表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
南条翔は其の狐の如く  作者: つゆのあめ/梅野歩
【第二幕ノ壱】少年神主の日々
102/160

<五>少年神主の悪知恵比べ



 妖に奇襲を掛けられて今日で三日目。


 皆の心配を一身に浴びた翔は寝泊まりを“妖の社”で過ごしている。向こうの気が落ち着くまでは極力、彼等の要望に応えるつもりだ。それが説得の最善の道なのだから。

 社に帰宅した翔は夕方まで床に就き、スマートフォンのアラームで起床すると井戸で顔を洗って土間へ向かった。

 足を踏み入れると水場で大根を洗う青葉の姿。夕飯を作っているのだろう。大根の表面についた泥を水で洗い流している。

 また彼女に負けてしまったようだ。今日こそ彼女より早く起床し、夕飯の手伝いをしようと思っていたのに。


「青葉。おはよう」


 洗った大根をまな板に置いた彼女が顧みてくる。

 出逢った頃とは比較にならない柔和な笑みを見せてくる青葉はひとつ会釈をし、挨拶を返してくれた。

 皆の夕飯を拵えるのが彼女の一日の始まりである。


 しかし、青葉一人では大変だろうと翔は積極的に手伝いを買って出ていた。少しでも親密になろうという目論見もある。

 青葉が大根の皮を剥こうとすると、自分がやってみたいと申し出た。

 人の子だった頃は料理なんてろくすっぽう興味も、やろうという気力もなかったが、今は進んで挑戦している。こうして少しでも多くの知恵を、それらに携わっている人々の苦労を知りたかった。尊敬している師に神主道を極めるためには、まず知ることからだと口酸っぱく言われているのだ。

 だから、翔は挑戦を試みる。それが炊事であろうと。


「か、皮だけじゃなくて身まで削れるんだけど……」


「な、なんだか見ているだけで怖いのですが……翔殿。包丁で手を切らないで下さいね」


 尾を立てて真剣に大根と向き合う翔に、最初こそ忙しなく様子を見守っていた青葉だが、完成作を見せるとおかしそうに笑声を上げてきた。

 輪切りだった筈の大根に角がついている。これでは四角形である。翔はどうしてこうなったと剥いた大根を翳し、青葉に視線を向けた。ツボに入ったのだろう。彼女の笑声は絶えることがない。


