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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【第二幕ノ壱】少年神主の日々
106/158

<十一>狂い咲きの五方神集(弐)



 東の神主の先導の下、翔は“魑魅の社”達と顔を合わせる。

 神使は白銀の体毛を持つ雄の犬神。名はイオギ。年配のようで獣型にも関わらず、顔が老けていると一目で分かった。外貌は狼のような風貌を持っており、顔が凛々しかった。


 巫女は銀の髪を持つ中年の女郎蜘蛛。名は(みこと)

 神主や神使と違い、彼女だけ女郎蜘蛛という妖だが驚くことはない。

 歴史を紐解いてみると神使、神主、巫女、それぞれが別の妖であるにも関わらず其の地を統べていた事例がある。

 宝珠を事例に出すと、“宝珠の御魂”が選ぶ者こそ神に仕えし者。部族は重要視しないそうだ。

 そこで翔は師である比良利に疑問をぶつける。


「神使が妖狐から猫又に変わったら、祀られている妖狐の像は変わってしまうの?」


 例えば鬼門の祠には妖狐の像が祀られている。それは変わってしまうのか、素朴な質問を投げると師はこう答えた。


「宝珠の導きにより、自然と形が変わるのじゃよ。我等はそれに従うまでじゃ」


「じゃあもう一つ。例え頭領が妖狐であろうと、神使が変われば像の形は変わるんだよね?」


「勿論じゃよ。民を統べるのは我等神主じゃが、最高位に就いておるのは宝珠と交信できる神使。部族が変われば像は変わる」


「え。神使は宝珠と交信ができるの?」


 ならば“宝珠の御魂”は神使に宿すのが道理なのではないだろうか。

 腕を組んで首と三尾を捻る翔に、良い疑問だと比良利は綻んだ。

 確かに宝珠は神使に宿しておくべき重宝。最高位ではない神主が持つよりも説得力がある。


 しかし民を統べる神主には、どうしても宝珠が必要なのだ。

 神使は宝珠が身から離れていても其の力を使うことが可能である。

 それに対し、神主は身に宿さなければ力を使うことができない。だから神主が宿しているのだと比良利は教えてくれる。


「思い出すが良い。宝珠に選ばれたお主の出仕時代を。宝珠を宿していなかったお主は選ばれたにも関わらず、ただの妖狐であったろう? わしも宝珠がなければただの妖狐よ」


「宝珠を巫女が持つことはないの?」


 翔は青葉に視線を流し、宝珠の御魂を持つことはないのかと疑問を重ねる。


 すると彼女が答えた。

 役割に応じて宝珠は神職達に力を授ける。

 民を統べる神主に対し、巫女は民の平穏を祈祷し、守護する役割を担っている。宝珠を持つ事例もないことはないが、基本的に宝珠から勾玉を授かり、其の力で役目を務める。

 そのため宝珠を持つことは特例なのだと青葉は綻んだ。


「なので勾玉を持たぬ巫女は半人前なのです。翔殿なら私の未熟な過去をご存じでしょう? 宝珠に証を与えられてこそ、一人前の巫女と名乗れるのです」


 なるほど。

 熱心に二人の説明を聞いていると、「仔狐は勉学中か?」様子を見ていた千峰が一笑した。

 また馬鹿にされているのかと思いきや、彼は次のような言葉を贈ってくれる。


「分からないことは構わずに聞いておけよ。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥ってやつだ」


 さり気なく応援されているようだ。


 調子に乗った翔は早速質問を飛ばす。千峰のような逞しい体になるにはどうすれば良いのだと。

 彼ほどの大柄な体躯になれたら、年齢を問われても頼り甲斐があると思われそうだ。仔狐とも呼ばれないだろう!

