<一>烏天狗、名張天馬
目下、三尾の妖狐、白狐の南条翔は此の南の地を統べる頭領である。
五方宝珠の一つ、白の宝珠の御魂を宿した翔は神に奉仕する最高位に就く若き妖狐。皆が敬う少年神主だ。
けれども、それは妖の世界の話。
人の世界では周囲の者と変わらない、ただの少年として過ごしている。
元々人の世界で暮らしていた身分。此方の世界にいる時くらい、普通の少年として振る舞いたいと常々思っている、の、だが。
時は酉の正刻。
大学の必修科目のひとつ、保健体育を受けていた翔は言い知れぬ汗を流していた。
授業内容はミニドッジボール。大学の体育は中高と違い、レクレーションのような内容が多い。バスケやサッカー、卓球もあるが、基本的にやる気のない者達が多いため、皆遊び感覚でやっている。
今のミニドッジボールもそうだ。
チームは男女別、六人制、ソフトバレーボール使用で行われている。これならばボールを受ける痛みも少なく、女子でも気軽に参加できるであろう。
さて今は男子チーム同士で試合をしている。大きなソフトバレーボールを投げ合うコート内、翔は一部の者達から贔屓を受けていた。否、遠慮を受けていた。
相手が人間の男であれば無遠慮に投げつけられるボール。
しかし、相手が妖の男であれば、必ずと言っていいほど軌道を逸らされる。よって翔はボールを受け止めることが少ない。
投げられても、ふわっ、という擬音がお似合いの投げ方をされる。近くにいても、ふわっ、である。
「翔さま。お見事です。惚れ惚れします」
そんな、ふわっ、としたボールを避ければ傍観している一部の者がこのような感想を零す。耳の良い翔にはしっかり聞こえていた。
声の主は蝶化身の白木夕立だ。翔の避け方に目を爛々と輝かせ、頬を紅潮させている。大変困る反応である。
また翔には別の方面で悩みを抱えていた。
唯一贔屓目をしない敵側の雪童子が力任せにボールを投げつけてくる。待っていたと言わんばかりにそれを受け止め、近場の人間を狙う。
つい力が入り、しまった、と翔が声を上げるがもう遅い。目にも留まらない速度で飛んでいく。
大きなソフトボールが楕円形になってしまうほどの速度、狙われた人間は投げられたことすら気付かない。何も見えていないのだ。
「翔さま。御無礼お許しを」
刹那のこと。
第三者が飛び込むことにより、ボールが天井に舞い上がる。
破れ、空気が漏れて萎れるボール。ひらひらと落ちてくるボールに周囲の人間は目を点にし、「あちゃあ」雪之介が額に手を当てる。
翔はといえば、言葉を失ってボールとそれを破った犯人を交互に見やった。
飄々と佇む彼、名張 天馬は素知らぬ顔で能面を貫いていた。
妖名は烏天狗の名張天馬。その名の通り、正体は天狗である。
雪童子と古い付き合いであり、翔は雪之介に紹介してもらう形で知り合った。双方、それなりの仲のようで話し掛け合うことが多く、必然的に翔も接する機会が多い。特に最近はよく話し掛けられる。
そんな天狗はどのような性格か。
簡潔に言うと硬派だ。古風で忠誠心の厚い男。大和魂を宿した武士。感情を面に出すことが苦手な妖怪とでも述べておこうか。
翔を常に“頭領”として見る妖の一人である。此の世界が人間の世界であろうと、その振る舞いは出逢った当初から一貫している。
これが翔の悩みの一つとして挙げられる。
人間の世界ながら“頭領”として一目置かれている、この状況が心苦しい。
雪之介のようにフレンドリーな対応をして欲しいのだが、此方の世界にいる多くの妖は畏まった態度を取る。
おかげで一少年として過ごすことができず、また人間の目には異質な光景に見られがちだ。
第一生徒同士で“様付け”する輩がどこにいようか!
