<七>妖祓、十代目に忠告する
ケーキ売り場で土産を買い、その足でバスセンターの大広場に出る。此処で行き交いするバスや人の多さを青葉に見せてやろうと思ったのだ。
しかし、神様の悪戯なのか、此処で奇妙な鉢合わせをしてしまう。
なんと若き妖祓の幼馴染二人と、高校の時につるんでいた悪友に出会ってしまったのだ。場所はバスセンター内にあるカフェ店。
仲良く、と言って良いのか分からないが妙な空気を出す朔夜と米倉、そして肩身を小さくしている飛鳥に会ってしまったものだから最悪のタイミングである。
幼馴染二人だけならまだしも米倉がいるとなれば話は別。
回れ右をして立ち去りたかったが、「あ。南条じゃん」名指しされたら無視もできない。翔はぎこちなく三人を顧みた。
彼等が歩み寄って来る。片手を挙げて挨拶してくる米倉に、挙手を返して幼馴染を一瞥。
「なに、三人で茶でもしていたのか?」
疑問を投げると、「まあな」悪友は意地の悪い眼を朔夜に流していた。
「楽しい茶会だったね」細く笑う親友に、「だな」米倉も満面の笑みを返す。双方に青い火花が散っているのは言うまでもない。飛鳥だけが複雑そうに溜息をついている。
三人がどのような流れでカフェに入ったかは知らないが、関わりたくないと切に思ってしまう。
「南条、お前は……買い物か?」
遠慮がちにだが米倉が青葉を流し目にする。
飛鳥に片恋を抱いていたことを知っている彼ならではの配慮だろう。
そんなところだと頷く。巫女は相手がただの人間と察したのだろう。初めましてと丁寧に頭を下げ、簡単に自己紹介をした。
「青葉と申します。そちらさまは」
「あ、俺は米倉聖司。あいつとは高校の時の同級生だ。そっちは大学のダチか?」
十中八九、答えられる。
青葉は相手の言葉の意味を分かっていない。
頭上に疑問符を浮かべている巫女がこてんと首を傾げているため、「そうそう」翔が代わりに答える。
ふーん、ジッと見つめてくる米倉に空笑い。早く去りたいというのが翔の心情だった。なにせこの男、ものすごく勘が良い。下手な真似をすれば相手が勘繰り、厄介な火種を起こしかねない。
「翔殿。聞きなれぬ言葉が複数ございました。ダチとは?」
先に厄介な火種を撒いたのは青葉だった。
目を点にする米倉に、「なんでございましょうかね」翔はやけくそに笑った。目で幼馴染に訴える。なんとかしろ、この男をどうにかしろ、と。
救済の手を差し伸べようと飛鳥が別の話題を切り出すが、米倉の興味は青葉と翔に絞り込まれている。
「なに、お嬢様なの? お前のダチ、いや、友達」
古風な喋り方にも疑問を抱いたのだろう。
千行の汗を流す翔が必死に思考を回すものの、話の流れはどんどんあらん方向へ進む。
「ダチとは友人のことなのですか。いえ、翔殿は友人ではございませんよ。米倉殿」
「え、南条のダチじゃない? なら」
「翔殿は私にとって友人ではなく」
此処で慌てふためいて訂正を入れても駄目だ。米倉の疑心を強める。
しかし、青葉との関係が疑われている以上、何かしら訂正を入れなければ。嗚呼、こういう時、もう少しオツムがあれば! 翔は内心で大パニックになっていた。
家族だと言ってくれたら、従妹だとかなんとか言って誤魔化せる。そうだ、いつものように家族と「かけがえのない人です」
終わった。
もう大学の友人、家族という嘘では通らない。少なくとも米倉相手では無理だ。
花咲く笑顔を浮かべる青葉に対し、誤解をしてしまった悪友は改めて翔を見つめてくる。その目は好奇心旺盛の塊だ。
「彼女はそう言っているけど、大学のご友人なのですか? 南条くん」
白々しい問い掛けに唸ってしまう。
この事態の責は青葉ではなく、事前に打ち合わせしなかった自分にある。幼馴染達をチラ見すると揃いも揃って気の毒そうに合掌してきた。見ていないで少しは助けて欲しいものだ。
「彼女なら、そう言えばいいじゃんか。なんでデキたことを教えてくれねぇんだよ」
「彼女というか」
「カノジョ? 私は翔殿の家族です」