「器用ですね翔殿。私には真似できませぬ」


 涙を拭う青葉に、これから上手くなることを期待しておくから包丁を返すように言われる。このままでは味噌汁に入る大根が極端に少なくなってしまうとからかわれてしまった。

 その代わりに釜で白飯を炊いて欲しいと頼まれたので、大人しく従う。

 既に火を熾すことはお手の物なのだ。未だに白飯を焦がしてしまうが、最初の頃よりはずっとマシだろう。


 水の張った釜の底に沈んでいる米を確認。かまどから残り灰を火かき棒で掻きだし、新しい薪を組み火打石で火を熾す。

 狐火も使えるが青葉曰く炊事場では妖術を使わず、道具に頼るそうだ。理由としては妖術は日常生活にあまり使えるものでない、らしい。

 それだけ火の加減が難しいのだという。確かに狐火は火力の調節が難しい。炊事向きではないだろう。

 火かき棒と火吹き竹で火加減を調節していると、青葉が隣に並んで来る。

 顔を持ち上げる。膝を折ってしゃがんだ彼女が袂に挟んでいた手拭いを取り出し、おもむろに己の顔を拭ってくる。


「頬に灰がついていますよ。何事もそうですが一生懸命になると、翔殿は己の身なりを見ませんね」


 いつの間にか顔が汚れていたらしい。

 翔はごめんごめんと片手を出し、気付かなかったと返事する。仕方がなさそうに笑みを返す青葉はかまどに目を向け、轟々と燃え盛る炎に視線を流した。


「こうやって翔殿が火を熾せるようになったなんて。最初は火の熾し方も分からない無知なお方だったというのに」


 当然褒め言葉ではない。声が笑っている。


「しょうがないじゃないか。やる機会なんてなかったんだから。今じゃ御覧の通りだよ。手慣れたもんだろう?」


「後はお米を焦がさないようにしてくれたら完璧ですね」


 天狗になろうとしていた鼻を折られた気分である。

 不貞腐れた気持ちを隠すように火吹き竹で炎に息を送る。一瞬にして橙に燃えていた炎が赤く激しく燃えた。此処にいるだけで汗が出そうだ。

 力んで息を吹きかけていると微笑ましそうに見守っていた青葉が、ふっと真顔を作り距離を詰めてくる。近い距離に頓狂な声を上げそうになった。急にどうしたのだと尋ねようとしたが、雰囲気が有無を言わせない。