十代目と呼ばれた日には、ちょっと危ない世界のご子息なのでは、と疑り深い目を向けられた記憶も真新しい。
二ヶ月目にして大学生活に挫折しそうである。
「俺はもっと普通の大学生活を楽しみたいのに。同世代でタメ口を利いてくれる妖といえば、雪之介くらいだぜ」
早めに一限目の体育が終わった翔は更衣室で項垂れていた。
最後に更衣室を出たいため、皆が出て行くまでわざとジャージ姿のままでいる。人が疎らになったところで、心の拠り所としている妖の友人に気持ちを吐露した。
既に着替えを済ませた雪之介は、ロッカーに置いていた眼鏡のレンズを拭きながら苦笑いを一つ。
頭領だから仕方がないと肩を竦められたが、翔は納得ができなかった。
「お前は神主の俺と、大学生の俺を区別してくれるじゃんか。皆にもそうして欲しいのに、此処に来てまで神主扱い。もっと普通の大学生活を楽しみたいんだけど」
大学にいる時くらい神主でいることを忘れたい。
不満を爆発させた翔だが、雪之介の返答はやっぱり仕方がない、である。
「気持ちは分かるけど、妖の皆は簡単に態度を崩せないよ。格好よく言えば翔くんは、此の地を治める妖の王様だ」
「王様はギンコなんだけど。あいつが一番偉いわけだし」
「間違っていないよ。凄く分かりやすく言えば、神使は此の地の神様、神主は此の地の王様、巫女は此の地の女王様ってところ。和風に言えば、神様、殿様、姫様。そんな相手に失礼なことはできない。態度も畏まっちゃうって」
出逢いの契機で態度を崩せるか、崩せないかが決まる。
ちなみに自分は王様になる前の平民姿を知っているから、タメで喋れるのだと雪童子。もしも就任後に出逢っていれば、恭しく畏まっているだろう!
おどけてくる雪之介に嘘つけと冷たい目を向け、翔は贔屓目をどうにかしたいと唸る。これでは同世代の人間の大学生達に変な目で見られてしまうではないか。
着替えるためにジャージを脱いで上半裸となる。
然程、間を置かずのこと。一人の生徒が更衣室に入って来た。
次の授業の生徒ではない。先程、ソフトバレーボールを見事に破った男、名張天馬である。
「失礼、お召しになられていましたか」
恭しく頭を下げてくる烏天狗と、翔の顔を交互に見やった雪之介は噴き出していた。それほど己は変顔を作っていたのだろう。
ついでに翔の尾と耳がひょっこり出て、だらんと垂れてしまっている。
気付かない彼は翔の前で片膝立となる。
天馬は自分の起こした騒動について詫びに来たようだが、想像してみて欲しい。更衣室にて一人の生徒が生徒に対して片膝をつく、この光景を。
誰がどう見ても異様異質異常。はっきり言ってドン引きである。二度言うがドン引きである。お友達を失くしそうな光景である。
ほら、疎らとはいえ、更衣室にはまだ人が残っている。チラ見されている視線が冷たい。
「先程は大変失礼いたしました。あのような騒動を起こすことは本意ではありませんでしたが、あのままでは貴方様に疑心が向けられると思い……翔さま?」
たった今脱いだジャージを引っ掴み、無言で袖を通す。
その行為に天馬は頭上に疑問符を浮かべていた。何故、着ていたジャージを再び着るのか、彼には分からないようだ。
しかし翔は一杯いっぱいだった。白けた空気に発狂寸前だったのだ。
感情を散らすように髪を掻き毟った後、急いで荷物を持って雪之介と天馬を呼び、更衣室を飛び出す。
いくら神主とは言え、あの白けた空気には耐えられない。
廊下を走る際、普通に大学生活を送りたいと嘆きを口にしたが誰の耳にも届くことはなかった。
さて翔が所属する夜間の商学部には妖が多い。
妖の多くは昼夜逆転しているため、夜間の方が都合が良いのである。
それだけではなく、人の世界で生きる妖は同胞を求めている者が多い。人間には理解できないであろう悩みを分かち合える集いが此処、夜間の商学部なのだ。
