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獣人族

キャルム王国の王都であるライルの街。

そこに属するチームギルド·シュラウド。

賑やかに栄える街から離れた、木々に囲まれた閑静な場所にチームギルドは建っていた。

生まれてからこの街の出身であるノアは、幼い頃からこの静かな場所がお気に入りで、人目のない木陰で本を読んだり小動物と戯れたり…、ずっと身に着けているフードを外して伸び伸びできる場所だった。


チームを創立してから皆の家を探してたところ、そのお気に入りだった場所にギルド商会所有のハウスが建ったと聞き、すぐさま自分達の拠点にと決めたのだ。


獣人族


世界には様々な種族が存在しているが、獣人族はその中でも最低ランクとまで呼ばれ非遇されている。

順位を付けたがる一部の高位達の声は世界に伝わりやすく、長い期間を経て根も葉もない噂が獣人族を今の地位にさせてしまった。

冒険者を夢見る獣人も当たり前に存在していたが、彼らの筋力は鍛えてもすぐに限界を迎えてしまい、戦闘力を誇る剣士や格闘士、戦士のレベルには到底及ばなかった。

魔法使いは更に難しい。元々の魔術のセンスがなければ通常の人でさえ難しい。

そんな獣人族にだけに備わっている能力が存在する。


治癒魔法だ。


魔法は魔法だが、治癒のみしか使う事ができない。

しかし、獣人以外の種族にはどんなに修行しようとも治癒の力が身に付く事は不可能だ。

獣人族のみに許された力である。


ならば冒険者としてパーティへ参加する事も難しくはないだろうといえば、そうでもなく…

彼ら獣人の治癒は、個人差で効力の差はあるが、本当に治癒だけしか発揮せず、それ以外の補助的な役割ができない。

パーティへ入れて治癒しかできずにいた獣人に、他の冒険者は思ったのだ。

……治癒は薬で事足りる。

戦力を増やした方が効率が良いと。

それに気づいた冒険者達は、獣人をパーティへ入れる事もなくなり、薬で治癒するという冒険方法が主流となった。


その治癒薬も獣人族の治癒魔法を薬へと変える製法を生み出してからは、もっぱら獣人は薬を作る要員として使われる事になる。

主に国の機関に属する製薬ギルドが安い対価で雇っているというが、内情がどうなっているのか、獣人がどう扱われているのかは外部の者が知る由もなく、働きに出ている彼らもそれを漏らす事がない。

本来戦いを好まず温和な性格が多い獣人族は、従順に治癒力を国のために使っているのだろう。


自分達を蔑む奴らのために力を使うなんて、真平御免だけどね…


畑が並ぶ道を歩くノアの反対方向から、自分を呼ぶ男に笑みを作る。

「ようノア!珍しいな、街にでも行くのか?」

「おはようジェフ。君は畑仕事かな?」

「まぁな、今は目が離せない時期だからな」

ニッと人好きな性格が滲み出る笑みを向けた。日に焼けた肌と体格の良く力仕事が得意だと見るからにわかるジェフは、ノアとも旧知の仲だった。獣人と分かりながらも差別もせず、接してくれる。