 まずい。翔はこれから先の言葉を容易に察する。


「翔殿。いつ頃、お戻りになるのですか?」


 やっぱりである。

 この三日、彼女のお決まり台詞となっている問い掛けに翔は視線を泳がせる。

 火吹き竹をくるくると回して誤魔化していると「早くお帰り下さい」相手の両手で頬を挟まれた。


「皆、貴方様の御身を心配しているのです。妖に成熟して、まだ一年。無知なことも多いのですから。それとも私達と共に暮らしたくないのでしょうか?」


「そ、そんなことない。俺は青葉もギンコもおばばもネズ坊達も大好きだし、家族だと思っているよ。だ、だけど、そのな、俺にも事情があって」


 相手の細い眉がつり上がっている。

 怒気を纏う青葉に生唾を呑み、千行の汗を流す。彼女の威圧的な空気はいつ浴びても恐ろしいものだ。気分は母親に叱られる子供である。

 「そ、そうだ!」翔はぶるっと顔を振って彼女の手から逃れると、幼馴染達の会話を思い出し、厄除けの御守はないかと彼女に尋ねた。


「持っていれば厄除けになるらしいじゃないか。妖の遭遇率もグンと減るらしいし」


「御守はありますけど、翔殿、何を仰っているのですか? 厄除け御守にそのような効果はございませんよ」


 呆けた顔を作ってしまう。

 だったら幼馴染が教えてくれたことは虚言だったというのか。いや、二人の知識に嘘偽りはないだろう。彼等が誤認しているとも信じがたい。

 目を白黒させていると青葉は厄除け御守はあると告げ、その効力を教えてくれた。


「厄除け御守は霊力のある人間との遭遇率を減らすものです。何故、同胞が厄になるのでございましょう?」


 だそうだ。

 すっかり失念していたが“妖の社”はあくまで妖の聖地。二人が話す御守とは少し内容が違う模様。

 妖にとって霊力を持つ人間が何よりも恐ろしいと認知されているのだ。御守の効力が違うのは当然なのかもしれない。

 ならば人間の世界にある厄除け御守を持っていれば、妖と出遭わないのでは? 疑問を抱いた翔が青葉に尋ねると、彼女は目をひん剥いた。


「同胞とお会いする機会を低くしてどうするおつもりなのです? なにより翔殿自身が妖なのですから、それを持っているだけで不幸になりかねませんよ!」


 人間の世界の厄除け御守は妖にとって害のようだ。

 開運祈願の御守とは違い、籠められている力は厄除け。人の世界の厄には妖が含まれているのだから、妖狐の翔が持っていては己が厄として見られる可能性がある。

 しかし、ただでは折れない。何かしら奇襲を掛けてくる妖から身を守る御守が存在する筈だ。


「じゃあ護身御守とかはないの? これを持っていれば災難から身を守れる、みたいなの」


「ありますけれど、それを持っているからと言って私達を説得できるとでも?」


 翔は幼馴染が助言してくれた結界について話題を出す。

 今のところ長時間の結界を張ることはできないが、練習して自分の部屋を安全地帯にする程度の結界の腕は磨くと意気込む。

 憮然とした面持ちを作る青葉は吐息をつき、三年という年月を口にしてきた。


「翔殿が目指す結界は空間を閉ざす“空間結界の術”と呼ぶのですが、会得に最低三年は掛かる結界術ですよ」


 持ち前の尾と耳がだらっと地面に垂れてしまう。

 おずおずと自分が鬼門の祠に張った結界術よりも難しいのかと尋ねたところ、そうではないと彼女は否定。


 翔が鬼門の祠に張った五方結界の術は宝珠の御魂と大麻の力を使ったもの。対して空間結界の術は本人そのものの妖力を具体化して結界を張る。

 難しさでいえば後者の術であるが、結界の種類が違うと彼女は述べた。


 宝珠の御魂を頼らずに使える翔の妖術は狐火と簡単な結界程度。妖一年目の妖狐が大がかりな術を会得するのには時間を要すると青葉。

 大ショックを受ける翔の肩に手を置き、微苦笑を向けた。


「ここは私達の願いを聞き入れてもらえませんか? 私達は貴方様に悪意を持って申しているのではありません。善意を持って願い申しているのですから。私に仰ってくれたじゃないですか。皆で“月輪の社”を守り、共に生きてくれると。だから」


「共に……あ、そうか。そうだ。そうすればいいのか! なあ、青葉は結界を張れるか?」


 「え?」瞠目する巫女の両手を取り、「結界を長時間張れるか?」真剣に尋ねる。

 剣幕に押されたのだろう。青葉は会得していると小さく頷いた。


 途端に翔の垂れていた尾と三尾が持ち上がる。

 爛々と目を輝かせ、「これで一つ解決だ!」勢い良く立ち上がると火吹き竹を放り、青葉の夢も叶えられると声音を張って半ば強制的に立ち上がる。

 突然のことになされるがままの巫女は驚く声すら失っているようだ。

 けれど翔は解決の糸口が見えてきたと大はしゃぎ。忙しなく三尾を振り、青葉を巻き込んで小躍りするようにその場で回った。


「青葉、この家屋を憩殿にする夢を叶えてやるからな! 日輪の社のように此処にも憩殿を建てよう!」


「か、翔殿?」


「そうと決まれば、早速おばばに報告だ。青葉がいるんだ。結界の問題は解決だろう。比良利さんだって説得してみせらぁ! ええい、負けるな俺。人間界の常識を全部使って戦うぞ。簡単に折れるもんかー!」


 騒ぎに土間の穴をねぐらにしているネズ坊達が起きてくる。

 揃いも揃って何事だと寝ぼけた目で見上げてくる七兄弟に元気よく挨拶をすると、家屋にバタバタと上がっておばばのいるであろう居間に向かう。

 残された者達は火に掛けている釜が吹き零れるまで、呆然とその場に佇んでいたのだった。




「な、なに。妖祓の小僧と相部屋にするじゃと。翔、お主は唐突に何を申すのじゃ」


 日輪の社・憩殿大客間にて。

 祖母である猫又のおばばと対となる社を訪れた翔は、脇息に凭れている比良利の度肝を抜いた顔に満面の笑みを向けて意味はそのままだと返事する。

 許可できるわけないと顔を顰める齢二百の妖狐に、翔はどうしてだと首を傾げる。

 幼馴染であり、妖祓の彼ならば悪しき妖の奇襲は免れるだろう。それだけの知識が向こうにはあるのだから。

 しかし物申すのは比良利である。


「立場を思い直すがよい。主は妖の頭領ぞよ。不倶戴天の敵である人間と共に暮らすなど、妖達が知れば混乱に陥るに決まっておろう。早う戻ってまいれ。師の命令じゃ」


 話は仕舞だと言わんばかりに、比良利は煙管を取り出し先端を食む。

 傍らに座っている六代目北の巫女も苦笑い交じりに諦めた方が良いと慰めてくるが、すべて想定済みである。へこむと思ったら大間違いだ。

 翔は袂に挟んでいた一枚の紙切れを取り出し、比良利達の前に置く。

 疑問符を浮かべる彼等に説明する。これはわざわざアパートまで取りに戻った最重要書類。契約書だと。


「人の世界では賃貸部屋を借りる時、こうして紙面上で契約を交わすんだ。規約上、俺は最低二年はあのアパートを借りないといけない。それを破れば違反。俺は罰則を受けることになるんだ」


