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南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【第二幕ノ壱】少年神主の日々
105/158

<十>狂い咲きの五方神集(壱)



 連なる長いながい鳥居を潜っていく。

 紅い月を見上げると、澄み渡る夜空も心なしか紅く見えた。浮かぶ雲は言うまでもなく紅である。


 飽きもせずに天を見上げ続ける。

 視線を引いて鳥居に向けた。次から次へと飛び込む鳥居はどれも年期が入っており、塗装が剥げかけている。それが神々しい空気を醸し出していた。

 まるで何十年、いや何百年も前から建っているのだと教えてくれるようだ。


「うわっち!」


 平坦な石畳とはいえ、凹凸が激しい。

 余所見をしていた翔は危うく躓きそうになった。足元を歩いていたギンコが浄衣を食んで引っ張ってくれたことにより、体勢を立て直すことに成功する。


 手放しそうになった笏を懸命に掴むと、翔はギンコにありがとうと片手を出した。

 嬉しそうに尾を振る銀狐の隣では、金狐が小ばかにしたようにクンと鳴いている。何と言ったか分からないが、きっと悪態をついたに違いない。その証拠にギンコが睨みを飛ばしている。


 普段ならば反論の一つでも返すところだが、生憎余裕がないため無視することにする。


 音なく吐息をついて歩みを再開すると、背後から両肩に手を置かれた。

 顧みると紀緒が天女のような微笑みを見せる。呆けた顔で相手の顔を見つめると、彼女の眦が和らいだ。


「皆、緊張するもの。けれど貴方様は自信を持って良いのです。本来ならば当代神主の下で修行をし、師と共に“御魂の社”を訪れるもの。しかし、翔さまには当代神主がおらず、おひとりで修行されています。それは立派なことです」


 ひとり。

 翔は瞬きを繰り返して、一人で修行などしていないと返事する。

 多忙の身の上ながら“日輪の社”の者達が手を貸してくれている。未熟な自分を“月輪の社”の巫女と神使が支えてくれている。


 それだけではない。

 保護者の猫又や子供達、自分と関わる者達が半人前神主を見守ってくれているのだ。それを驕った気持ちで“ひとりで修行をしている”などと言えるわけもない。

 だから何も立派なことはしていないのだと翔は力なく笑みを返す。


「それより、比良利殿の方が凄いんじゃないかな。九十九年、一人で南北を統べていたのだから」


 紀緒は笑みを深くする。

 前方を歩く比良利の耳が此方を向いた。聞き耳を立てているようだ。


「そうですね。本当に凄いお方です。あれほど惣七さまを超えると主張していたのに、張りあう相手がいなくなって寂しそうでしたね」


「寂しくなどない。暇になっただけじゃ」


 珍しくムキになる北の神主は寂しくなどないと二度繰り返し、早く来いと一向に促す。

 笑いをかみ殺す紀緒がこっそりと耳打ちをした。それによって翔は今日一番の綻びを見せる。


 駆け足で比良利の隣に並ぶと、歩調を合わせて対と共に歩く。己の表情を盗み見た赤狐が訝しげに視線を投げてきた。紀緒が自分について何か言ったのだと察したようだ。

 何を言われたのだと素っ気なく尋ねてくる比良利を一瞥し、また一つ笑みを零す。


「比良利殿。初の五方神集で、南の九代目共々寝坊したそうですね。原因は過度な修行による睡眠不足だったとか。楽しそうな修行時代だったのですね」


 相手の顔が引き攣る。紀緒の告げ口は本当のようだ。

 立派に神主を務めている比良利と鬼才の先代ですら、このような失敗があった。

 皆、何かしら失敗を犯しているのだと教えてくれる紀緒のおかげで、少しだけ失敗しても大丈夫という勇気が持てる。

 心のどこかで完璧な振る舞いを見せなければ、と思っていた自分がいたのだ。師の失敗談によって憑き物が取れた気分である。



 紅い月の夜空の下、連なる鳥居の終わりが見えてきた。

 最後の鳥居の向こうに異なった景色が目に映る。

 畏れる気持ちを抱えて鳥居を潜ると、青白い月明かりと満目一杯の花びらの舞が翔を歓迎した。花の舞と鼻孔を擽る花の香り、足を止めて天を見上げると大木が己を見下ろしている。貫禄ある大木達はどれも幹が太く、持ち前の腕を回しても足りないだろう。

