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Re verse  作者: さいう らく
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Novice & Fugitive 6 転機


 俺は驚きのあまり、剣を持つ手を離した。黒いローブを羽織った影が、ゆっくりとよろめく。


「……なんで」


 なんで、そこにいる。なんで、見覚えのある顔がそこにある。そこにいてはいけない。あってはならないはずなのに。

 よろめいた反動で顔が露わになる。恐怖は確信に変わり、さらなる恐怖を生む。


「違う……俺は……」


 そうなんだ、違うんだ。「こいつ」は悪魔しか貫くことはできないはずなんだ。「人間」を斬ることはできない剣のはずなのに。

 なのに、なぜお前はそんなに苦しそうな顔をしてるんだ。


「ボ……ルカ……ノ」


 苦しみがかった声。それが、自分のやってしまったことへの実感を生み出す。人を貫く感触。思い出して、手が震える。違う、この剣は……。


「な……んで……?」


 やめろ。そんな、そんな目で俺を見るな。俺は、俺はお前を……。


「ううん……こうしない、と」


 違う。だってあいつは悪魔なんかじゃないんだ。だから、だから……。


「あな……たが、殺され ちゃ……うもんね」


 何を言ってるんだ。こうしないと俺が死ぬ?そんな……そんなこと。

 息が荒いようだが、喋ることはできている。今なら……まだ。


「何で、お前が……」


 彼女は後ろに一歩、一歩とよろめく。背後には崖、その下には……海。


「まさか……やめろ!やめてくれ!」

「……」

「駄目だ!ずっと……いつまでも、って約束しただろ!」


 彼女のしようとしていることが理解できない。頭が現実を容認しない。今すぐ手を伸ばしたいのに……身体が言うことをきかない。

 そうこうしているうちに彼女は淵までたどり着いた。


「ッ!おい、やめ……」

ボルカノ(・・・・)

「やめろ、イオ!」


 俺の叫びを聞いて彼女は、イオは、辛いはずなのにフッ、と笑った。目は暖かい光を灯している。なんで、なんでそんな顔ができるんだ、俺は……お前を……。


「あと、少しでよかったから……あなたと一緒にいたかったな」


 彼女はその言葉を俺に放ちつつ。ゆっくりと体を傾けた。


「……!」


 身体がようやく動く。俺は死にもの狂いで手を伸ばす。彼女の、その最後に残った手を……。


「大好きだよ」


 掴めなかった。俺の手は空を切る。

 それが、彼女が微笑みながら放った最後の言葉だった。


「イオ!イオォぉぉぉお!」


 なんでだ……なんで、そう、言えるんだよ……。


 俺は……お前を、殺したのに。




「そうだ、お前は愛する彼女を殺した」


 自分の声と共に場面が一気に変わる。ここは、俺の家の……彼女の部屋だ。

 鏡に映る姿はやつれ、ボロボロだ。


「違う」


 俺は言った。

 違うんだ。違う。ちがう。チガウ。


 鏡の向こうの俺がにゅっと出てきて意地悪い笑みを浮かべて迫ってくる。


「違う?お前は間違いなく殺したんだ、結果的に」

「違う。あいつを殺そうとしていたわけじゃ」

「逃げるのカ?」


 鏡の俺の声の末端にノイズが入る。


「ああソウだな。逃げヨう。その方ガ楽ダモンなあ」


 逃げる?何から?