 ただでさえ家賃が月に3万5千円。

 それを奨学金を借りて支払っているとはいえ、敷金礼金を親に支払ってもらっている身分。簡単に部屋を移すことはできないと翔は主張した。

 ちなみに妖の世界で3万5千円という額を表すと貨幣として使用している金の石が三つ、銀の石が一つ。決して安い金額ではない。此方の世界では大層な大金になると翔は知っている。

 現実問題を突き付け、「契約違反をすると罰金なんだ」翔は今以上の借金を負うことになると契約書を叩いた。


「更に俺には干渉的になっている両親がいる。連絡を入れないと、すぐアパートに飛んで来るほど心配性になっているんだ。そりゃあ一ヶ月も息子が意識障害を起こしたら心配になってしまうのも分かるよ。あれの正体が形代だったとしても、騒動を起こしたのは俺が悪い」


 自分は一人息子。尚更、心労をかけたと自覚している。


「比良利さん。俺はひとりで向こうの世界で生活をしているわけじゃないし、アパートを借りているわけでもない。両親を保証人という形で部屋を借りたんだ。もし此処に移住するなら俺の親を説得して欲しい」


 ただし簡単なことではないだろう。

 なにせ翔ですら一人暮らしの説得に三ヶ月を要した。

 隣町の夜間大学に通うのに、どうして一人暮らしが必要なのかと幾度も詰問されたほどだ。翔としては妖の奇襲等を避けるため、また神主修行を考えたことでの決意だったために引くに引けず、三ヶ月という期間を使って説得したのだ。


 そんな両親に、もしも引っ越しの話題を出したらどうなるだろう?

 きっとアパートで何か問題があったのだと勘違いを起こし、自宅帰還命令を出すに違いない。

 そしたらもっと面倒なことになる。翔は諸手を挙げた。


「俺は妖の頭領。神に身を捧げると決めた身分。だけど、その頭領を育ててくれた両親になるべく迷惑は掛けたくないんだ。両親の寿命は百年もないだろうし大事にしたい。とはいえ、現在進行形で金銭面で苦労を掛けているし。比良利さん達にだって心配を掛けている」


 だから自分は考えた。普段は使わない頭で懸命に考えた。


 妖祓の幼馴染と相部屋にすれば万事解決だと。

 彼と相部屋にすれば、悪しき妖の奇襲を心配もなく、部屋も変えずに済む。付録つきで家賃代は今の半分。水道光熱費等も折半できる。両親も幼少を知っている彼と相部屋なら納得して許可を下ろしてくれるだろう。


 そうこれは翔なりの解決策なのだ。

 得意げに語ると比良利から盛大な溜息をつかれた。疲労したような面持ちで煙管を吸っている。


「話はある程度、理解できた。つまるところ、此方に移住する話は簡単なことではないと申したいのじゃな。移住するためには多数の条件が課せられると?」


 うんうん、笑顔で大きく頷く。

 わざとらしく指遊びをして、特に金銭問題は切実なのだと上目遣いを作る。

 自分が稼いでいるならまだしも、奨学金と両親の懐で賄っているのだ。自分の我儘で罰金を負うわけにはいかない。

 だから最低契約の二年間は移住を待って欲しい。比良利達に心配を掛けないように妖祓と相部屋にして共同生活をするから。

 爛々と目を輝かせて北の神主を見つめる。赤狐は二度目の深い溜息を零してくる。


「お主の申す通り、どの世界にも規則があるもの。わし等の都合のみで簡単に物事が動くわけではなかろう。元々ぼんは人の世界の住人、妖になろうが頭領になろうが容易に生活を変えられるわけではないかもしれぬが」


「じゃあ、朔夜と住んでいい?」


 上体を乗り出して相手の返答に期待を寄せる。己の打ち出した案はまさしく名案だと思うのだが!


