

 和傘を片手に、丁寧に頭を下げて彼女は此の地の巫女だと天馬は知っていた。まさか出迎えられるとは思わず、瞳孔を見開いてしまう。


「お待ちしておりました。烏天狗の名張天馬さまでございますね。十代目よりお話は伺っております。どうぞこちらへ」


 和傘を閉じてアパートの中に入る青葉に倣い、天馬もビニール傘を閉じた。

 階段を上る途中、彼女は本来の姿に戻るよう示唆する。

 これから此の地の頭領に会う。本来の姿で会うことが必然であり、変化したままは無礼に値すると巫女。よって天馬は変化を解いて、その背に烏に似た翼を生やす。

 服装を気にした天馬は正装で来るべきだっただろうかと、己のカットソー姿に眉を寄せた。


「身なりはそのままで結構です。ご安心下さい」


 お言葉に甘え、このままで行かせてもらう。

 神主の住むフロアの階に辿り着くと、部屋の前で青葉が立ち止まった。扉の前には神使が行儀よく座っている。


 彼女曰く、この部屋には五重結界が張ってあるため、許された者しか足を踏み入れることはできないという。

 その許可を下ろすのは神使であり、道を作るのは巫女の役目。

 青葉と狐の神使は天馬に許可を下すための術を掛け、通す代わりに天馬の妖力をすべて封じてしまう。そこまでしないと部屋に入ることはできないようだ。


 父が言っていた。百年ぶりに現れた南の地の神主は、とても重宝されていると。

 百年間、暗黒の時代を彷徨っていた南の地だ。神主が少年ならば尚更厳しい結界を張り、育つまで大切にするだろう。

 南の神主は皆、短命だと言われている。ゆえに過剰とも言える行動を起こすのだろう。


「それでは、お入り下さい。翔さまは部屋の奥で待っております」


 恭しく頭を下げる青葉と銀狐に会釈し、傘立てにビニール傘を入れて扉を開ける。

 敷居を跨ぐや威圧的な妖気が室内を満たしていた。キッチンを挟んで向こうに見える妖狐に気付き、天馬は素早く靴を脱いで部屋へ上がる。

 二段ベッドにテレビ、ミニテーブル、クッションにハムスターハウス。生活感溢れるワンルームに頭領はいた。

 洋室とは不似合いの浄衣を身に纏い、長い三尾を揺らして、彼は脇息に凭れて天馬を待っている。


「よくぞ参った。烏天狗の名張天馬。楽にせよ」


 大学にいる彼とは打って変わった振る舞い。

 その顔は少年ではなく、まさしく頭領そのもの。変貌っぷりに天馬は内心戸惑ってしまう。おどける姿など何処にもない。


「如何された?」


 突っ立っている自分に十代目が声を掛ける。

 我に返り、天馬は失礼しましたと頭を下げて用意されている座布団に腰を下ろす。

 改めて三尾の妖狐、白狐の南条翔と向かい合う。彼の放つ妖気もさながら、威圧にも押されてしまう。

 ただ者ではない雰囲気を醸し出していた。大学では一抹も感じたことのない空気だ。


「初だな。こうして大学以外で顔を合わせるのは」


 返す言葉が見つからない。

 場の空気に呑まれ、思いの外、緊張しているのかもしれない。

 十代目は察したのだろう。もっと楽にせよ、と苦笑いを零す。これでは話すことも儘ならないと言われ、己の緊張の度を思い知らされる。


「申し訳ございません。少々戸惑っております。あまりに大学と違われるもので」


「申したであろう。人の世界では皆と同じ平民の身分でいる、と。私がこのような振る舞いをすれば皆、萎縮してしまう。今の天馬のようにな」


 いつものように彼はおどけているようだが、別人のように思えてならない。


「何故、翔さまは大学に? 人の地に留まる理由が見えませんが」


 行く必要性があるのかと相手に質問を投げる。

 本題に入る前に、口を温める時間と場を和ます雑談が欲しかった。

 胆の据わっている次代当主とは言われているが、やはり己も未熟な身の上。こうしたところで経験不足が目立った。


 便乗してくれた十代目は「妖達の暮らしを知るためだ」懐から銀の扇子を取り出し、勢いよく広げた。


「私は南の地を統べる者。人の地にいる妖達の暮らしを知る必要性がある。特に今は瘴気問題が気になっている。解決されたとはいえ、後遺症に苦しむ者も多い。その大半は人の地にいる妖。此の地に留まり、彼等の話に耳を傾けたい」