「人ノ、善意から。モウ何も失イタクナいんだろウ?」

「何も持たなければ……」

「何モ失ワナイ」


 そうだ。期待したから……期待させたから……こうなった。


「もう、信頼も、信頼されることも、いらない」

「ソウダ、モウ何モ、信用シナイ」


 ふと、顔を上げる。鏡の向こうの俺はいなくなっていて、代わりに真っ白い仮面をつけた俺がいた。

 俺は、ノイズがかった声でこう言った。


「俺ハ、モウ何モ信ジナイ」






「……ッ」


 目が覚めた。事務所の机に突っ伏して寝ていたようだ。昨日、ソオラ、ソアラ、アリーヤに言われたことを考えていたら寝ていたようだ。


「だいぶうなされてましたね」


 聞き覚えのある声。これは……ユーグ、いや。


「ジグか……どうやって入った」

「陸さんから合鍵をいただいたので」

「ちっ……あの野郎」

「先輩、その、うわごとで……イオ、って」

「黙れ 今俺は機嫌が悪い」


 椅子を倒しつつ立ち上がる。邪魔だ。ジグはまずいと察したのか口ごもっている。いい判断だ。

 いつもの癖で冷蔵庫を開ける。そうだったな、酒はもうないんだった。


「で、何の用だ?」


 椅子を蹴り起こして座る。嫌な夢だ。ここのところ見ずに済んでいたのに。

 誰かが、俺を信用してると感じるとあの夢を見る。それを諌めるかのように。


「何って、午前中はここに常駐ですよ」

「午後は?」

「本部で訓練です」

「あっそ、じゃあここにいてもお前はやることないし、俺は邪魔だと思ってるから早めに行ったらどうだ?」

「そっけないですね……でも、命令なんでここにいさせてもらいますよ」

「若いんだから外で遊んでろよ」

「おっさんですか」

「あーもう……勝手にしろ」


 机の上に足を組み料理本を手に取る。これだからやだってんだよ。

 これから本を読もうっていうタイミングでチャイムが鳴る。おいおい、まだ午前の10時だぞ……。


「お客さんみたいですが」

「居留守だ、居留守」

「いいんですかそれで」

「めんどい」

「じゃあ僕が出ますよ……」


「えーっと、どちら様……」


 扉を少し開けたジグが固まっている。


「あなたは……!」

「ちょっとお邪魔するわよ」


 強引に扉が開かれる。なんだか穏やかじゃないな。

 そこにはスーツ姿に眼鏡の女性が立っていた。


「あなた……達は、僕にもう手を出せませんよ」

「あら?そうなの。でも残念ながら今日はあなたに用はないの」


 そう言うとその女はこちらを見る。値踏みするような目だ。


「カールさん、でしたっけ?」

「人違いだ、他を当たれ」

「それともボルカノさんの方がよろしいかしら?」

「……ちっ、昨日のことか?」


 恐らく、政府関係者。それも、昨日のことを知っている。


「それもありますけど、とりあえず確認を」

「何の?」

「こちら、ユーグ=ヴィクトール君は教団に所属しているということでよろしいのかしら?」

「ユーグなんてのはいない。それこそ人違いだ」

「なるほど。そういうことですか」

「あと」

「何でしょうか」

「使いたくない敬語なんざ使ってんじゃねえよ、不自然すぎる」

「……あら、バレてる」

「当たり前だ、その眼鏡も度が入ってないとこを見るとキャラ付けだろ?」

「なんと、そこまで見破ってるか」

「言いたいことがあるならさっさとしろ、そして一刻も早く立ち去れ」

「随分と冷たいのね」

「あと」

「何か?」

「寒い、さっさと扉を閉めろ」

「あら、失礼」


 後ろ手に扉を閉める。ジグはまだ警戒を問いていないようだ。


「で、話ってのは?」

「客を立たせておくの?」

「座るなら勝手に」

「はぁ……聞いてたよりぶしつけね、あなた」

「とりあえず名乗りすらしない相手を客とは扱わないな」

「全く……あなたは今、教団の庇護下とはいえ即逮捕されてもおかしくない状況なのよ?」

「へぇ、逮捕権があるってことはあんた、警察関連か」

「まあ、いいわ 私はチェイス=敬愛(ケイト)、お察しの通り警察の人間よ」

「珍しい名前だな ウィラ人か?」

「ハーフよ、ウィラとリディア」

「ほー、なるほど」

「っていうのは置いといて、話っていうのは昨日の一件におけるあなたに対する処遇に関して」

「一件も何も、教団の所属である俺が、教団の所属である(・・・・・・・・)こいつを本部に護送しただけじゃないか」

「その過程でうちの車両1台をお釈迦にしてね」

「人的被害は出してないんだからさしたる問題じゃないだろ」

「あれ、魔術でしょう?」

「呪術らしいぜ」


 ジグをちらっと見る。肩をすくめられた。この野郎。


「こっちとしては、そうやすやすと人目につくところで力を振るわれると困るのよね」

「知るか、この辺の奴らは俺がそういう奴だって理解してる。なんら問題にはなり得ないさ」

「そう?まぁ、今回はなんとか隠蔽できたみたいだけど少しは自重してほしいものね」

「みたい?お前は直接関わってないのか?」

「端的に言うと私は昨日の件とは無関係。でも上からあなたとの交渉役として遣わされちゃったわけ」

「へえ、ご苦労なこった」

