Novice & Fugitive 8 未確認
森へ入って数分の間、何体かリザードに遭遇した。
だが、どれも単騎かつ奇襲をかけてくるばかりで、奴らが得意とする包囲戦法を使ってこない。まるで足止めのようだ。
「ジグ、前方距離20に」
「はい!」
相手が1体ずつならさほど焦ることはない。安定して攻撃を捌ける前衛と、安定して攻撃を仕掛ける後衛がいれば別に大した敵ではない。
もちろん奇襲は警戒する。奴らに知能があるわけではないが、狩りのやり方くらいはわかっている。
が、やはり不自然だ。
ジグの前方に強力な振動が起こる。地属性の魔術だ。
リザードは吐血しながら吹っ飛び、木に叩きつけられた。すぐに立ち上がろうとするが、べちゃりと倒れこむ。
再生を始める前に俺は急いでとどめ。
「しかし意外です、地属性が有効だとは」
「生物タイプの悪魔なら中身は普通に肉の塊だからな、霊子抵抗が高くない限りは地属性の振動でミンチにできる」
本当は風属性で切り裂くのがベストなんだが、おそらくそれはコイツ自身のモチベーションに無視できない影響を与える。
外傷が目立たないこの方法でいった方が長持ちするだろう。
「そろそろ街が見えてきましたね」
「だな……相変わらずでかい」
木々がまばらになり、少しずつ道が浮き上がってくる。
「そういえば……」
ジグが何か言いかけた瞬間、銃声が鳴り響いた。次いで悲鳴。
「またか!」
「先輩、あれ!」
街の方から煙が上がっていた。相変わらず銃声と悲鳴は続き、爆発音もあちこちから聞こえる。
「こりゃのんびりしてる場合じゃないぞ……!」
「早く行きましょう」
警戒は切らずに走り出す。無論まだまだ俺達も危険の最中にいることには変わりない。
「陸!」
『なんだ、うっさいな』
「奴ら、ギルモアに攻撃を仕掛けた!」
『……なんだって?』
「多分悪魔の集団の方だ 派手にやってる」
『ちょっと待て……マジかよ』
「どうした?」
『いや、今回の件……報道されてる』
「……は?」
悪魔絡みの事件は報道規制がかかる。政府もしくは教団以外が情報を得ること、もちろんそれを開示することはできないはず……。
『どうやら今さっきお前が言っていた人間達が犯行声明を派手にあげたみたいだな』
「どんな?」
そう聞きつつ前に目を凝らす。被害は拡大する一方のようだ。
『恒久的発展より、刹那的改革……だとよ』
「政府に喧嘩売る気か?そいつら」
『それは間違いないとして、これは……』
「どうした?」
『ボルカノ、俺の勘もあながち」
ブツッ、と通信が切れる。
「おい、陸?」
「先輩どうしました?」
「通信が……って」
周囲を見渡す。街の方からキラキラと輝く粉が舞ってきている。
「これは……雪?」
「違うな くれぐれも吸うなよ」
「え?」
「電波妨害だ 奴ら、手慣れてやがる」
小さい金属片を散布して電波障害を起こしている。つまり、奴らはアナログな伝達手段を用いるということだ。
しかも街の方からとなると……。
「こりゃいよいよわかんなくなってきたぞ……」
「とりあえず行ってみないことにはわかりませんよ」
「まあそのテロリストまがいの奴らがあそこにいるのは確かなようだし」
「のようですね……一体、何のつもりなんでしょう?」
「多分、こっから先は人間も相手取る可能性が高い。そこんとこ、いけるか?」
「らしくないですね 心配ですか?」
「いや、お前が一緒だと色々と面倒だからさ」
「相変わらず滅相もないことを……」
「事実……だッ」
再びジグの背後から現れたリザードに向かって刀を投げる。脳天直撃。
「……あ」
「セーフセーフ」
「ど、どこがセーフですか!僕に刺さったらどーするつもりだったんですか!」
「……」
「無視?!」
刀を回収する。ピクリと動いたので念のため首を刎ねておく。
「お前さっきから背後取られすぎだろ……少しは警戒しろ」
「そんないきなりやれと言われましても」
「ついてくるって言ったのはお前だろ?」
「……」
街に近づくにつれ、悲鳴はより鮮明に、耳をつんざく爆音は激しくなる。どうやら中央部に向けて真っ直ぐ進んでいるようだ。
「お」
「どうしました?」
「あれ」