「ならば大学は」


「知っての通り、私は元人の子。齢十七で妖狐となった身の上。ゆえに家族がいるのだ。私が妖狐となったことを両親は知らない。話したとしても信じてはくれまい」


 切なげに笑う十代目の知られざる苦悩を垣間見たような気がした。

 彼は己を生み育ててくれた両親に気を遣っているのだろう。自分のように両親共々妖であれば、そのような苦労も負わずに済んだだろうに。

 青葉が敷居を跨いでくる。彼女は茶を淹れると、客人に差し出して再び出て行った。


「彼女は何処に?」


「大家の部屋だ。客人が来るので、“妖”の家族は出払わせているのだ。でなければ、足労頂いた天馬に失礼だからな」


 狭い部屋での接待は申し訳なく思っている。

 十代目が真摯に詫びてきたので、気にしないで欲しいとかぶりを振る。流れのおかげで幾分、余裕を取り戻すことができた。

 本題を切り出すと彼は待っていたと頷き、話を聞かせてもらおうと扇子を閉じる。


「私は武術の基礎も知らぬ妖狐。それを教えられる妖を探している。しかしながら、此方の都合で振り回すことは目に見えて分かっている。条件は簡単なようで厳しいが」


「十代目は年齢や部族、流派は問わないと仰られていました。ならば、名張家に伝わる複合武術を推したいのですが。教えるのは、大学で会う機会が多く予定が合わせられるわたくしめになります」


 相手の耳と尾が立つ。興味を持ったのだろう。


「天馬自ら師となるか。まず複合武術とは?」


「簡単に言えば、剣術と棒術と体術の三つが組み合わさったものでございます。名張家は一つに武術を絞り、極めようとはしませんでした。山を守護するため、環境に応じて戦をする。それが家訓でした」


 過去形にするのは既に守護するべき山がないからである。

 これを話す度に天馬は己の家柄、否、原因を作った当主を怨みたくなる。一人の暴挙が祖先を苦しませているのだから。

 レッテルは今も貼られたまま。此方が何もしなくとも訝しげな眼を向けられてしまう。


「翔さまは御存知でしょうか? 我々一族の罪を」


 確認を取ると相手は正直に頷いた。


「小耳には挟んでいる。だが、私は一族の罪を此処で問うつもりはない。天馬よ、お前が私の師として志願する、で良いのだな」


「僭越ながら次代当主として、一族の師範代候補までには上ぼり詰めております。貴方様の都合は大学にて話し合うこともできましょう。学生の身分ですので、多少の融通も利きます」


 翔が考える素振りを見せた。

 同世代から教えられることに不安を感じているのだろうか。その旨を聞けば、「そこは大丈夫だ」対に話せば、きっと許可を下ろしてくれるに違いないと十代目。

 名張家のことは比良利もよく知っているとのこと。後日面会してもらう程度で、ほぼ口出しはしないだろうと彼は綻ぶ。


「ただ心配事が一つある」


「遠慮なさらずに申して下さい。可能な限り、改善致します」


 これは一族のためでもあるのだ。断られるわけにはいかない。

 茶に尾を伸ばし、手で受け止めると十代目は一口それを啜って此方を一瞥する。


「天馬、お前は私を殺せるか」


「……は?」


 突拍子もない質問に素の声が出てしまう。

 珍しくも感情を面に出し、間の抜けた顔を作ってしまう天馬に十代目は繰り返す。己を殺せるか、と。

 それは誰が問われても無理なのではないだろうか。眉を寄せていると、彼はクスクスと笑声を零す。


「意地の悪い質問をして悪かった。今のは例えであり、私の本音だ」


 十代目は殺されたいのだろうか。ますます疑問符が頭上に浮かぶ。


「言い換えよう。天馬、お前は私相手に本気を出せるか。師になる以上、遠慮など不要。厳しく当たって欲しいのだ。お前は私と同世代、遠慮も出てくるだろう。だが私は強くなりたい。そのためにも殺す勢いで指導に当たって欲しいのだ」


 十代目の訴える目は真剣だった。そして澄んでいた。何処までも澄んでいた。これが父の言う、目は口ほどに物を言うなのだろう。

 紅の瞳と縦長の瞳孔がいつまでも天馬を見据えている。


 覚悟を確かめているのだろう。

 揺るぎない覚悟と答えが彼は欲しいのだ。それだけ真剣に達人を探し、武術を学びたいと思っているに違いない。

 一族の汚名返上を狙う天馬に小さな罪悪が芽生えた。彼は真摯に武術を学びたいと思っているが、此方は汚名を返すことばかり念頭にある。利用という言い方が似つかわしい。


 だが引けない。引くわけにはいかない。

 天馬は心得たと頷く。

 それにより十代目は前向きに検討すると笑みを見せた。始終、大人びた頭領の顔だった。



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