 鳥居を囲む大木を恍惚に見つめる。右手を持ち上げると、濃い桃の花弁が舞い落ちてきた。桜にしては濃すぎる花弁の色である。


「いつ来ても立派な梅ですね」


 青葉が感嘆交じりに息を吐く。

 それにより、花弁の正体が梅の花だと知る。

 花見といえば桜、という認識が当たり前だった翔にとって、梅の花もこんなに綺麗なのかと大きな衝撃を抱く。

 立派な大木を見上げるだけで己がちっぽけに思える。その大きさは何十年、何百年、生きているのだと教えてくれるよう。


「此処は別名“好文木(こうぶんぼく)の社”や“風待草(かぜまちぐさ)の社”とも呼ばれておる」


 我に返った翔は別名があるのかと比良利に返事する。

 眦を和らげて彼は小さく頷いた。別名は複数あり、好文木、木の花、春告草、風待草などと呼ばれている。すべて梅の花の別名だと雑学を語った。

 “御魂の社”の梅は永遠に咲き続けている。だから別名を持つのだと比良利。

 翔は紅梅色の花弁に目を落とし、舞っている仲間達の下に帰してやる。瞬く間に花弁は宙をくるりと舞って、風花の一部となった。


 比良利が奥へ続いている石畳の上を歩き、先導を始める。

 慌てて肩を並べると、彼が“御魂の社”の仕組みを簡単に教えてくれた。


「“御魂の社”は鎮守の森ならぬ、梅の森に囲まれておる。そして此処を通るための鳥居は全部で四つ。社を中心に東西南北に鳥居が設けられておる」


 翔は脳内で簡単な地図を想像する。

 梅の森には四つの鳥居が存在しており、東西南北に一つずつ設けられている。


「各地定められた鳥居を通って此処を訪れる。わしは北の鳥居、主は南の鳥居といった風にのう」


「定められているのなら、俺達は南の鳥居を通らないといけなかったのかな」


「これは原則じゃ。場合によっては別の鳥居を潜っても許されよう」


 梅に囲まれた石畳の上を歩いて程なく新たな鳥居が現れる。そこを潜ると真っ赤なヒガンバナ畑が体を揺らしていた。


 神聖な空気が薫る地。

 己の統べる社では決して味わえない幻想的な空気に酔い痴れてしまう。空を覆う梅の花と地を覆うヒガンバナが言い知れぬ感動を生まれさせた。

 妖と化して一年。種族の本能として己が草花を愛す生き物に生まれ変わったのだとは重々理解していたが、ここまで強く花に想いを寄せることがあっただろうか。


 花々に隠れた石畳の上を進んで行く。

 厳かな建物が見えた。既に境内に踏み入れているのだと気付いた翔は、社の敷地の広さに舌を巻いてしまう。“月輪の社”の二倍はある敷地面積だ。他にも本殿や拝殿、手水舎、鳥居に注連縄。どれも比較にならない大きさ広さだ。