「……っ」
死体発見。あちこち食い破られボロボロになっている。
「こりゃあ派手に食われたな……」
「……」
「どうした?」
「……う゛ッっ」
自主規制。ジグが嘔吐する。
「けほっ、げほッ」
「おいおい……大丈夫か?」
「だって、……ペッ……あ、あんなの」
あんなの、と形容される死体は腹を食い破られ、どこが何の臓器かわからないくらいに食い荒らされている。顔は白目を剥き、泡が口端から垂れている。
「おおかた生きたまま食われたんだろうな」
「なんで、そんなに冷静でいられるんですか」
「慣れだよ慣れ」
「おっぷ……そんな無茶な」
「これから何度も見ることになる光景だ、そんなんじゃもたんぞ」
「そんな……」
「全く、やっぱ連れてくるんじゃなかったか」
「……」
「ん?」
ドタバタと騒がしい音がする。街の方に目を向けると、車やバイクが続々と出てくるところだった。
「第一波、か」
我先にと車道を埋めていく。割れたガラスや穴の空いたボンネットが目に付く。
「……先輩」
「ここらは真っ先に逃げてきたであろうから大方無傷だろうな」
「あれは?」
少し遅れてきた車のバンパーに血がこびりつき、ベコベコになっている。。動きも鈍く、駆動系をやられているようだ。
「酷いですね……悪魔でも轢いたんでしょうか?」
「大体合ってるが、多分お前が想像してるのとは違うな」
「え?」
「人間轢いただろ、ありゃ」
「人って、なんで」
「ほら、あの運転してる奴の顔見ろよ」
「……!」
切羽詰まった、どころではない。鬼気迫った顔で運転している。助手席には俯いた子供もいる。
「誰だってあんな状況下じゃ他人の心配なんざしねえよ さっきの一団もそうだが盗難車とかも混じってるんじゃないか?」
「そんな……」
「で、行くのか?行かないのか?」
「僕は……」
「行かないなら置いていく。来た道戻れば平気だろ」
「でも!」
「それにだ」
「……何です?」
「あの逃げた住民も安全とはいえない。なんせ森の中には悪魔が潜んでるかもだしな」
「あ……確かに」
「ん、そもそもそのためにあそこにいたのか、奴ら」
街から逃げてきて安堵してる人間は格好の餌だろう。
問題は、相変わらず悪魔はそこまで知恵が回らないということだが。今回は異常だ。何らかのブレインが向こうにいるとして間違いない。
「僕は、その」
「二択だ、街へ入ってドンパチやるか。それとも住民の避難支援をするか。死体を増やすかそれとも死体を増やさないようにするか。どっちだ?」
「……後者でいきましょう」
「怖気づいたか?」
「悔しいけども、そうです。だけど、守るほうがやる気出ますし」
「へえ、俺は潰す方が好きだが」
「先輩の好みなんて知りませんよ、どうせ護衛任務も敵を全滅させて達成するクチですよね?」
「おうおう、わかってるじゃない」
そうこうしてるうちに、市街地の戦闘は激しくなっている。陥落するのも時間の問題だぞ……?
「それに、護衛なら遠距離攻撃できる僕の方が向いてますしね」
「じゃあ、適材適所といこう。言っとくが、お前が死んで困るのは俺だからな」
「……らしくないですね、心配ですか?」
「念押しだ」
「ちなみに、先輩も住民避難を支援するのは……」
「やだ。めんどい」
「相変わらず薄情だなぁ」
「それに俺の場合、街で暴れた方が結果的に多く助けられる」
「でしょうね」
「と、いうことだ。手分けしていく」
「無線が使えませんが、連絡はどーします?」
「死んだらそこまでだ 生きてたら支所に戻るでいいだろ」
「身も蓋もない!」
「じゃあここで立ち話もなんだ、さっさとやるぞ」
「はぁ……わかりましたよ、また後で」
そう言うや否やジグはサッと踵を返す。その横顔には今までと違う、明確な意思が宿っているように見えた。
「へぇ……ああいう顔もできるか」
正直ここまで見てきて、駄目だと思っていたが……早計だったらしい。
「さて、俺は俺で暴れるとしましょうかね」
もう爆発や銃声はかなり遠ざかってしまった。少し急ぐとしよう。奴らの目的が何かは知らないが、本隊が到着する前に大方ケリをつけたいところだ。