「寝言を申すでない」


 比良利がぴしゃりと返す。

 妖祓と同居する妖の頭領がどこにいる。例え名案であろうと、それは翔自身に利得がある話。妖の頭領としては最悪の案だと彼は言い放った。

 “瘴気事件”のように、もしも妖と妖祓の間に亀裂が生じたら面倒になりかねない。

 また妖祓は“宝珠の御魂”の存在を知っており、それがどれほどの価値かも知っているのだ。断じて許可はできないと比良利は眉を顰めた。


「一番良いのは主が空間結界を長時間張れることじゃが」


「簡単には会得できないんだろう? 青葉が言っていたよ」


「いかにも。となると、最善の策は主が此処に戻ることじゃ。金銭面は我等“日輪の社”で賄えることもできよう。妖の世界では価値のない代物が、人の世界では高価な代物として扱われることがあるからのう。ぼんは知っておるかのう? 両替商(りょうがえしょう)の存在を」


 きょとん顔でいつまでも瞬きをして比良利を見つめていると、それまで静観していたおばばが口を挟んだ。


『坊や。両替商というのは金融業務を行う店のことだよ。ここからお金を借りたり、異世界の貨幣を換金したりするんだ』


「ああ、こっちでいう“銀行”のことか。なら、俺が人の世界の貨幣をそこに持っていけば換金してもらえるの?」


『勿論さ。誰でも利用できるからねぇ』


 けれど妖の世界を知って一年、そのような両替商など見たことがないのだが。さすがに金融業務を出店で運営するとは思えないし。

 腕を組んで首を傾げると紀緒が笑声を零す。


「翔さまは“妖の社”しか足を運んだことがありませんからね。比良利さま、翔さまをお連れして“妖の世界”を見せて差し上げないと」


 ぴんと耳を立て、三尾を振って好奇心を垣間見せる。

 彼等の言う通り、翔は“妖の社”しか足を運んだことがない。


 けれど“妖の世界”は日輪の社だけでないことを翔は知っている。知識としては比良利に教え込まされていたのだ。

 学びによると妖の世界は基本的に神社や寺、墓を介して人の世界と通じているという。妖の社は神を祀る聖域として認知されているが、そこを訪れる妖の庶民が暮らす集落も点々とあるそうだ。

 南頭領としていずれ治める地の集落を回る予定となっている。


 紀緒の提案に比良利は頬を崩す。


「無論、翔に見せていくつもりじゃよ。近々“五方神集”もある。五方宝珠の神職達に挨拶回りもせねばならぬからのう。わしの対を紹介せねば」


 五方宝珠の神職達。

 それは宝珠の御魂を宿している五方の妖の社にいる頭領を指す。


 翔は己の知識を手繰り寄せた。

 人の世界の神社が全国各地にあるように、妖の世界にも社が全国各地に存在している。祀っている神は各々で異なるが、必ず(ゆかり)のある社が存在し、それらの社は連携を取っていると聞いている。


 つまり五方宝珠の神職達とは宝珠の御魂に縁のある者達なのだ。

 ただし、どのような者達がいるのかは分からない。残り三つの宝珠の御魂を持つ神職達がいると思うだけで、対面の際は緊張しそうだ。

 その者達について尋ねると、近日学びの場を設けると比良利に返された。今は話すべきことではないと思ったのだろう。脱線した話を戻される。


「翔よ。お主が金銭面について気掛かりというのならば、この赤狐の比良利が受け持とう。少しばかりの罰金を負ったところで痛くも痒くもない。両親の問題についても説得が必要ならばわしが出る」


 翔は顔を引き攣らせてしまう。

 比良利が本当に説得役を引き受けるとは思わなかったのだ。本当にできるのかと問えば、齢二百年生きている妖狐は狡猾なのだと口角を持ち上げてくる。説得できる術は幾らでも持っているのだと言いたいのだろう。

