人生とは巨大なガチャであるけれど、
人生とは、巨大なガチャである。
前世でしがないOLとして働きながら、ソシャゲのガチャに給料の半分をつぎ込んでいた私は、その真理を誰よりも深く理解していたつもりだった。
親の経済力、生まれ持った容姿、才能、出会う人々。すべては天という名の運営が定めた排出率に基づく、完全なるランダムエンカウント。SSRの人生を引き当てる者もいれば、Nの人生を必死に生き抜く者もいる。
過労で倒れ、あっけなく前世の記憶を終えた私が、この剣と魔法と貴族社会のファンタジー世界に「クインティリウス公爵家の長女」として転生したと気づいた時、私は天を仰いでガッツポーズをしたものだ。
由緒正しき大貴族。莫大な資産。そして鏡を見れば、ゆるく波打つプラチナブロンドに、アメジストのように輝く紫の瞳を持つ、SSR確定演出のような美少女がそこにいた。
名前はフラミニア・クインティリウス。
完璧だった。私はついに、人生という名のガチャで大当たりを引いたのだと確信した。美味しい紅茶と美しいドレス、そして領地経営という名のシミュレーションゲームを楽しみながら、優雅なスローライフを送る。そんな輝かしい未来が約束されていると信じて疑わなかった。
――十五歳になり、王家からの打診で「第一王子」との婚約が結ばれる、その日までは。
「フラミニアよ。今日の空は青いな! これはきっと、太陽が空を青く塗ってくれたからに違いない! 素晴らしいことだと思わないか!」
王宮の庭園、咲き誇る薔薇に囲まれた白亜のガゼボ。
そこで私の向かいに座り、満面の笑みでそんな狂気を孕んだ発言をしているのが、私の婚約者であり、この国の第一王位継承者であるデキムス殿下である。
黄金の髪に、抜けるような青い瞳。神が三日三晩徹夜して彫り上げた彫刻のような、圧倒的なまでの美貌。顔面偏差値だけで言えば間違いなくURである。
しかし、彼には決定的な欠陥があった。
知性が、スライム以下だったのである。
「……ええ、殿下。空は今日も青うございますね」
「うむ! 私は昨日、庭師に命じて薔薇に極上のワインを撒かせてみたのだ! 人間が飲んで美味いのだから、薔薇もさぞ喜んで美しい花を咲かせるだろうと思ってな! どうだ、天才的な発想だろう!」
私はティーカップを持つ手をピタリと止め、視線を薔薇園へと向けた。
なるほど、どうりで先ほどから庭園中にツンとしたアルコールの匂いが充満し、数千金貨は下らないであろう希少品種の薔薇たちが、見るも無残に枯れ果てているわけだ。庭師たちが遠くで絶望的な顔をして項垂れているのが見える。
アホである。
それも、救いようのない、国家を傾けるレベルの純度の高いアホである。
デキムス殿下の伝説はこれに留まらない。
『海がしょっぱいのは、海の底に巨大な塩の魔物が住んでいるから討伐軍を出そう』と本気で御前会議で提案したり、
『国の財政が苦しいなら、国民全員で錬金術を学んで石を黄金に変えればいいじゃないか』と真顔で演説したり、
『馬に本を読ませて賢くすれば、伝令の騎士は不要になる』と、一ヶ月間馬小屋で馬に歴史書を読み聞かせたり。
最初は「冗談がお好きな方なのだな」と好意的に解釈しようと努めた。しかし、彼はいつでも真剣だった。その濁りのない真っ直ぐな青い瞳で、本気で狂ったことを言っているのだと気づいた時、私は自身の前世の記憶を総動員して一つの結論を導き出した。
――私は、婚約者ガチャで大爆死したのだ、と。
顔面だけが良い、ステータス画面の「知力」パラメーターが初期値の【1】から一切成長しないバグキャラクター。それがデキムス・アウレリウス第一王子。