 その旨を伝えると、東の神主から大笑いされてしまった。傍らでギンコが必死にかぶりを横に振り、今のままで良いと主張されたのは余談としておく。



 五方神集の儀は本殿で行われるという。

 御魂の神主の許可が下るまで、本殿に入室することはできないそうだ。呼ばれるまでは憩殿で待機し、他の社の者達と交流するのが此処の習わしらしい。


 案内の神職が大間まで誘導してくれる。

 既に西の神主がいるらしい。長廊下を歩んで障子の前に立つ。開かれた先には確かに妖達が待っていた。

 青白い肌と青白い長髪を持つ青年が逸早く一行に気付き、遅いと鼻を鳴らして持っていた扇子を開く。


「某は待ちくたびれておりましたよ。(なまくら)な足をお持ちで」


 銀の扇子で己を仰いでいる彼は嫌味を吐き、ちろっと赤く長い舌を出した。

 この男こそ西の神主なのだろう。反論したのは東の神主で、「相変わらず貧弱そうな面だな」負けじと嫌味を吐く。

 西の神主は扇子を畳んでクスクスと笑声を漏らす。


「鍛え抜かれたその体躯は張りぼてですか?」


「おめぇこそ、嵐がきたら吹っ飛ばされそうな細身だな」


 にっこりと微笑む双方に火花が散る。

 挙動不審に東西の神主を見やっていると、青葉がこっそり教えてくれる。魑魅魍魎の社の者達は仲が悪いのだと。常に対峙関係にあるそうだ。

 そういえば書物にも、そのようなことが記されていた。日月の神主と違い、魑魅魍魎の神主は対峙関係を作り上げているそうだが。


 先に空気を崩したのは火種を投げてきた西の神主である。


「はあ、毎度……このようなやり取りをするのも疲れますね。もっと普通にしたいのですが。申し訳ない、今のは戯れと思って下さい」


「わーってるよ。しゃーねぇ。そういう関係柄なんだからよ」


 建前上、対峙関係を築き上げているだけであって意外と双方は仲が良いようだ。

 今回はこんなところだと諸手を挙げ、喧嘩は仕舞だと険悪な空気を散らしてしまう。嘘のように和気藹々と挨拶を交わし合う東西神主を見て、心なしかホッとした。初の五方神集で喧嘩に巻き込まれるのはごめんである。

 西の神主が立ち上がる。彼はまず、比良利に挨拶をした後、翔に視線を流した。


「貴方が新しい南の神主ですか。お可愛らしいこと極まりないですね」


 可愛い、嬉しくない褒め言葉である。


「初めまして。某は“魍魎の社”に仕える第六代目西の神主、白蛇(はくじゃ)十六夜(いざよい)と申します。持つ宝珠は(せい)。どうぞお見知り置きを」


 彼は蛇の妖のようだ。どおりで見え隠れした舌が長いと思った。

 開口一番に嫌味を吐いたとは思えないほど優しそうな青年である。好印象を抱きつつ、翔も自己紹介をする。握手を求められたると快く応じた。ゾッとするような手の冷たさが、それが相手の平熱なのだろう。