今更家族という単語を出されても、別の方向で誤解されるのだが。
間の抜けた顔で見つめてくる米倉の視線が痛い。「家族?」聞き返してくる彼に、うんっと青葉は頷く。
「私にとって大切な家族なのです。彼の隣に立ち、共に生き、支えていくと決めています」
「あああ青葉ぁああ!」
「いつも人をおばあちゃんと呼ぶお返しです。翔殿も私に仰いましたでしょう?」
照れているのだと勘違いしている青葉に翔は目の前が真っ暗になりそうだった。
これでは自分が彼女にプロポーズを贈ったと誤解されてもおかしくないだろう。いや、ある意味プロポーズか。異性の誓いではなく、同胞としての誓いとして贈った言葉だが。
唖然としている米倉の背後で、幼馴染達も同じ顔をしている。
まさか彼等も勘違いをしたのでは。ないとは思いたいが、そうだとしたら頭が痛い。
元々考えることが不得意の翔は結論を出した。誤魔化せる状況ではない。
ならば、ならば仕方がない。
「言いました。言いましたよ。俺はお前に言った、一緒に生きる。俺を支えて欲しいって」
正直に答えるところは答えよう。そして相手に誤解させるだけさせておけ。もう知らん。
翔は考えることを放棄した。
青葉に共に生きようと言ったのは真のことなのだ。否定のしようもない。
はにかむ巫女と視線を合わせると溜息をつきたいやら、苦笑いを零したいやら。理不尽な文句も言えなくなる。
「あ、翔殿。あれは何でございましょうか」
実は発言者も恥ずかしかったようだ。
広場のすぐ側の一角を指さして、わざとらしい好奇心を見せる。彼女が指さしたのは変哲もないペットボトルや缶が売られている自動販売機だった。
飲み物売場だと教えてやると、「水売りなのでございますか?」江戸時代の知識を頼りにしている青葉が目を輝かせた。
「水売りと言えば、砂糖水や白玉団子を入れた冷水を売っているものですよね」
それは時折、妖の社でも見かける。
妖の世界は江戸時代に近い文化が根付いているのだ。翔も飲ませてもらったことがあったが、あまり美味しいとは思えなかった。現代人の舌には砂糖と白玉を入れただけの冷水は受け付けなかったのである。
だが青葉はそうではない。一度だけ口にしたことがあると思い出に浸っている。
甘味を好む青葉のために、相手を手招いて小銭を入れた。
これもカラクリ箱なのかと素で尋ねる彼女に一笑し、好みそうな飲み物を選んでボタンを押す。
リンゴジュースの缶を開けて差し出してやる。
飲み方がよく分からないようなので、買ったコーラでお手本を見せてやると賢い巫女はすぐにやり方を覚えて美味しそうにジュースを飲み始めた。
大層気に入ったようだ。甘いと綻んでいる。
眼が翔の飲み物に興味を示した。
悪戯げに笑ってコーラを差し出すと、瞬く間に彼女の顔が百面相になった。涙目になって舌が痛い、奇想天外な味がすると苦言している。
予想どおりの反応に翔は笑声を上げた。炭酸ジュースは彼女の口には合わなかったようだ。
「なんかよ。南条のお相手さん、どんだけ箱入り娘なんだ? 自販機ひとつではしゃぐなんて」
すっかり忘れていた彼等の存在に気づき、まだいたのかと翔は苦笑いする。
人の言葉を受け流して、米倉は顎に指を絡めた。
「水売り。今の時代に使うか?」
鋭い勘を持つ男は、チャラチャラとした性格とは裏腹に頭が良い。知識も豊富だ。
現代の人間が“水売り”という単語を使うなんて珍しい、と首を捻っている。
ギクリと表情を強張らせると、今度こそ幼馴染達が救済の手を差し伸べてくれた。「羨ましいな」飛鳥が自分と青葉を交互に見やり、口角を緩める。
「ショウくん。本当に青葉さんを大切にしているって感じがする」
かつての片恋相手に言われると複雑だが、本当にそうだ。青葉や他の家族のことは大切にしたいと思っている。
飛鳥はもしかして勿体ないことをしたのでは、と眉根を寄せた。
「ショウくんってさ。気配り上手じゃん? 何かと先回りをして人の喜ばせることをすることが得意じゃん? 女の子の気持ちを理解してくれるじゃん? 離れて分かる、この性格イケメン……顔は朔夜くんの方が断然いいのに。こんなことならデートしておけば良かった」