第一食堂の窓側のテーブルを陣取っていた翔は二限目の基礎商業論を自主休講にし、人を装う妖達を眺めて溜息を零す。
和気藹々と大学生活を過ごす同胞が羨ましい。自分もああいう風に過ごしたいものだ。
「なあ頼むよ、天馬。俺を思ってくれるなら、所構わず膝をつくことはやめてくれ。注目の的になるだろ」
落ち着いたところで翔は対向側にいる天馬に話題を振る。
此処は人の世界、妖の世界ではないのだから、もっと友好的に接して欲しいと切に願う。雪之介が良い例だと身を乗り出すものの、美しい顔立ちは微動だにしない。
生真面目な男は、訴えを真剣に受け止め、真摯に答える。
「そう仰られましても、頭領の貴方様に無礼な振る舞いはできません。小人の身分ですので」
こう言ってのける男も、己と同じ齢十八の妖なのだから信じがたい。
生まれは江戸、もしくは幕末辺りなのではないかと問いただしたくなる。どう考えても同世代が使用する言葉遣いではない。
「その振る舞いが慇懃無礼になることもあるけどね」
苦笑いを零す雪之介はさり気なく翔の気持ちを汲み、人の世界ではもう少し態度を砕いても良いのではないかと意見を挟んだ。
けれど相手は変わらない態度で、同じ返事を繰り返す。但し雪之介にはタメ口だった。
流れるように天馬の眼が翔を捉える。
微かに瞳が濁っているように見えた。垣間見た負の感情は出逢った当初から向けられているのだが、気付かないように努めている。
やがて、その光は瞳の奥に引っ込んでしまう。代わりに相手の口が動いた。
「僭越ながらご意見させて頂きます。翔さま、貴方様の身分は我々と違うのですから、それ相応の振る舞いをするべきではないかと」
彼に主観は常に“妖の世界”に置かれている。
二ヶ月の付き合いで、それは何となく察することができた。
雪之介曰く、小学校に上がる前までは“妖の世界”に住居を置いていたそうだ。つまり生粋の“人の世界育ち”ではないという。親の影響なのか価値観も“妖の世界”に偏っており、人付き合いには愛想がない。
妖付き合いに愛想が良いのかといえば、性格上、問題とするべきところがあると言える。
「郷に入れば郷に従え。ことわざにあるように、“人の世界”では一大学生として過ごすつもりだよ。此処では俺も平民の身分だと、お前には何度も言っているつもりなんだけど」
また天馬から濁った光を宿した眼を向けられる。
わりと人の感情に敏感な翔は、その目は落胆の色なのだと察することができた。彼の中で自分の株が落ちているらしい。
変なことを言っているつもりは一抹もないのだが。
買い置きしていたアクエリの蓋を開け、ペットボトルを傾ける。
それで喉を潤していると、「翔さま!」自分を様付けする新たな妖が現れた。おかげで翔は盛大に液体を噴き出してしまう。
咳き込みながら顔を持ち上げると、キラキラとした笑顔で大きく手を振ってくる蝶化身がひとり。白木夕立が紙袋を片手に、大音声で人の名前を呼んで来る。よって此処でも大注目の的である。
「また人を様付けに……この大学で人間の友達ができる気がどうかが不安になってきた」
ちなみに今のところ知人はできたが、友人はできていない悲惨な現状。嗚呼、普通の大学生活を送りたい。
悲しみに暮れる翔の嘆きもむなしく、彼女は自分の隣に座ると気恥ずかしそうに指遊び。二本の触覚を出すと、さっきは格好良かったと告げて広げた翅で身を隠してしまう。彼女の空気は桃色と化していた。
「なあ夕立。様付けはやめてくれないか?」
興奮している夕立にやんわり異議申し立てをすると、「呼び捨てにしろと仰るのですか!」彼女はそんな大胆なことはできないと声を張った。
それはそれは、たまげる声の大きさだった。
「貴公子を呼び捨てだなんて、夕立にはできません」
はて貴公子とは誰を指しているのだろうか。翔は遠目を作って周囲を見渡す。