「それで、提案なのだけれど」

「依頼じゃなくて提案かよ」

「そ、あなたの保身に繋がる」

「ふぅん……まぁ、聞こうか」


 どうやらこの女、俺をとっちめに来たわけではなさそうだ。かといってジグをどうこうするつもりでもない……。


「私達はあなたの今回の行為、及び今後ある程度までの不法行為を容認する。その代わり、私達の“裏”の仕事を手伝ってほしい」

「具体的には?」

「そんなの契約成立するまで言えないわよ、さすがに私もそこまで虫は良くない」


 そもそも虫がいい奴には見えないが。


「つまり、俺を雇いたいということだな?」

「そゆこと。勿論タダでとは言わない、それなりの報酬は出すわ」

「へぇ、願ったりもない話だが……その仕事とやら、期限は」

「ないかもね」

「途中で辞めることは?」

「相当厳しいお目付役をつけさせてもらう」

「ふむ……悪くない」


 ジグはさっきから黙っている。面識があるところを見ると、交渉されたことでもあるのだろうか。


「私の話はここまで。明日くらいには返事ちょうだいね」

「随分と軽いんだな」

「駄目元だもの、それと……」

「それと?」

「破壊された車両の請求先、もちろんあなただから」

「……は?」


 知らないぞ、そんなことは。


「確定事項。まぁ、雇われたいっていうなら考えないでもないわ」

「なるほど、提案だな」

「そ 悪い話ではないと思うわ。はい、連絡先」


 メモを置くと彼女はくるりと踵を返す。三つ編みにした髪がサッと揺れた。


「じゃ、いい返事を期待してるわ」

「待ってください!」


 ジグが声を荒げる。


「あら、何かしらユーグ(・・・)君」

「あなたは……それでいいんですか」

「どっかのクソ野郎の御曹司君を追い回す仕事から解放されたのよ?いいに決まってるじゃない」

「そうじゃ、なくて」

「勘違いしないことよ、ユーグ君。私とあなたの目的は方向は同じでも、結果はまるで違うんだから」

「……そうですか」

「ま、当分会うこともないでしょう。それとも、そこのカールさんとやらについていればもしかしたら、ね?」


 そう言うと彼女は俺に向かってウインクする。


「わかりましたよ。ではまたどこかで」

「じゃあね、坊や♪」

「……!」


 口を開こうとしたジグからさっと逃げるように、チェイスは出て行った。


「知り合いか?」

「ええ、まあ」

「見たところ、お前もあいつから交渉されたクチか」

「そんなもんです。大人しく捕まればとあるパイプを繋いでやる、って」


 パイプ。どこだろうか。口ぶりからいくとクラムもしくは政府あたりだろうが。


「んで、蹴って逃げてきたと」

「なかなかしつこかったですけどね……まあ、向こうにも思惑があったみたいですし」

「あー、きな臭いヤツだな……あいつ」


 基本的に政府関連組織と教団は犬猿の仲だ。国民の世論は教団をヒーロー扱いで、政府は役に立たない税金喰らいとなっている。警察機関も頑張って通常犯罪を抑止してはいるのだが、やはり教団の陰には霞むし、最近は単純に士気が高く使い捨てしやすい教団員の方が便利ということで一部の支所では警察の出番まで食ってるというんだから、そりゃ仲も悪くなる。

 軍も然りだ。そもそも数年前に戦争が突如終わったことで全く仕事がなくなり、一部を残して解体され、装備を提供する企業も戦争需要の消失から対外的に独立したとなっては、もう面子も糞もない。

 結果、戦争後に蔓延した悪魔に対抗できる教団だけがおいしいとこ取りしてる感じ。だから警察関連の人間は総じて教団嫌い……かと思ったが、まだいるようだ。ああいう独自の信念を持ってるタイプ。


「で、先輩どうするんですか?」

「警察の特別車両一台か……1000万A(アル)は下らないだろうな」

「うへえ……先輩の貯金は?」

「ほぼない」

「ですよね」

「そもそもだな、お前が俺を巻き込みさえしなければこうはならなかったはずだ」

「確かにそうです、不運でしたね」

「不運で済ますな」

「でも破壊行為に出たのは先輩ですし」

「……ちっ、どうやらまた選択権はないようだな」

「先輩が狭めてるだけじゃないですか。別に本部に戻ればそんな負債チャラになりますよ」

「嫌だね」

「はー……ま、つまりあの提案を飲む、ってことでいいんですかね」


 まあ、常人からすると1000万払わずに済むのになぜわざわざ、と映るだろう。が、俺はいくら積まれてもあの……あの組織に戻る気はない。だから俺はあそこからの依頼しか受けない支所で動く。


「そーゆーことになる、付き合ってもらうぞ」

「へ?」

「何とぼけてんだ、当たり前だろ」

「いや、僕じゃ足手まといに……」

「常時使うわけじゃないさ 都合のいい時だけ利用させてもらう」

「そんな無茶な」

「一応、こうなったのも自分のせい、っていう自覚はあるんだろ?」

「う……」

「だったら、少しくらい手伝うのが義理ってもんだよなあ」

「……わかりましたよ、やればいいんでしょう」

「よし、そうとわかれば明日あたりに電話しとくとしよう」


 置かれたメモをチラリと見る。……これは、携帯の番号か?