 よく目を凝らせば、相手の肌には鱗が見え隠れしているが表情には出さず笑顔を返す。


 十六夜は比良利の二百ほど年上だそうだ。外貌だけでは年上なのかどうかも分からないほどの若さだ。


 “魍魎の社”も者達を紹介してもらう。

 神使は白の体躯を持つ雌の白蛇セイラン。巫女は眼鏡が特徴の中年海蛇おはる。各々十六夜の両脇で会釈をしてきてくれる。

 皆、優しそうな面持ちをしていることに翔は緊張を解く。

 少なからず東西の神主達とは仲良くできそうだ。御魂の神主を思うと緊張も蘇るが、今は彼等と交流を楽しもう。


「十六夜。あの糞餓鬼は?」


 腰を下ろしていると、揃っている面子に例の出仕がいないではないかと千峰。心なしか表情は怖い。

 振られた話題によって魍魎の者達が揃いも揃って吐息をつく。今後の勉学のために連れてきたそうだが、着くや早々散歩に出かけてしまったそうだ。


「部屋で待つよう命じたのですが、退屈の二言で切り捨てられてしまいました。無礼な振る舞いをしていないと良いのですが」


「おめぇ……そこは強く止めろよ。またツケあがるぞ。仔狐みてぇに可愛げがあるならいいが、あいつは甘くすればするほど横暴になる輩だぜぃ?」


 こんなところまで仔狐呼ばわりせずとも良いと思うのだが、十六夜の苦笑いを目にすると反論の言葉も嚥下してしまうもの。


 そんなにも酷い性格をしているのだろうか。

 膝に乗ってきたギンコの胴を撫でていると、見計らったかのようにけたたましい足音が聞こえた。

 ツネキが邪魔するように膝に乗り上げてきたが翔の意識は廊下に向く。


 足音で噂の人物だと察したのだろう。

 十六夜は素早く障子を開けて、「静かにお歩きなさい」優しく注意を促す。それに対しての返答が「口喧しいな」である。

 自分が比良利にそのような口を利けば、性根から根性を叩きのめされそうだ。


 眉を下げて困惑の色を見せる十六夜の脇をすり抜け、例の出仕が姿を現す。外貌は翔や青葉と同じくらいだろうか。白張を身に纏った鋭い目つきの少年が視界に飛び込んできた。

 髪の色は黒、眼は深い緑、額には二角、腰には修行用の黒い紙垂を用いた大麻をぶら下げている。

 和気藹々とした空気を壊したという自覚がないのか、彼は頭の後ろで腕を組むと神主達の面子を見るや、シケた面だと言い放った。


「もっとすげぇ奴がいるかと思ったのに、なんだよ期待外れ」


「こ、これ久遠!」


 彼の名は(たき) 久遠(くおん)。妖名は二角鬼の久遠だそうだ。

 齢何百年も生きている妖達に物怖じもせず、酷評を述べる久遠に十六夜が慌てて態度を窘める。が、注意慣れをしているようで右から左に流す始末。


「あ、クマの親父がいる」


「おめぇ……犬神だっつってるだろうが。誰がクマだ」


 おっさん呼ばわりした翔も人のことは言えないが、クマ呼ばわりはあんまりな態度だと思ってならない。

 千峰をクマだと指さした後、彼は比良利に目を向けた。


「あんたが北の神主? へえ、噂通り助兵衛そうな顔だな」


「しょ、初対面の方に本当のことを申してはいけません。久遠」


「……十六夜殿。擁護になっておらぬ」


「あれだろ? 助兵衛な上に先代の南の神主と比較されては負け負けだったっていう奴だろ? 確かに弱そうな見た目しているもんな」


 先代南の神主と比良利の実力の比較は、赤狐にとって最大の地雷である。

 比良利の隣に座っていた翔はおずおずと師の顔を一瞥。ギンコやツネキと共に尾の毛を逆立ててしまった。恐怖のあまり全身の毛が逆立ちそうである。

 生唾を呑んで視線を逸らそうとした矢先、「翔よ」比良利から名を呼ばれる。上擦った声で返事をすると、こめかみに青筋を立てた対が右肩を掴んで満面の笑顔を作った。


「わしは今、お主と対で真に良かったと思っておる。あのような対であれば、わしは発狂しておった。お主のような対と巡り合えたことを感謝するぞよ」


 掴まれている肩が痛い。右肩が砕けそうである。ついでに相手の目が笑っていない。

 千行の汗を流しつつ、翔は幾度も頷いて自分も感謝していると答えた。

 巡り合えた奇跡を感謝している、師のことは大尊敬していると繰り返し、怒りを鎮めてもらおうと努める。でなければ肩に青痣ができそうだ。


「お前達も比良利殿に会えて感謝しているよな?」


 金銀狐に同意を求めると、無理やり尾を振って二匹は頷いた。彼等も命は惜しいらしい。


 辺りが暗くなる。

 人影に気付き、視線を持ち上げると眉間に皺を寄せた久遠が仁王立ちしていた。


「お前が新しい南の神主かよ。なんだ、南の地は餓鬼に神主を任せるほど平和なのか? ああ齢十八なんだってな。その歳で選ばれるなんざ、どれほどの手腕の持ち主だ?」


 見下してくる相手は痛烈な嫌味を放ってくる。

 餓鬼に餓鬼とは言われたくないが、相手はいくつの妖なのだろうか? まずそれが知りたい。

 己が無知の未熟者だと知っている翔は返せる言葉が見つからず、取りあえず唸り声を上げるギンコを宥めることに専念する。


「気に食わねぇな。百年下の餓鬼が、俺よりも先に神主に就任しているとか」


 理解した、彼とは推定百の年齢差がある。青葉と年齢が近い少年のようだ。


「仰ることはご尤も。だけど、初対面で無礼講に悪態をつく行為は身分以前の問題じゃないか? 此処に居る妖は俺達の大先輩ばかりじゃないか」


「有難味のある言葉をどうも。さすがは神主さま。格の違いを見せつけてくれますねぇ。どうぞ、その格の違いを俺に見せつけて下さりません?」


 は?

