第3話 『オーロール・クロニクル』特報版! シャルルの姫君、いけ好かない精霊論を論破。
10月上旬
オーロール・クロニクル編集室--
「初版や! どうやテオ?」
テオフィールの手元には刷り上がったばかりの『オーロール・クロニクル第67号』があった。
ちなみに不定期出版である。彼らの財力と人力では日刊はもちろん、週間すら覚束ない。それでも細々と刊行を続けていられるのは、ひとえにテオフィールの描く風刺画があまりに優れている事。そして本質に切り込むマルティンの軽快な文章が優れている事だ。
特に美人画は密かなコレクターがいるほど人気が高く、高値で取引されることもしばしば。あいにく、その銭が彼らに入って来ることは無いのだが。
「墨」
「お、おう」
テオフィールが墨のバランスを調整。特に瞳あたりを強めに、髪周りをぼかすように。
「もう一回だよ」
「おうよ!」
当時の活版印刷はとにかく重い。びっちりと埋め尽くされたアルファベットの羅列に、でかでかと馬上の令嬢…銅版画でテオフィールが描いたそれが配置されている。大きさは現代風に言うとA3サイズ、その全体に墨を塗り、紙を置いて、プレスで(もちろん手動)押し付ける格好だ。現代のような印刷機自体が回転する、輪転機などあろうはずもなく。
「どうだ!」
「…うん。悪く無いね。これで行こう」
「おうよ! …あと、98枚な!」
今日も徹夜だねぇ。
テオフィールは墨を弄りながら嘯く。
刷り上がったのは日の出ごろだった。眠る前に水も浴びてない、汗と墨の混じり合った獣みたいな匂いに溺れながらお互いの男と女を貪りあって、湿ってカビ臭いベットで泥のように眠る。出版の時はいつもこうだ。テオフィールにとってマルティンを受け入れるのは出版における儀式のような…否、そんな高尚なものではない。ただ、描ききった興奮を収めて発散するのに、他に方法を知らないだけで。
昼前に目が覚めて、最低限の身だしなみを整える。テオフィールが化粧をするのは売り出しに出るこの時だけだ。マルティンはトレードマークのハンチング帽の角度を微調整。
店は世話になってる金物屋の軒先だ。版画の仕入れにいつも使っている所。『オーロール・クロニクル』には広告欄もあるが、金物屋だけは無料掲載、こちらも軒先を無料で使わせて貰っている、と言う塩梅だった。
「やぁ、今日はクロニクル刊行日か!」
馴染みの客だ。なんだかんだで出版も三年目に入る。常連と新規の割合は半々といったところ。
「ほう、今日はテオ姐さんの傑作じゃ無いか!」
「嬉しいねぇ。お一つどうだい?」
「もちろん買わせてもらうよ…なになに、『シャルルの公爵令嬢、精霊論をコテンパンに打破』…噂では聞いているぞ! 見てきたのか!?」
「当然でさぁ、旦那! 俺っちは思ったんだよ、あの『グランド・ディベート』は絶対にネタになる、って俺っちの嗅覚がビンビンと反応したんでさぁ!」
「嗅覚といえば、この『鼻の精霊と口の精霊』の下り。『公爵令嬢は俺っちのことを『ハンチング帽の似合う紳士と名指しし、直接問われた』ってのは、流石に盛っただろ?」
「いやいや、旦那、公爵令嬢様は分かってらっしゃるね! ビシッと、俺っちを指名したんでさぁ!」
「旦那さん、この人ってば『聞いたか、テオ、紳士だってよ!』って具合に鼻の下伸ばしてさ、失礼な男だよね! 3回くらい引っ叩いてやったんだよ!」
「はは、テオがそこまで嫉くなら間違いないな! それならあと2部くれ! レオとジャックにも見せてやりたい!」
「へい、旦那、毎度! 一部30銅貨で、合計90銅貨さぁ!」
(1銅貨=100円)
「ジャックとレオが来たら伝えといてくれ、俺がもう買ったってよ!」
「へい! しっかり伝えさせて頂きやす!」
そこからは人だかりだった。
「はいそこをお通りのご婦人、さぁさ、今日は『オーロール・クロニクル』の特報日だ! なんと我らが誇るシャルルの姫さまが、いけすかねぇ教会と貴族の野郎をぶちのめしたんでさぁ! さぁさ、残りも少ねぇぜ! 早いもの勝ちでさぁ! さぁさ、さぁさ!」
マルティンの呼び込みにも力が入る。
彼らは結局、100部と言う大部数をものの数時間で売り切ってしまったのだ。
今回は切れ目の関係で短めです。
市井に流通した『オーロールクロニクル紙』、この後色々動きます
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…ブクマお願いします(小声)
※この作品は『カクヨム』様と『アルファポリス』様にも連載しています。