 部屋の契約を継続させたいのならば、形代を使用すれば良いという始末。


「これにて解決じゃのう」


 翔の言い逃れを塞いだ比良利は、おとなしく帰って来いと命じた。

 力なく耳を垂らす翔は負けたと頭上に雨雲を作る。


「朔夜と暮らす手は良い考えだと思ったのに。せめて俺が空間結界を張れたらなぁ」


 打つ術がないと嘆く自分を機嫌よく見つめ、北の神主は己に知恵で勝つなど五百年早いと笑声を零した。

 「ぼん。気は済んだかのう?」返す言葉もないと諸手を挙げ、翔は投げやりに疑問を投げけた。


「比良利さん、一つ。俺が空間結界を張れたら人の世界での暮らしを認めてくれた?」


「そうじゃのう。いくつか条件は課すが認めんでもなかろう」


 発言者の語尾が小さくなる。

 相手は気付いたようだ。翔がこの言葉を待っていたことを。

 千切れんばかりに尾を振り、「おばば。今の聞いただろう!」空間結界の条件は呑めそうだと歓喜の声と共に飛び上がった。仕方がなさそうに猫又は笑い、しょうがない坊やだと一声鳴く。


『ちゃんと青葉達を説得するんだよ。それから人の世界の暮らしは坊やが教えること。いいね? わたしも一緒に住むから』


「勿論だよおばば! 家屋を憩殿にするためにも、家族は全員俺の部屋に引っ越しさせるよ」


 呆、と傍観者達が視線を留めてくる。

 翔は矢継ぎ早に説明する。己の部屋に“月輪の社”の家族を置く。理由は家屋を憩殿にするため。仮住まいとして己の部屋を家にするのだと鼻高々に語る若き十代目は、巫女に空間結界を張ってもらうと満面の笑顔を作った。

 こうすれば自分の願いも叶い、巫女の夢も叶う。

 ハナッから幼馴染と同居するつもりはないと胸の内を明かして、ぺろっと舌を出す。


「あ、これは比良利さんに。俺の我儘ばかり聞いてもらっても悪いから」


 脇息に凭れている赤狐に歩み寄って両膝をつくと、懐に仕舞っていた真っ白な封筒を差し出した。


「これぼん! わしはまだ許可を出したわけでは」


 有無言わせず封筒を相手の両手に置く。

 ごまをすりながら相手を見つめ、開けてみて欲しいと催促する。

 訝しげな眼を投げながら北の神主が糊付けされていない封筒を開け中身を取り出す。出てきたのは数枚のブロマイド写真と四つ折りされた雑誌の切り抜き。巨乳グラビアアイドルの水着姿と、ピチピチ十代の制服アイドルに比良利の尾は電流が走ったかのようにぴんと張った。


 この一年、伊達に比良利の下で修行していたわけではない。術や舞は勿論、相手の嗜好はある程度知っている。

 助兵衛で有名な北の神主は、人間や妖のおなごに目がない。


 生憎、妖型のおなごの好みは分からないが人のおなごなら翔でも理解できる。翔の知る限り、赤狐は巨乳の美女好きだ。

 忙しなく六尾を動かし始めた妖狐に、どうぞ受け取って下さいと恭しく頭を下げる翔。気に入らないなら他のものを用意すると言葉を添える。

 谷間に釘付けだった比良利は我に返り、いそいそと封筒に写真を仕舞ってしまう。


「これしきのことで心動くわしではないが……ま、まあ、考えてやらなくもない。まずは主の住まいを視察してみるかのう」


 咳払いする狐の目が泳いでいる。これは期待している証拠だろう。


「ありがとう比良利さん! お礼に今度は写真集を買ってくるよ!」


 勢いよく立ち上がった翔は、早速月輪の皆に伝えてくると障子を開けて部屋を出る。

 静寂が訪れる大間。紀緒がこほんと咳払いをすると、老婆猫又と視線を合わせ、こう皮肉を零した。


「翔さまは御大層な知恵を持ってらっしゃいますね。二百年生きている狡猾な妖狐さまを打ち負かしたのですから」


 おばばも便乗する。


『お前さんを尊敬しているだけあって、坊やはよーく好みを知っているじゃないか。仲良しだねぇ』


 返す言葉もない比良利だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