「街行くんだろ?いつも引っ付いてるアルビーはどうした?置いて来たのか?」

「あぁ…たぶんすぐ追い付いてくるんじゃないかな」

たまにひとりで外を歩くと、知り合いに出くわせばアルビーはどうしたと訊かれてしまう。

苦笑しか出ないが、実際そうなのかなと自分でも思っている。


はぁ…と溜息をついてジェフに向き合うと腰に手を当てて辛そうな表情を浮かべていた。

「腰、どうかした?」

「…あぁ、職業病だな。どうしたって腰にくるからなぁ」

苦笑するジェフに、フム…と顎に指を添えて少し考えてから、ノアは服のポケットに無造作に入れてあった小瓶を取り出した。

「これ、僕が作った治癒薬なんだ。腰痛にも効くはずだからあげるよ」

「本当か?そりゃ助かるよありがとな!」

そう言うと遠慮なく受け取ってジェフは嬉しそうに去って行った。

ああやって喜んでくれる姿を見るのは嬉しい。戦いの最前線に出るという願望もないノアは、今ギルドを運営しながら周りが喜んでくれる事が何より望んだ生活だった。


「さて…」

とはいえ、アルビーもいなければギルド更新ができない。

ここで突っ立って待ってるのも退屈だし、戻るのは面倒臭い。

どうせ追って来るんだからと、アルビーと合流するまで、たまに街へ行く時に必ず寄るパン屋に行こうと目的を決めると少しばかり歩みを速めた。


産まれた時からライルの街で過ごしてきたノアには、獣人族だからとあたりの強い住人達は少ない。

長い年月をかけてそうなった経緯もあるが、ノア自身は自分は運が良いで済ませている。それでも対応の悪い人も一定数はおり、そんな者達の嫌味な言葉も流す事を覚えた。

ずっと身に着けているフードも、いらぬ揉め事を起こさないための防衛でもある。

自分のためでもあるし、他人のためでもあるのだ。


街道を歩いていると、ポツンポツンと民家や店が増え始め、どんどん賑やかな通りになってゆく。

ギルド商会があるのは更に街の中心まで進んだ特に賑わった場所だ。

大きな街ならでわではあるが、フードをかぶったノアを獣人族だと気づく者も気にする者もいない。

まだ時間的に人通りも多くないと思っていたが、さすがに少なくもない。

お目当てのパン屋の前までやって来て、扉に手をかけようとした瞬間肩を掴まれる。


「…お前…なぁっ!」

「アルビー!遅かったね!」

「遅かったじゃないだろ!出かける時は声かけろって言ったろうが!」

ゼェゼェ息を切らして捲し立てるアルビーに、口元の笑みを崩さないままノアは「ゴメンゴメン」と繰り返した。

確かに出かける前に声をかけてくれと言われ、それに頷いた。

実際声をかけに行った。

鍛錬中の彼は集中力が凄まじく、声も届いてないようで。


なので、しばらく待っていた。


まぁ…、それは言う必要もないと、まだ息を整えていないアルビーにギルド商会て行こうと促した。


結局先に来てしまったのは事実だし。


「ノア」

一歩先へ進んだノアにアルビーが声をかける。ん?っと首を傾げたノアに呆れた顔で杖を渡す。

「お前…これ忘れるなよ」

「あぁ…ありがとう、すっかり忘れてたよ」

杖を受け取ったノアは肩を窄めた。

「魔法使いは杖が必須だけど、僕らの場合杖はお飾りに等しいからなぁ」

「…ブレインが泣くぞ」

「使わない事はないよ、魔力溜めておけるし…何かと便利だし…」

ノアにと杖を贈った友人を思い浮かべて、普段は持ち歩かないが、持つと手に馴染む持ちやすさはノアのために用意してくれたであろう友人その気持ちに少しだけバツの悪い顔をした。

アルビーの後を追いながら手に持つ杖の先を見上げる。


先端が琥珀石が埋め込まれた巻き貝のような形状の杖は、冒険へと旅立って行った友人から贈られたものだ。

『お前は辛さに鈍感だからな、健やかに過ごせるように』

それまで杖を持っていなかったノアに何故贈ったのかわからないが、杖を持って外を歩く事で、フードを深く被ったノアの姿を魔法使いと認識されて不審な視線を向けられる事ななくなり、すぐに獣人族であるノアだと気づく街人も少なくなった。