「白木。言葉は丁重に選べ。翔さまは貴公子などと小さな身分ではない」
天馬に言いたい。
言葉は丁重に選べ。人の世界の自分は平民の身分だと幾度も言っているではないか。
「あ、また君ですか名張くん。昔から一匹狼気取っていたくせに、大学ではやたら翔さまに貼りついて。言っときますけど、夕立の方がファンなんですから!」
「頭領の御前で、なんだその態度は。貴様は昔から馴れ馴れしい態度が鼻につく」
白木夕立と名張天馬の間で視線の火花が散る。
双方、雪之介の古い友人ゆえに互いのこともよく知っている模様。引き出しから昔の思い出を探っては罵倒し合っていた。
馬が合わないのだろう、この二人。
「ま、まあまあ。白木さん、天馬くん」
雪之介が仲裁に入ると、ふんと腕を組んで視線をそらしてしまう。それによって仲裁人がこめかみを擦っていたことは言うまでもない。
翔は重い溜息を零し、幼馴染達が恋しいと心中で涙を呑む。彼等と過ごしていた高校時代の方が数百倍普通の学生生活を送れていた。
「そうだ。翔くん、神主修行は順調かな?」
苦し紛れに話題を提供してくる雪童子に快く便乗する。
「道は険しいよ」
順調とは程遠い、自分の未熟さを痛感させられている日々だと肩を竦める。
特に最近は自分の手腕について悩んでいるのだと吐露し、治りかけている己の腕を見つめた。
師である比良利が稽古をつけてくれるとは言ったが、取れる時間がまったくと言っていいほどない。彼は“日月の社”の総責任者。双方の社を纏めている。
傍らで未熟な己に神主の執務を教えてくれている。大麻修行、神主舞修行とは別に稽古を設けようとしても到底、時間が取れそうにない。
今過ごす大学の時間をやめてしまえば、どうにか枠が取れそうだが翔にも事情がある。
そこで二人で考えた策が新たに師をつける、である。
比良利が執務をこなしている間、翔は個人で修行することが多くなる。その時間に無理やり稽古の時間を入れてしまえば良いと考えた。
武術の経験は皆無に等しいため、翔は基礎から学ばなければならない。大麻修行にも関わってくるため、基礎はしっかり学んでおくべきだろう。
「基礎を多忙な比良利殿ではなく、その道の達人に教えてもらうことで時間が削減できる。俺達はそう考えたんだ。神主が軟弱じゃ話にならない、早めに修行を始めたいところなんだけど“達人”がなぁ」
「見つかっていないんだね」
そうなのだと翔は吐息をつく。
自分達の執務の都合で突然、相手を呼び出すこともあれば、帰ってもらうこともある。達人にも都合があるだろうから、それに振り回されても良さげな人物が良いのだが。
比良利が思いつく限りの達人の殆どは、道場と門下生を持っており、自分達の都合に合わせられないだろうとのこと。
いきなり躓いてしまった現実に翔と比良利は頭を抱えた。
「本来は当代神主と一緒に修行するんだけど、俺はその過程をすっ飛ばして就任している。そのせいで問題は山積みだ」
「それは“師範”に限る条件でございましょうか」
静聴していた天馬が口を開く。
師範のほかに年齢、流派、部族といった制限はあるのか、彼の意味深長な問い掛けに翔は内心驚きつつも、正直にないと答えた。
己に武術の基礎を教えられる者であれば、形式や流派は問わない。それが柔道でも受け入れるだろうし、合気道であっても受け入れるだろう。剣道でも、きっと受け入れる。
とにかく何かしらの武術を学びたいのだ。動きの基礎が固まれば、今以上に強くなれることは確かなのだから。
「アテでもあるのか?」
「ええ、心当たりがあります。近々貴方様の下に輩を向かわせます。吟味して頂きたい」
天馬の瞳には確かなる強い光が宿っていた。
そろそろ御暇すると腰を上げて席を立つ烏天狗。その背を見送った後、雪之介と夕立が顔を見合わせ、言い知れぬ空気を作る。