 落ち着かない気持ちを抑えながら視線をあちらこちらに配っていると、何処からともなく楽器の()が漂ってきた。

 散らばっていた音はやがて重奏となり、三味線、琵琶、尺八、十七絃、小太鼓の五重奏となる。


 耳を動かして曲に耳を澄ませる。


「あれは紅梅の宴と言います。梅の精達が戯れているのでしょう。滅多に姿は現さないのですが、ああやって訪れる者の耳を楽しませてくれるのですよ」


 梅の精、それも物の怪だそうだ。

 紀緒の説明を流すように聞き、三尾を揺らして五重奏に耳を傾ける。いつまでも聴き入りたくなる美しい曲だ。



「早速始めたか。梅の精の優美な戯れ。酒の肴にしたくなるねぃ。おっと、比良利じゃねえか。自分が一番乗りかと思いきや、おめぇの方が早かったか」



 五重奏を掻き消してしまうほどの声量で比良利を呼ぶ一匹の妖。雪のように真っ白な浄衣を身に纏った男が大股で歩んで来る。


 大柄な体躯に比例する剛腕。烏帽子からはみ出ている濃い茶の短髪。実父と同じ年齢ほどの老け顔をしている男の頭には垂れた犬耳。

 視線を落として尾を確認する。先端が分かれているものの尾は一本しか生えていない。多くの動物妖怪は尾が分かれているものだが、この妖は例外のようだ。

 けれども神主の歴は赤狐よりも長いのか、比良利は丁寧に頭を下げた。


「これは五代目東の神主、土佐犬神の千峰(せんぽう)殿。お元気そうで」


 犬神とは犬の憑き物を指す。

 土佐大神ということは土佐犬の犬神なのだろうか。失礼ながら翔はまじまじと相手を観察した。

 豪快に比良利の肩を叩く千峰は、堅苦しい挨拶はやめやめだと手を振って腰に手を当てる。


 驚いたことに片手で浄衣の袖を捲り上げていた。正装すら彼にとって堅苦しい衣服だと思っているようだ。

 袖の下から見えた腕の筋肉に翔の目は釘付けである。


「十年ぶりの再会なんだ。もっと楽に盛り上がろうぜ」


 どうやら千峰という男は楽観的な思考の持ち主のようだ。公の場でも砕けた口調を使用している。

 人の良さそうなたれ目が笑うと、比良利も頬を崩した。


「千峰殿、ご紹介いたします。新しい我が対を」


 比良利の六尾に背を押され、半ば強制的に翔は前に出る。

 千峰と目がかち合ったため、深く頭を下げて挨拶をしようとした矢先、逞しい腕が伸びて翔の身を軽々持ち上げた。

 言葉を失う翔に対し、「噂には聞いていたが本当に仔狐ちゃんだな」千峰は人の身を持ったまま右に左に揺らした。その速度と荒々しさに目が回りそうである。


「おめぇが新しい対かぁ。比良利も若造の類いに入るが、こりゃあ目を瞠る若さだなぁ。歳はなんぼだ?」


「こ、今年で十九に」


「なら今は十八か? 生まれたての仔狐かおめぇ!」


 それなりに覚悟はしていたが、散々な言われようである。

 さすがに生まれたては聞き捨てならないため、翔は四肢と三尾を忙しなく動かして立派に十八年生きていると反論した。

 短い人生ではあるが、これでも月並みに喜怒哀楽を体験してきたのだと主張。

 フーッと全身の毛を逆立て、ただの“仔狐”は許せても“生まれたての仔狐”はあんまりだと足をばたつかせる。子ども染みた態度だと呆れられるかもしれないが、どうしても我慢ならなかった。


 すると土佐犬神は大声で笑い、それはすまないと謝罪してきた。


「十八年とはいえど、おめぇには大切な時間だもんな。いやはや笑って悪かった。悪気はなかったんだが、こんなに小僧とは思わなくてな」


 そろそろ年齢コンプレックスを抱きそうである。

 若いことは素晴らしい筈なのに、妖の世界に飛び込んでからというもの、齢十八と言えば子供扱い。否、幼児扱いばかり。気持ちは分からなくもないが、幼児呼ばわりされる此方の身にもなって欲しい。


 尾の先端を曲げて不機嫌顔になる翔に、千峰はまた一つ噴き出して身を下ろしてくれる。


「悪かったって」


 大きくて太い指が鼻先を弾いた。

 お詫びにこれをやると懐から懐紙を取り出し、それを開いて花型の落雁(らくがん)を翔に差し出した。干菓子の贈り物に目を点にしていると、「甘ぇぞ坊主」これでも食べて機嫌をなおせ、身を屈めた千峰の口角がつり上がる。