杖があるとないとで外見の印象が随分変わるのだと、当初少しだけ心が軽くなったものだ。


キィ…ッとギルド商会の扉を開くと、いつもと変わらず賑わっている様子に、ひとつ息をつく。

様々な冒険者達はノアとアルビーが入ってきても気にも止めず立ち話をしたり、依頼版とにらめっこしたり休憩スペースで寛いだりしている。

入口はひとつだが、受付は冒険者ギルドと商人ギルドの2つあり、基本どちらも[ 冒険者 ]が利用する。

商人ギルドは冒険者が副業でクラフターや料理、鉱物の採取など戦闘以外の報酬のために商人ギルドの資格を取得する。

要は本業で商業をしている街人とは別物なのだ。


「あら久しぶりねノア!アルビーもいらっしゃい!」

「こんにちはリサ、相変わらず元気良いね」

冒険者ギルドの窓口に立つ女性。

キッチリとギルドの制服を着こなして長いオレンジ色の髪をまとめ、眼鏡をかけた聡明な見た目とは裏腹に明るい活発そうな振る舞いだ。

これだけの屈強な冒険者達を相手にしている以上、おしとやかでは渡り合えない。見た目以上のしたたかも持ち合わせているのだろう。

「ギルドの更新に来たのだけど、良いかな?」

「もちろんよ、バッジの提出をしてくれる?」

「あぁもちろん」

持っていたバッジをカウンターへ置いてリサの方へ渡す。

一見カードのような形状だが、ここにはギルドに関する情報が魔法によって詰め込まれている。

バッジを受け取って、リサは両手で囲むと光に包まれたバッジは宙に浮き情報が浮き出した。

「フムフム…、あら新しい人がギルドに入ったのね」

「体験に等しい段階だけど、正式に加入という判断でも大丈夫だよ」

「…お前はまた勝手に…」

「とはいえ、アルビーもそう思ってるだろ?」

ニッと笑うノアにアルビーは溜息をついてそれ以上は何も言わない。

先見の明があるのか、ただのいい加減なのか、飄々とした物言いはたまに何を考えているか分からない。

だが、それが信用に足らないという事には結びつかないのだか。

「他は…うん、特に問題はないみたいね。更新を受け付けたわ、おつかれさま」

「ありがとう。今は特に大きい依頼はないのかな?」

「そうねぇ、目新しいものではないかしら」

やり甲斐ないものばかりかしらね?とアルビーに向かって言うリサに、アルビーは鼻を鳴らして依頼版へ首を向けた。

「ちょっと見てくる」

親指を依頼版へ向けて言うアルビーに、うんと頷いて、きっとキムリにもできそうな依頼を探しに行ったのだろうと思う。

ああ見えて面倒見の良いアルビーをキムリも慕っているし、向上心の高いキムリをアルビーは気に入っている。

ギルドを設立して落ち着いてきてから、どこか退屈そうに見えていたから楽しそうでノアはホッとしていた。


「そうそうノア、この前騎士団の方が来て、あなたの事尋ねてきたわよ」

「騎士団?」

リサが申し訳なさそうに頷いて苦笑した。

「さて、騎士団には特別親しい友人はいなかったと思うけど…、何の用件だったのかな?」

「用があるのは騎士団じゃなくて、司祭様のようよ」

「司祭様が……」

ウッとした顔が表情からでは読み取れないリサでも分かったのだろうか、コラコラと人差し指をクルクル回す。

「そんな嫌そうな声色しないの。騎士団がギルドハウスまで押しかけないように取り計らってくださっているんだから」

「まぁ…そうなんだけどね」

通常一介の冒険者に騎士団や司祭が目にかける事はない。ましてや獣人族なら尚更だ。

「今度尋ねて来たら話し通しても良いかしら?一応ノアの了承得てからにした方が良いと思って曖昧にしてるの」

気が利くリサの好意を無下にも出来ず、ノアは仕方ないと頷いた。

「お手数かけるけどよろしく頼むよ」

そう言って挨拶を済ませると、依頼版にいるアルビーの隣へ立った。

「何か良い依頼はある?」

「…キムリ向きのがな。俺が付いてればいけそうなものが一件」

「じゃあ受けてきたら?キムリ喜ぶよ」

少し唸った後、依頼の紙を取って『行ってくる』と受け付けへ向かった。