「何やらされるんでしょうね」

「多分、教団では絶対にしないタイプの仕事だろうな」

「……?」

「恐らく情報収集、潜入、拉致や最悪暗殺まで、といったとこじゃないか?」

「うへえ……嫌ですよ、そんなこと」

「そんなこと、ってな 教団でやることも大して変わらないぞ」

「対象が人間じゃなくて悪魔じゃないですか」

「そこが大差ないって言ってんだよ 結局は、殺しだ」

「……そうですけど」

「ま、その内いやと言うほど味わうことになる。半端な覚悟でいると折れるぜ?」

「……」


 考えるとこがあるらしい。黙り込んでしまった。


「でも、ちゃんと人を守るという大義名分があるじゃないですか」

「それこそ理由に過ぎない」

「先輩も昨日言ってたじゃないですか。殺すのが目的ではない、守るのだと」


 ほう。ちゃんと要約できてる。上手いな。


「それがわかってれば十分だな。現実見て折れなきゃ、の話ではあるが」

「……望むところです」


 なんというか、意外だ。何も考えず自分の都合だけでここに来たと思っていたが、案外そういうわけでもないらしい。先日の「嘘」も関わってそうだが。


「ま、いいや。とりあえずお客さんも帰ったことだし買い物にでも出かけようかね」

「ここは留守にするんですか?」

「居ても留守と大差ねえよ」

「自由すぎる……!」

「よさげなレシピ見つけたし。機嫌がいい内に行くに限る」

「そういえば先輩料理好きなんですか?」

「誰から聞いた?」

「陸さんが。あれは絶品だぞ、と」

「またあいつか……変な入れ知恵を」

「意外です。先輩って家事とか全然苦手な人だと」

「むしろ得意分野だよ」


 誰かさんができないせいでな、と口をついて出そうになった。駄目だ。思い出すな。あいつのことは。


「……じゃあ自信ないですけど、先輩がいない間は適当に僕がやりくりしてますよ」

「へー。そっか」

「白々しいですね」

「まあ厄介なことには首を突っ込むなよ……っと」


 上着を羽織って携帯持って、あれ?財布は?

 机の中をまさぐっていたら電話が鳴った。なんだ、また人の出鼻挫く気か。


「はい、もしもし」

「ボルカノ!ええいジグでもいい!いるか?」


 陸の声。焦りが見て取れる。いや、聞き取れるか。


「どちらでもないでーす」

「ふざけんのも大概にしろ、緊急事態だ」


 いつもふざけてんのはどこのどいつだよ、というのは置いといて結構本気のようだ。


「んだよ、どーした」

「ギルモアとスーマの境、大量の悪魔の目撃証言があった。実害も出ている」

「……支所最大勢力のギルモアだろ?任せておけばいいじゃないか」

「それがだな……スーマの支所と揉めて双方動いていないらしい。どっちの管轄かでな」

「けっ、しょーもねえな」


 大陸中央、ギルモアは最大の人口を誇る都市。もちろん広さをカバーすべく支所も最大規模なのだが、欠点として自衛志向でなかなか遠征などには赴かないことが挙げられる。こりゃまた厄介な話だ。


「本部も見かねて部隊を出そうとしたが、こちらももたついている。多分お前が一番早い」

「なんか昨日からどっと忙しくなったな……」

「いいから向かってくれ!報酬は後で本部に出させる」


 !