 間の抜けた声を上げると、久遠は片膝をついて自分と手合わせをしろと要求してきた。

 もし自分が勝ったら潔く出仕に戻れ。否、神主を降りろと無茶ぶりな条件を叩きつけてくる始末。

 その代わり、自分が負ければ翔の要求になんでも応じると口角を持ち上げた。


 これには呆けた顔で相手を見つめるしかない。この鬼は何を考えているのだろうか。勝負事で神主を降りるなど到底できる筈もないのに。

 見かねて止めに入ったのは彼の師十六夜である。邪魔をするなと不機嫌に返す久遠は、止めようとする彼の手を払い退けて声音を張った。


「こんな餓鬼でも神主が務まるなら、俺だってやれるじゃねえかよ。言ったじゃんかよ俺は強くなりてぇって! 強くなれると信じていたからクダラナイ修行にも付き合っていたっつーのに、こんな餓鬼が神主に就任したなんて信じられねぇよ!」


「久遠……だから貴方は未熟なのです。某を引きずり降ろして神主に就任することもできないのですよ」


「俺が未熟でこいつに素質があるなら、それを見せてみやがれ。じゃねえと納得しねぇ! おいお前、俺と手合わせしろよ。神主なら強いんだろう?」


「いい加減にしねぇか。此処は神聖な御魂の社だぜ」


 第三者である千峰が止めに入ることで興ざめしたのだろう。


「俺はお前に負けたなんて信じねぇ」


 翔を睨むと捨て台詞を吐いて、久遠は大間を飛び出してしまう。

 台風のように空気を荒すだけ荒して去って行く鬼に師である十六夜は肩を落とした。


「久遠のご無礼をお許し下さい。あの子も悪い子ではないのですが、才と感情が追いついておらず傍若無人に振る舞うありさまなのです」


「僭越ながら、同じ師にいる立場としてご意見申し上げまする。如何に幼子であろうと、彼の態度は改めなおさなければなりませぬ。あれでは神に仕える身とは程遠いですぞ十六夜殿」


 意見する比良利の言葉には何重にも棘が巻いてある。

 憤っているのだということは一目瞭然。先程の発言を根に持っているのだろう。


 師として手厳しく指導していかなければならないのでは、低い声で尋ねる赤狐に十六夜は力なく綻んだ。仰る通りだと同調し、本当はそうしなければならないだろうと肩を竦める。

 しかし、安い厳しさを与えると相手に悪影響を与える。

 だから厳しくできないのだと西の神主。続けざま比良利が理由を尋ねると、彼は渋い顔を作る。


「あの子供は元人の子。己の憎悪により“鬼”と化した子供でして。扱いが難しいのです」


 憎悪で鬼に。

 目を削いでしまう。そのような事が可能なのだろうか。

 隣に座る青葉に聞く。彼女曰く、書物を紐解くと憎しみや嫉妬の念で人が“鬼”に種族転換したという事例はあるそうだ。

 “鬼”と化すにはそれ相応の感情を要する。彼の中の憎悪は相当のものだろうと青葉は推測した。


「過酷な環境の中で生きていた少年を見つけ、某は身柄を引き取ることにしました。既に“鬼”と化していましたが、幸いなことに自我は保っていた。性格は酷いものでしたが」


 力を求めていた少年は宝珠の御魂を知り、それを狙おうと毎日のように寝込みを襲ってきたと十六夜は苦笑する。

 しかし惨敗の日々が続き、ついに少年は十六夜の下で修行をしたいと求めた。

 いつか十六夜の持つ宝珠の御魂を自分が奪う。そのために力をつけたい。だから修行をさせろ。でなければ、お前の統べる地を荒す。そう脅しに脅して師弟関係となったそうだ。


 無論、十六夜は脅しに屈して応じたわけではない。

 宝珠の御魂に導かれ、彼を出仕として迎え入れた。何かしら素質があると宝珠は感じ取ったのだろう。十六夜自身も久遠の著しい成長には目を瞠ると語る。心身、成長すればさぞ立派な神主になるに違いない。そう信じているそうだ。

 てんてこ舞いだが彼と修行する日々は楽しい、十六夜は胸の内を明かした。


「ただし、態度には頭痛の日々ですけどね。あの調子ではオオミタマさまの前で無礼を振る舞いそうで」


 オオミタマさまとは“御魂の神主”を指すそうだ。

 黒の宝珠を持ち、東西南北の宝珠を統べる神主の前で傍若無人な振る舞いを見せた日には喪心してしまいそうだと西の神主は嘆いた。


 翔は元人の子である久遠を思う。

 時期神主として見出された彼は、何のために神主を目指しているのだろう。強さを求めているだけなのだろうか。それだけのためならば、しごくつまらない理由に思える。

 人の目標にケチをつけるなど失礼極まりないだろうが、今の翔にはどうしてもつまらない理由に思えた。



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