すぐに二人にアテのことを聞けば、口を揃えて彼が志願するのだろうと答えた。
「天馬が志願? あいつ、武術の達人なのか」
ならば勿体つけずここで志願をしても良いのでは、翔は首を傾げる。
「夕立の予想ですが、名張くん自身、正式に申し出をしたかったんだと思います。あの人の自尊心は山よりも高く、谷よりも深いですからね」
一大学生としての翔ではなく、頭領の翔に申し出たかったのだろうと夕立。
「元々名張家は南の地有数の名家だったんだ。神職達を支えていた名家としても名高かったんだけど約三百五十年前、名張家は凋落してしまった」
落ちぶれた理由は、当時の名張家当主が利益目的に私有していた山の陣地を広げるために傍若無人な戦を勃発させてしまったせいだ。
その昔、三代目南の神主に、南の山を守って欲しいと役割を与えられた烏天狗達は忠実に守っていた。常に人が山を荒さぬよう、常に妖が安心して山で暮らせるよう、守護神として山を守ってきたのだ。
だが時代は流れ、以降、名張家最大の“うつけ者”と称された当主、名張天毘により、与えられた天命は一蹴されてしまう。
女と酒に溺れていた彼は家臣達の制止も聞かず、己を過信し、あろうことか其の山から人間や妖を追い出し、陣地を広げようとした。
結果、人間妖問わず多くの血を流す結末を迎え、名張家は神の怒りを買い、私有していた山を取り上げられてしまう。
「勿論、それで済まされる筈もない。当主は責を取らされ、打ち首からの晒し首に。名張家は烙印を押された。約五十年は妖の世界で監視下に置かれたそうだよ。離れる家臣も多く、妖の世界でも評判は最悪だった」
「今も名張家に嫌悪感を抱く妖は少なくないです。それだけ名張家がした罪は重いですから。だけど名張家は罪を真摯に受け止め、先祖の罪を償うために善行を重ねています。少しずつですが汚名返上しているんですよ。ゆえに名張くんは翔さまに貼りついているのかもしれませんが」
夕立は憶測を立てる。
普段の彼は一人で行動することが多く、誰に対しても素っ気ない。付き合いの長い自分達にですら愛想がないのだから断言できる。
その名張天馬が何かと翔に接近するのは、神主の役に立って汚名返上を狙っているに違いないだろう。
でなければ、接近する筈がないと夕立は唇を尖らせる。
「夕立は翔さまの真のファンですけど、彼は俄かファンに過ぎないのです」
ファンは置いておき、名誉挽回の機会を狙っているという点には思うことがある。
翔は顎に指を絡め、彼の初対面から時折見せる濁った眼の正体を考察する。あれは落胆の色で間違いなさそうだ。
言い方は悪いが、彼は自分という頭領をあまり信用していない。腹の底では恭しい態度を取るのも億劫だと思っていることだろう。
ただ“頭領”である現実に従い、表向きは敬っている。
一族のためなのか、はたまた己のためなのかは分からないが、彼は神主を利用して汚名を少しでも返上したいのだ。
どおりで接しても接しても、態度を崩さないと思った。夕立ですら多少は態度を崩しているというのに、彼は一貫して態度を変えようとしない。
「名張家は剣術や棒術に長けていたらしいから、天馬くんは何かしらの武術を継いでいる筈。きっと翔くんに申し出ると思うよ」
「ただし、それは大学生の俺ではなく、神主の俺に、だろ?」
「翔くん、これだけは知っておいて欲しい。彼は利己的な妖じゃない。勿論、その面もあるけど、それだけなら僕や白木さんとの縁は簡単に切れているから」
懸命に天馬を擁護する雪童子に目尻を下げる。
話は分かった。
彼とは大学生の己よりも先に、神主の己と接する必要がある。
親しくなれるかどうか、相手が心の内を見せてくれるかどうか、また彼を採用するかどうかは不透明だが、天馬が大学生の己を拒む以上、彼の望む姿で接するとしよう。
そういう始まりと交流もありだろう。