 悪意ある視線に気付き、翔はまたしてもからかわれているのだと察する。


「おぉお俺はそこまで子供じゃない!」


 素直な性格をしている翔は、千峰の気遣いに対して地団太を踏んだ。


 瞬きのこと。

 悔しがる翔の口の中に物を突っ込まれる。

 目を白黒にさせて口内の物を反射的に噛むと、砂糖の甘さが一杯に広がった。動きを止めて物を咀嚼する。落雁だと気付くのに時間は掛からなかった。

 

「どうだ、甘いか?」


 うんっと頷き、甘いと感想を述べれば、「ほら仔狐の機嫌がなおった」千峰が腹を抱えて大笑いする。ひぃひぃ涙目になって笑声を上げる東の神主に一杯喰わされたようだ。

 再び全身の毛を逆立てる翔に対し、傍観者に回っていた比良利が苦笑いを浮かべながら間に割ってくる


「これこれ翔よ。ムキになるでない。千峰殿の他愛もない戯れじゃよ。ほら自己紹介せえ」


「自己紹介する前に仔狐呼ばわりの子供扱いで遊ばれるなんて、こっちとしては堪ったもんじゃないんだけど!」


 公の場も忘れて口調を砕けさせる翔は、まだまだ若い妖狐のようだ。

 ぶすくれる自分にまた一つ笑い、千峰は活きの良い仔狐じゃないかと比良利の胸部に手の甲を当てる。


「ガッチガチに緊張しているようだったから、どんな小心者坊主かと思っていたが、思いの外活きが良くて安心したぜ」


 意表を突かれてしまう。

 今のやり取りは翔の素を引き出させるためのものだったようだ。

 呆けた顔を作って相手を見上げると、「建前も世辞も信用ならねぇ」男なら持ち前の素を曝け出して他人にぶつかるべきだと千峰。

 緊張にまみれた挨拶をされるよりも、仔狐呼ばわりして怒りを見せた翔を知りたかったのだと眦を下げる。


「自分は“魑魅の社”に仕えし第五代目東の神主、土佐犬神の千峰。(りょく)の宝珠を身に宿している犬神だ。仔狐、憶えておきな」


 この時間だけで垣間見えた、千峰の器の広さ。

 摩訶不思議なことに彼の憎まれ口や戯れはすべて許せそうだった。それはきっと、相手を想っての態度だからだろう。

 砕けた口調で自己紹介をしてくる千峰に圧倒されていた翔だが、我に返ると負けじと自己紹介をする。


「俺は仔狐じゃない。“月輪の社”に仕えし第十代目南の神主、三尾の妖狐、白狐の南条翔だ。犬神のおっさん、憶えとけ!」


 これには比良利も絶句、様子を見ていた青葉達も血相を変えてしまった。

 翔としては人を仔狐呼ばわりした仕返しをしたまでなのだが、ちょっとやり過ぎてしまったらしい。

 千峰だけは豪快に笑って人の額を指で弾いてくる。


「この千峰をおっさん呼ばわりするなんざ、おめぇ度胸あんなぁ。一応東西南北神主の中じゃ一番歴が長ぇんだぜ?」


 そこまで言われると千峰の年齢が気になるものである。

 歳はいくつなのかと尋ねれば、彼は顎に指を絡めて眉を寄せた。首を捻っていくつだったかな、と独り言をつぶやく。


「五百までは憶えていたんだがな。自分の生まれは正平だから……あー……」


 正平、聞いたこともない時代である。

 歴史でならった時代だろうか、腕を組んで記憶を探っていると紀緒がそっと耳打ちをしてきた。正平は南北朝時代の年号だと。


 翔は石化した。


 南北朝時代。

 鎌倉時代と戦国時代の間にある、あの南北朝時代を指しているのだろうか。ならば少なからず六百は過ぎている。この男はおばばよりも年上なのだ!