「おい、大概で失礼なことを言ってるぞ飛鳥」
「前までは幼馴染ラブだったのになぁ。何かあれば、やれ和泉だの、やれ楢崎だの。耳にタコができそうだったぜ」
「米倉。お前は黙っとけって」
「あの頃のショウが懐かしいね。少しだけ恋しくなったよ」
「朔夜まで……過去を蒸し返すなよ」
自分の気持ちを知っていたくせに容赦のない奴等だ。わりとダメージを受けているのだが。
心中で吐息をついていると、ジャケットの裾を握られた。
意味深長に見上げている青葉と視線がかち合う。
うんっと首を捻れば、瞬きを繰り返す青葉が遠慮がちに尾を差し出してきた。普通の人間には“視”えない尾を見つめ返し、翔は満面の笑顔で己の三尾を出してその一尾を彼女の尾と絡める。
安心したように頬を崩す青葉が目尻を下げた。が、その顔が一変して険しくなる。彼女は絡めた尾の毛を逆立てると、眼を狐の目に変えてくつりと唸る。
「翔殿。避けて!」
言うや、人のひざ裏を蹴り飛ばして尻餅をつかせてきた。
飲みかけのコーラを零さぬよう、またケーキを倒さぬよう箱を必死に水平に持つよう心がけながら、翔は急いで視線を持ち上げる。
悲鳴を上げそうになった。
大きく飛躍した青葉が着物の裾を棚引かせながら、目前の人間の顔面にジュースの缶を投げつけ、勢いのまま裏拳をかましていた。こんな人目の多い場所でなんてことを。しかも友人達の前で。
けれど倒れた人間がダガーナイフを落としたことにより、己の命が危ぶまれていたことを知る。否、複数の“不届き者”に狙われていることを知る。
「まじかよ。こんな時に」
静かに着地した青葉が再び地を蹴った。
宙を返るその軽やかな身のこなしは到底着物を纏っている少女とは思えない。おかげさまで通行人の目は点、米倉は呆然と口を開けて見守っている始末。
頭痛が起きる状況下だが、今は不届き者の対処が先だ。
「青葉、こっちだ!」
立ち上がった翔はコーラ缶を不届き者の一人に投げると声音を張り、通りを指さして駆け出す。
すぐさま己の隣に並んだ彼女と共にその場から逃げる。背後で米倉の呼び声が聞こえたが返す余裕などない。
首を動かして振り返ると数人の人間が追って来る。彼等から微弱の妖気を感じた。操られているのだろう。
「狙いは宝珠か。俺もまだまだ舐められた頭領だな」
此の地を統べる十代目に牙を向けるなんて罰当たりな輩である。
「妖に成熟して一年という噂は各地に広まっておりまする。貴方様が齢十八の妖狐だということも皆認知済み。狡賢い妖ならば、この機を逃す筈ありません」
能天気に人の世界で暮らす未熟な頭領など、身を狙って下さいと言っているようなものだと青葉。
吐息交じりに説明されてしまい、ぐうの音も出ない。
「人間の精神に憑りつく妖は猛者が多い。翔殿、貴方様より力が上である可能性は十二分にありえます。私から離れないで下さいね」
飛躍して横断歩道を渡る青葉に倣い、翔も脚力を活かして飛び越える。
既に妖狐と戻った二人にとって、これくらい朝飯前だった。
但し普通の人間にはヒトがとんでもない脚力で道を飛び越えたように見えることだろう。人目を気にすると、信号待ちしていたOLが呆然と自分達を見つめていた。
戦うならば人通りが少ない場所が良い。
翔は追っ手を路地裏に誘導するべく、服屋とパスタ屋の間にできた細い道に飛び込む。湿気た道には空き缶が転がり、室外機が障害物として通りを阻んでいる。生臭い匂いに鼻が曲がりそうだが文句を言っている暇はない。
この辺りで良いだろう。
翔は青葉を呼び止めて、爪先を方向転換した。彼女もまた癇癪玉を両指に挟み、方向を変えると先制だと言わんばかりにそれらを真上に投げる。
敵は上にいたようだ。見上げる間もなく癇癪玉が爆ぜ、頭上は煙幕に包まれる。
夜目の利く妖狐達は着地してくる人間達をすかさず伸すため、鳩尾に肘を入れた。操られている本体が気絶してしまえば、術も発動はできまい。