初めての実戦。最初とはいえ、さすがに素人の僕でもイレギュラーだということはわかる。わかっていたつもりだ。
家を飛び出して、教団の人に会って、陸さんを紹介されて、先輩に拉……護送されて。
なんだかトントン拍子に事が進んでいて、肝心の僕が現状についていけてない。さっきの死体を見て、ようやく自分が置かれている状況の片鱗を知ったのだから。
そう、この僕、ユーグ=ヴィクトールもといジグ。彼は今自分が保証されない場所にいるのだ。弱音を吐いている場合ではない。なんのためにここにいるんだ。
だけど、僕にはまだあの現実を直視できなかったのもまた事実だ。
なら、できることをしよう。僕はあそこで腐らないためにわざわざここまで来たんだから。
「それに……結局僕は」
きっとどこまでも、お人よしなのだ。
「ふうッ……」
眼に呪術を使う。視界がクリアになり、よく見えるようになった。
眼鏡を外し、一瞬歩を止める。
「ずっとこの呪術を使って、視力を補強してればいいものなんだけどな……」
この眼鏡との付き合いも大分長いものとなる。が、今は感傷に浸っている場合ではない。既に視界正面にあいつらを捉えているのだから。
「一般人に被害が及ばないように効率よく悪魔を倒すには……」
頭の中にパッと条件をクリアする詠唱の一覧が現れる。ここは範囲重視だろうか?いや、状況は刻一刻と変わるんだから速射の方が……。
いや、待て。さっき先輩が実証したじゃないか。知識だけじゃどうにもならないって。
「とはいっても……」
まだまだ経験不足だ。わかっていることは体内に多く霊子を含む僕が優先して狙われるということであって……。
「あ、なるほど」
簡単じゃないか。何もしなくても、やつらは僕を狙う。もしかして……というかやっぱり。
「あの人、最初からこうさせる気だったのか……」
つくづく素直じゃないなあ、と思う。昔何があったか知らないけど、実はあの人もお人よしなのでは?というのは邪推だろうな。
じゃあ、あの悪魔共に一泡吹かせてやるとしよう。
『ひ、ひィッ』
『助けて!』
『ぎ……ァッ』
悲鳴があちこちから聞こえる。だが、もちろんそれに応える余裕もなければつもりもない。
「ッ……ぜえ」
数が多すぎる。てっきり少数で行動してるもんかと思ったが、こりゃあ大群だぞ。
その数、ざっと数えて20以上。的確に集団で効率的に人を襲っている。
「さっさと頭つぶさねえと……」
無我夢中で人を貪るリザードに刀を突きたてる。そのまま近くの標識に手を伸ばし、鋭利な杭を作り出す。いちいちとどめを刺してる時間は無い。
『ごポッ……ギあガ』
喉元に杭をぶっ刺した。これでしばらくは動けまい。
「あ、あんた!教団の人か?!」
「……あ?」
比較的元気な青年がこちらに声をかけてきた。
「こっちに来てほしい!テロリスト共が人質を取って悪魔を……」
「っせえな そっちに何匹いるんだ」
「3匹、くらいだ」
「じゃあ後回しだ」
「は?何を言って……」
「人質ってことは生きてんだろ?」
「あ、ああ……」
「この先には死にかけで数十体の悪魔に囲まれてる奴らがいるんだ、そっちは適当に本隊が来るまで持ちこたえとけ」
「そんな!無茶な……」
「無茶言ってんのはあんたの方だ。時間が惜しい、俺は行くぞ」
俺はすぐに次のリザードに飛びかかる。今度は反応されて尻尾で受け止められた。
「相ッ変わらず厄介なのフリフリしやがって……!」
リザードの尻尾は爪並みの硬度を誇る。奴らの立派な主兵装だ。
「ふんっ」
左手で尻尾を掴む。悪魔はこれ好機と尻尾を軸に俺に飛びかかる。
「甘い甘い」
俺は身体を後ろに倒し、そのまま左手を大きく頭上へ持っていき……離す。
『ガッぁ?!』
頓狂な声を上げて悪魔は俺の背後の車に突っ込む。俺はそのまま後転、半ひねりして立ち上がると同時に悪魔の元へと踏み出す。
「お前もここでおとなしくしてろ」
窓ガラスに頭から突っ込んで抜けなくなっている悪魔の尻尾を掴むと俺は車の組成を解体、液状化させる。
めんどくさいのでそのまま尻尾をそこに突っ込み固着。
「うし、次……」
『やれ』
頭上からドスの効いた低い声が聞こえる。
「……ッ?!」
1……2……3……4匹!いつの間にこんな……!