「ほう……」

「とりあえず現場に向かってくれ、状況すらわかってない」

「言質はとった、やらせてもらう」

「……いいから行け!」

「了解♪」


「何があったんですか?」

「ギルモアスーマ間で悪魔だと、よ」

「……行くんですか」

「おう、当たり前だろ」

「いやにやる気ですね」

「そりゃ、報酬後払いとなれば俄然やる気になるさ」


 日頃の恨みだ。たっぷり請求してやる。


「金目的ですか……」

「ちょうど必要だしな」

「昨日僕は教団員は悪魔から人を守るために戦う、とか聞いた気がするんですが」

「知るかそんなもん。溝に捨てとけ」

「うわぁ……」


 と、いった感じではあるが、あの陸が焦っている上に敵の詳細も不明、ときた。これは余裕ぶっこいてる場合ではなさそうだ。もしかしたら、ということもある。

 俺は着たくもない教団の制服を引っ張り出す。忌々しいが、こいつの機動性の良さと耐久性は折り紙つきだ。使わせてもらおう。


「それが本隊員の制服ですか」

「ああ、見たくもないが」

「でも似合ってますよ?案外」


 そりゃそうだ。……当たり前だ。 ……あいつ(・・・)が選んだのだから。


「しかし、ギルモアか……午後いっぱい潰れそうだ」


 電車で1時間はかかる。しかも遅れているだろうし。

 ナイフを多めに、念のために銃を持ち、そして、刀を持つ。


「先輩は刀が得物……ですか」

「半分正解だ」

「半分……?」

「で、どうすんだ?」

「何がですか?」

「来るのか?」


 率直なところ、ここで怖いから行かないだの、まだ足手まといだの、というのを期待していた。

 だが、俺の期待もとい予想に反して、ジグはにやりと笑った。


「行ってもいいんですか?」

「……えらく強気だな」

「いえ、てっきり勝手に出ていくものだと思ったので」

「じゃあ勝手に行かせてもらおうか」

「じゃあ僕はどうすればいいんでしょうねえ、所長?」


 ハッ、こいつ、前々から思ってたが口達者だ。だから実際より年齢が高く見えるわけだ。

 俺は勝手にしろ、と言おうとしたが少し考え直す。


「……好きにしろ」

「じゃあ行きますよ、自分の力がどこまで通用するのか確かめたいですし」

「やっぱりお前はどちらにせよ、一回苦汁を飲ませないといけなさそうだな」

「そうですか?」

「俺は一応陸との契約でお前の面倒を見るとは言ったが、気が変わってお前を見殺しにするかもしんないぜ?」

「自分の身くらい自分でなんとかしますよ」

「そうかい」


 ここんところ正直言って手ごたえのある仕事がなかった。まあ、余り物ばかり回ってきたから当たり前といばそうだが。

 これは陸の言う「表の」仕事になる。要は、今回は俺単騎の仕事じゃない。教団全体に対する、恐らくは両自治体からの依頼だ。

 つまり、好き放題やっても大丈夫。被害は全て教団及び自治体が補償する。

 正直言って「教団のため」の任務なんざやりたくはないが、もうそうもいかない。


「先輩、あれほど教団に関わるの嫌がってたのに、何だか楽しそうですよ」

「ハッ、誰が」


 誰かに仕方なく動かされているという、俺としては本来嫌いでしょうがない状態のはずなのに、反して俺は少し懐かしさとともに高揚感すら覚えていた。

 やはり、そろそろわがままの効力が切れてきたみたいだ。結局、俺は戦いたくて仕方がないらしい。陸が焦るほどの「敵」と。


「じゃ、行くぞ」

「はい」


 矛盾を孕んだ心と、頭でっかちな魔術師を連れて、俺は2年振りとなる「仕事」に出かけた。

・支所

 各地域に点在する教団の支所。一般的には本部からの命令で自身の管轄地域での任務を請け負う。

 支所独自で依頼を受けることも可能でその活動内容は幅広いが、左近は幅広くなりすぎている、という意見もある。

 通常は運営や機密保持に関して厳しい制約がかかるうえに任務の報酬は一部本部に献上するというルールもあるが、ボルカノ及びギビング西支所は例外。

・リディア人

 大陸における人種の一つ。主に東部の生まれで、肌の色が白く特徴的な色の瞳を持つ。比率でいうと全人口の3割ほどで、容姿及び頭脳に優れる傾向がある。そのため各分野での活躍も甚だしく、リストア人から羨望を受けることも少なくない。

 ボルカノのような紅い瞳は遺伝上ありえないとされている。

・リストア人

 大陸の全人口の7割を占める人種。様々な人種が混ざっているとされ、基本的にリディア人より肉体面で発達していること以外これといった特徴は見いだせない。強いて言うなら肌の色がリディア人より濃く、髪や瞳に地味な色が多いことあたり。

 総合的にリディア人に対する劣等感が強く、一方的に溝を作ってしまっている。

・ウィラ人

 海を挟んで東の大陸、シンの人種。黄肌色の肌に起伏のない顔が特徴。

 戦争の終結により交流を始めた国なのでまだ大陸では認識が薄い。

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