キムリとは良い関係を築けそうだなと、ギルド商会の入口まで進み、受け付けを終わらせるアルビーを待つ。

後は最初に行こうと思っていたパン屋に寄ってから帰ろう。



「いらっしゃいませ!お久しぶりですね、ノア様」

「……相変わらずだね、様は止めて欲しいって言ったのに」

パン屋に入って早々、店主の挨拶に苦情を漏らす。

恰幅の良い中年の女性は、白いエプロンと三角巾をかぶって豪快に笑う。

「じゃあ前みたいに坊ちゃんって言いましょうか?」

「…それはもっとご遠慮いただきたいかな」

子供の頃からお世話になっていた彼女は何かとノアを気にかけてくれていた。

獣人族だと人目を気にして無口でいたノアにも気さくに話しかけてくれた。その時から店に頻繁に通い始めている。

「僕はいつものを…3個と、皆にもお土産買って行こう。アルビーも好きな物選んでどうぞ」

「…俺は別に…」

「あ!アルビーの好きなチョコクリームがあるよ!」

「……」

昔から決まってノアは、少し歯応えのあるパンの中にミルククリームが入ったパンを選ぶ。最初に店で彼女から貰ったこのパンが大好物になった。

そして風貌からは想像できないが、大の甘党であるアルビーは眉をピクリと動かして、ノアが指差すパンを見つめて『…じゃあそれを…』とボソリと言う。

人前では甘党だと知られてなかったアルビーも、ノアと行動を共にするようになってからは徐々に知られている。

「はいどうぞ!毎度あり!」

「ありがとう。また寄らせてもらうよ」



「これで帰宅でいいのか?『坊ちゃん』」

ニヤリと皮肉を込めて言うアルビーに、ノアはニコリと笑って荷物を押し付けた。

「うん、じゃあ僕が坊ちゃんならアルビーは従者ってとこかな」

「はぁ!?」

「だって昔から側にいてくれるじゃない?」

あははと笑って歩き出すノアにぐうの音も出ない。

本当の事だから、尚更。

「俺はただ…!」

「はいはい、早く帰ろう」

「……」


俺はただ、会う奴会う奴…皆がお前を頼むと、そう言ってくるから…。


などと言い訳がましい言葉も出てこず、無言でノアの隣を歩いた。

「良い人達ばかりで、僕は幸運だね」

「……」

「獣人である僕からしたら考えられないくらい、生まれてから幸せなんだと思う」

街中を歩く足取りはゆっくり、行き交う人や露店での賑やかなやり取りを見ながらノアは淡々と話した。

「僕が同族だと思っている獣人は、彼らから見たら僕は同族だと思ってないかもしれない」

恵まれて何一つ不自由もなく生活できているんだろう。そう思われているんだろうと客観的に見て、ノア自身が思うのだから。

自身がいくら窮屈な生活だったと思っていても、彼らはなんて贅沢だと…。

「どんなに気の良い人達に恵まれていても、大変な生活じゃなくても、僕は未だにこのフードを外せない」

「隣の芝生は…とかそういうのだろう。お前の苦労は奴等にはわからないんだから」

「それでも、だよ」

「……」

「それでも僕は幸運になるんだよ」

商店街の賑やかな場所がまばらになり静かな街道にまで進むと、一度立ち止まって街を振り返った。

「この街にも獣人族は生活しているはずなのに、家族で過ごす人達がいるはずなのに、子供も滅多に出会わないよね」

「…そうだな」

「僕と同じように身を隠せるものを身に付けてるのかもしれないけど、そうしなきゃ自分が安心できなくなってしまっている、っていうのも…さみしいね」

しばらく首だけ街へ向けて沈黙するノアの表情はアルビーからは読み取れないが、複雑な心境なのだと思う。

彼の境遇や立場的にも。


「さぁ帰って皆でお茶にしよう」


焼き立てはすぐにいただかなきゃね、と街からアルビーへ向き直すノアは、口元で笑顔を見せて先へ歩き出した。


切り替えは早いが心情は計り知れない。


だが今はそれで良いと、彼らのマスターはそう語っているように、前を歩く。




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