合わせて五人の人間をその場で伸した翔はホッと息をつくが、「油断してはなりませぬ」背を守るように立った青葉が構えを取る。
「そうだよ。油断してしまえば命取りだ、ショウ。なにせ、輩はすぐ傍にいるのだから」
ハッと顔を上げると通路の出入り口に若き妖祓の姿。
愛用の数珠を持って此方に歩んで来る人間は、銀縁眼鏡のブリッジを押すと、「出て来い。バレバレなんだよ」荒い口調で目と鼻の先に転がっている潰れかけた空き缶を睨む。
呆けた顔で朔夜を見つめる翔は青葉を一瞥する。彼女も変哲もない空き缶を睨んでいた。
間もなく空き缶はぐにゃり、と姿を変えて真の容を作っていく。
それは覚束ない容をしていた。一見すると粘土、そう粘土と称するにふさわしい者。これは粘土の付喪神なのだろうか。
「傀儡妖異か」
傀儡妖異。
初めて聞く妖の名に思わず視線で青葉に説明を求めてしまう。
「言うなれば操り人形です。これは妖ではなく、妖の妖術。付喪神ではありませぬ」
簡潔に言えば、妖術で動いている土人形らしい。
粘土そのものの其れは再び容を変え、手の平ほどの狐に変化した。恭しく片膝を立て、翔に頭を下げてくる土人形の態度に警戒心を抱いてしまう。何の真似だろうか。
『お初にお目にかかります。三尾の妖狐、白狐の南条翔さま。傀儡を介して接することをお許し願いたい』
「周囲に迷惑を掛けたことを承知の上で許しを乞うか」
唸り声を上げると、くつくつと土人形が笑う。
『御身を守るためにございます。我々は貴方様に危害を加えようとする気など一切なかった』
ダガーナイフを向けたのはどこのどいつだと翔はしかめっ面を作る。
けれども、語り手は狙ったのは向こうにいる妖祓だと一笑を零した。妖の永遠の天敵である妖祓が易々と我等の頭領に近寄るなど言語道断。心優しい頭領の代わりに天誅を下そうと思った。輩は主張する。
眉間に皺が寄ってしまう。尚更許しがたいことだった。
「へえ、ずいぶんと君“達”は潔癖症のようだね。頭領の自由にさせてやればいいじゃないか」
皮肉を返す朔夜だが、輩は動じることはない。
『我々にとって南の地を統べる頭領は必要不可欠。百年前のように頭領を失いたくはない。嗚呼、恐ろしやおそろしや。頭領は我等の導、妖祓など永遠に葬る存在』
「言いたいことは分かりますが、十代目を錯乱させたのは事実です。宝珠の御魂を狙っているのならば、直ちに去りなさい。今ならば愚行に目を瞑りましょう」
険しい面持ちで命令する青葉に相手はくつくつと笑う。
『愚行とは甚だしい。我々は十代目をお守りしようとしただけなのですから。十代目、どうぞ貴方様の力を“我々”にお貸し下さいまし。宝珠を持つ貴方様の力が必要なのです。貴方様の持つ力で是非――――嗚呼、また後日お会いしましょう。時間のようです』
片膝をついていた土人形がころんと寝転がってしまう。
しゃがんで土人形を指で突いてみても動く気配はなく、触る度に粘土の形が変わる。一体なんだったんだ。
困惑する翔に対し、朔夜は小さな溜息をついて苦言する。
「妖と妖祓が対峙する事件でないことを切に願うね。僕は君と衝突を起こしたくないよ」
荒々しく頭部を掻く親友に、翔も同じ気持ちだと苦笑を零し、青葉に意見を求める。
「青葉。俺の力を貸して欲しいと言っていた輩だけど、これは警戒心を募らせておくべきだよな」
彼女は大きく頷いた。
「正面からの申し出でない以上、警戒しておくべきです。輩は妖祓を狙ったと申していましたが、あれはどう見ても翔殿を狙ったとしか思えませぬ。もしや翔殿を誘拐しようとしたのでは」
「ありえなくはないね。宝珠の御魂の力を欲していたようだし。もしくは、ショウの力を試そうとしたか。人間と人形で接近してきたんだ。高みの見物をしている輩は、十代目がどれほどの腕前なのか確かめたかったのかもしれない」
交互に意見を出す青葉と朔夜に翔は「へえ」とか「ふーん」とか、そういった言葉しか出ない。
彼等と違い、自分は思慮深い性格ではないため、考えることが不得意である。