いくら公爵令嬢というSSRの身分に生まれても、将来この男の尻拭いをし、国政を回し、さらには彼が起こすであろう数々の珍事を収拾する「王妃」という名の過労死枠に収まるのであれば、前世の社畜生活と何ら変わりはない。いや、国家規模の損害賠償が発生する分、タチが悪い。完全にオワコンである。
「お姉様、いらっしゃいますか?」
私が盛大なため息と共に現実逃避の海へ沈みかけていた時、銀の鈴を転がしたような愛らしい声がガゼボに響いた。
振り返ると、私と同じプラチナブロンドの髪を愛らしく結い上げた少女が立っていた。私の二つ年下の妹、ドミティッラである。
「ドミティッラ。どうしたの?」
「その……デキムス殿下が、また何か奇抜な発想を実行されたとお聞きしまして。お姉様がお疲れではないかと心配になり……」
ドミティッラは、チラリと枯れ果てた薔薇園と、満面の笑みで空を指差しているデキムス殿下を見て、痛ましそうに眉を下げた。
この妹は、本当に性格が良い。天使の生まれ変わりかと思うほど素直で、思いやりがあり、貴族特有の嫌味や嫉妬といった感情が一切欠落している。前世でドロドロの人間関係に揉まれてきた私にとって、彼女の存在は唯一の癒やしであった。
「……ありがとう、ドミティッラ。私は大丈夫よ。少し、薔薇たちが二日酔いになっているだけだから」
「お姉様……無理をなさらないでくださいね。もしよろしければ、後でヴァレリウス殿下にご相談してみましょうか? 彼なら、きっと何か良い解決策を提示してくださるかもしれません」
ヴァレリウス・アウレリウス。それが、第二王子であり、私の可愛い妹ドミティッラの婚約者である。
デキムス殿下とは腹違いの兄弟であるヴァレリウス殿下は、兄とは正反対の存在だった。現在まだ十五歳でありながら、すでに王国の財政局に籍を置き、見事な手腕で赤字国債を削減しているという、文字通りの天才肌である。黒髪に切れ長の鋭い瞳を持ち、常に冷静沈着。まさに完璧な次期国王候補であった。
本来ならば、長男であるデキムス殿下が王太子となるのが筋だが、あまりの頭の弱さに国王陛下も頭を抱え、現在は「保留」という名の放置状態となっている。おそらく、将来は優秀なヴァレリウス殿下が王位を継ぎ、ドミティッラが王妃となる公算が高い。
つまり、妹は婚約者ガチャで見事にSSR(有能・イケメン・将来の国王)を引き当てたのである。
「お気遣いありがとう、ドミティッラ。でも大丈夫よ。ヴァレリウス殿下は今、隣国との貿易協定の準備でお忙しいでしょう? こんな……ええと、農業的実験の失敗で彼の手を煩わせるわけにはいかないわ」
「お姉様は本当に、いつもご立派です……。私、お姉様を心から尊敬しております!」
ドミティッラは一切の嫌味なく、純度百パーセントの尊敬の眼差しを私に向けてくる。ああ、なんて可愛い妹だろう。この子が幸せになるのなら、私は何だってしよう。
だが、私自身の幸せはどうなる?
妹を見送った後、私は冷めた紅茶を一口すすり、デキムス殿下を見つめた。
「おお、フラミニア! 次は池の鯉たちに、蜂蜜をあげてみようと思うのだ! 甘いものを食べれば、きっと鯉たちも甘い声で歌うようになるはずだ!」
「……左様でございますか。殿下の御心のままに」
決めた。
私は、この男を真面目に相手にするのをやめよう。
真面目にツッコミを入れ、彼を真っ当な王族に育て上げようとするから疲れるのだ。前世のブラック企業での教訓を思い出せ。無能な上司を変えることは不可能だ。自分が適応するか、逃げるか、あるいは――徹底的に利用して自分の利益を追求するか、である。