「ちッ」
懐から水色の結晶、風のコアを取り出す。まさかもう使うことになるとは……
展開。範囲、円形。距離、1-40。形式、圧力。
「吹っ飛べ」
俺の半径1m外に、突風が起こる。周囲のものを全て薙ぎ倒して。
「うおお……さすが」
予想以上だ。さっきの青年もついでに吹っ飛んでいたっぽいが、まーどうでもいいや。
……問題はそこじゃない。まだリザードが4匹いるのと、明らかに人語による指令が聞こえたことだ。
「誰だ!」
とりあえず叫んでみる。声は後方のビルの中あたりで聞こえた。
『……』
チラッと窓から姿を見せた。俺はすかさず撃つ。
『おおっと』
かわされた。すぐに手だけヒラヒラと出してくるとこを見ると調子者と見える。
周囲を見渡す。悪魔は先ほどの突風で目を回している。奴が何らかの方法で悪魔を統率しているのであれば早々に叩くべきだ。
「あわよくば生け捕り、ってヤツだが無理そうだな……」
何かの魔術かなんかか?とりあえず帰ってから陸かジグにでも聞いてみるとしよう。
これも銃撃及び爆発でボロボロなビルに入る。あいつがいたのは……4階か。階段で……行こうとしたが既に崩れてなくなっている。
「めんどいが……エレベーターシャフトなら」
手動操作盤は……っと。電源は……そりゃ死んでるな。ドアロックを解除し、無理やりこじ開ける。
「お、ラッキー」
エレベーターは4階半くらいのところで止まっている。さっさと昇るとしよう。
『……そろそろここはいいだろう』
『では、いよいよ……』
『だな』
声が聞こえてきた……複数人いるのか。こりゃもう少し慎重にだな。
エレベーターのドア今度は少し開く。部屋の前に2人。装備は……突撃銃とハンドガン、火炎瓶といったところか。んで、開いたドアのとこに1人。フードを被っっている。装備は……見たところ丸腰か。
「狙いにくいな……」
半階分×30㎝ほどのドアの隙間から銃を構える。格好でいうと、エレベーターの底部分に左手でぶら下がっている構図だ。
『じゃあ団長、どこから……』
『待て、さっき下に面白そうなヤツがいた。俺はもう少しここにいる』
『わかりました』
『じゃあ、引き続き頼むぜ』
『了解』
1人はそう言うと奥の部屋に消えて行った。
『しかし、本当だったんだな、あの人の力……』
『ああ、間違いない。あの人こそ……かグふッ』
片方の頭目がけて発砲。サイレンサーが音を消してくれはしたが……。
「誰だ!」
すぐにこちらに気付く。うむ、よく訓練されている。
「おい、どうした」
「やられた……多分エレベーターからだ」
「何?!」
「行くぞ、こんなとこであの人を危険に晒すわけにはいかない」
「……ああ」
上の階からもう1人降りてきた。くそ、1人ならなんとかなると思ったが……。
奴らは警戒しつつジリジリとこちらに迫ってくる。逃げ場は……下に降りても恐らく蜂の巣にされるし……。まずいな……。
「よし、いいな」
「おう」
「いくぞ……」
1人がしゃがんで、ドアの隙間からシャフトに手を出す。
「……大丈夫そうだ」
「よし、じゃあ」
そのままそいつは顔を出す。
……しめた。
「どうだ?」
「誰も……いな」
言うか言わないかのうちに俺はエレベーターのワイヤーを切断した。
ブチッという音を立てた後、エレベーターが急降下していく。
「な……」
エレベーターという壁が急に目の前から消え、目の前の仲間がシャフトに突っ込んだ首をもがれた。少しの間固まっていた最後の1人が顔を上げる。正面には……自らに向けられた銃口。
「悪いな」
俺はそのままそいつの頭に銃弾を叩き込んだ。眉間を撃ち抜かれ、崩れ落ちると同時に下から轟音がした。エレベーターが下でひしゃげた音だろう。
「よ……っと」
ドアに飛び移り、隙間からするっと出る。
……なかなかの地獄絵図だな。一番手前は首をねじ切られ、その後ろは頭ぶち抜かれて不自然な倒れ方をして、奥の奴の背後の壁は真っ赤だ。
「ジグは連れてこなくてやっぱ正解だったな」
俺はこういうことには慣れっこだ。ずっと、そうずっとこういう血生臭い環境にいた俺にとっては。
「じゃあ、ご対面といきましょうかね」
フードの男が入っていった扉を開ける。直後、俺はその血生臭い記憶をありありと思い出すことになる。
・報道規制
国は基本的に悪魔の存在を認めない。と、いうのはもう昔の話で、もはや隠しきれるものではない上に政府だけでは対処すらできない。だが、当時の情報操作の一環だった悪魔絡みの報道規制はまだ続いており、教団を除く一般人は悪魔に関する情報を得ることを禁じられている。