 しかしおばばよりも若く見える。妖によって歳の取り方が異なるのだろう。


「神主歴はどれくらいなの?」


 タメ口の使用によって比良利が強く諌めてきたが、「おめぇと惣七もそうだったろうが」笑いをかみ殺す千峰が構わないと肩を竦めてくる。

 公式の場でなければ楽にいて欲しいと思う妖なのだろう。

 翔の問いにはこう答える。神主歴は約五百年、百五十余りの年齢で就任したそうだ。

 途方もない年月である。百年ですら長いと思うのに、その五倍、彼は神主を務めているのだ。大先輩もいいところだろう。


「ま、自分も若造なんだろうな。この梅達に比べればよ」


 この社に植えられた梅達は千年以上生きている。

 恍惚に梅の花を見つめる千峰に倣い、翔も花に視線を流す。姿を隠している梅の精達が奏でる五重奏が心地よい。

 「尊敬すべき先輩だぜ」千峰は梅の木を親指でさし、翔と向かい合ってくる。


「比良利の対がどんな奴なのかはおおかた理解した。なんっつーか、おめぇは馬鹿正直くせぇ仔狐っぽいなぁ」


 褒められているのか、貶されているのか、問われるのならばきっと後者だろう。

 幾度も仔狐呼ばわりされていることに不満を抱いていると、「仔狐に聞くぜ」東の神主の黒い瞳が翔を捉えた。


「先代の噂は聞いていると思うが、おめぇはあいつを超えられると思っているか?」


 何故、千峰がこのような疑問を投げかけてくるのかは分からない。

 ただこの質問に対しては真剣に答えなければいけないような気がした。

 翔は少しだけ間を置いて思考を巡らせると、きっと無理だろうと返事する。弱気な答えだと落胆する東の神主を無視して言葉を重ねる。


「鬼才と呼ばれた先代を超える。それはきっと凡才の俺一人じゃ不可能だと思う。だって俺の力なんて高が知れているから。だから皆に迷惑を掛けるし、心配も掛けてしまう」


 出でた才を持ちたいと思っても無い物ねだりにしかならない。 

 けれど、嘆いていても仕方がない。こんな自分でも頼りにしてくれる妖がいる。期待を寄せてくれている妖がいる。信じてくれる妖がいる。


「南の地を統べるのは俺一人じゃない。“月輪の社”に仕える者達。そして南北を統べるのは“日月の社”の者達なんだ。彼等と力を合わせていきたい。才が欲しくないと言えば嘘になるし、個人の意見を述べれば先代を超えたい。彼と比較をされたら、やっぱり悔しい気持ちを噛みしめてしまう」


 けれど先代を超えたいなど考えている暇はない。少しでも努力をして、自分は対の背に近付かなければならないのだ。

 いつか立派な神主になって南を統べ、北を見守り、南北の地に住む妖達を先導していく。翔が目指す今の目標だ。


「先代だって俺に言うと思うよ。自分を想うより、妖達を想えって。会ったことはないけれど、妖達を優先にする人だと話には聞いていたから」


 これが自分の答えだと千峰を見つめる。

 深慮に人を観察している東の神主が頬を崩した。


「白の宝珠に狂いはねぇな。何故おめぇを宝珠が選んだのか今の答えでよく分かった。おめぇは“一人では何もできないことを知っている”妖なんだな。比良利、惣七を継ぐ良い対を見つけたな」


 どことなく誇らしげに北の神主が口角を緩めた。


「翔の成長が楽しみで仕方ありませぬ。必ずやわしの隣に立ってくれることでしょう」


 ついつい翔も表情を崩してしまう。世辞でも尊敬する妖狐に褒められると嬉しいものだ。


「これくれぇ素直なら心配はねぇだろうよ。見たところ、おめぇを尊敬してやまないようだしな。西の神主のところの坊主とはえれぇ違いだ」


「坊主と申しますと?」


「ああ。比良利は知らなかったな。十六夜(いざよい)のところに出仕ができたんだ。才は確かなんだが、年上を舐めた糞餓鬼でな」


 出仕は見習いのことである。

 翔も本就任を迎えるまでは神主出仕と名乗っていた。

 話によると西の神主に後継者ができたらしいのだが、性格に難があるらしく千峰は会うのが億劫なのだと吐息をついた。



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