婚約者ガチャ爆死につき、人生のプレイスタイルを変更。
私は公爵令嬢だ。実家には腐るほどの金があり、領地の経営は優秀な代官たちが回してくれている。
デキムス殿下との婚約は、王命である以上、私から一方的に破棄するのは難しい。公爵家と王家の力関係、派閥の対立など、面倒な政治的調整が多すぎる。
ならば、籍だけは入れてやろう。どうせ彼が王になることはない。辺境の豊かな領地でも賜って、彼にはそこで一日中「馬に哲学を教える」などの高尚な趣味に没頭してもらえばいい。
そして私は、彼の「正妻」という安全な地位と権力、そして潤沢な予算を自由に行使する。
愛情? そんなものは最初から欠片もない。
貞操観念? 前世の価値観など、この際どうでもいい。ここは貴族社会だ。政略結婚など当たり前、愛人は文化の一部である。もちろん、女性からの浮気は表立っては非難されるが、相手がこのデキムス殿下であれば話は別だ。
私が他の男と逢瀬を楽しんでいても、彼は「フラミニアは最近、夜中に妖精探しに出かけているらしい! 活発で良いことだ!」と本気で信じ込むだろう。
そうと決まれば、人生のプレイスタイルを変更である。
「無能な婚約者を支える健気な令嬢ルート」は放棄。「莫大な資産と地位を盾に、イケメンたちと人生を謳歌する悪女(?)ルート」へ路線変更だ。
手始めに、目の保養になる美しい殿方を探さなくては。それも、私の知的な会話欲を満たしてくれる、有能で、かつ、しがらみのないフリーのイケメンを。
◈◈◈
それから数日後。王宮の「春の星見の夜会」にて。
広間にはシャンデリアが眩い光を落とし、煌びやかなドレスに身を包んだ貴族たちが、オーケストラの優雅な音楽に合わせて歓談している。
私は、デキムス殿下の腕に形だけ手を添えながら、広間を見渡していた。
「見ろフラミニア! あのシャンデリアの輝き! あれはきっと、空から星を直接摘み取ってガラスの中に閉じ込めたに違いない! 王宮の魔術師たちは素晴らしいな!」
「……ええ、殿下。ガラス職人たちが聞いたら、さぞ喜ぶ(絶望する)ことでしょう」
適当な相槌を打ちながら、私はターゲットを探していた。
この夜会には、若く優秀な貴族が多く参加している。しかし、大抵の有望株にはすでに婚約者がいるか、あるいは派閥のしがらみで近づきにくい。
その時、ふとバルコニーの影で、退屈そうにグラスを傾けている一人の青年に目が留まった。
月光に照らされた、灰がかった銀の髪。鋭くも知的なヘーゼル色の瞳。黒を基調とした夜会服を完璧に着こなし、その立ち姿だけで絵画のような色気を放っている。
シルウァヌス・コルネリウス伯爵。
近年、王国の法務局でめざましい功績を上げている新進気鋭の若き当主。二十二歳という若さでありながら、その冷静な判断力と冷徹なまでの法の執行から「氷の伯爵」などと一部で囁かれている男だ。
そして何より重要なのは――彼は、未だに「独身」であり「特定の婚約者もいない」という事実である。
噂によれば、彼は頭の空っぽな貴族令嬢たちのおしゃべりに微塵も興味がなく、舞踏会など時間の無駄だと公言して憚らないらしい。
(……ターゲット、発見)
私のゲーマーとしての血が騒いだ。知力1のアホ王子のお守りで枯渇していた私の心に、知的なイケメンという名の潤いが今、猛烈に必要だった。
私は、デキムス殿下が「よし、私があのシャンデリアから星を一つ取り出して、君にプレゼントしよう!」と物理法則を無視した行動に出ようとするのを、扇子で軽く叩いて制止した。
「殿下。あちらに珍しい『四角い形をしたお菓子』があるようですよ。星よりも、まずはあちらをご賞味されてはいかがでしょう?」
「な、なんだと!? 四角いお菓子だと!? 丸くないのか!? それは世紀の大発見だ! すぐに行かねば!」
それはただの四角く切ったブラウニーなのだが、殿下は目を輝かせてビュッフェコーナーへと突撃していった。これで少なくとも三十分は戻ってこないだろう。彼は一つのことに夢中になると周りが見えなくなる。
私はゆっくりと扇子を広げ、口元を隠しながら、獲物を狙う猫のような足取りでバルコニーへと向かった。
夜風が心地よく火照った頬を撫でる。バルコニーに出ると、シルウァヌス伯爵がわずかに目を細め、こちらを振り返った。
「……クインティリウス公爵令嬢。このような場所で、何か御用でしょうか。第一王子殿下の御守りはよろしいので?」
挨拶もそこそこに、初対面から鋭いジャブである。その冷ややかな声色。私に向けられた、微かな警戒心と面倒くさそうな視線。
――たまらない。
ずっとスライム(知能的な意味で)を相手にしていた私にとって、この鋭利な刃物のような会話のキャッチボールは、最高のご褒美であった。
「ごきげんよう、シルウァヌス伯爵。ええ、殿下は現在、四角いブラウニーの生態について熱心に調査中ですので、少しばかり休憩をいただこうかと」
私は扇子をパチンと閉じ、あえてふわりとした微笑みを向けた。
「それに、夜風を浴びながら星を眺めるには、一人よりも……知的なお話ができる方とご一緒した方が、より美しい夜になると思いまして」
シルウァヌス伯爵のヘーゼルの瞳に、微かな驚きと、探るような光が灯る。彼はグラスをバルコニーの手すりに置き、私に向き直った。
「……なるほど。稀代の『大賢者』であられるデキムス殿下の高度な会話についていくには、公爵令嬢といえども休息が必要だということですね」
皮肉である。見事なまでの、反逆罪スレスレの皮肉。
私は思わず、心の中でスタンディングオベーションをした。ああ、言葉の裏の意味を理解し、見事なウィットで返してくれる相手がこの世に存在したなんて!
「ええ、その通りですわ。殿下の御高説は、私のような未熟者には少々刺激が強すぎますの。……例えば、薔薇にワインを飲ませるべきか否か、といったような高度な議論には」
「……ほう」
シルウァヌス伯爵の口角が、わずかに吊り上がった。氷の伯爵が、初めて見せた興味の色。
「それは見事な農業改革ですね。ワインの消費拡大と、薔薇の品種改良を同時に行うとは。……で、結果はどうなりましたか?」
「ええ、とても『酔いしれた』薔薇たちが、見事なまでに茶色く変色し、永遠の眠りにつきましたわ。庭師たちは感涙にむせんでおりました」
「くっ……」
ついに、伯爵が堪えきれずに短く吹き出した。その瞬間、彼の冷たい顔立ちがふっと崩れ、年齢相応の青年らしい魅力的な笑みがあらわになる。
私は確信した。この男とであれば、退屈でオワコンなこの国での生活も、最高にスリリングで楽しいものになる、と。
「シルウァヌス伯爵。私、最近とても退屈しておりますの。もしよろしければ、今後の私の『夜会での避難先』として、貴方の隣を少しばかり空けておいてはいただけませんこと?」
私は一歩踏み出し、月光の下で、彼を真っ直ぐに見つめ上げた。
無能な婚約者は放置し、私は私の人生を遊び尽くす。
婚約者ガチャに外れた令嬢の、華麗なる浮気生活の幕開けである。