どちらにせよ、宝珠の御魂狙い並びに十代目狙いなのには変わりない。朔夜は気を付けておくようにと釘を刺してくる。
大丈夫だと片手を挙げるが、朔夜は分かっていないと肩を竦めた。
「“十代目”は無知で弱い。正直に言えば、妖祓の僕や飛鳥よりも実力は遥かに下だ。何故だと思う?」
「な、なんでって……妖になってまだ一年だから?」
皆から嫌というほど言われている。耳にタコができそうなほどだ。
「それもあるけど、最大の要因は“実戦不足”なんだ。僕の目から見ても、彼女はかなりの実力を持っていると分かる。身のこなしが違うからね」
朔夜が青葉を親指でさす。
先代に才を見出された若き巫女の実力はよく耳にしている。比良利曰く、彼女はまぎれもない天才だそうだ。
「いいかいショウ。宝珠を持っているからと力を過信していれば、いずれ命を落としかねない事態になる」
過信をしているつもりはないが、宝珠の御魂を使いこなせない現実やその力に頼ろうとしている己がいるのは確かだ。
指摘されるのは癪だが、相手は実戦を積んできた妖祓。素直に聞くべきだろう。翔は考えを改めようと思った。
「いいね、君は弱い。実戦不足もいいところ。“力を借りたい”という輩が出てきても、そこまで力が及んでいない。ちゃんと自覚しておくんだよ。僕からの忠告だ」
拳で軽く胸部を叩いてくる朔夜に、翔は分かったと頷く。
「本当に分かってくれているのかなぁ。君のせいで、僕や飛鳥が何度泣いたか。君は君を想う人間をすぐ忘れるからね」
彼は信用できないと手を振り、青葉に視線を流す。
「こいつは馬鹿で無鉄砲。何かあると一点に対してがむしゃらになる奴だから色々と迷惑を掛けると思うけど、許してやって。ショウをよろしく頼むよ」
路地裏を出ると飛鳥と米倉がやって来た。
朔夜曰く、翔達のために飛鳥に米倉のことを任せ、自分は追って来たのだと言う。水面下で暗躍している若き妖祓は嫌というほど正体を隠す苦労を知っているのだろう。翔は彼等の小さく優しい配慮に感謝した。
大丈夫だったかと尋ねてきた米倉に、変な集団に追われて大変だったと返事する。
なんとか路地裏に隠れてやり過ごしたところを朔夜が見つけてくれたと告げると、警察に行った方が良いのではないかと憂慮を向けられた。
「バスセンターで伸された通り魔は警察が捕まえていたけど。被害者のお前達を捜していたぞ。多分、事情聴取をしたいんだと思うけど」
「あ、いや、今日は帰るよ。彼女も恐がって帰りたいと言っているしさ」
「へ?」青葉の間の抜けた顔を引き寄せて胸部に押し付ける。
米倉は青葉の身のこなしについて尋ねたいようだったが、両腕を忙しなく動かして身を震わせている彼女を見て怯えていると判断したのだろう。
「俺も、高校の時にそういう集団に襲われたことがあってさ。ちょっと精神的にダメージを喰らったんだよ。な、朔夜と飛鳥もその時いたよな?」
二人に疑問を投げると意味深長に彼等は頷いた。
物言いたげな顔をしていたが、翔にはその表情の意図が分からない。
青葉に帰ろうと伝え、持ち前の三尾を出して一尾を彼女に差し出す。胸部から顔を上げた青葉は苦しかったと唇を尖らせた後、己の尾を差し出して、しっかりと結ぶ。
「帰ったら食事の用意をしないとな」
「翔殿も手伝ってくださいよ。あの炊事場はまったく慣れませぬ」
はいはい、返事をすると人を観察していた米倉が茶々を入れてきた。
「これから彼女を家に連れ込もうってか? ひゅー南条クン大胆」
口笛を吹いてくる相手に翔と青葉は顔を見合わせた。
「連れ込むも何も、なあ?」
「寝食を共にしておりますので」
「え?」「は?」「まじか」順に飛鳥、朔夜、米倉が声を上げる。
翔としては家族と同じ部屋で暮らしているのだと言いたかったのだが、受け手は別の意味に捉えたようだ。
三者は各々顔を見合わせ、代表者である米倉がこほんと咳払いをして一言。
「あー、挙式はいつだ?」
翔は拳骨を食らわせて相手を黙らせることに成功したのだった。